「なるほどな。確かに、ここなら人の目に付きにくいか。」
蓮は、その場所に着くとそう言った。
「ここは、一体?」
後藤が辺りを見渡して言った。
士達は、ある建物の一室にいた。
何かがあったのか、部屋全体が騒然としていた。床には割れた鏡の破片が大小様々に散らばっており、天井や壁も何かの衝撃を受けてか、ボロボロになっていた。
「ここは、清明院大学の、父の研究室です。」
裕太が言った。
「研究室とは、到底思えないがな。」
士が言った。
「一体、ここで何が?」
「ここから、全てが始まった。」
比奈の問いに、蓮が答えた。
「はい…。ここは父の研究室である前に、別の方の研究室だったんです。当時、その研究生だった神崎士郎がミラーワールドとライダーの力を確かなものとするために、ここで実験をしていたのです。」
裕太が言った。
「その実験に、恵里も巻き込まれ、そして俺は、恵里を守る為にここで最初のライダーとなった。」
蓮が苦い顔をしながら言った。
「なるほど。ここが龍騎の始まりの場所ということか。」
士はそう言いながら、ピンクのトイカメラを構え、辺りを撮り始めた。
「それで、裕太って言ったな?俺に言いたいことがあったんじゃないのか?」
蓮が裕太に向かって言った。
「…。」
裕太は直ぐには答えなかったが、真っ直ぐな眼差しを蓮に向け、口を開いた。
「僕は、知りたいんです。香川英行が、父さんが、何を懸けて戦っていたのか。」
裕太の表情は明らかに強張っていた。どんな結末であろうと受け入れようとする自分と、それに対し恐怖する自分が戦っているかのようだ。
それを見た蓮は一度目を瞑った後、鋭い目付きになって、口を開いた。
「香川は、お前の父親は、世界を守る為に戦っていた。例え、少ない犠牲があっても、大勢を救う為に容赦はしなかった。家族を見殺しにしかけたとしてもな。」
蓮が冷たく言った。
「家族を…?」
比奈が呟いて言った。
「…記憶にあります。」
裕太が静かに言った。
「幼い時、母と出掛けていた時、ミラーモンスターに襲われかけました。でも、その時助けてくれたのは、父ではなく龍騎・城戸真司さんでした。」
「良く覚えている…。父親譲りの瞬間記憶能力か。あの時も、香川は自身の目的の為に戦っていた。家族を人質に取られてもな。」
蓮が言った。
「あんなに優しかった父が、そこまでして世界を守ろうとしたのですか?神崎士郎の計画から。」
裕太が言った。
「ああ。そして、俺がその邪魔をした。」
蓮は静かにそう言った。
「ほぅ…?」
写真を撮っていた士がその手を止め、蓮の方を見た。
「…どういう、ことですか?」
裕太は声を震わせながら蓮に尋ねた。
「その香川の日記に、ライダーと神崎士朗以外の名前が記されて無かったか?」
「えぇ…。神崎優衣。父によれば、彼女を消せば全てが終わる、と…。」
蓮の問いに裕太が答えた。
「そうだな。そもそも、神崎士郎がライダーバトルを始めた切っ掛けが、優衣に新たな命を授ける為だからな。」
「それを知っていながら、何故!?」
裕太が声を荒げた。
「最初から知ってた訳じゃない。だから、神崎士郎の思惑を知っても俺達には、優衣を消すという選択肢を取ることが出来なかった。」
蓮が静かに言った。
「もしかして、その優衣さんって方、秋山さんの…。」
比奈が蓮に尋ねた。
「そうだ。優衣は俺の、いや俺達の大事な仲間だった。」
「仲間…。」
裕太は蓮の言葉を繰り返した。
「おかしな話しだがな…。優衣は、恵里を危険に晒した男の妹だから、ライダーバトルを有利に戦おうとあいつに近づいただけのはずだった。だが、そこに城戸が現れ、気がつけば、城戸も優衣も大事な仲間と思うようになってしまっていた。」
蓮は静かに言った。
「香川の選択は、正しかったと思っている。だが、俺達はそれを否定した。優衣も助けたい。他に選択があると信じて…。だが、結局優衣は消え、城戸も死んだ…。俺に残された選択は、恵里の命を救うことだけとなり、最期にオーディンを倒して全てを終わらせたんだ。」
「…。」
裕太は黙ったままだった。
「…確かに、香川英行って人が取った選択が正しかったのかもしれないな。しかし…。」
「…僕には、出来ません。」
後藤の言葉の後に、裕太がそう言った。
「秋山さんの話を聞いていなければ、僕は父の遺志を継いで戦うだけだったかもしれません。でも、誰かの犠牲の上に成り立つ平和は、正しいとは思えない。それは、僕の目指す正義とは言えません。」
裕太は言った。
「誰かの犠牲の上に成り立つ平和は、正しいとは思えない、か。お前、案外甘ちゃんなんだな。」
