タイトル思いつかない   作:酔っぱらい

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「場外ホームランだ!」

 「ユグドラシル」というネットゲームは幾つかの伝説を生んだ。

しかしプレイヤーに聞けばある場所の事を言う。

「ナザリック」っと

 

 大体のゲームというのは自分の分身に選べる種族に人型を用意している。

だが「ユグドラシル」には人型はもちろん他のゲームでは殺る対象であるモンスターの分身も用意されていた。

ゴブリンやオーガといった亜人種とゾンビや何かキモイ形の異業種。

中でも異業種は能力値の伸びは高いが、それを凌駕する欠点がある。

例えば人間種が就けるいくつかの職業に就けない。

例えば一部の都市に入る事が出来ない。

例えば見た目がキモイ。

例えばPKのペナルティを受けない。

ペナルティが無く得るものがあれば迷わずやるというのがプレイヤーという人種であり、人の大多数が自分とは違う誰かを許容できない。歯止めなど無かった。

異業種のプレイヤーに対するPKはサービス開始時から有り、異業種を一定数殺ると習得できる職業が明るみに出てからは、更に増加した。

「ナインズ・オウン・ゴール」というクランができたのはその時期だ。

異業種を殺るプレイヤーを殺る異業種プレイヤーの集団として知られ、

しかし実態は異業種でも自由に遊べる事を目指した者たちの集い。

ゲーム全体の情勢と構成員達の人柄も手伝い、その数は徐々に膨れ上がっていき。

クランがギルドになるのにそう長い時間はかからなった。

 

そのギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の長は、今一人だ。

 

場所は「ナザリック地下大墳墓」九階層にある円卓の間。

煌びやかな装飾と黒曜石の巨大な円卓。

囲む四十一の椅子は四十が空。

静けさの中で仲間の去り際の言葉がオーバーロードの心に残響する。

 

 「またどこかで会いましょう」

 

 「ふざけるな!」

 

骨の握りこぶしが円卓を叩く。

怒りと虚無感とあらゆる感情が込められた声は、誰にも受け止められず消えた。

この部屋は今のギルドの状態を表している。

多額の課金と多数のプレイヤーの尽力で成り立ったこの部屋、階層、NPC、墳墓は見た目も機能も他の大手ギルドに引けを取らないものだが、中身は寂しい。

ネットゲームの常だ。プレイヤーはいずれ消える。

生きている現実と電子で出来ている虚構世界。

どちらが重いかと問われれば傾くのは前者。

親愛なる仲間達はただその普通の理屈でここから去った。

ここに執着している自分が異常なのだ。

彼はそう自虐しこの現実に納得した。

 

孤独な墓守の「死の支配者(オーバーロード)」は一人だ。

 

手には眼を潰さんとする程の金の輝きを持つ杖が。

その頭には七つの蛇が七つの色を持つ宝玉を咥えていた。

スタッフオブアインズウールゴウン

破壊されればギルドが崩壊する危険物。

本来なら安全な円卓の間で飾りとして輝くだけの杖は持つべき者に連れられ、

最深部の玉座の間へと向かう。

彼はプレアデスと呼ばれる六人のメイドとセバスと呼ばれる一人の執事を引き連れていたが、彼らはNPC。

プログラミングされた通りにし動かない、プログラミングされた通りにしか反応しない、プログラミングされた通りにしか戦わない。ルーチン通りの在り方しかできない人形は彼の孤独を癒せはしない。

玉座の間で待つサキュバスでさえも

全ては仲間の形見でしかなかった。

 

「モモンガ」は一人だ。

 

玉座に座り佇む姿はその服装とその隙間から覗く骨の外見から正に魔王そのもの。

だが心の中は迫りくる現実と孤独に折れた1人の男。

掲げられた四十一の旗を名と共に数えたり、隣で笑顔と共に佇むサキュバスの設定を書き換えても十二時が迫るという現実から逃れられない。

明日が来る。だがここには明日は来ない。

 

形あるものはいずれ朽ちる。

例え知らぬものが居ないネットゲーム「ユグドラシル」でさえもその法からは逃れられない。

サービス停止という通牒は「モモンガ」にとっての死刑判決に等しいものだった。

 

 「彼」は一人で、そしてもう終わる。

 

もはや彼は「モモンガ」になれない。

もはや彼は「ナザリック地下大墳墓に来れない」

もはや彼は「四十一人」に会える希望を持てない。

だが今まで過ごしてきたユグドラシルでの人生は現実での人生に比べて、とても良き物であった。

だから彼はこう言える。嘘偽りない純粋な心からの言葉で。

 

 「楽しかったん…」

 

 「モモンガくぅーん!遊びましょぉ!」

 

ソイツは現れた。現れちゃった。空気を読まずに。

玉座の間とレメゲトンを隔てる扉を蹴破り、得意げに己の得物である着剣されたボルトアクションライフルを肩に担ぎ不敵な笑みを浮かべる血色の悪い白肌。覗く首元に赤いスカーフと赤いベレー帽と深い緑色のコートの男。そしてその背後に黒い鬣と赤い毛並みの馬。

