ゴブリンスレイヤーRTA 小鬼殺し√   作:ラスト・ダンサー

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剣聖 葦名一心を倒したので初投稿です。


小鬼殺し.mp3:裏

 辺境の街のギルドは相も変わらず運営されていた。処理されないクエスト、冒険者の情報管理、人手が足りないことに変わりはないがそれでも何とか回っている。そんなギルドに今日は珍しい客が現れていた。新緑のような鮮やかな色合いの髪にツンと尖った耳が特徴的な森人(エルフ)野伏(レンジャー)、妖精弓手。低めの身長ながらも恰幅がよく真っ白な髭を蓄えた鉱人(ドワーフ)精霊使い(シャーマン)、鉱人道士。この辺境では珍しい鋭い爪に強靭な尾と堅い鱗を備えた蜥蜴人(リザードマン)竜司祭(ドラゴンプリースト)、蜥蜴僧侶の3人組だ。

 

 異種族の入り混じった物珍しい組み合わせに誰もが一瞥をくれるが話しかけようとしない。それは何故かというと、先程から何やらカウンターで受付嬢と揉めている様子だからだ。おまけに全員が銀等級の冒険者。よっぽどの恐れ知らずか馬鹿でもなければ割って入ろうなどとは思わないだろう。

 

「だからオルクボルグよ!オルクボルグ!ここに居るんでしょう?」

 

「かーっ、耳長言葉が只人に通じるわけなかろう!かみきり丸じゃ。かみきり丸。これでわからんか?」

 

「あの……ちょっとよくわからないです」

 

 捲し立てる妖精弓手に鉱人道士。受付嬢は困り顔で愛想笑いを浮かべるばかりだ。その様子をみていた蜥蜴僧侶も腕を組みながら困った様子で呟く。

 

「いやはやこれは困りましたな。我々はそこまで探し人に詳しくないが、こうも裏目に出るとは」

 

「ふむ。失礼、何やら困り事のようだが」

 

 一同が振り向くとそこにいたのは珍妙なバケツのような兜を被った戦士だった。肩からは外套を纏っており、下には皮鎧や鎖帷子が見えているが防具は一律してくすんだ様になるまで徹底的に艶消しが為されており、灰塵を被った戦場帰りのような有り様だ。端的に言ってみすぼらしい。異様な雰囲気であるが首から下がっている認識票は黒曜。まだまだ新人なのかワケがあって等級が落とされたのか判断がつかない人物だった。それに何故か旅支度でもしていたのか荷物を抱えている。

 

「ああ、疾走戦士さん。こちらの方々なのですが誰かを探されているようなんです」

 

「人探しか。私でよければ話を聞くが」

 

「まあこの際誰でもいいわ。オルクボルグを知らない?」

 

「だからかみきり丸だと言っておろうが」

 

「オルクボルグ、かみきり丸……」

 

 話を聞いた疾走戦士はううむと唸って何かを思い出すかのようにバケツ頭を傾けながら少し考え込んだが、心当たりがあったのか確認するように話し始めた。

 

「私の記憶違いではなければ……どちらも剣の名前ではなかったかね?昔なにかの伝説で名前を聞いた覚えがある。どちらも小鬼が近づくと青白く輝く伝説の剣だったはずだ」

 

「ほう、中々に博識ですな」

 

「こう見えても昔は本の虫でね。伝説やら伝承やらばかり読んでいたことがあるだけだ。そしてその伝説の剣に共通する異名が小鬼殺し。つまり探し人とはゴブリンスレイヤー殿のことではないかね」

 

「ああ!ゴブリンスレイヤーさんのことでしたか。彼でしたらまだ戻ってませんが」

 

 合点がいった様子で受付嬢はぽんと手を打ち合わせた。

 

「彼にわざわざ用があるとは、疑うまでもなくゴブリン退治の話だろう」

 

「なんでそう言いきれるの?」

 

「彼はゴブリン以外に興味をもたないからだ」

 

 事実、妖精弓手たちは小鬼殺しと呼ばれるゴブリン退治を専門としながら辺境三勇に数えられる人物への依頼をするべく派遣されたという背景がある。各種族の王たちは現在復活した魔神王への対策を協議中だが、その足並みは揃っているとは言い難い。国の地盤を揺るがすかのようにじわじわと被害を出し始めているゴブリン相手に軍を動かそうものなら要らぬ疑惑を持たれることになる。故に軍が動けぬのなら冒険者を使ってゴブリンを駆除させようという話になり、送り込まれたのが妖精弓手たちというわけだ。

 

 そしてややこしい(まつりごと)の話をするならと疾走戦士は監督官に談話室を貸してくれるように頼むと、あれよあれよという間に話を通し、そのまま妖精弓手たちを談話室へと案内すると、壁に寄りかかって談話室に居座っていた。

 

「ちょっと。アンタなんでまだいるの」

 

 怪訝に思った妖精弓手がソファーに沈み込みながら問うと、疾走戦士はバケツ頭をガチャリとならして答えた。

 

「ゴブリンスレイヤー殿は、無愛想というか無頓着というか、おそらく貴公らと会話するにしても悪気はないんだが無自覚の内に神経を逆撫でするようなことを平然と言い放つ方でな。要らぬ軋轢を生まぬように同席させてもらう。彼とは一党を組んでいることだしな」

 

 なんでそんな変なやつが銀等級になったのかと一同が疑問を浮かべていると、そこへ受付嬢に連れられて薄汚い全身鎧の男がズカズカと無遠慮な足取りで談話室へ踏み込んできた。

