ゼルダの伝説 蒼炎の勇導石   作:ちょっと通ります

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第9話 ゲルドキャニオンの邂逅

 ゲルド砂漠入り口

 

「よし、何とか砂漠を抜けることが出来たね…今日の所はここで野宿にしようか」

 

 日も暮れてからもずっと歩き続け夜も明けようかという時間、ついに岩の渓谷が見えてきた。

目標としていた場所まで来れたのだろう、疲れと安堵の混じった声色でラメラが呟く。

 

とうとうゲルド砂漠の入り口―いやリンク達にとっては出口といったほうが正しいだろう。

ここまでこれば寒暖差の激しさも、砂で足を取られることも、視界を砂嵐に奪われることもない。

ゲルドキャニオンの馬宿まではあと少しだろう。

 

「初めて夜通し歩きました…、焚き火を用意するのでゆっくりと休んでください…」

 

リンクにとっては初めての砂漠以外の場所ではあるが、リザルフォスを相手取ったり夜通し歩いた事でその景観を堪能する余裕は無さそうだ。

 

ルージュ達から支給されている火打石と木の束を使って焚き火をするリンク。

何もないところではこういう物資が必要になって来る。

 

「サークサーク、でもリンクちゃんもゆっくりと休むのよ?ここまで来たらとりあえずは大丈夫だから疲れを癒さないとね」

 

荷物を地におろし、腰を下ろすラメラ。

経験上、ここからゲルドキャニオンまでは比較的安全な道だ。

ゲルド砂漠での消耗と、緊張を解す意味でもしっかりと休息をとるべきだろう。

 

「サークサーク。それにしてもこの場所は結構寒いんですね。日が昇っても汗が出てこないです」

 

リンクも荷物を脇に置き、焚火に当たる。

支障が出るほどではないが、少し寒そうだ。

 

「ここが寒いというよりもゲルドの砂漠が昼間は暑いのよ。逆にリンクちゃんからするとここの夜は暑く感じる筈よ?」

 

 リンク達ゲルド族は砂漠で長い間暮らしている、その為外の気候は昼は寒くて夜は暑く感じてしまうのだ。

初めて外へヴォーイハントの旅に出かけるゲルド族もこれには皆驚く。

異なる気候の場所に滞在するというのはそれだけでも大変なのだ。

 

(ビューラ様が寝るときの毛布は必要ないと言っていたのはこういう事だったのか…僕は知らない事だらけなんだな)

 

今は休むことを最優先して体力の回復と傷の回復を図るリンク達。

傷はリンクだけだったがそれでも体の負荷は看過できない。

幼い体には過酷だったのだろう、リンクはすぐに沈み込むような深い眠りに落ちて行った。

 

――

 

「リンクちゃん、よく眠れたかな?これだけ早いペースでこれたのはリンクちゃんのおかげだから少しくらいはゆっくりしてもいいのよ?」

 

日が昇る頃に眠ったはずなのだがすでに日が沈もうとしている。

随分と寝てしまったようだ。

仕事がら仕方がないが体内時計が狂わないか心配になる。

 

「大丈夫です、これ以上寝てしまうと生活周期が狂ってしまいそうで…」

 

疲労が抜けきらず痛みの引かない患部を庇い、鈍い頭を振りながらリンクは答える。

あまりにも不規則な生活をしていると身体にもいい訳がない。

 

「なるほど、確かにそれはまずいわね。順調にいけばゲルドキャニオンの馬宿はあと一日といったところよ。もう少しだけ移動しましょうか」

 

ラメラの一言で後片付けをした後、再び移動を始めるリンク達。

しばらく歩いて行った時の事である。

 

「ん?ラメラさん。あそこに何かいますよ?」

 

 すでにゲルドキャニオンに差し掛かっている頃、リンクは黒い何かを岩陰に見つけた。

魔物かもしれないので剣を抜きつつ警戒する様に近づいていく2人。

距離が縮まり次第にその姿が明らかになってゆく。

 

「…これは…馬だね…こんな場所に珍しい。それもゲルド馬じゃないか」

 

ラメラが小さく驚きの声を上げる。

 

 リンクが見つけたそれは倒れこんだ赤い鬣を持つ小さな馬だった。

やせ細り、呼吸も弱いゲルド馬。

それはかつてゲルド族が愛用していたと言われる黒い馬である。

 

しかしながら、ゲルド族は現在砂漠にすんでいる為利用するものは殆どいない。

目の前にいるこの馬は非常に小さいのでおそらく子供なのだろう。

 

「これが、ゲルド馬ですか…初めて見ました。それに何だか弱っているみたいですね…」

 

初めて見るリンクですら気が付く程その仔馬は弱っていた。

逃げなかったのではない、逃げられる元気すらなかったのだ。

 

「…多分、身体が弱くて親に捨てられちまったんだよ…かわいそうに…。何とかしてやりたいけれどこの子にできそうなことは何もないわ…」

 

悲しげに言葉が零れるラメラ。

 

