(ここは…)
リンクは重い頭を無理やり振り払い、足元から伸びる影から視線を外し辺りを見渡す。
どうやらゲルド砂漠の存在するらしい女神像の安置された場所の様だ。
頭上では燦々と輝く太陽が昇っている。
頭の中に声が響く
ゲルドの末裔よ
ここは己の心の内を反映した世界
其方には呪いを打ち払う為の試練を与える
立ち塞がる敵を倒せ
(心の中って…あっ、武器がある。服にも穴が開いていない)
リンクはその背中にゲルドの盾とゲルドのナイフを身に付けていた。
あの時ライネル相手に使い果たしたこの武器達も傷1つ無い。
残念ながら弓矢などの投擲武器は無かったが…どうやら反映した世界というのも強ち間違いではないらしい。
(立ち塞がる敵を倒せと言っていたな、まずは見つけないと)
とりあえず今できる事はやらなければ、そう考えたリンクはこのゲルド砂漠を捜し歩く。
―
(えぇー…、敵ってどこにいるのさ…)
仮想のゲルド砂漠をどれほど彷徨ったのだろうか。
見えない壁に阻まれこの女神像の敷地から出る事は叶わず、試練の相手となる敵を探すが影も形も見当たらない。
砂に足を取られ、灼熱の太陽が肌を焦がし体力を根こそぎ奪ってゆく。
それに耐えかねて、足を止め膝に手を付き気休めの休息をとる。
(あっつい…なんで架空の世界でこんなにきついのさ…こんなところまで砂漠を再現しなくてもいいのに―いや)
足元を見た時に気が付いた。
ここへたどり着いた時に確認できた己の影が無いのだ。
この場所では影が出ないのかと思ったが、それならば始めに確認した時の影が説明できない。
(そんな馬鹿な、確かに最初の時にはあった!女神像達にはちゃんと影ができている!僕の影はどこ!?)
疲労も忘れ、必死になって影を探すリンク。
振り返った先でそれが目に留まった。
それは影だった。
それは地面に縫い付けられたものでは無く立ち上がる様に伸びている。
薄っすらと透き通る黒い影には厚みがあり、色が違うだけで目の前に自分がいる様だった。
ダークリンク
己の姿を映し出した影の存在。
黒い姿に赤い瞳をもつ分身、リンクが気が付くのと同時にナイフを抜き盾を構えた。
リンクも同じく構えを取る。
呪いを乗り越える為の試練、それは己の分身に打ち勝つ事であった。
リンクが距離を詰め、ダークリンクはそれを静観する。
(来ない…のか?)
縦斬りには縦斬り、横斬りには横斬りで受け止めて来る。
鏡で移したかの如く、寸分の狂いも無く肉薄してくる不気味な太刀筋。
その小さな体躯からは想像も出来ない程の力と鋭さがあった。
「「フン!ハァ!セイッ!」」
(凄い力だ!速さも尋常じゃない!でもそれ以上に―)
模倣するまでの早さ、質が凄い!
どちらの攻撃も始まったばかりの初見であった。
それも見てすぐに返せることは即ち、敵の攻撃の方が速い事を示している。
ぶつかった後も力を込めてみたが、同じぐらいの強さで返されてビクともしない。
「これはどうだ!」
「ハァア!」
得意技である回転斬りですらダークリンクは返して来る。
類稀な身体能力が求められる、前転を伴った縦回転斬りもだ。
更に激しく、攻撃する頻度を上げても平然と返して来る。
だがそれは相手もこちらに攻撃を加えられないという事でもないだろうか。
これでは決着がつかない、そう思っていたのだが―
「ハァ、ハァ…こいつは…!」
こちらとは違いダークリンクは体力が落ちなかった。
熱砂の砂漠で暑さのよってスタミナは奪われ、戦闘の疲労も少しづつ蓄積していった。
つまるところ、時間がすぎると勝つことが出来なくなるという訳だ。
(時間は掛けられない…それなら最短で届くこれしかない!)
リンクは相手に直ぐに届く上に防ぎにくい突きで攻撃する事にした。
しかし、それは悪手となってしまった。
「なんだと!?」
なんとダークリンクはバク宙でナイフの上に乗っかっていた。
運動神経には自信のあるリンクでも真似できない、しようとすら思わなかった神業。
大道芸とすら思わせる芸術性に、太刀筋を防ぎつつ敵の隙を作り出す機能美を兼ね揃えた攻防一体の絶技。
無防備になったリンクをダークリンクが斬りつける。
胴を払われ、血が噴き出す。
事態はさらに悪化していく、リンクが負傷して好機と見たかダークリンクの攻撃がより速く、激しくなって来たのだ。
万全の状態ですら追いつけないその攻撃の速さに腕に、足に傷がどんどん増えていく。
「うぐっ」
押され切り患部を庇いながら、吹き飛ばされるリンク。
女神像にぶつかり砂地に沈み込む。
(何かないのか!彼を打ち破れるそんな閃きが!あいつはかなり速い、身軽だ!剣の上に乗っかるなんてあり得ないぞ!)
