心に雷鳴轟く時    作:タイムマシン

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週に一回くらいは投稿していたい(願望)


蝶が棲む館

 夜の闇に薄く星の光が輝く。ほとんどの人間が寝静まった深夜に、外で向き合った影が二つあった。

 

「──一つ、聞きたいことがある」

 

「く、来るなぁ!!」

 

 黒い隊服の上から炎の如き赤い羽織を羽織った男が静かに問いかける。男の瞳には怒りも憎しみも見えず、刀を向けられた鬼は余計に恐怖した。

 

「お前は、人間(ひと)だった時のことを覚えているか?」

 

 鬼の必死の抵抗も一瞬で斬り捨て、なおも問いかける。

 夜を凝縮したかのような漆黒の髪に対し、光を集めて宝玉にしたような金色の瞳は闇の中でもよく映えていた。

 

「しっ、知らねぇ! そんなの覚えてねぇ……!」

 

「……そうか」

 

 鬼の答えを聞いた男──楠葉宗吾は目を伏せ、刀に手をかけた。次いで聞こえてくる独特の呼吸音。死を告げる死神の足跡だ。

 

「──雷の呼吸」

 

「まっ──」

 

 ──壱の型 霹靂一閃

 

 鬼が気付いた時にはすでに頚が飛んでいて。正面にいたはずの男は己の後ろに立って視線を此方に送っていた。

 

 ──それが哀れみの視線だと、鬼が気付くことはなかった。

 

 

 ◇◇

 

 

 任務を終えて蝶屋敷がある街にやって来た。俺には傷を負わなくても定期的に蝶屋敷に向かわなければならない理由がある。お館様直々の頼みとあれば、断ることなんて柱でもない俺には出来ず──仮に柱でも断ることなどないと思うが──月に一度は義務的に通っている。ちなみにいうと、不死川さんも通わされている。

 

「っと、着いた」

 

 屋敷に到着して、呼び鈴を鳴らす。しばらくするとパタパタと足音が聞こえてきて、俺よりも少し年下の女の子が出てきた。最近あまり見ていなかった顔だ。確か、カナエさんの継子だったか? 隊服を着ているから隊員であることは間違いないのだが。

 

「鬼殺隊、階級『甲』の楠葉宗吾だ。カナエさんとしのぶに用があるんだが……」

 

「あっ、はい! 採血ですね。ご案内いたします」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 パチン、と両手を胸の前で合わせた少女が笑みを浮かべて歩き出したので、そのあとに続く。屋敷の中には相変わらず怪我人が滞在していて、その者たちの世話を屋敷で働いている者が甲斐甲斐しく世話を焼いている。見事にみんな女性だ。

 

「そういえば、この屋敷で男は働いてないんだっけ?」

 

「はい、住み込みの場合、女性だけの方が都合がいいこともあるので。……もしかして、此処で働きたいとお思いですか?」

 

「いやいやいや、しのぶに何時か刺されそうだから止めとくよ」

 

 そうですね、と少女はくすくすと笑う。それを見て俺も苦笑する。どうしてこんなに年下にいじられねばならないのか。謎だ。

 

「まぁ、鬼を滅ぼした後に仕事がなければ働こうかな」

 

 ごほん、と大きく咳をしてから当たり障りのない回答をする。答えに窮するときは後回しにしておけばいい。『鬼滅』とは鬼殺隊の悲願であるが、そう簡単にいかないから鬼殺隊は千年間も存続している。俺たちの代で終わらせるという気概こそ皆が持っているが、本気で実現可能だと考えている人間は少数だろう。何せ、まだ柱の一人さえ鬼の首魁である鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)に出会ったことがないのだから。

 その『行けたら行く』と同等以上の効力を持った言葉に、今度は少女が苦笑いをした。

 

「まったく、何を言っているんですか貴方は」

 

 と、前からやってきた年下の少女に小ばかにしたように言われた。……どうも年上に対する敬意とかそういうものが足りないらしい。原因は主にこの少女のせいだろうか。

 軽く手を上げて挨拶をする。

 