「そんな…」

 

それを聞いてリンクは何とかしてあげたいと思った。

無論それはラメラも同じではあったが手持ちのものでは何もできそうにない。

 

「ラメラさん、僕は何とかしてあげたいです。何が必要なのか教えて頂けませんか?」

 

思わずリンクはラメラにこう尋ねてしまった。

このままではこの馬は死んでしまうだろう。

残される辛さがどれ程大きいのか、母様達を失った姉達の姿が焼き付いて離れない。

 

「気持ちはわかるけれど、正直厳しいよ。ガッツニンジンは貴重だし、そもそもこの辺りでは自生していない。それに今ここで助けたとして後はどうするの?この子一人で生きていくことはまず不可能よ」

 

ラメラはリンクの望む必要なものを答え、それでいてその方法を否定した。

この辺りでガッツニンジンは自生していない以上、遠くまで取りに行くというのか。

リンクは護衛の仕事で来ている、ラメラを送らないといけないしそもそも遠くまで行って帰ってくるまでこの馬は持たないだろう。

 

もし、都合よく手に入れることが出来たとしてもその後をどうするつもりなのか?

リンクが連れていく?砂漠の真ん中にあるゲルドの街へ連れてはいけない。

一頭で生きて行けと?もともと体が弱くて捨てられる仔馬がこんな食べるものもないような岩だらけの場所で生き残れるだろうか?

 

「…それで何もしないで諦めるよりもやってみたいんです。ラメラさんの護衛に支障が出ない範囲でいいのでお願いします」

 

そう言って、リンクはラメラに頭を下げた。

 

「ふぅー、わかったよ。ゲルドキャニオンの馬宿へ行く道までなら寄り道がてら探してみるとしよう。元々この辺りでは自生なんてしてないからあまりあてにしないほうがいいわ」

 

ラメラとしてはあまり利がない内容であったが、それでも条件付きで受け入れてくれた。

 

彼女の生い立ちについてあまり話そうとしない点、できる事なら見捨てたくないという心意気。

そして、護衛というにはあまりに幼すぎる容姿。

恐らくこの子にはもう親が…ラメラとしても気持ちを汲み取ってあげたくなった。

 

「サークサーク、ラメラさん。私の我が儘に付き合ってくれて」

 

 色々と捜索しながら馬宿まで進んでいく二人。

それでも案の定というべきかやはり見つからない。

元々が植生の豊かな場所に稀に生えるものだ。砂漠に近い場所に生えているはずが無い。

こんなの雪山でヤシの実を探すようなものだ。

あがいてみても無理なものは無理かと思うその時の事だ。

 

「ん?あそこに人がいます。ラメラさん」

 

ラメラ達は馬宿方面に進んでいる途中で行商人を見つけた。

自分達と同じ方向に進んでいるので、おそらく自分達と同じくカラカラバザールを経由して馬宿を目指す者なのだろう。

 

「はーい、そこのハイリア人のヴァーイ。サヴァサーヴァ」

 

ラメラの陽気な挨拶に少し焼けた肌と顎髭をたくわえた行商人は振り返り、挨拶を返す。

 

「ああこんばんは、こんなところで人と会うとは珍しいな」

 

 彼の名前はブグリといい、普段はこの場所から遥か東の方にある双子馬宿の方で商いをしているらしい。

今回は交易場であるカラカラバザールを覗いた後、各地の馬宿へ物資の納入をするつもりのようだ。

 

「へえー、カラカラバザールは色々な商人がいるから中々お目にかかれない品物もあっただろう?」

 

互いに行商人、気質が合うのか話も弾むようだ。

 

「そうだな、砂漠へは中々来れないから色んなものを見て回れたよ。そちらのお嬢ちゃんはどうしてこんなところに?」

 

ブグリはリンクに視線を移す。

砂漠を抜けたとはいえ、ゲルドキャニオンも景観地ではない。

どちらかと言えば過酷な環境だ、そんな場所に夜分遅くに女の子を連れていれば不思議に思う。

 

「ああ、彼女はちょっと仕事の関係で連れて歩いているんです。それでこの子ガッツニンジンを探しているんですけれどお持ちでしょうか?」

 

ラメラは仕事の関係とだけ簡潔に説明し、探し物をしているとブグリに伝える。

確かにこの辺りにはガッツニンジンは自生していない、ならば各地を歩いて回っている同業者に聞いてみるのがいいとラメラは結論付けたのだ。

 

「ガッツニンジンか?無くはないが…これから行くゲルドキャニオン馬宿に納入しなくちゃならないからなぁ…。安定して取れるものでもないし、そう多くは売れないぞ?」

 

そう言って、カバンの中から二股に別れたオレンジ色の根菜 ガッツニンジンを出すブグリ。

色々なものを見て回ってきたラメラから見ても間違いなくそれは本物だった。

 

「ブグリさん、私は捨てられた馬を助けたいんです。一本だけでもいいので売っては頂けないでしょうか?」

 

