比奈は、後藤と士を多国籍料理店クスクシエへ連れて行った。
「それで、教えてください。映司君に何があったんですか?」
店内のテーブルに二人を付かせた後、比奈は身を乗り出して言った。
「なぁに?映司くん、どこか行っちゃったの?」
女性の店主・白石知世子が丸で中世の貴婦人のような姿で尋ねてきた。
「あ、いや…。あいつ、またどこか旅に出たみたいで。実は、友達の誕生日祝いをしようって約束してたのにも関わらず勝手に行ってしまうもんですから、これから探しに行こうって話しです。」
後藤は適当な嘘を言った。すぐさま答えた後藤に、比奈は目を丸くしていた。
「まぁそうだったの~。映司君、旅するの大好きだものねぇ。あ!もしパーティーするなら、是非うちでやってちょうだい!貸し切りにしとくからねぇ。」
「あ、ありがとうございます。」
比奈が答えると、知世子は店の支度の為に厨房の奥へと行った。
「…彼女は、世界から何かの役割を与えられているのか?」
厨房の奥を見つめながら、士が言った。
「役割…?どういう意味ですか?」
比奈が士に尋ねたが、何でもないと言って、本題に戻った。
「火野映司が消えたのには、ミラーワールドが存在していた世界・龍騎の世界を探る必要がある。だから、これから龍騎の世界へ向かう。」
士が言った。
「その、りゅうきの世界っていうのは、どうやって行くんですか?」
「ついて来るつもりか?」
「え、はい。」
丸で当たり前だと言うように比奈は答えた。
士は溜め息を一つつくも、何かを察したように口を開いた。
「簡単だ。」
士は、どこを指すでもなく手をかざした。すると、店内に銀色のオーロラのようなものが現れた。
「これは!?」
後藤が驚いて言った。
「それって海東さんと同じ。」
一方の比奈は、一度見たことがあるためか特別驚く様子はなかった。
「一々海東を引き合いに出すな。調子が狂う。」
士が言った。
「このオーロラの先は、龍騎の世界になっている。こいつをただ潜るだけだ。」
「そんな簡単な。」
後藤が言った。
「…だが、いいのか?お前もライダーなら、ここを離れると都合が悪いんじゃないのか?」
士が後藤に尋ねた。
「…他にも仲間がいるから、心配はない。」
後藤が答えた。
「行きましょう!映司君を助けに!」
比奈が促すように言った。
「…行くぞ。」
士は、二人に先んじてオーロラの奥へ進んで行った。後藤と比奈もそれに続くようにオーロラの奥へと進んだ。
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ある場所で、二人の騎士が戦っていた。一人は巨大な鋏を持つ橙色の騎士、もう一人は槍のような剣を持つ紺色の騎士だ。それぞれカードのようなものを使って戦っていた。カードの力でお互いが強く衝突する。橙色の騎士は、腰に装着された四角い物体が壊され、間もなく消滅した。
場面が変わった。今度は赤い騎士と対面していた。その騎士とは敵対しているハズなのに、どこかそれを望まない気持ちがあった。
『俺は絶対に死ねない!一つでも命を奪ったら、お前はもう後戻りできなくなる!』
赤い騎士が紺色の騎士に向かってそう言った。
また場面が変わる。今度は血を流し今にも息絶えそうな男が車に寄りかかっている。
『おい…!○○!!死ぬな!○○!!』
目の前の男に向かって叫んでいる。既に息絶えているにも関わらず。いつかはこうなることはわかっていたが、それを望んでいない自分がいた。しかし、この男は誰なんだ?