 

「俺に用事があると聞いた」

 

 

 △▼△▼△▼

 

 

「今魔神王が復活「待たれよ」なんなのよ人が話してるときに!」

 

 妖精弓手が事の始まりから説明をしようとすると、疾走戦士が話の腰を折るように口を挟んだ。これから話そうとしていることより大事なことがあって止めたんだよなと言わんばかりに妖精弓手がバケツ頭に不機嫌な視線を向けた。

 

「魔神王だのなんだの政の話は結構。しかし背景や思惑などどうでもいいことだ。ゴブリンスレイヤー殿にわざわざ依頼することなどゴブリン退治ぐらいしかあるまい。それ以外ならゴブリンを殺すのに忙しいと断られるだけだ」

 

「ゴブリンを殺すのに忙しいって……」

 

 あまりにインパクトのある文面に唖然とする妖精弓手をよそに、ゴブリンスレイヤーはピクリと反応を見せた。

 

「ゴブリンか」

 

「いや、あの」

 

「ゴブリンでないのか、どうなんだ」

 

「…………ええ、そうよ。ゴブリン退治よ。森人(エルフ)の領域の近くにある古い遺跡に」

 

「受けよう」

 

「へ?」

 

「規模は?上位種の有無は?現地の地図はあるか?」

 

 水を得た魚のように急に生き生きとしだしたゴブリンスレイヤーは必要な情報を捲し立てるように聞き出すと報酬は好きにしろと言い放つと席を立った。

 

「では私も同行する。ゴブリンは疾く殺さねば」

 

「そうか」

 

 ズカズカと揃って談話室を出ていく兜の2人組。なんなんだアイツらという感想が場を支配するがさまようよろいとバケツ頭は気にも留めなかった。そうして談話室から出てきたところで、魔女と話して時間を潰していた女神官が飼い主を見つけた子犬のようにゴブリンスレイヤーに近づいてきた。そして話しかけようとしたところで、脇にいたバケツ頭が女神官の肩を叩く。

 

「女神官殿、旅支度を」

 

「へ?」

 

「いつも通りゴブリン退治に行くが、今回は遠出になる故に急いで旅支度を。今回は他の冒険者も加わるので回復役が足らんのだ。それにゴブリン退治に慣れた神官など貴公しかこの辺境にはいないからな。であろう?ゴブリンスレイヤー殿」

 

 返事を促されたゴブリンスレイヤーはちらりと兜を女神官の方に向けてしばらく黙っていたが、またズカズカと無遠慮に歩きながらボソリと呟いた。

 

「好きにしろ」

 

「……はい!好きにします!」

 

 その後さらっと集合場所に一番乗りしていた疾走戦士は、特に何か準備をしたようには見えない。妖精弓手が初めて見たときと同じく灰を被ったような装備に荷物を抱えた姿だ。普段から多くの道具を持ち歩くような質かと思っていたのだが、女神官が言うには普段は雑嚢に最低限の装備だけを持ち歩いているらしく、今回のように荷物を担いでいるのは珍しいことらしい。もしやコイツどこからか情報を仕入れてきた間諜の類ではないか?と疑うほどに疾走戦士は用意周到だった。

 

「足はあまり上げぬように、地面と少し擦るように歩くといい。普段の歩き方で長い距離を歩こうとすると存外しんどいものだ」

 

「そうなんですか?」

 

「まあこの歩き方だと靴底の爪先と踵の減りが速いから貧乏人には向かぬがな」

 

 また疾走戦士は旅慣れしていた。疲れない荷物の背負い方、足を痛めぬように長距離を歩く方法などを熟知しており、旅慣れしていない女神官に時折助言をし、少しでも疲れが溜まったと見るや小休止や水分補給をちょくちょく挟むように気を配っていた。曰く、溜まった旅の疲れは一晩寝て全て回復するものでもないとのこと。故になるだけ疲れを溜めぬように移動し、万全の状態で翌日に臨めるようにするらしい。女神官は疾走戦士が商人の出自ということを知っていたため、行商で歩いた経験なんだろうと1人納得した。

 

 

 △▼△▼△▼

 

 

 陽も落ち、すっかり暗闇に包まれた平原。照らすのは星々の煌めきと2つの月。その一角では暖かな焚き火の光が一党を淡く朱色に染め上げている。食い物にうるさい鉱人道士と蜥蜴僧侶は肉だの酒だのを早々に持ち出しては酒盛りに精を出していた。鉱人道士の火酒が振る舞われ、ゴブリンスレイヤーがそれをぐいと飲み干す。当然ながら野郎の1人である疾走戦士にも杯が回ってきたが、器用にバケツ頭に杯をねじ込むようにしてちびりと少しだけ嗜んだが、ううむと唸って杯を眺める。

 

「やはり強い酒は私にはキツいな」

 

「なんでぇ、そのナリで下戸か?」

 

「こう見えても歳は女神官殿と同い年でな」

 

 興味津々に疾走戦士の杯をひったくり、火酒を口に含んだタイミングだった妖精弓手は、火酒がキツイのと疾走戦士が自分の100分の1も歳を食っていないことに驚いたのが合わさり盛大に吹き出した。もったいねぇ、と鉱人道士が顔をしかめるが彼もてっきり20と少しくらいと勝手に思っていたので驚きが強いのは同感だった。

 

「さて、酒に弱い御同輩はこちらでもどうかな?」

 

