ゴブリンスレイヤーRTA 小鬼殺し√   作:ラスト・ダンサー

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新年明け一発目なので初投稿です。


小鬼殺し.mp5:裏

 決められている人生というのはどう思うだろうか?

 

 親や家の都合で既に人生の進路は規定路線であり、選ぶことのできない者をどう思うだろうか。得てしてその手の家系は裕福であることも多々あるので不幸を嘆くなど贅沢が過ぎる烏滸がましい考えであるだろうか?

 

 王族や大貴族なら民を導く立場というのもあって、仕方ないと思うだろうか。下級貴族の三男坊などは家督を継げないため、騎士となったり冒険者となったりなど割と大変なようだが。

 

 では、そこそこの規模を持つ商会を束ねる家系の長男として生まれた自分はどうだろうか。平民にしては恵まれた生活を送れていたと思う。

 

 周囲にそうあれと望まれ、主体性もなく流されるようにして生きてきたのが自分だ。8つかそこらの頃には商人となるべく行商に自らの足でついて行っていたと記憶している。商会の跡継ぎとして将来も、許嫁も決められている。言われる通りに生きるというのは楽な生き方ではあるだろう。不満はなかった。なにより不自由せずに生きられることの難しさを理解していたから尚更である。

 

『ねぇちょっと、そこの。冒険者にならない?』

 

 これはまさに天恵であった。結局は他者から与えられた選択肢だが、選んだのは自分だ。流されるようだけだった自分が初めて主体性を見せ、選択をした瞬間だ。故にこの選択肢を与えた神に感謝を。どのような意図であれ、切っ掛けとしては十分過ぎるものだ。

 

 

 △▼△▼△▼

 

 

 朝早く、開店とほぼ同時に工房の扉が開け放たれた。

 

「まったく……恐ろしいくらい時間ピッタリに来やがる。少しは遅れて来いってんだ」

 

 背の低い筋骨隆々のまるでドワーフのような体をしているが、正真正銘只人であるという工房の主がぼやく。彼は金槌を片手に武具の最終調整をしており、甲高い金属と金属がぶつかり合う音が工房内に反響している。その目線の先に立つのは鎖帷子をまとった一見して普通の冒険者。しかしその頭部は使い込まれたグレートヘルム、通称バケツと揶揄される兜を被った疾走戦士と名乗る男である。

 

「修理に出した装備を引き取りに来た」

 

「そこに纏めて置いてある。手前で勝手に合わせろ。弟子は使いに出してて昼まで戻らんからな」

 

 ぶっきらぼうに親方は工房の一角を指し示す。そちらを見れば新品とまではいかぬまでも丁寧に仕上げられた騎士盾(ヒーターシールド)とハードレザーアーマーが鎧立てに立て掛けられている。騎士盾は縁が鋭く研がれ、ギロチンのようになっていることから弟子がギロチンシールドなどと渾名をつけていた試行錯誤の見られる盾である。親方はこのような改造を盾に施す男に1人覚えがある。安物しか買っていかないかと思えばスクロールを仕入れて来いなどと無茶を言ってくる嬉しくない常連だ。アイツは小ぶりの盾でやってたが。

 

「一体何とぶつかればあんなに盾が歪むか理解に苦しむ。腕が吹っ飛んでねぇのが不思議でしょうがねぇ。もう壊すなよ、手前の持ち込む装備は無駄に面倒だ」

 

「善処する」

 

 こりゃ懲りずに似たような案件を持ち込むな、と工房の親方は嫌そうに顔をしかめた。もちろん依頼されれば悪態をつきながらも何だかんだと仕上げるのだろうが。

 

「あと、ほれ」

 

「む」

 

 棚の下の方からごそごそと引っ張り出して投げつけたのは、雨合羽のような外套、血避け用だという装備である。一党の先頭に立って血塗れになる覚悟があるとは立派なもんだが、その考え方は非人間的であり、どこかうすら寒いものを覚える。巷では変人だの言われているようだが全くもってその通りである。もっと言ってやれ。もしかしたら変な依頼を持ち込まなくなるやもしれん。

 

 そうこうしている内に、装備の最適化を終えてガチャリとバケツ頭を傾けて全身を見渡す完全装備の変態野郎が出来上がった。

 

「素晴らしい仕上がりだ。感謝する」

 