モモンガはその野郎を知ってる。

異業種狩りの被害者になりかけた時に助けてもらった奴だと

この拠点を大規模襲撃された時にその千五百人に混じっていた奴だと

二人の階層守護者にトドメを刺し、第八階層で最後まで暴れた奴だと

他所のギルドからワールドアイテムを奪取する為に協力してくれた奴だと

ギルドの運営費を稼ぐ為に狩りしてたら襲ってきた奴だと

その後で仲直りして一緒に狩りをして金貨を稼いでくれたヤツだと

別の日に良い狩場があると騙されて他のギルドが良く屯している場所へと共に襲撃をかけてしまい、その後ノリでその本拠地まで追撃し仲良く二人で死んでくれた奴だと

報復でやってきた連中と殺りあってくれて皆殺しにし、その後ノリで本拠地まで追撃し仲良く二人で死んでくれた奴だと

 

ロクな奴じゃないと

 

 「Dジャンゴさん!?なんでここに居るんですか!?」

 

 「違う!Dは発音せずにジャンゴって呼べ!」

 

発せられた言葉は妙な訛りを持っていた。初対面なら誰もが違和感を感じていたがモモンガなら聞きなれた言葉だろう。

まったく治らねぇなぁっと呟きながらプレイヤーネーム「dJango」(または傭兵(またはイカレ野郎(または物好き(または頭の部品を質にいれた奴(またはあの野郎!)))))はニヤニヤ笑いながら歩む。馬をその背後に連れて。

 

 「俺がここに居るのはその…アレだよ。モモンガ君に用があってさ…。ギルドの他の奴が居たらこのまま帰ろうかと思ってたんだけどさ…」

 

 「無理せず敬語使わなくても良いですよ…いつも言ってますけど…じゃなくてどうやってここに来たんです?」

 

 「ヒントだ。俺はルシ☆ファーさんのリア友だ…です」

 

言葉を交わす間も彼の歩みは止まらない。

堂々とモモンガとの距離を詰めていた。

 

 「初耳ですよ!ていうかルシ☆ファーさんと友達!?彼は今どうして…」

 

 「誤解すんなよ?アイツはちょっとアトラニチーダって国で忙しく仕事してるからこっちに来れないんだよ。あと前々から言っているけどアンタも敬語止めてくれ。俺達ダチだろ?」

 

立ち止まり両手を広げて笑顔を浮かべる彼に、モモンガは少し笑った後

 

 「確かにその通り…俺と貴方は…その…」ここでモモンガは少し言い淀み

 

 「ダチ」ジャンゴは補足し

 

 「そうダチ…」とモモンガは言った後、彼はようやく気づく。

 

連れてきたプレアデスとセバスが戦闘態勢を取って、自分と彼との間に立っていた事を。

モモンガはヤバイと思った。

ジャンゴは(時々敵になり時々味方になる奴をそう呼べるなら)モモンガにとってお友達であるしフレンドリストに登録しているが、アインズウールゴウンのメンバーではない。

部外者である彼を敵と判断し攻撃を仕掛けてもおかしくない

最後になるのだから静かに語り合いながら終わりたいと思っていたモモンガにとってこれは良くないと。

 

 「待って!プレアデスとセバス!たい…」故に待つよう命令を出そうとしたら

 

 「まぁ待てよ。その前に黙ってちょーと俺の話し聞いてくれない?」邪魔された。

 

ライフルのボルトを操作して薬室(大体の銃はここへと弾を送れないと撃てない)へと弾を送りながら彼は語る。

 

 「俺はアンタらアインズウールゴウンを尊敬してるんだ。どいつもこいつも弱者をPKするって事に楽しみを感じていた頃に、その弱者を集めて組織したって所にな。

現実で似たような事をやってる連中と一緒じゃん。何が面白いっての?楽しいって事をやりに来てんのなら同じ事しちゃ現実と一緒じゃん。そういう流行りに対して逆らっている感じがロックな感じで俺は気に入ってんだ。まぁ襲撃したりした俺が言える事じゃないけどさ。でもそういう大多数の意見に対して折れない所とかもリスペクトなんだけど。で俺も楽しいってのは大事だ。ゲームってのは楽しんだ奴が勝てるもんじゃん?だから俺は骨をしゃぶり尽くすってーの?そんな感じでこうやってるんだけどさ。ゲームにはラスボスって居るじゃん?俺もあのデカいなんか虫っぽいキモイ運営が用意したラスボスは殺ったけど、それは運営が用意したラスボスであって状況が用意したラスボスじゃないじゃん?ネットゲームは敵のプレイヤーが最強じゃん?だからゲームをクリアすんのにはプレイヤーの中で攻略が難しい奴を殺るべきだと昨日の夜に考えてさ。っで真っ先に浮かんだのがモモンガ君って訳なのよ。非公式ラスボスって呼ばれてるしWikiにも攻略法が乗ってるし掲示板でも時々名前が載ってるしさ。でもモモンガ君はダチだしそんな事はできないだろ?ギルドの人たちも皆呼んでるみたいだし、そんな空気読めない事はできないし。でも今は誰もいないみたいだし、お金稼ぐ手伝いもしたしちょっとぐらい俺の我儘…