 疾走戦士は旅用の背負い袋から取り出したのは衝撃をやわらげるために布が幾重にも巻かれた瓶だ。それを取り外すと中には黄金色の液体が揺れている。珍しい物好きな妖精弓手がズイと顔を近づけてなんだそれはと目を輝かせた。

 

「なにそれ!」

 

「白葡萄酒だ。香りがよく、口当たりも甘く爽やか。酒精も薄く飲みやすい」

 

 酒を飲むとしたら専らこればかりでな、と疾走戦士が蓋を外すと通常の葡萄酒とは違った独特な香りが広がる。寄越せと言わんばかりに無言で杯を突き出す妖精弓手に疾走戦士も無言でそれを注いでやる。野郎共も気になったのか杯を寄越すので、結局全員に飲ませることになったが疾走戦士は好みが別れると注意した上でまずはお試しにと少しだけ注いだ。

 

「わぁ~!私この味好き!」

 

「はい。甘くて飲みやすいですね」

 

「ん。まあ女子供には喜ばれる味だわな。儂はやっぱりこれ(火酒)よ」

 

「拙僧はこれもアリだとはおもいまするが、やはり酒は血のように濃くなくては」

 

「……………………」

 

 女性陣には好評だったが鉱人道士は趣味が合わなかったらしい。ちなみにゴブリンスレイヤーは火酒の時と同じく一息に飲み干して無言のままだ。疾走戦士も兜を意地でも外す気がないのか、またバケツ頭に杯をねじ込んで白葡萄酒を味わっていた。

 

「この酒は造る際に白葡萄の皮と種を取り除く手間暇がかかるから流通量が少なくてな。それに好むのは私のような物好きか女子供ばかりであまり一般には出回ってないのだよ」

 

 貴族連中は酒精より香りと味にこだわるからそっちではいくらか出回ってるらしいが、と付け加えるように呟く疾走戦士。じゃあこれ貴族向けの酒なのかと値段が心配になってきた妖精弓手だったが、どうやらツテでどこからか仕入れて来ているらしく、辺境の街のギルドの酒場にもさりげなく仕入れられているらしい。地味に一部の冒険者や受付嬢ギルド職員から好評らしく一定の需要を得ているのを後に女神官は知ることになる。

 

「ところで、みんなはどんな理由で冒険者になったの?」

 

 酔いがいくらか回ってきた頃、妖精弓手が唐突に言い出した。それに鉱人道士は旨いもんを食うため、と妙に堂々とした様子で答えた。蜥蜴僧侶は異端の心臓を喰らい位階を高めて竜に至るためと答えた。妖精弓手は首を傾げたが、祖竜信仰という偉大なる祖先を崇め、自分達もその領域まで鍛練すれば竜に至れるという考えだと疾走戦士が注釈を加えた。蜥蜴人(リザードマン)は皆戦で死んでしまうため正確な寿命がわからない種族だ。死なずに鍛練を続ければ延々と成長を続けると言われているため、もしかすると本当に竜になれるかもしれない。少なくとも当人達はそう信じているようだ。

 

 女神官は困っている人のためになればと思って、と答えた瞬間に顔が赤くなり始めている妖精弓手にもみくちゃに撫で回されていた。まるで酔っ払った親戚のような有り様だったが被害は女神官だけなので一党は生暖かい目で眺めるにとどめた。ゴブリンスレイヤーはゴブリン、と言いかけたがアンタはだいたいわかってると妖精弓手に止められた。無言で微動だにしないゴブリンスレイヤーの表情はわからないがどこか釈然としない様子だ。

 

「で?アンタはどうなのよバケツ頭」

 

 遠慮してそれとなく言わないようにしていたのにとうとう口に出して言いやがったコイツ、という鉱人道士の視線をものともせず白葡萄酒のおかわりを要求しながら疾走戦士に問う妖精弓手。それに怒るでもなく白葡萄酒を注いでやりながら疾走戦士は返答をした。

 

「以前女神官殿には語ったが冒険者になれと託宣(ハンドアウト)を受けてな。アルトゥーエ?だかアルティーエと名乗る神、この世界風に言えば疾走神と言っていたか。故に冒険者になるきっかけをくれたこの謎の神にあやかって私は疾走戦士と名乗っているのだよ」

 

 疾走戦士の名前の由来を聞いた一同はそれは外なる神とか邪神じゃないのか?と以前の女神官が抱いたものとほぼ同じ感想を抱いた。

 

「なに?あんた神官戦士なの?」

 

「いいや?だが何故か向こうがわりと頻繁に託宣(ハンドアウト)を寄越すのだ。ここをこうしたほうが早いだの、そこにゴブリンが隠れているだのやけに具体的なのを。面白がられているのか、気に入られたのかはわからんがな」

 

 本人が気にしていない様子なのであまり強くは言えないが、相手は何を由来とするのか不明な外なる神だ。自分だけでも気に留めておこうと女神官は思った。

 

「では、1枚でいいから摘まんでおくといい。疲れに効く」

 

 そう言って疾走戦士はまた荷物を漁ると小ぶりな瓶が取り出された。中には薄くスライスされたレモンが蜂蜜とともにこれでもかと詰め込まれている。レモンの強烈な酸味が蜂蜜で緩和された手頃なデザートだ。お子様舌な妖精弓手がひょいひょいと数枚を口に放り込み、甘味が染み渡る感覚に歓喜の声をあげているのを傍目に、女神官も1枚口に含んでみる。甘く濃厚なやさしい味わいが口に広がる。今度神殿のみんなにも持っていきたいと思うほどには癖になる一品だった。

