私、田沼 宗次郎は恥と惰性に満ちた人生を送ってきた。その反面もともと面の皮がそれほど厚い気質でもなかったからか、同時にそんな自分に嫌気が差すようになり、いつでも心に終末願望や破滅願望を抱いていたせいかもしれないが、私の人生は気付けばあっけなく終わっていたのであった。
気が付くと、木製の卓が目の前に広がっていた。私は机を前にして席に着いた状態だった。それは湿気を吸ったのか元々の染料がそうなのか、渋い味わいを感じさせる色をしていた。見渡せば、自分がいるのは役所のような施設に見られる受付らしく、過疎地でも現存するかわからないような、ほぼ木造りで構成されたレトロな村役場と言えた。
「そろそろ話を始めてもよろしいですか」
見ると、おかっぱヘアで化粧っ気の薄い黒縁眼鏡の女性が、受付に着いていた。おそらく腕時計で時間を見て、会話を切り出すタイミングを見計らっていたのだろう。
はいと応えて、私は卓上に身を乗り出した。それを確認すると、どうやらこの役場(仮)の受付らしい女性は話を始める。
「お名前は田沼 宗次郎さん、でよろしいですね」
……はい。
田沼氏は、細目で柔和な表情のまま応える。
女性は、マニュアルらしき番号の振られた書類の入れられたB5サイズのカードケースを傍に退かした後、面をあげて、田沼氏に告知した。
「大変、お伝えし辛いことでありますが……田沼さんはお亡くなりになりました。」
田沼氏に反応は見られない。女性は続けた。
「ここは死後に『臨時的な相談』を行うために設けられた一時的な空間であり、田沼さんはそれに該当するため、今回はそれが適用されます」
お役所のような口振りであるが、意訳すると田沼氏は死んでいる、これから死後の相談を行う、つまり生き返ることはできないということになる。
死んだ実感が薄く、生存の延長上にいる感覚が抜けない者が聞くと、馬鹿にしているのかと憤慨して、自分を拘束から開放するように、または自宅に返せと騒ぐことになるだろう。しかし、田沼氏はというと。
「へぇ~~」
溜息を吐くように感嘆の声を発すと、それ以上は何もなかった。興味深そうに傍らに置かれているマスコットである「冥土ちゃん」を眺めていた。受付に、そして受付の女性職員と田沼氏以外に人がいない役所内の全体に沈黙が降りた。
「……あの、それだけ……でしょうか?」
自身の死の告知に対して、担当相手がひどく動揺し、クレームや殴る蹴るの暴行を係りに行う。そんな例を、彼女は知っていた。だから、それに対応するために自前に用意しておいた説明や謝罪の言葉を頭の中で反芻すると同時に意思を固めながら『その時』に備えていた。
しかし、一向に訪れる様子がない。話が切れたことで生じた沈黙に耐え切れず、彼女自身の方から相手に、問題はないかと伺いを立てたわけである。
「まあ、知ってるよ。実感はないけどね」
『相変わらず』の柔和な表情でのんびりと田沼氏は返答する。話を続けてくれますか、と先を促す彼に対して首を傾げながら、本題に入る前にと、通常に見られるケースを幾つか交えながら田沼氏に本当に問題はないか、受け入れるのかと確認をとった。それに対する田沼氏の答えは。
「へぇ~~。『フツウ』においては、その様な反応が一般的なんですね。いやぁ、僕はこのような場所にくるのは初めてでね。『基準』がわからないもんですから」
「………そうですか。田沼さんはそれで納得されているということでよろしいですか」
いまいち納得に足らない田沼氏の返答に再度、首を傾げつつ、女性は本題に入ることにした。
「田沼さんにはこれから『臨時転生』をしてもらいます」
「……もう一度。何転生と言いましたか」
リンネテンショウ。つまり普段たまに見聞きして知っていた『輪廻転生』とは違う音に聞こえたので田沼氏は訝しげに側頭部を掌で抑えながら顔を顰めつつ、耳を受付の女性に近づけて尋ねた。
「『臨時転生(りんじ・てんしょう)』です。おそらく普段聞かれているのは『輪廻転生』の方でございますね。通常運転のそれに対して、特殊な目的の伴う場合を区別して、こちらではそう呼んでいます」
「すると、なんです? もしかして問題でも浮上したンで?」
ここに来て田沼氏の顔に若干、不安の色が見てとれた。まるで乗っていた飛行機が大きく揺れた後の機内放送を聞く乗客のそれに近かった。