正面から斬り抜いてみせるも、ダークリンクの剣筋はそれ以上に早く、再び砂漠に沈むリンク。
普通に攻撃しているだけではとてもではないが攻略の道筋すら見いだせない。
(…あいつが軽いのは影だからか?―いや、あれがある!一回しか使えないかもしれないがその価値がある筈だ!)
リンクは盾をしまい、両手で剣を構える。
それに呼応する様に、ダークリンクも両手で構えリンクの出方を伺っているようだ。
「「ウォオオオ!!!」」
全力を振り絞った何のへったくれも無い突撃、だが今度の攻撃で軍配が上がったのはリンクの方だった。
ダークリンクは力に押され女神像に叩き付けられる。
「!」
「今だ!」
叩き付けられた、ダークリンクに追い打ちをかけるリンク。
苦悶の声を上げダークリンクは負傷個所を抑えていた、効いている。
リンクが押し込めたのは、突撃によるぶつかり合いだったからだ。
リンクとダークリンクは殆どの能力が同じである。
疲労による体力の低下や、日差しによる負荷の分僅かにダークリンクに分がある程度だ。
しかし、唯一身体の重さだけはリンクの方が圧倒的に重い。
そうでなければ、鍛えているとは言っても咄嗟に片手で突き出した剣に乗られ、支えられる訳など無いだろう。
「…」
だがこれで終わるダークリンクでは無い。
(どこへ行った!?)
消えたか様に思われた彼はリンクの背後から奇襲をかけて来たのだ。
見失った段階で迷わず前へと飛び込んだリンク。
(これまでが小手調べ、ここからが本番という訳か!)
紙一重で躱すことが出来たが、これまでよりも更に早くバリエーションを増やして来た攻撃にワープが混ざり込み冷汗が流れ落ちる。
「セイッ!ハァッ!」
これまでの様子見から一転、怒涛のラッシュに軸を置いたダークリンク。
目の錯覚かと思っていたが、いつの間にか彼の姿はより黒く、より濃くなっていた。
こちらも負けじと乱激戦を持ち込んではみたものの、今度は一方的に打ち負ける。
手数でも力でも全く相手にならない見てからでも反撃が間に合ってしまうようだった。
(尋常じゃない力と速さだ!完全に僕の強さを越えている!それにあの眼―、こちらの攻撃をすべて見切っているのか…?)
ダークリンクのナイフ一つをこちらはナイフと盾の両方を使って漸く凌げるかという激しさだ。
先程使った突撃術も、簡単に横へ回り込まれ遠心力を存分に乗せた回転斬りでカウンターを狙ってくる。
突撃する為に背負っていた盾で受け止めたが、あまりの衝撃でそれを遥か彼方へと飛ばされてしまった。
(こいつは間違いなく強い!だけど…なんであれを使わないんだ…?)
リンクが覚えた違和感、目の前の強敵が見せるあらゆる行動は己の上であるにもかかわらず、未だ見せていないものがあった。
どういう訳か攻撃が緩む瞬間があるのだ。
そこに攻略の手掛かりが隠されているのかもしれない。
やる価値はある、後は自身の動きとほんの一握りの勇気。
速くても遅くても駄目なのだ、これは相手を掻い潜らねばならないのだから。
(―来た!)
「!?」
ダークリンクの赤い瞳の中から消えた。
そんな事があってたまるか、リンクは人間だ。
不自然に消えてなくなる事などあり得ない。
そんな彼の背中を裂き上げる激痛が走る。
限界を超えた己の肉体が崩れ落ちていく中、その瞳はリンクが螺旋状に巻き上げる様に斬りつけたのだと理解した。
ダークリンクが黒い粒子へと姿を変え宙へと飛び散った。
リンクが見つけた答え、それはダークリンクの盾であった。
攻撃も防御も回避も隙が無く出来てしまうダークリンク。
しかしだ、それらの要素全てを支えていたのは卓越した剣技と常識はずれの身体能力であり、盾では無かった。
あれは、こちらが試練を乗り越えるための隙だったのだ。
盾の先を覗く事はダークリンクでも不可能、その死角へと転がり込むことで消えたかのように錯覚させ勢いそのままに背中を斬りつけたのである。
背面斬り
転がり込むように相手の死角の背後へと滑り込み、勢いのまま切り上げる技。
斬り合う程の近い間合いでは盾の影から背の影へと動く消える様な凶悪な代物へと変貌する。
よくぞ試練を乗り越えた
ゲルドの女神達により邪なる呪いは打ち払われよう
我々はいつでもそなたを見守ろう
元の世界へと帰るが良い
水色の光となり消えていく瞬間、リンクは見た。
飛び散った黒い粒子が再び集まり、屈強な大男へと姿を象り彼を見つめていた事を―