 

「もうちょっと……」

 

「耳長娘、少しは遠慮せんか。おまえさんそんなだからいつまで経っても金床のままなんじゃ」

 

「なんだと~う!」

 

 

 △▼△▼△▼

 

 

 もぞり、とダンゴムシのように丸まっていた妖精弓手は身じろぎと共に目を覚ました。今は何時だ?たしか交代で見張りをするという話になってオルクボルグ、バケツ頭、私の順でやることになってたはず。というところまで思い出した妖精弓手は意識が急激に覚醒すると共にがばりと起き上がった。空を見れば東の空の果てがうっすらと明るみ始めている。

 

「寝過ごした!?」

 

「よくお休みだったようで」

 

 振り返ると焚き火の傍にはバケツ頭の謎の人物、疾走戦士が座り込んでいた。疾走戦士は火を絶やさぬように薪を放り込みながら、合間に盾を手入れしつつ番をしていたようだ。

 

「交代なんだから起こしなさいよ」

 

「いや、よく眠っておられる様子だったからな。起こすのは忍びなんだ」

 

 代わりに遺跡の探索では期待している、などと大袈裟な世辞を言って見せる。そう言われては妖精弓手もこれ以上言うのは野暮というものだ。なら先達らしく実力を示してやろうではないか、と鼻息を荒くした。

 

 そして、実力を示した直後に妖精弓手はひどい裏切りを受けることになった。

 

「…………」

 

「イヤよ!絶対イヤあああああああ!!」

 

「ならば次からは匂袋で誤魔化すのをおすすめする」

 

 抵抗虚しく、前方をゴブリンスレイヤー、後方を疾走戦士に挟まれた妖精弓手はあまりのおぞましさに悲鳴をあげた。兜の2人組にゴブリンの体液を前から後ろからと満遍なく塗りたくられる。事の始まりはゴブリンは鼻が利く、と突然死体をえぐりだしたゴブリンスレイヤーだった。前方からにじり寄るゴブリンスレイヤーから逃れようと振り返ったら疾走戦士に襤褸でこしたゴブリンの体液を振りかけられたのだ。疾走戦士のひどく無慈悲なその口調が怖かった。遠い目をした女神官がひどく実感のこもった様子でこう言った。

 

「なれますよ」

 

 こんなのに慣れたら負けだと思う。妖精弓手はそんなことを考えて現実から目を逸らした。

 

 

 △▼△▼△▼

 

 

 多少のハプニングこそあったが遺跡の探索は順調だった。罠の発見は本職の妖精弓手と器用貧乏なゴブリンスレイヤーが発見し回避することで戦闘もなく進めていた。ほどなくすると分かれ道にぶつかり、鉱人道士は床のすり減り方からして左がねぐらだと判断したがゴブリンスレイヤーの提案で先に右の探索をするという話になった。

 

「逆の方に行ってなにがあるっていうの?」

 

「若輩者の浅知恵ではあるが、こういう場合は大抵犠牲者が転がってるか、まだ生きているものがいるかの二択の場合が多いと思う。生き残りを救うにしても残留物から情報を得るにせよ、背後にゴブリンが1体でもいるというのは面白くない」

 

 まだ遊んでいる輩がおるやもしれん、と不穏なことを口走る疾走戦士にそれはどういうことかと聞こうとしたときに行く先から漂う強烈な悪臭に一同は眉をしかめ、妖精弓手は思わず鼻を押さえた。平気そうなのはゴブリンスレイヤーと疾走戦士、そして意外にも女神官。良くも悪くも嗅ぎ慣れた臭いだった。

 

 ゴブリンスレイヤーが粗末な戸を蹴破り一党が突入すると、汚物溜めとして扱われている不潔な部屋の中央には、半身を惨たらしく潰され弄ばれた森人(エルフ)の冒険者の姿があった。それを確認するやいなや疾走戦士は突如として松明を森人(エルフ)の冒険者の足元に投げつけると同時に駆け出した。何を、と問おうとする間もなく肉を抉る音が響く。松明を投げた先にはゴブリンがおり、詰め寄ってきた疾走戦士に反射的に飛びかかったところを縁の鋭利な盾で切り裂くようにして打ちのめされたのだ。

 

 一党が騒然とするのを気にも留めず、疾走戦士は松明を拾いつつゴブリンを踏み潰して確実に息の根を止めると森人(エルフ)の冒険者の拘束を断ち切り、女神官に手当てをするように声をかけた。慌てて女神官が駆け寄り小癒(ヒール)の奇跡で傷を癒し始めたのを確認すると、周囲の血と汚物にまみれたガラクタの山を漁りだした。

 

 押し寄せた吐き気でどうしようもなくなっていた妖精弓手がおかしなものを見る目で疾走戦士を目で追うと、彼はガラクタの山から雑嚢を引っ張り出しているところだった。

 

「ゴブリンスレイヤー殿、手書きの地図だ。おそらくはこの遺跡のものだろう」

 

「見せろ」

 

 地図をゴブリンスレイヤーに預けた疾走戦士は、結局吐き気に耐えられず吐瀉物を部屋の隅に撒き散らしてえずいていた妖精弓手にずいと手にした雑嚢を渡してくる。

 

「同胞のものだろう。貴公が持っているといい」

 

「あれも……託宣(ハンドアウト)だっていうの?」

 

「そうだな。ゴブリンの存在を知らせるものだった」

 