「転生の過程においては何も問題がありません。むしろ、通常のそれに対して、こちらで転生者の要望をお受けして可能な限り実現させ、それを『(臨時)転生特典』としてお付けさせて頂きます分において臨時転生の方は優遇されていると言えます」
なんだなんだ。あ、そ。
そうつぶやいた後、背筋を直してわかりましたと田沼氏は柔和な表情に戻る。そして、初めて聞く言葉を頭の内で反芻する。
それにしても転生特典、ね。
正直に言うと思いつかないね。
そう思い目の前にいる受付の人に尋ねてみたけどさ。
「以前までは、『希望』でしたが、近頃は『最低限の保険』として全員に付加するという決まりができまして」
あらー? これまた物騒だ、ね。
その声に対して、女性は頷くと、詳細を話し始めた。
・・・
転生先にこの世界が選ばれた当初、特典について要望を取ると、大概が丁重に断るか、武闘の才能や、学術の才能、幸運、金銭運といった転職を決めたり、幸せになるためであったり、しっかりとした目標を根底としたものが多く、稀に権力や力を要求するものもいたが、理不尽に暴虐の限りを尽くそうというケース自体は、そこまで多くなかった。
しかし、時代が移り、多くの戦争を超えて平和になり、世は『教養と娯楽で満たす時代』である…………満ちてはいないが。
娯楽にも様々あり、情報の発達した社会に置いて仕事や学業の成績を稼ぐためには避けられない日頃の疲れを癒すものから、日常では表出させるわけにもいかない闘争本能や欲求を発散するものまである。物語から遊戯まで様々な形で世に溢れている。
理想の癒しは不都合を見せず、理想の闘争は相手と自分、そのどちらの痛みももたらさない。苦悩は出せないし、そこから排除されている。
そんな彼らが転生特典と言われて、そこに求めるものといえば、「具体的には不明だが、今ある渇望を満たすための何か」である。必然、長期的に眺めて出た結論にはならない。
それによりどの様な影響が及ぶのか、それを気にしなくても良いほどに小規模な願いであれば、どれほど良かったか。
・・・
その様な世界で、転生者であるという特殊な事情を抱えた者は、それが他の転生者にしられると、転生特典の内容によっては恐喝や暴行により隷属することを強要されたり、さらにその存在が自分たちにとって危険なものと見做されると『消される』こともあるらしい。そうでなくとも、他の強力な転生者が引き起こした人災で命を失ったり、場合によっては本人と親しい関係者に危害を加えられることが多発するようになったという。
因みに現在存命中の転生者は、皇国の継承者候補に命を授かった「最も強い無敵な転生者」とどんな異性も虜にして従わせられる「人類最適なイケメン男子」それからあらゆる武器をその場で創れて使いこなせて、さらにお得なことに創った膨大な量の武器を一斉使用できちゃう「最終兵器人間」までいるらしく、他にもどこかで聞いたような著名な作品の内容に類似した特典を持つものもいるそうだ。あと、銀髪や白髪とかには近寄らない方がオススメだそうだ。……個人的には『本質』を見ないうちに早合点するのは損だと思うけどね〜。
「確かに聞く限りじゃ物騒だけどさ。その人たちって、アニメや漫画やラノベのディープなとこから能力を引っ張ってきた人じゃないのさ」
転生特典が白紙のままである状態に対して、受付の人は焦燥感に駆られたらしい。
「ほら、『彼ら』にとってマイナーな創作作品にも強力なものがありますよ。例えば、とあるフランス映画のダメなほら吹き借金小男のヒロインなんて正体が人外だったりしますよ。ホラー映画のヒーローの能力だって日向が向かないだけであって、十分に渡り合えますよ。
……あ!『にほん◯話』は知ってるでしょう。三枚のお札、三枚ならず限りない枚数を差し上げますよ。」
保管場所どうするんですか。貸し倉庫でも借りるんですか。いざって時に、あ、倉庫の中だじゃ済まないんですよ~。
「永遠の命は?確かそんな人が」
そんな人はコスモエネ◯ギーになる結末しか思いつきません。図書室にはきっと置いてあるあの日本で最も道徳教育において推奨されている某漫画家(……大先生)の作品の中でも、不死鳥の登場する作品は読みました。