士がつまらなそうに裕太に言った。
「どういう意味です?」
裕太が士に尋ねた。
「何かの犠牲があるから世界は存在している。特に、この世界はそうだろ?」
士が答えた。
「それは…。」
裕太は言い淀んでしまった。
「それに、お前の父親はそれを十分に理解していた。その上で、神崎優衣を…。それでも、犠牲無い世界が理想と言うのか?」
士は畳み掛けるように言った。
「…。」
裕太は暫く黙っていた。
「裕太くん…。」
比奈が呟くように言った。
「そうですね。」
裕太が口を開いた。
「門矢さんのおっしゃる通り、この世界は秋山さん等ライダー達の、多くの犠牲があって成り立っています。…だからこそ、これ以上の犠牲は生み出してはいけないんです。」
俯いていた裕太が顔を上げて言った。
「不必要な犠牲を無くす。その為に、僕は戦います!だから僕はライダーとしての道を選んだんです!」
「…そうか。」
裕太の答えを聞いた士は、どこか満足げな笑みを浮かべた。
「…門矢!?」
突然、後藤が声を上げた。
キィーン…、キィーン…。
それと同時に、硝子を爪で引っ掻くような不快な音が室内に鳴り響いた。
「何故、お前が…!?」
蓮が、部屋にあるヒビの入った鏡を見て言った。
「え…?」
比奈は鏡に映された存在を見て、自身の眼を疑っていた。
鏡には、比奈達の他にもう一人男の姿が映し出されていたからだ。しかし、比奈が見回してもその人物が見当たらない。まるで鏡の中でしか存在していないかのようだ。
「神崎士郎…!」
そして、蓮がその男の名を口にした。
「貴方が神崎…!確か消滅したはずでは…。」
「こいつはこの世界の神崎士郎じゃないらしい。」
裕太の疑問に、士が答えた。
「何…?」
蓮は鏡の中の神崎を睨んでいた。
『準備は整った。秋山蓮、再びライダーとなりミラーワールドを閉じろ。』
神崎が蓮に向かって言った。
「何だと?」
『ミラーワールドに侵入した異物の手により、偽りのライダーバトルが始まってしまった。それを止められるのは、オリジナルのライダーだったお前しかいない。』
神崎は淡々と話を進めた。
「…断ったら?」
蓮は挑発するように神崎に言った。
『お前自身に何が起きるということはない。だが…、現状がどうなっているか、身を持って理解しているはずだ。』
「ミラーワールドから、現実世界への総攻撃が始まる…!?」
裕太が代わりに言った。
『その結果、お前が大事に思っている存在もまた、危険に遭うことになる。それでもいいのか?』
「…。」
蓮は、苦虫を噛むかのような表情になった。神崎が、誰のことを指して言っているのか、蓮は悟っていたからだ。
「…俺達からも、頼む!」
後藤が蓮に言った。
「どういう意味だ?」
蓮が後藤に尋ねた。
「その、ミラーワールドの中に俺達の仲間が取り込まれている。あいつを助けられるのは、この世界のライダーの力が必要なんだ。だから、頼む。」
「お願いします!」
後藤の後に続き、比奈も蓮に向け頭を下げた。
「俺達があんたに接触したのも、こいつらの仲間を救うためでもあったからな。」
士が言った。
「…。」
蓮は二人を見て黙った。
仲間のために。
さっきはああ言ったが、自分は本当に仲間のために戦っていたのだろうか。
初めは恵里を救うためにライダーの力を手にした。そして、優衣に近づき戦い続けた。しかし、城戸に会い、戦う意義が分からなくなっていった。そうこうしているうちに、気がつけば恵里だけでない、誰かのために戦っていた。
全ては成り行きだった。しかし、城戸が死に、優衣が消え…。結局、仲間のために戦えていなかった。
だが、もしかしたら。
もし、あの時城戸の側に居たら。
城戸を助けるために動いていたかもしれない。そうなっていたら、俺は…。
彼らは、仲間のために戦っている。俺に、その仲間を助けることが出来るのなら、責めて、あいつのためになるだろうか。
「…それで、俺はどうすればいい?」
蓮は、神崎に尋ねた。
「秋山さん…。」
裕太が安堵の声を漏らした。
『ライダーになるためには、もう一つ条件がある。』
そう言いながら、神崎は裕太を指差した。
『お前の持つデッキが必要だ。』
「え!?」
裕太は驚きを隠せないでいた。
「何故、裕太のデッキがいる?」
士が神崎に尋ねた。
『ライダーの力は、既に異物の手の内にある。それ故、俺にデッキを生み出すことができない。だが、さっきナイトの紛い物が倒されたことで、ナイトの力が一時的に解放された状態にある。その力を、そのデッキに封じ込めナイトのデッキを生成する。そうすれば、お前は再びナイトとして戦える。』