「なら一言でも声をかけるとかないワケ?」

 

「時間が惜しかった。ゴブリンにいつ人質をとられるやも知れぬ状態だったのだ」

 

 言われればああそうかと納得してしまいそうな理由を疾走戦士は並べ立てる。確かにそうなる可能性もあるにはあるだろう。だが、それはそこまで性急に成さねばならないことだったのか?僅かな違和感を感じるものは感じただろう。なぜそこまで()く必要があるのかと。だが、それを感じ取ったのは彼とそこそこの場を共に踏んできた者の中で、壊れていない者。ゴブリンスレイヤーは早くゴブリンが死ぬのならそれに越したことはないと納得してしまい気付かぬだろう。唯一、以前感じた歪さを再び垣間見てしまったのは女神官のみだった。

 

 おかしな見た目から異様さを感じることこそあれど、商人の生まれによる育ちの良さと教養から生じたであろう性格は多少やり過ぎな面こそあれど勤勉な人格者のそれである。それがギルドに評価され同期の冒険者では真っ先に黒曜等級へと昇級したほどだ。だが冒険中に見せる常識外れの不可解な行動の根底には急ぐことへの強い執着心があるように見えた。

 

 もしや、過去に何かに間に合わなかったことによる後悔があるのだろうか?あの時急いでいればという自責の念からあんな極端な行動を取るようになってしまったのか?

 

「行くぞ。地図があればゴブリンの襲撃への対応がしやすくなる」

 

「地図は実際の地形との確認こそ必要だが前情報のあるなしは大きい。地図が正確なら道に迷うことなく、それだけ早く元凶にたどり着けるというわけだ」

 

 思考に耽っていた女神官はゴブリンスレイヤーの声にハッとして現実に引き戻される。森人(エルフ)の冒険者は蜥蜴僧侶の召喚した竜牙兵(ドラゴントゥースウォリアー)によって遺跡外に連れ出され、一党は探索を再開しようとしていた。考え事は冒険の終わった後にしよう。そんなことを考えているほどの余裕は未熟な自分にはないのだから。改めて気を引き締めるように女神官は錫杖をぎゅっと握りしめた。

 

 何度かの小規模の戦闘も危なげなく乗り越え、遺跡の最深部近くまで一党は到達した。少し開けた安全なスペースを確保し、最後の小休止として体を休めている最中である。みな腰を降ろし疲労の回復に努めるなか、遺跡へ突入する直前からゴブリンの体液を塗りたくられ、無惨な同胞の姿を目撃し、色々と精神的ダメージを受けたことにより遺跡に突入する前の快活さはどこへ消え失せたのか、意気消沈気味の妖精弓手がやや血の気の引いた青白い顔をして虚ろな表情を浮かべていた。

 

「貴公、2000歳と聞いていたが精神年齢は下手をすると成人前の童並なのか」

 

「おいおいおいさすがの儂もからかうのを自重してたというにおまえさんには容赦というものがないんか」

 

 そこへ疾走戦士のドギツイ皮肉が突き刺さる。さすがの鉱人道士も事実だが今それを言うこたぁないだろと諫めるが、表情のわからないバケツ頭が何を考えているかは鉱人道士には読めなかった。

 

「うるっさいわね。私の100分の1も生きてない奴に言われたくないわよ」

 

 顔色こそ悪いが、額に青筋を浮かべながら皮肉を返す妖精弓手。半分くらいはお前らのせいでダメージを受けているんだよと言わんばかりに兜の2人組を睨み付けた。

 

「まだ言い返せるようで結構。辛い疲れたと喋れる内はまだまだ大丈夫だ。本当に限界の者は無言で倒れて気がつくと遥か後方で置き去りになってしまうものだ」

 

「嫌に実感の籠った言葉ね、それ……」

 

 これが疾走戦士なりの激励だということは薄々感じていたが、うら若き上の森人(ハイエルフ)の乙女にかける言葉がそれかと思うところもある。いや別にお姫様扱いしろというわけでもないが。これでも銀等級の冒険者なのだ。先達には先達の矜持というものがある。いつまでも情けない姿を晒すものでもないか。そう思ってからの妖精弓手の回復は早かった。

 

「まったく単純な奴だのう」

 

「何か言ったかしら?」

 

「いんやなんにも」

 

 森人(エルフ)鉱人(ドワーフ)の長年続くもはや種族間の伝統と化した皮肉の応酬をしているほうが“らしい”のだ。ようやくいつもの調子に戻ってきたことに、鉱人道士は不器用なフォローを入れた疾走戦士に感謝した。放っておいたらもっと不器用なかみきり丸が容赦ない一言で荒療治する可能性もあったのだから。

 

 

 △▼△▼△▼

 

 

 遺跡の奥は吹き抜けの回廊になっていた。回廊の底はゴブリンのねぐらになっており、かなりの数が確認できる。両手両足の指を合わせても足りぬだろう。そこで一党が取った手段は単純明快、精霊術によりゴブリンを泥酔させ、奇跡により音を消し去った状態で寝込みを襲う。無防備に寝ている悲鳴もあげられぬゴブリンをゴブリンスレイヤー、蜥蜴僧侶、疾走戦士がそれぞれ草でも刈るかのように命を刈り取っていく。

 