「そう思うんならなんか買ってけ。手前の注文は面倒なくせして安くて敵わん」

 

「ふむ……では戦槍(パイク)をくれ」

 

「……使うのは片手剣じゃなかったか?」

 

「嫌な予感がするものでな。保険だ」

 

 ふん、と親方は表情を歪めながら工房の奥から戦槍を引っ張り出してくると、それを疾走戦士に手渡す。長大で室内で持つには邪魔に感じる戦槍を器用に担ぐようにして確認する疾走戦士を見ながら親方は思案する。奴は変人だが馬鹿ではない。導きだす答えはともかく、小賢しく考えることをやめないタイプだ。そんな奴が予感だ?馬鹿の勘はただ当てずっぽうだが、こういった聡い奴の勘というのは過程をすっ飛ばして出てきた計算の結果だ。必要最低限の装備で冒険に行く奴が普段使わん長物を寄越せだと?嫌な予感しかしない。

 

 工房の奥で燃え盛る炉から発せられる熱で部屋は暑いが、親方は久方ぶりに悪寒を覚えた。言い様のない不安感がほんの僅かに背を撫でるようなものだったが、なんとなく無視してはならない感覚であるようにも思う。

 

 今日はきっとろくでもねぇことになる。親方は確信した。事実、しばらくして小鬼王の襲撃だなんだと辺境の街が騒がしくなり、結果として忙殺されることになるまで半日と残っていなかったことを後から気が付くのだが、それはまた別の話である。

 

 

 △▼△▼△▼

 

 

「なんでこんな大事になってんだ?」

 

 得物である段平(だんびら)を担ぎながら、重戦士は怪訝そうに呟いた。

 

 ゴブリンスレイヤーが頼み込んできたゴブリンの軍勢の対処をするため、牧場主に許可をとって牧場の一角を戦場と定め準備に明け暮れていたのだが、いつの間にか冒険者ではない土建屋や商人なんかが現れ始め、あれよあれよという間に柵の設置やら何やらに手を出し始め、後方には物売りが彷徨いて弁当や消耗品を売り捌き始めるなどいつの間にかお祭り騒ぎだ。

 

 粗方陣地構築が終わってしまい、手持ち無沙汰に顎を擦りながら立ち尽くす重戦士に、隣にいた女騎士が答える。

 

「なんでも、例のバケツ頭が地元の商会を引き込んでそっちから話が回ったらしい」

 

「商会?なんだってそんなとこに」

 

「バケツ頭が商会の元締めの生まれだとか。仕草や立ち振舞いが良家のそれだったから私は最初から見込みのあるヤツだと思っていたがな!」

 

「お前、金持ちのボンボンが騎士気取りで気に食わんって言ってた気がするんだが?」

 

「な、なら記憶違いだな。そんなことを言った覚えはない」

 

「そうかい……」

 

 手の平の良く回る奴だと、呆れたように重戦士は遠い目をした。まぁマンパワーでゴリ押ししたことにより、想定以上に万全な状態でゴブリンの軍勢を迎え撃つことが出来るのは確かだ。どんなに変なヤツであれ街を守ろうという意思は本物のようだ。一党のチビ共が気味悪がっていたから一体どんなキテレツな野郎かと思っていたが、言うほど酷くはなさそうで何よりである。

 

「お?噂をすれば、というヤツか」

 

 女騎士が顎で示す方を見れば、わりと近くを特徴的なバケツ頭の奴が通りすぎていく。雨合羽のような外套を纏い、炭と灰を塗りたくったらしい黒く薄汚れたハードレザーアーマー。一見すると酷くみすぼらしい姿だが、その合間から見える鎖帷子から見た目以上に重装備であると察する。背中には戦槍を背負い、予備の武器かブロードソードが背中側に吊るされている。中でも目を引くのはウチの馬鹿も同種の物を使っている盾にしては大きな部類に入る騎士盾。負荷を腕全体に分散させるようにくくりつけているようだ。

 

 総評すると盗賊騎士のような見た目だが、各所に工夫が見てとれる傭兵のような小慣れた感もある。効率重視の装備構成はゴブリンスレイヤーを彷彿とさせるものであり、事実奴と一党を組んでいるという話なので、アイツの影響もあるだろう。

 

「あれで冒険者になってから半年だって?冗談言え、2~3年目くらいの間違いだろ」

 