「転生者に運悪く遭遇した時にどうするんですか。彼らは犬が匂いに敏感である以上に気配に敏感ですよ。ある者は圧倒的な力で、ある者は魅了と人脈の力で居場所とその平穏を謀略によって脅かしにきますよ」
「家にいても?」
「自分に可能であれば……彼らの中には自分に可能かそうでないかで判断する思考の持ち主もザラにいますから」
それは恐い。それは怖い。
「本当に何もないんですか。なんなら私がデフォルトプランとして推奨する……」
その時、ふと浮かんだことがあった。それを判断材料にしようと思っていたわけではないけれども、私は口に出していた。
「僕は幼少の頃、人見知りでね。意思疎通を図ることが何よりも苦手でした。人と関わらずに生きた結果、感情の発達や自己の認識や世情に対する適応力、進行中の問題に対する思考力において遅れをとったものです。だから、意思疎通が絶えることのない環境を……私に用意して下さい。」
私が特典内容を打診した後、その場に再び沈黙がおりた。その間もブタの蚊取り線香が絶え間なく煙を吐き続けている。
しばらくの間、受付の女性は、視線を下ろして熟考する様子を見せた後、はい、わかりました、と問題ない様子でこちらの要望を受理した。
「そうですね、防衛のほうは、彼らに任せましょう。それがいいです」
「…………え?」
「いえ、問題ありません。受理されましたので、続いて転生に移りたく思います」
これをどうぞ、と目の前に四つ折りの跡が残る濾紙が出された。そこにカプセル錠がひとつ、載せられている。
あの、これは…………。恐る恐る、私がそれについて尋ねると、睡眠薬です、意識がなくなった後で、転生先にこちらの方でお送りします、と言った…………手段が胡散臭い。
その青いカプセル錠を飲み込むと、私の意識は落ちていった。
田沼氏の転生が完了すると、受付の女性は首を左右に倒してほぐすと、席を立った。そして、腕を回しながらちょうど真後ろにあった衝立の後ろに回った。そこには三人ほどの男性がソファーに腰をおろしていた。
「いやあ。な◯うでそこそこ読者をせっせと稼ぐ一方でスランプ気味な僕が、お二方のようなビッグネームと肩を並べてお仕事を担当できるとは、もう感激の雨、嵐、雷の槍、あと……それからもう、いろいろですよオ!!」
格好は三者三様で、ダークスーツを着こなしているスラリとした壮年男性とスウェーデンに山を一つ持っていそうな印象をこちらに与えそうなふくよか体型の高齢男性がいて、そして最後に先ほどから愛想笑いを浮かべて高いテンションでしゃべっている細目の男性は鼠色の上下スーツの冴えない印象の持ち主だ。
「大変お待たせいたしました。転生者の要望がたった今、出揃いました。……ゼウス様、オーディーン様、あと特別要員として参加の××××××に××××さん、準備はよろしいでしょうか」
それに対して三者三様の答えが順に返る。
「娘よ。おまえは何も悪くない。最後の男が能天気なのがいけない。ま、全知全能の私が創った転生者がいる。そいつらには叶わないだろう。聞いた限りでは私が手を加えるまでもなく強力な特典だった」
「お嬢さん、あなたはいい仕事をしてるよ。むしろ、儂らのためにわかりやすい形で纏めようとしてくれるのは誠実なことで賞賛すべきことだよ」
「いやあ。ランキングにも載らない僕がこんなにも大きな仕事がもらえただけでも嬉しいですよ。担当は二人とは違って、転生者一人ですけども、二人のように具体的ではないおかげで、手を出す余地がある。それにその願いだと、生存力が強い、かつ転生者を疎かにしない特典に自然と向かっていきますから作りやすくもあるんですよね」
本当に三人目。よく喋ること。
「さて、三人とも仕事に取り掛かっていただきましょう」
「フン、私の転生者こそ最強だ」
「さてと、まあ、幸せに生きてくれる他に望むものはないんだけども……オモシロイ話を期待してるよ」
「さてと、仕事に取り掛かる前に。数少ない愛読者にはお馴染みの挨拶を一つ。どうぞ、ご唱和下さい。せーの!」
ひょうきん者にィィ、よォろしくゥゥゥゥ!
不定期ですが、よければ今後ともよろしくお願いします。締めの挨拶に。
ひょうきん者にィィ、よろしくお願いしMaxwell!