 ゴブリンスレイヤーは転がる雑多な武器を使い捨てるようにして、蜥蜴僧侶は祖竜術により呼び出した鋭き爪のごとき刃で喉元をかっ捌き、疾走戦士は縁の鋭く研がれた盾を振り下ろし処刑するようにして圧し切る。血にまみれながらのそれは命を奪っていると言うのになんの感情のやり取りもなく、ただただ作業的だった。

 

 その異様な有り様を上から見ていた鉱人道士と女神官、そして2人の護衛として残った妖精弓手。彼女は複雑な心境で思わず呟く。

 

「……情けないわね、私」

 

 銀等級にもなって、たかがゴブリン相手だというのに、黒曜等級の後輩に気を使われて護衛などと聞こえのいい理由であの殺戮から遠ざけられている。きっとあの殺戮で精神をすり減らしてしまうのではと守られているのだ。なんと情けないことか。いくら歳を重ねようとも森にいた頃より多少冒険をするのが上手くなっただけ。だから森の爺さまたち長老や姉さまに子供扱いされるのだ。

 

「いつもこんなことしてるの?あなた達」

 

「ええ、まぁ。概ねこんな感じですね」

 

 女神官はこれほどひどいのは初めてですがと、付け加えた。規模が違うだけで、彼らはいつも薄暗い巣穴に潜って血にまみれながらああやってゴブリンを殺しているのだろう。それがひどく腹立たしく思えた。だって不公平ではないか。片や冒険者となった小娘が未知の発見に目を輝かせ、片や黙々とゴブリンを駆除しているだけだなんて。そんなものが冒険だとは断じて認められなかった。

 

「……終わりか」

 

「終いですな」

 

「一段落だな」

 

 ゴブリンスレイヤーは血糊で使えなくなった錆びだらけの短剣を投げ捨て、蜥蜴僧侶はびゅんと刃を振るい血払いをし、疾走戦士は盾を装備し直した。まだ遺跡は奥に続いているようだ。上で待機していた一党も合流し、いざ進まんとしたところで低く恐ろしい声が地響きと共に回廊に反響した。

 

「小鬼どもがやけに静かだと思えば、鼠が紛れ込んだか」

 

 現れたのは筋肉の鎧で全身を包み、鋭い角と爪牙を持つ巨人だった。巨大な武器を担いだそれは歩く度にずしりと地面が揺らぎ、対峙するものには怖じ気が走る。恐るべき怪物、人喰鬼(オーガ)である。

 

「オーガッ!?」

 

「…………?ゴブリンではないのか」

 

 慌てる妖精弓手をよそにゴブリンスレイヤーは的外れな疑問を抱いていた。銀等級冒険者でありながらゴブリン以外に興味を持たなかった弊害だろう。

 

「貴様、我を小鬼風情と……ッ!?」

 

 唐突にオーガの言葉が途切れる。飛んできた粗末な手斧が分厚い胸板に当たり弾かれたのだ。下手人は疾走戦士。何を思ったのか落ちていたゴブリンの武器を不意打ちで投げつけたのだ。混沌の勢力とはいえオーガも尖兵を率いる将軍を任せられるほどの者だ。矜持もあるし、戦いの前の名乗りや前口上を蔑ろにすることは意外にも少なかった。むしろそうやって名乗りをあげたものを正面から叩き潰すことに拘りがあると言えるほどに武人肌である。それを邪魔されたオーガが烈火の如く怒りを抱くのは当然と言えた。

 

「戦の礼儀すら知らぬ蛮族ならば相応の代価を支払わせてくれよう!!」

 

 止める間もなく疾走戦士は盾を構えて飛び出していく。オーガは鉄塊のごとき戦槌を大きく振るい、迫り来る壁のような一撃でもって薙ぎ払った。疾走戦士は振るわれる戦槌へと盾を合わせ、鈍く響く金属のぶつかり合う音を奏でた次の瞬間には押し戻されるように一党の元へと弾き返された。

 

「……ぬぅ、浅いか」

 

 忌々しげにオーガが呟く中、床を滑りながらも姿勢を崩さずにすっ飛んできた疾走戦士を蜥蜴僧侶が咄嗟に受け止めた。なぜ挑発するような真似をという言葉を呑み込み、女神官が怪我の有無を確認するように尋ねる。

 

「疾走戦士さん!怪我は!」

 

「子細なしだ。ただ奴の得物が大きすぎて反動は受け切れなんだ」

 

「馬ッ鹿じゃないのアンタ!?あれ金等級の冒険者が相手にするような怪物なのよ!?」

 

 平然と言い切る疾走戦士の姿に、おかしなものを見る目で妖精弓手ががなり立てた。バケツ頭をひっ掴み、おもわず左右に揺すりながらである。お前本当に黒曜等級なのかと疑いたくなるような疾走戦士の盾の腕前には蜥蜴僧侶も戦士としての血が滾るというものだ。

 

「いやはや、あの一擊を防ぐとは見事。これは我らも負けてはいられませぬな」

 

 あの巨大な戦槌を防ぐには単純に盾で受けるだけでは足りない。馬鹿正直に受け止めるのではなく全身に衝撃を分散する巧みな受けの技術が必要だろう。よくその年で修めたものだと蜥蜴僧侶は興奮よりも驚きの感情の方が強かった。戦闘民族の感想など余人にはあまり参考にはならぬだろうが。

 

「よく受けた、蛮族にも褒美はやろう。受け取るがいい……!《カリブンクルス(火石)》……《クレスクント(成長)》……」

 

 ぼ、とオーガの掲げた掌に小さな火種が現れたかと思うと、それは急激に膨れ上がり始め、熱波が周囲をじりじりと焦がし始めた。

 