「聞いた話だと面白い盾の使い方をするらしいから一回闘ってみたいんだが……」

 

「おい馬鹿やめろ。俺の監督問題に発展するだろうが。戦う姿ならこの後見られるから自重しろ!」

 

 

 △▼△▼△▼

 

 

 やや時は経ち、ゴブリンの軍勢を迎え撃ち始めてから少しした頃。相手が力押しに戦法を切り替えたため、冒険者達も複数の一党、もしくは個人による戦列を組んで戦いに臨んでいた。そんな中に戦槍を振り回してやけに目立つバケツ頭、疾走戦士の姿があった。

 

 疾走戦士が配置されたのは弓使い等の遠距離攻撃が可能だが接近戦での自衛手段に乏しい一団の前方で、所謂囮役を務めていた。ぶおんぶおんと唸るような風切り音を鳴らしながら、戦槍を振り回すことでゴブリンを寄せ付けないその様は中々に頼もしく見えた。戦槍の元々の使用目的が歩兵や騎兵の迎撃、あるいはそれらから遠距離攻撃役を守ることなので設計理念通りの運用であった。そして注目すべきはその立ち回り。戦槍をあえて大袈裟に振り回すことで隙を作り、ゴブリンに自分を狙わせているのだ。

 

「任せた!」

 

「あいよッ!」

 

 そしてそれに釣られて飛びかかろうものなら疾走戦士の盾でぶちのめされ、無防備な状態で地面に転がったところを確実に周囲が仕留める。もちろん相手が攻めあぐねるようであれば周囲の攻撃に合わせて突撃を行い、戦槍を突き込んでゴブリンを釣り上げるように掲げ、ゴブリンの自重で戦槍をめり込ませた後に地面に叩きつけてトドメを刺すというえげつない一撃を放ったりしている。

 

「援護するよ!下がって!」

 

「了解した!」

 

 常に先頭に立ち、血塗れになりながらも退かないその姿に、自然と周りをカバーするように冒険者が集まり、攻撃役の剣士や後方支援のための弓使いがさらに合流する。劇的な変化こそもたらさないが、戦場の流れを作り安定させるという地味ながらも重要な役を担う疾走戦士に、コイツが居れば有利に戦えると水辺に生物が集うかのように職業柄の勘が働いた冒険者達が集まるのはある意味自然な流れであった。

 

「すげぇ、あれ即席の面子なんだよな」

 

「周囲もさすがに青玉や翠玉だけあって即席でも淀みない連携ね」

 

 それを遠方から眺めるのは新米戦士の一党。今回は他の冒険者から技術を見て学び、無理はしない程度に戦う、という取り決めをして戦闘に臨んでいた。新米戦士の一党は既に第一波の迎撃を終え、一度下がって態勢を整えているところだった。その新米戦士であるが、その装いは些か珍妙であった。片手に剣、片手に棍棒、そして腕には皮盾がくくりつけられている変則二刀流であり、まるで見栄っ張りの子供が武器を持てるだけ持ったような構成だが、その構えは中々堂に入ったものだ。

 

 以前の下水路での一件で、逃げる際に偶然やってみた剣と棍棒の二刀流スタイルだが、斬擊と打撃を効果的に使い分けられるのが意外と使い勝手が良く、そのまま継続していたのだ。もちろん剣と棍棒には手放しても無くさないように紐が結んであり、手首にくくりつけられている。あと最近静かに新人達の間で流行しつつある盾のゴブリンスレイヤー式装備法をちゃっかり取り入れていたりする。やはり盾で片手が塞がらないというのは大きい。

 

 先達の知恵に感謝しつつ、戦場を俯瞰していると、第二波を退けて一度下がる冒険者の一団から隠れるようにして離れていく疾走戦士の姿があった。そしてある程度距離を取ると突如全力疾走し始めて牧場の端の方へと向かっていくのが見えた。

 

「なぁ、あれ何しに行ったんだ?トイレ?」

 

「わかんないわよ……わかんないけど、あの人、変なことはしても無駄なことはしないと思う」

 

「そう言えば、神官の子から聞いたんだけどアイツ結構な頻度で託宣(ハンドアウト)が来るらしいけど……」

 

 三人は顔を見合わせ、1つ確信した。これはまた何か厄介事が起こっているに違いないと。


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