神崎が答えた。
「でも…、それじゃあ裕太くんは。」
比奈が言った。
「…わかりました。」
あまり間を開けず、裕太はデッキを差し出しながら答えた。
「いいのか?それはお前の正義なんだろ?」
後藤が裕太に言った。
「良いんです。これで誰かが救われるのなら、僕は構いません。」
裕太は眼に戸惑いは無かった。
『…。』
差し出されたデッキを、神崎は鏡の中から手を出し黙って受け取った。その時だった。
「キイイイイイイイ!!!!」
耳をつんざくような高い鳴き声が、蓮達を襲った。
「うっ!!何だ!?」
後藤は悶えながら言った。
すると、部屋の鏡や硝子の中を大きな黒い影が翔ぶ姿が見えた。
神崎は、臆すること無くその影を捉えていた。そして、裕太のデッキを黒い影にかざした。
「キイイイイイイイ!!!!」
黒い影が再び甲高い鳴き声を上げたかと思うと、神崎がかざしたデッキに一直線に向かった。そして、デッキに吸い込まれるように姿を消した。
その瞬間、裕太のデッキが強く輝き、蓮達は思わず眼を逸らした。
やがて光が収まると、蓮達は再び神崎の持つデッキを確認した。
神崎が握っていたデッキはオルタナティブのデッキではなく、別のクレストが描かれたデッキになっていた。
そして、神崎は、鏡の中から蓮に向けデッキを投げ渡した。
『そいつを使え。そして、ミラーワールドへ行け。』
神崎はそう言うと、鏡の奥へ姿を消した。
「…。」
蓮は握ったデッキを見つめていた。
「それが、ナイトのデッキ。」
裕太が言った。
「ああ…。すまなかったな、裕太。」
蓮は裕太に謝った。
「良いんです。さぁ、行ってください。」
裕太が言った。
「…。いいか?」
蓮は携帯を取り出しながら士達に聞いた。士達は黙って頷くと、蓮は電話を掛け始めた。
「…。恵里か?すまない仕事中に。…その、仕事で何日か家を空けることになってな。それで…、あぁ。…ん?まぁ、いるけど…。わかった、終わったら切っていい。それじゃあ、行ってくる。」
蓮は通話を切らず、士に自身の携帯を差し出した。
「スタッフの人間として、出てくれないか?恵里が話したいことあるらしい。」
士は、何も言わずに携帯を受け取った。
「…何だ?」
士は、ぶっきらぼうに尋ねた。
『蓮のこと…、お願いします。』
電話越しの恵里は一言そう言った。しかし、その声色はただ仕事へ行く旦那を気遣うようなものでは無かった。丸で何かを覚悟したかのような、静かで、しかし芯の通ったような一言だった。
「わかった。旦那さんはこちらで任せてもらおう。」
士はそう言うと携帯を切った。
「…何て言っていた?」
「それを聞くのは野暮ってやつだ。」
蓮は士に尋ねたが、士はそれをはぐらかした。
「秋山さん。お願いします。」
比奈と後藤がまた頭を下げた。
「…。」
蓮は静かに頷いた。そして、デッキを鏡の前に付き出した。すると、鏡の中からバックルが現れ、蓮の腰に装着された。
「…変身!」
蓮はデッキをバックルに装着した。鏡の中から鎧の幻影が現れ、蓮の身体を幾重にも重なっていった。やがて、黒い鎧を身に纏い、蓮は仮面ライダーナイトに変身した。
「…。」
ナイトは、士達を一瞥すると、鏡の中へ飛び込んで行った。
ナイトがたどり着いた場所は、視界一面が丸で硝子の欠片が輝いているように煌めく世界だった。
「来たか。」
ナイトの背面から声がした。振り向くと、そこには神崎士郎が立っていた。
「偽りのミラーワールドに行く前に、これを持っていけ。」
神崎は二枚のカードをナイトに渡した。その内の一枚は蓮も使ったことのあるカードだった。しかし。
「…何故これを?」
ナイトはもう一枚のカードを見ながら神崎に尋ねた。
「これは、俺とオーディンを繋ぐ鍵だ。これをオーディンに使わせろ。」
「…わかった。」
そして、ナイトは神崎が示す偽りのミラーワールドへ突入していった。
サイドストーリー編
第7話いかがでしたでしょうか。
裕太は、蓮から父親の話を聞き、事の顛末を知ることに。そして、自分の目指すものが何なのか、再確認することが出来ました。
しかし、そこに現れた別世界の神崎士郎により、蓮がライダーとして復活するために、裕太にとって正義の象徴たるオルタナティブのデッキが必要になることがわかってしまい、裕太はデッキを手放すことに決めました。
そして、いよいよ蓮は、再び仮面ライダーナイトに変身し、本作本編の物語を歩むことになりました。
次回、残された士達の物語が進みます。
お楽しみに!