「真言呪文……!火玉(ファイアボール)が来るぞッ!!」

 

「ボールなんてサイズじゃないでしょあれ!」

 

「んなもん球体なんだからどこまでいってもボールじゃろがい!」

 

「うっさいわねわかってるわよそんなの!」

 

「仲がよろしいのは結構ですが、このままでは黒焼きになってしまいますぞ!」

 

「皆さん私の後ろに!!」

 

 女神官の叫びに一同は彼女が何をするのかを一瞬で察し、彼女を支えるように周囲に集った。錫杖を構え、深呼吸する彼女の肩を支えながらいつもの調子でゴブリンスレイヤーは命じた。

 

「頼む」

 

「はいッ!《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》」

 

 地母神への祈りは地の底であろうとなんの障害もなく通じ、清らかなる光が女神官に集う。閉じていた目を見開き、女神官は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 

「『聖壁(プロテクション)』!」

 

「《ヤクタ(投射)!》」

 

 放たれた火玉は一党を守る聖壁へと突き刺さり、確かに受け止められたが火玉は未だに前進を止めていない。軋むような音と共に聖壁にひびが入った。めきり、めきり、と押し潰すようにひびが広がっていく。聖壁を維持するために女神官は歯を砕けんばかりに噛み締め、祈りを続ける。しかしこのままでは突破されるのが時間の問題であることは術者である彼女にはよくわかっていた。故に彼女は賭けに出た。すでにこの術の行使で回数は消費しきっていたが、それを承知の上で女神官はもう一度聖壁を唱えた。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、大地の御力でお守りください!!》」

 

 そして彼女の祈りは届いた。失神しかけるほどの精神力と引き換えに奇跡は成った。もう一枚、先程よりも強固な聖壁が今度こそ火玉の勢いを食い止めた。迫り来る高熱を見事受け切り役目を全うした女神官は急に膝に力が入らなくなりその場に崩れ落ちたが、傍にいたゴブリンスレイヤーが受け止める。

 

「よくやった」

 

 その言葉に戦闘中だというのに女神官はひどく安心してしまい、『誉められた!』という一文が胸中をかけ巡る。脳内のちび女神官たちも大騒ぎである。

 

「女神官殿を下がらせよ!時間はこちらで作る!」

 

 聖壁が消えるとほぼ同時に、熱で煙の上がる床を蹴り、疾走戦士が名の通りに疾走した。煙に紛れてオーガへと詰め寄ろうというのだ。

 

「あの弾丸坊主め、壁役(タンク)の動きとしちゃあ満点だが黒曜等級を盾にしたのでは儂らの立つ瀬がないわい!」

 

「拙僧らも参りますぞ!」

 

「ああもう!」

 

 疾走戦士は詰め寄るやオーガに斬りかかったが正面から打ち付けられた刃はさほど沈まず、厚い筋肉に阻まれ浅く切り傷をつけるに留まった。しかも見る間に湯気をたてて傷が塞がっていくではないか。

 

「正面からは筋肉で刃が通らん!急所を狙え!」

 

「ええい鬱陶しいぞ蛮族めが!」

 

 疾走戦士を叩き潰そうと鉄塊のごとき戦槌を肩に担ぐようにしてミシミシと筋肉の収縮する音を立てながらオーガは必殺の一撃を構える。

 

「『石弾(ストーンブラスト)』ォ!!」

 

 そこへ裏で術を行使していた鉱人道士の石弾がオーガを次々と打ち据えた。たまらず動きの鈍ったオーガの隙を見逃さず、疾走戦士は戦槌の届かぬあたりまで下がる。

 

「食らえッ!」

 

「ぬおおおおおッ!?」

 

 礫から目を庇っていたオーガへと盾にしていた腕をすり抜けるような軌道で矢が飛翔し両目を潰した。妖精弓手が放った二連打ち(ダブルショット)での同時目撃ち(アイショット)という超絶技巧でもってオーガの視力を奪って見せた。

 

 期に乗じてゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶、召喚した竜牙兵(ドラゴントゥースウォリアー)が次々と足の腱を断つべく疾駆する。2本足で立っているのだ。構造が人と然程変わらぬなら腱を断てば巨体を支えられなくなるはず。苦悶するオーガの足へと刃を走らせた、しかし強度はまた別の問題だったようで、なんと表面を浅く切っただけ。怪物の筋肉は急所であろうと堅牢なのに変わりはないということか。

 

「侮るなよ矮小な猿風情が!」

 

 一瞬の驚きからかゴブリンスレイヤーが思わず身を止めたその場所へ、狙い済ましたかのように戦槌が床を削り取りながら迫ってきていた。まずいという思考のみが先行したゴブリンスレイヤーは、戦槌の代わりに横合いから突き飛ばされた。何を、と唯一追いついた視線を巡らせると、疾走戦士がゴブリンスレイヤーを庇うように戦槌との間に割って入っていた。ゴブリンスレイヤーは拳1つ分の距離を戦槌が通り過ぎて行き、それが疾走戦士の盾を僅かに捲るようにして直撃するのを目撃した。

 

 疾走戦士は蹴られた小石のように地面に水平に吹き飛び、回廊を支える巨大な柱へと盛大な砂埃をあげながら叩きつけられた。あれはマズイと一党の誰もが思ったがそれに反して砂埃の向こうから大声が響く。

 

「大丈夫だ!!集中されよ!」

 