「よう、しのぶ」

 

「お久しぶりです楠葉さん。……あとは私がやるのでもう結構ですよ」

 

「はい! ではお願いします!」

 

 付き添いをしてくれた継子の子に別れの挨拶をした後、どんどん前に進んでいくしのぶを追いかける。何故かやや速足だ。

 

「しのぶ、どうかしたか? なんか怒ってるだろ」

 

「怒ってなんかいません!」

 

 いやどう見ても怒ってるじゃんとは口に出さない。今機嫌を損ねたら、採血の時に痛い目を見る可能性が高い。採血なんて腕の血管に注射器の針を刺せばいいだけだろうと思っていたが、当然ながらそこにも技術の巧拙は存在した。

 この蝶屋敷では一番上手いのがしのぶで、一番下手なのはもしかしたらカナエさんだというのが俺と不死川さんの間の共通認識になっている。『胡蝶姉はよォ……妹に教わった方がいいんじゃねぇか』とは不死川さんの言だ。

 そういうわけで、是非とも採血は機嫌の良いしのぶにやってもらいたいわけで、何とかして機嫌を直してもらう必要がある。

 

 とはいえ、しのぶがこんな状態になっているのには凡その心当たりがある。藤の花の毒で鬼を殺せることを証明したしのぶの実力を今更疑うものはいない。だとしたら、答えは一つだ。

 

「またカナエさんに惚れてる隊員の話でも聞いたのか? あの人優しいし、人気が出るのも仕方ないだろ」

 

 ピクリ、としのぶの肩が跳ねた。図星だったか。

 

「それもありますが……ああ、もう! どうして鬼殺隊の柱という人たちはみんな自分勝手なんでしょう!」

 

「……へ?」

 

 頓狂な声を上げてしまう。柱に自分勝手な人が多い。柱で常識人といえば、岩柱の悲鳴嶼さんとしのぶの姉である花柱のカナエさん、そして最近柱になった煉獄。後は……うん、だいぶ変わった人が多いなぁ。不死川さんも常識人枠に入れてもいい気がするけど、あの人は常識は弁えているが無茶ばかりして、マトモかと言われたら素直に頷けない。

 

「安静にしろと言っても、まっっったく守らない! 義勇さんはどれだけ心配を掛けさせたら気が済むんですか!」

 

「ぎゆうさん……?」

 

「水柱です、冨岡義勇。ご存じありません?」

 

 未だにプンプンしているしのぶを見て、あぁ、と頷く。鬼殺隊の柱というものには九つの席がある。そして、その中に必ず入って居るのが煉獄の襲名した『炎柱』と冨岡さんの『水柱』だ。特に、当代の水柱は拾までしかない水の呼吸に拾壱の型を独自で作り上げたとして高い評価を受けたらしい。

 ……らしいというのは、実際に手放しで褒められているところを見たことがないからだ。不死川さんも冨岡さんの話をするときは決まって愚痴だし。あまり人と関わろうとしないらしい。俺もよくは知らない。以前に話しかけたことがあったが、普通に無視された。

 

「まぁ、仲良いならお前がちゃんと見張ってるんだな」

 

「なっ、仲良しじゃありません! 急になんなんですか!?」

 

「いやどう見ても仲良しだろ。名前で呼んでるんだし──」

 

 俺のことは苗字で呼ぶけど冨岡さんのことは名前で呼ぶんだろ、と言い切る前に顔を林檎のように真っ赤に染めたしのぶの張り手が俺の頬に飛んできた。

 

 

 ◇◇

 

 

「あら、それであんなにしのぶが恥ずかしがってたのね」

 

「おかげさまで何時もの倍は血を抜かれた気がします」

 

 あと、何時もの倍は痛かったですとこぼす俺に対してカナエさんは朗らかに笑う。妹の話をしているときのカナエさんは一層ほわほわしている気がする。その妹によって俺は腕だけでなく、頬も痛みを発しているんだけどな。