 

ヒャッハー!もう我慢できねぇ!PVPだ!」

 

持ち上げたライフル。放たれるは対アンデッド用弾薬

数段上の玉座で慌てているモモンガ、ハイエナのような笑みを浮かべるジャンゴ、両名の間に跳んで割り込んだ「プレアデス」ユリ・アルファがその凶弾をチョーカーで受け止めた。

 

首から千切れ跳んだチョーカーは宙を舞う。

 

白髪の老人の傍を、赤髪の人狼の傍を、黒髪の陰の傍を、金髪の粘液の傍を、朱髪の機械人形の傍を、紫髪の蜘蛛の傍を、

 

 

襲撃者達と防衛者達との間に着地し、踏みつぶしたのは馬の蹄鉄だった。

 

 

銃を構えたシズ・デルタを跳びかかって前足で押し倒した赤い馬。

腕に刀剣蟲を纏わせたエントマ・ヴァシリッサ・ゼータの仮面をライフルのストックで殴りつけながらボルトを操作するジャンゴ。

前足を起点にし旋回する馬を屈みながら避け、ジャンゴは馬体に撥ねられたエントマの顔面をはがし取った。

ソリュシャン・イプシロンはエントマと衝突し、雷撃を放とうとしたナーベラル・ガンマの顔面を馬の後ろ足蹴りが襲い、ルプスレギナ・ベータが振るおうとした杖をジャンゴが銃撃で迎撃した。

態勢を崩したルプスレギナの傍を走り抜けるジャンゴ。

それを待ち構えるセバス・チャンの顔面にエントマの顔面を貼り付け、

 

そして、それがジャンゴの最大の隙だった。

 

ユリは既に腹に肉薄し拳を放っていた。震脚、発勁、それらのスキルから強化される拳の突きは、HP全てを削る事はできなくとも、身体を飛ばしこれまでの進撃をリセットさせる一撃だ。

避けるにも避けきれない距離と速度。

ジャンゴはその攻撃を認知し、己の左腕に絡まる腕時計の効果を発動させる。

普通の時計には無い常に12に収まっている四本目の針が僅かに揺れる。

 

ユリにとって真正面に立っていた筈のジャンゴが側面にズレた。

 

それどころか隙だらけだったジャンゴは攻撃の予備動作を澄ませていた。

ライフルのマズルを両手で掴み、ストックは天に向け、まるで野球のバットのように構え、振り抜いた。

 

 「BINGO!」

 

ユリの頭が胴体から離れた。

空気を切り裂きながら銃弾の如く速度を得たユリの生首は、まっすぐモモンガへと飛んでいく。

しかし届く前にアルペドがそれを受け止めた。

衝撃を受けて体が少し浮かしHPを少し減らして。

 

 「ジャンゴさん…僕にも我慢の限界があるんですよ…」

 

NPCを傷つけられ静かに怒るモモンガはギルド武器を持ってゆらりと立ち上がり、

 

 「いいねぇ…マジになってくれて嬉しいよ…」

 

コートの下から傭兵NPCを召喚するアイテムをばら撒きながらハイエナのような笑顔をより深めて、

 

 「なぁ知ってるか?野球はツーアウトから本番なんだ」

 

 低レベルの多種多様なモンスター達がジャンゴの背後で生まれ、後方のプレアデスとセバスと馬との修羅場へと加わっていく。

激しい戦闘音はより激しく。それを心地よさそうに聞きながらジャンゴは首のスカーフを解いた。

スカーフは二つの真実を隠していた。

一つはタトゥー。首を一周する黒い点線と胸元にある「CUT HERE」の文字。

二つ目はその点線から上の部位が取れる。

 

 「宣言するぜぇ…モモンガくぅん…」

 

右手にはバットの様に持つライフルが、

ジャンゴは自分の首を左手に乗せモモンガへと突きつける。

その生首は周囲の喧騒をかき消すほどの音量でこう言った。

 

 「場外ホームランだ!」

 

 「上等!受けて立ちますよ!」

 

そんなこんなしている間にも時間は進む。

そして世界のどこかの時計の秒針が、十二時をこの瞬間に超えた。

 

 「おのれ!このケダモノが!」

 「モモンガ様!お逃げください!」

 「っく…!首が無いせいで攻撃しずらい!」

 「私の顔を見たなぁ…!」

 「…かわいくない」

 「馬刺し!馬刺しにしてやるっす!」

 「ふん!アンタらみたいな生娘に取られる馬じゃないわよ!私は!」

 「この下郎が!モモンガ様に指一本触れれるなどと思うな!」

 「ハハッ!素晴らしいサプライズだ!喋るんだな!お前の所のNPCは!」

 「…いやちょっと待って!待って!え!?え!?なにこれ!?どういう事!?」

 

 モモンガはすぐに異常に気付いたが、ジャンゴは冷静に戻れない。

 

 騒動が収まったのはモモンガのHPが三割削れた頃だった。


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