そして、金色に輝く騎士が目の前にいた。突如飛来した不死鳥と一体化し、強い光を発しながら脚を向けてきた。
それでも、紺色の騎士は剣を手にそれに応じた。そして…。
「うわあっ!!!!」
男は勢いよく体を起こした。全身汗に濡れていた。
「はぁっ…はぁっ…!」
「…蓮?」
男の名を呼ぶ女性の声がした。
男が振り向くと一緒に寝ていた女性が心配そうに見つめていた。
「どうしたの?」
彼女も寝ていたようだが、男の叫び声を聞いて起きてしまったようだ。少し眠そうな声で蓮に尋ねた。
「…すまない、嫌な夢を見たみたいでな…。」
蓮はそう答えると、再び身体を横にした。
「そう…。おやすみなさい、蓮。」
彼女も身体を横にして、眠りについた。
「…おやすみ、恵里。」
「さぁ…、大切なものを取り返したくば、我が身を斬ってみろ!」
黒衣を纏い、長大な剣を構える蓮。彼の目の前には、白い衣を纏う戦士が、同じく剣を携えていた。
「行くぞ!!」
戦士は剣を振りかざし、黒衣の蓮に迫る。
白い戦士の剣さばきは凄まじく、隙をみせれば瞬く間に切り刻まれるだろう。しかし、黒衣の蓮は焦ることなく白い戦士の剣戟をあしらっていく。
「その程度か!?」
黒衣の蓮は、斬撃を繰り出しつつ前に前にと詰めていく。
「くっ…!」
白い戦士は、黒衣の蓮の剣さばきに対応するも徐々に押されていた。
「ふんっ!!」
「あっ…!」
ついに白衣の戦士の手から剣が弾け落ち、地面に腰を落としてしまった。気がつけば、黒衣の蓮の剣先は、白い戦士の喉元を捉えていた。
「…あ。」
ここまで来て蓮はあることに気がついた。
「はい、カットカットカットぉぉ!!!!」
突然、怒声に近い声が響いた。
「ちょっとやり過ぎだよ秋山君~!!」
サングラスをつけた小太りの男が蓮の元へ近づいた。蓮は、白衣の戦士に扮していた青年の手を取り身体を起した。
「すみません…。」
「確かに秋山君の身体能力の高さは認めるよ~。でも、主役を喰っちゃうまでやらないでいいんだよ~。」
「いやでも、秋山さんいつにもまして演技凄かったですよ、監督!」
頭にタオルを巻いた男が小太りの男に言った。
「全く…。おーい、ちょっと休憩~!」
小太りの男の合図で回りにいた人たちが動き出した。
蓮は、俳優として活動していた。以前、街中を逃走する引っ手繰りを捕まえた時、その身体能力の高さが映画監督の目に留まりスカウトされたのだ。その時までは、特別定職に就いていた訳ではなかったため、蓮は二つ返事で承諾した。それからは今のように、主にアクション関係の作品に出演するようになっていた。
「秋山さん!」
休憩していた蓮の所へ、白い戦士役の青年が寄ってきた。
「さっきは済まなかった。気がついたら、やり過ぎてしまって。怪我は無かったか?」
蓮は青年に謝りながら言った。
「大丈夫です!でも、秋山さんのあの剣さばき、凄いです!どこで教わったんですか?良かったら僕にもアドバイスして頂きたいです。」
青年は目を輝かせながら言った。
「あ…あぁ。まぁ、そんな大したことじゃ、ないんだがな。」
蓮は少し戸惑いを見せたが、青年は気づいていなかった。
「おーい、そろそろ始めるぞぉ!!」
「はーい!じゃあ、行きましょうか。」
監督の合図を受け、蓮と青年は撮影に臨んだ。
「お疲れ様でした!今度は教えてくださいね!」
「あぁ…。」
撮影の仕事が終わり、蓮は帰路についた。
「教えろ、か。」
蓮は、ふとぼやいた。
先程の青年や監督は認めてくれてはいるものの、当の本人は、何故こんなにも動けるのか分からないでいた。自然と身体が動いていただけで、特別何かスポーツをやっていた記憶はない。
そう、記憶がないのだ。
蓮は、いつの日かの記憶が無かった。妻である恵里のことは覚えている。どこで出会ったのか。何がきっかけで付き合うようになり結婚に至ったのか。
しかし、恵里と出会い、結婚するまでの間の記憶が曖昧だった。
それまで、蓮はどこで何をしていたのか。まるで穴が空いたように、ぽっかりと抜け落ちているかのように。