 疾走戦士の兜でくぐもっているにしてはやたらと響く声に背を押されるようにして、一党は戦いの手を緩めずに一層の攻勢を強めた。それを後ろで見ているしかできない女神官は、砂埃に隠れた疾走戦士を案じ、駆け寄った。そして、見てしまった。

 

「疾走戦士さ…………!?」

 

「後生だから騒がれるな女神官殿。たかが骨が飛び出ただけで騒いでは冒険者などやってられん」

 

 盾に隠された腕はひどくひしゃげ、肘のあたりからは鮮血とともに白いものが突き出している。それを疾走戦士は何でもないように言うと、ぐい、と無造作にもう片方の腕で元の位置に戻すように無理やり押し込んだ。唸るような苦悶の声が反射的に兜から漏れるが疾走戦士はそれを忍耐力で捩じ伏せると雑嚢から治癒の水薬を引っ張り出して呷った。ぐちゃぐちゃだった腕は多少は元の形に回復したがそれでも治りきっていない箇所からは血が滴り骨が見え隠れしている。その状態であろうことか疾走戦士はよし、などと宣う。

 

 止めないと。この人を止めないとあの暴風の渦へとまた飛び込んで行ってしまう。女神官は知ってしまった。疾走戦士は無自覚の狂信者なのだ。あんな大怪我をしても目的のためにそれを精神力で捩じ伏せてしまう。非人間的なほど目的へ邁進する純粋さ故の狂気。それが女神官の感じた歪みだったのだ。現に彼は自分を庇おうとすることを余計なことだと断じて戦闘に戻ろうとしている。感じた危うさから女神官は咄嗟にまともに力の入らない手を伸ばそうとしたが、回廊に響き渡る砲声のような怒号がそれを阻んだ。

 

「貴様らあああああ!!塵も残さず焼き付くしてくれる!!《カリブンクルス(火石)》……」

 

「また火玉!?次はもう耐えられんぞ!!」

 

 再度詠唱に入ったオーガを止めるほどもう一党に余裕はなく、耐える術もない。術者は全員が術の使用回数を使い果たしかけており、鉱人道士も鞄の触媒の残りを確認して青ざめた。しかし飄々とした態度で肥大化し始めた火玉へまっすぐ歩みを進める者がいた。ゴブリンスレイヤーである。雑嚢から丸められた羊皮紙を取り出し、それを片手にオーガの前に立ち塞がる。

 

「二度も同じ手を使わせると思ったか」

 

 兜から赤い眼光が尾を引くような幻覚を見せる薄汚い鎧の冒険者と開いたゲートから吹き出す水流がオーガの最期に見た光景となった。

 

 

 △▼△▼△▼

 

 

「大丈夫じゃないじゃないの!?」

 

辛うじて元の形を保っているといった有り様の疾走戦士の腕を見て妖精弓手はほぼ悲鳴に近い叫びをあげた。大丈夫だと自信満々に言うものだからすっかり騙された。

 

「あの状況で盾持ちがお荷物などとオーガに知れたら一大事だろう」

 

「だからって……怪我を隠す理由にはならないと思います!」

 

「ひとまず拙僧の『小癒(ヒール)』で傷を癒そう。戻ったらしかるべき所でしかるべき処置をなされよ。戦傷は勲章なれど治療をせぬ理由にはなりませぬからな。《古兵(ふるつわもの)たる鴨嘴竜(ハドロス)よ、傷の痛みを克己せし、その強さを分けたもう》」

 

蜥蜴僧侶が手をかざし詠唱すると、疾走戦士の腕は血塗れのままだが見え隠れしていた骨は皮下にしっかりと納められ、本来の姿を取り戻した。あとは医者なり治療士の領分だろう。

 

「さすがにそろそろだわな。引き際を見誤るほど愚かではなかろう。のう?かみきり丸」

 

「ああ。今回は終いだ」

 

あっさりと引き下がることを決断したゴブリンスレイヤーに続くようにして一党は来た道を引き返した。入り口には森人(エルフ)の里から寄越された戦士たちが迎えの馬車と共に待ち受けており、労いの声をかける戦士たちをほぼ無視するように一党は馬車へと乗り込んだ。残党の後処理をするべく遺跡に突入していく姿を尻目に馬車は走り出した。

 

 ガタガタと車輪が立てる音を子守唄に、一党は辺境の街へと向かう馬車に揺られていた。オーガ討伐を成した一党は大半が泥のように眠っている。そんな中で妖精弓手は釈然としない様子で呟いた。

 

「やっぱり嫌いだわ……オルクボルグもバケツ頭も」

 

 ゴブリンを殺すために手段を選ばずそれ以外に興味のない冒険者と、目的のためになら腕から骨が飛び出そうが構わない冒険者。非常に気に食わない。普通ではないことが普通になっているのだ。そんなのおかしいではないか。断じてそんなものは冒険者とは認められない。戦うだけが能なら傭兵か兵士にやらせればいい。

 

 妖精弓手にとって冒険というのは未知の発見による喜びや達成感を得られる楽しいことなのだ。いつかあの馬鹿2人にもそれをわからせてやらなくてはならない。冒険とは楽しいことなのだと。でないと、あまりにも救いがない。命を懸けて得られるのが血にまみれることと自己満足などでは。

 

 だからいつか本当の冒険につれていってやるのだ。

 




なおバケツ頭こと疾走戦士君は自己満足だけで幸せなのでどう足掻いても救えない模様。RTAなんて所詮自己満足だからね仕方ないね。
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