ラメラがそれは本物であると頷いたのを見てリンクは事情を伝える。

そう多くは売れないという事は一切の余裕がない訳では無いとも取れるからだ。

 

「お嬢ちゃんみたいな子供が手軽に手を出せる品物じゃないぞ。どうしてもというのなら…100ルピーだな。こっちも生活が懸かっているんでな、悪く思うなよ」

 

100ルピー、今リンクが持っている銀色の貨幣と同じ値段だ。

しかしこれはリンクにとって全財産でもある。

 

 ラメラと同じく彼は行商人だ。生計を立てる為の品物を譲ることはできない。

ただで譲れるような品物で商いなどできないからだ。

そして馬の元気の源でもある為、至る所に存在する馬宿からの需要が高い。

馬は貴重な移動手段であり、より多くの物資を運べる運搬役でもあるからだ。

 

幼い子供に提示する金額ではないかもしれない、それでもこれ以上安くすることはできない一線でもある。

 

宿なら5泊はできる料金であるが別に彼が値段を釣り上げている訳ではないのだ。

本来この品物の一本当たりの相場は120ルピー程はする。

譲れるのなら譲りたいが、自分にも生活がある。とはいえこんな幼い少女の切実な願いは何とかしてあげたい。

迷った末のブグリなりの落としどころだった。

 

「リンクちゃん…やっぱり無理だよ…。自分のルピーをどう使うかは勝手だけれど手持ちの全財産じゃないか。かわいそうだけれど特に接点のない仔馬相手にすべての財産を手放す必要なんてないよ」

 

ラメラはリンクを引き留めようとした。

別に目の前の行商人が悪い訳ではない。本物を確かめることが出来た上に弱みに付け込むこともなく、さらに適正価格よりも安く身を切っている以上かなり良心的な部類だ。

 

彼女が心配しているのはリンクが購入した後の事である、購入した後のリンクは無一文だ。

先程自分達が通ってきた最短ルートでも2日はかかるだろう。宿泊だってできない。

魔物がいる砂漠を抜ける厳しい道のりを殆どの準備ができないのだ。

 

「わかりました。100ルピーですね?払います!」

 

リンクは迷わなかった。

砂漠の厳しさは思い知った、経験不足も承知している。

これは蛮勇だろうとも思っている、それでも助けられる相手を見捨てるような選択をしたくはなかった。

 

「ホ、ホントに買うつもりか!?売る側としては止められないが全財産なんだろ!?」

 

ブグリも驚く、自分達が今いる場所はゲルドキャニオンだ。

彼女がどこで暮らしているかはわからないが服装から馬宿の子ではないとわかる。

そもそも定期的に納入している自分が知らない筈がない。

 

最低でも自分の住んでいる集落まで無一文で帰るというのか。

 

「構いません。100ルピー、確かにお渡ししました」

 

そう言いながら、袋の中から銀色の貨幣を取り出しブグリに渡すリンク。

 

「…もう、決めちゃったのなら仕方ないね、今日はもう遅い。この辺りで夜を明かすつもりだったから早いところあの仔馬の所に行ってあげなさい。リンクちゃん」

 

呆れたようにリンクを促すラメラ。

慣れた手つきで野宿の準備を進めてゆく。

 

「ラメラさん、サークサーク。少しの間失礼します」

 

そう言ってリンクは駆けていった。

 

――

 

 ゲルドキャニオンの入り口の岩陰に仔馬はいた。

初めて見た時よりもさらに呼吸が弱くなり、ぐったりとしたその表情には汗がにじんでいる。

 

「もう大丈夫だからね。ほら君の為にガッツニンジン持ってきたよ。さあ食べてごらん」

 

そういいながら仔馬の前にガッツニンジンを差し出すリンク。

しかしゲルド馬は口を開くが食べようとしない、どうやら既に自力で食べることが出来ない程弱っているようだ。

 

(もう食べられないのか!?僕にできる事は何もないのか!?)

 

彼は出来ることは無いかと袋の中からありったけの道具を出した。

薪、火打ち石、水、ゲルドのナイフと盾といった道具が地面に転がる。その中から迷わずナイフ、水、薪、火打ち石を選び出した。

 

リンクはガッツニンジンをゲルドのナイフを使って細かく刻み込んだ。

さらに持っていた水を鍋に加えて加熱することでできる限り柔らかくしてゆく。

ただ刻んだだけ、水で薄めただけのものに火を通す。それが彼の最初の料理だった。

 

「細かく柔らかくしてみたよ、さあお食べ。僕は君を見捨てたくないんだ!」

 

倒れた姿勢のままであったが馬は少しずつそれを飲み込んでいった。

慌てずにゆっくりと与えていくリンク。

 

極限まで衰弱している時はおかゆのような薄めたものが良いのだと母であるメルエナに聞いていたのが良かった。

 

ビューラ達の支給した道具があったからこうして仔馬への世話ができた。

ありがたいことだ、こうして助けるための行動をとれる。夜が更けても彼はひたすら馬の世話をしていった。

 


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