何気なく生活していた蓮だったが、先の仕事からどうにも気になってしまっていた。
「俺は、何なんだろうな…。」
蓮がまた呟いた時だった。
ふと、蓮は視線を動かした。その視線の先には、建物の窓硝子があった。
「…。」
蓮は、硝子に近づいていく。そこに映し出されていたのは、紛れもなく自分だった。
「今、誰か俺を見ていたか…。」
蓮は硝子に手を当てながら言った。しかし、仕事の疲れだろうと思い、そそくさとその場から去った。
硝子の中から蓮の様子を疑っていた男の存在に気づかないまま…。
「ねぇ、蓮。天気もいいし、今日はお出かけしない?」
しばらく経ったある日、仕事が休みだった蓮に恵里が言った。
恵里の言う通り、晴れ晴れとした天候の下、公園には多くの人で賑わっていた。
「こうしてのんびり出来るのも久しぶりだね。」
恵里が言った。
「そういやそうだな。恵里は看護師で、俺は役者。中々休みも合わなかったからな。」
蓮が答えた。
「んん!出店がある!待ってて、何か買ってくるから!」
恵里はそう言うと、せかせかと出店の方へ向かっていった。
全く。蓮はそう思いつつ、近くのベンチに腰掛けた。
公園には、色々な人達が過ごしていた。家族連れや恋人同士、老夫婦。皆にこやかにしていた。蓮もまた、彼らの様子を見ながら自然と笑みがこぼれていた。
蓮は、空を見上げた。雲も少なく、快晴であった。しかし、蓮は空を見ながら、どこか違和感を感じていた。その瞬間、蓮は、突然何かが空を覆う景色が見えた。まるで蜻蛉のような化物がビルというビルから吹き出されるように現れ、町を破壊する場面。その化物に立ち向かう二つの人影。いや、人の形はしているが、人間には見えない何か。そして、その内の一人が車に寄りかかり、力尽きようとしていた。
「おい、◯◯!死ぬな、◯◯!」
「蓮!?」
「…っ!?」
蓮の目の前に、心配そうに見つめる恵里の顔があった。
「どうしたの?ずっとぼうっとして。」
恵里が言った。
「いや…、すまない。」
蓮は辺りを見渡した。何も変化はなく、人々が楽しげに過ごしていた。
「疲れてるの?だったら、帰ろうよ?」
恵里が言った。
「大丈夫だ。何ともない。」
蓮が言った。
「でも…」
「大丈夫だって!」
蓮は立ち上がって思わず声を上げてしまった。
「あ…、すまない、恵里。」
「最近、何だか変よ?どうしちゃったの?蓮。」
恵里が再び心配そうに言った。
その時だ。
「秋山蓮さん、ですね?」
蓮と恵里に近づいてくる、白いシャツに黒のスラックスを纏う青年がいた。
「そう、だが?」
蓮は突然声をかけられ驚きつつも答えた。
「香川英行をご存知ですか?」
青年が言った。
サイドストーリー編
第2話いかがでしたでしょうか。
序盤、士の説明を受け、後藤と比奈は龍騎の世界へ旅立つことを決意します。ちょっとだけ知世子さんも登場しました。
場面が変わり、記憶を失った秋山蓮の物語が始まりました。
本作本編でも示した通り、この蓮がいる龍騎の世界は、『龍騎こと城戸真司が死に、蓮がオーディンに勝利した』世界となっております。
龍騎本編最終回にて、蓮はオーディンとの戦いに辛くも勝利し、恋人恵里の元へ辿り着くも、その場で力尽きてしまいました。
ここでは、そのifストーリーとして、恵里の元へ辿り着き、何とか一命を取り留めたという設定を立てています。しかし、オーディンとの熾烈な戦いの代償として、蓮はライダーとして戦ってきた記憶を失ってしまっています。
ライダーとしての記憶を失った蓮は、日時生活において役者としての道を歩んでいます。
俳優として活躍する場面。某特撮作品をオマージュして設定しました。
ちなみに、恋人(本作においては妻)の恵里は看護師と設定しましたが、こちらは『RIDER TIME』の設定を拝借させて頂きました。
久し振りの休暇を蓮と恵里は共に過ごすも、蓮は失った過去を少しずつ思い出していきます。そんな彼に近づく一人の青年。
「香川英行をご存知ですか?」
彼の正体とは。
我ながら、龍騎の際どい設定を引っ張ってみました。次回、その正体が判明しますので、どうぞお楽しみに!