 俺が血を抜かれた腕を擦ると、カナエさんも包帯の上から腕に手を添えてくる。相変わらず距離が近いなこの人。しのぶに注意されるのも分かる。

 

「ごめんなさいね、稀血の人は少ないから、しのぶも色々調べたいことがあるそうなの」

 

「はい、構いません。この血で現状が変わるなら安いものです」

 

 稀血の隊員というのは非常に貴重だ。そもそもからして、稀血の人間が少ないから仕方がないという面もあるけど。鬼を殺す毒を創り上げたしのぶは、次は稀血を利用して何か新たな武器を創れないかと試行錯誤を繰り返している最中らしい。

 

 稀血といっても、その効果は人によって差異がある。不死川さんの血は鬼を香りで鈍らせて思考力を低下させる効果がある。俺の血は感覚に作用する効果を有している。五感のいずれかに作用して、視力を落としたり聴覚を奪ったりと二人とも何かと便利なものを持たされている。そんな中、完全に一致しているのは『鬼を引き寄せる誘蛾灯』という力だ。

 

 

「しのぶにはね……鬼のことなんて忘れて、幸せに暮らしてほしいんだけど」

 

「無理だと思いますけどね。少なくともカナエさんが戦い続ける限りは、やめるような性格じゃありませんよ」

 

「そうなのよねぇ……」

 

 ほぅ、と小さくため息をつく様子も絵になっている。常に笑みを浮かべている姉とよく怒る負けん気の強い妹は、鬼殺隊でも屈指の美人だと男性隊員にもてはやされている。鬼が存在しない世ならば、たいそう求婚の話が舞い込んできたのではないだろうか。

 そんな彼女と、何時からか採血を終えた後はこうして言葉を交わすようになっていた。その日の任務のことを話したり、妹の自慢話を聞いたり、そして、今回のように弱音を聞いたりしている。立場上、そう易々と弱音を吐くのは許されない。だから、こうして周りに目がない状況は心が休まるのだろう。

 柱とはただ鬼を殺すことに長けた人間が得る称号ではない。その名の通り、鬼殺隊を支える柱になる。故に多忙で、命の重みも変わってくる。俺とは偉い違いだ。

 

「それに、しのぶは鬼を憎んでいる。あなたとは考え方が違うんでしょう」

 

「……ええ、わかってるわ。私たちはこれ以上、私たちと同じ思いをする人を減らすために鬼殺隊に入った。鬼に対する考え方が異なるのは仕方ありません。……でもね、宗吾くん。やっぱり私は思うの。鬼は悲しい生き物だと」

 

 あなたになら分かるんじゃない、と薄紫の瞳が見つめてくる。人でありながら人を喰う、朝日を恐れて夜に潜む。そんな悲しい生き物だとカナエさんは言う。確かにそうかもしれない、けど、俺は。

 

「さぁ、どうでしょうか。まだ自分には荷が重い質問です」

 

 そう言って立ち上がる。話し合いはもう終わりだという合図だ。以前にカナエさんと任務先で会ってから、最後の問いも、その回答も変わっていない。カナエさんも薄く笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「では、そろそろお暇させてもらいます」

 

「いつもお話を聞いてくれてありがとう。気が楽になるわ」

 

「いえ、また今度もお願いします!」

 

 最後に元気よく返事をして屋敷を後にする。

 

 鬼は悲しい生き物だ。哀れな生き物だ。分かる、分かるよ。俺だってそう思っているんだから。けど、それを彼女が言ってはいけないと思う。家族を殺された人間が、相手も元々は人間なのだから可哀想など馬鹿げた話だ。俺はきっとそんな風には生きていけない。しのぶの方がよほど人間らしく俺の目には映っている。

 大体、鬼が人間? そんなわけがない。アレはただの獣だ、人を喰う獣。人としての倫理観も、記憶すら失った者を人間だとは言わない。俺とカナエさんとでは、そこが決定的に違う。

 

 端的に言って、俺は────胡蝶カナエが苦手だ。


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