余命宣告されたけど死にそうにない   作:ばぶ美

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二話

それにしてもこの世界は、随分とおかしい。よくよく考えてみれば───いや、実際は考えなくても分かるほど、矛盾と違和感で成り立っている世界だ。

 

検査を終え、朝乃からの食べて食べて攻撃も乗り越えた真昼は、真夜中のベットで一人考え耽っていた。何についてか───それはもちろん、この世界のズレについてである。

 

数日前の騒動と発作により、真昼はこの世界の時間のズレを発見した。というよりも、ズレに気づいた。ひとつ気づいてしまえば面白いもので、つぎつぎと綻びが目に入る。

 

例えば、真昼の病気。

 

血を吐いたり、息が苦しくなる発作が起こったりするこの病気は、医者から難病だとは聞かされている。しかし、病名は知らない。幼いころから何年も寄り添ってきた最早真昼の一部といっても過言ではないこの病を、真昼は知らないのだ。

 

他にもある。

 

この世界───特に米花町は、恐ろしく殺人事件数が多いのだ。毎日のように、誰が死んだ誰が殺したとのニュースが流れ、もちろん視聴者はその度に恐怖する。怖い、気をつけようね、なんて言い合うが、ここまで頻繁に起こっても違和感を覚えないのだ。最早、怖い気をつけようの次元ではないのに。

 

 

…いつからこうなったのだろうか。

 

 

真昼の中で、疑問が反復する。少なくとも、真昼が十六になるまではちゃんと時が進んでいた。

 

真昼が十六になってから。誕生日を祝ってもらったことは何度もあるが、十七になったことはない。

 

この間に、何かが起きた。そして、時は空回り続ける。

 

 

 

 

まるで、音を立てずに進む時計のように。この世界はどこかがおかしい。

 

 

 

 

視界がぼやけていく。真昼は、病室に響く時計の音を聞きながら目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蘭姉ちゃん、どこか行くの?」

 

スニーカーを履く蘭の背中に話しかける。顔を見なくても分かるほど、彼女の雰囲気は明るく、期待に満ちていた。

 

「うん。ちょっと友達のお見舞いにね。ほら、私の隣に入院してた真昼ちゃんなんだけど…覚えてる?」

「あぁ、あの…大人しそうなお姉さんだね」

 

思わず『薄幸』と言ってしまいそうになった口を何とか閉じ、コナンはその隣人の姿を思い浮かべた。

 

色素の薄い茶色の髪に、雪のように白い肌。そう言えば瞳の色も薄かった。髪よりも薄い茶色。顔は整っている方だったと思う。

 

なんというか、全体的に色素が薄く、風が吹けば消えてしまいそうな人だった。

 

 

とても危うい、儚い人だった。

 

 

蘭とは明らかにタイプの違う人間だが、何か接点でもあったのだろうか。

 

「それじゃぁいってきます」

「いってらっしゃぁい、気をつけてね」

 

扉が閉まったのを確認し、手を下ろす。気にはなるが、それよりも今から放送するホームズ特集のほうがコナンの中では重要だ。あの酔っ払いにリモコンを取られないためにも、コナンはすぐにテレビの元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

そっと、病室の扉を開く。真昼以外入院していないその四人部屋は広く、普段三人で暮らしている蘭にとっては寂しく感じるものだった。

 

「真昼ちゃん」

「…あ、毛利さん。こんにちは」

 

パソコンに向かっていた真昼が顔を上げ、微笑む。どこか浮世離れした彼女の風貌で、そんな風に儚げに微笑まれると、現実のものではないように感じてドキッとした。

 

「毛利さん?どうぞ、入ってください。風が気持ちいいですよ」

「っあぁ、ごめんね。ちょっとドキッとしちゃった」

 

何に、と首を傾げる真昼に対して首を振り、来客用の椅子に腰掛ける。

 

しばしの沈黙。

 

人懐っこくてコミュニケーション能力の高い蘭にしては珍しく、緊張していた。何を話せばいいんだっけ、と頭を回すが、心臓がどくどくと波打つばかりだ。

 

真昼もそうなのかな、と顔を上げてみると、緊張なんて関係ないという表情で窓の外を見つめていた。拍子抜けである。ぼーっとその横顔を眺めていると、急に振り返った。

 

「毛利さんも見てみますか?」

「えっ、あぁ、うん」

 

とりあえず頷き、窓際に手を付く。四階のこの部屋からは、綺麗な景色も街並みも見えない。ただ、一面に駐車場が広がっている。

 

蘭がまた、ぼーっと駐車場を見ていると、真昼が解説をしだした。

 

「あの子はきっと、予防注射に来た子です。あのおじいさんはおばあさんのお見舞いで…」

 

真昼が手を向けた方向には、確かにそう思われる人達がいた。蘭はなんだか楽しくなり、同じように手を伸ばす。

 

「あの男の人は風邪かな?辛そう…あのお上品なおば様は…んー、何だろう?」

「あの人はよく検査入院する人です。後ろにお子さんが…ほら」

「あ、本当だ!」

 

今見える人を解説──その実態は決めつけの自問自答に過ぎないが──し終え、新しい尋ね人を待つ。

 

そして、若い二人組の女性が現れた。

 

「あの人達はきっとお友達のお見舞いだね」

「えぇ、そうですね」

 

お土産と思われる紙袋を持って、楽しそうに会話をしている。

 

 

微笑ましげな光景におもわず微笑むと、横から真昼の咳払いが聞こえてきた。

 

 

「…実を言うと、毛利さんが来るのもここから見ていました」

「えっ、そうなの?」

 

はい、と頷く真昼。その顔は真剣だ。つられて、蘭の顔も真面目な感じになる。

 

「あの、毛利さん」

「は、はい」

 

きっと、これから真面目な話が始まる。蘭は身構え、きちんと真昼に向き合った。真昼は深呼吸をしている。

 

そして、満を持して口を開いた。

 

 

「私、友人から見舞いに来てもらったの、今日が初めてなんです」

 

 

「え?」

「その、私…親しい友人がいないんです。だから今日、とても楽しみにしてて…その」

 

もじもじと指を絡める真昼。蘭は急かさず、真昼の言葉を静かに待った。

 

「…今日はこんな話をしよう、とか、いろいろ考えていたんです。でも、いざ毛利さんを見たら…その…緊張、してしまって」

 

真っ赤になった顔を両手で塞ぐ。まるで茹でダコのような真昼を見て、蘭は少し嬉しくなった。

 

 

(──なんだ。真昼ちゃんも、一緒だったのね)

 

 

というか、私よりも緊張してるじゃない、と、つい吹き出してしまう。蘭の心情を知らない真昼は、あわあわと手を動かし、突然項垂れた。

 

「やっぱり、その、嫌だったら──」

「ねぇ、真昼ちゃん」

「え、あ、はい」

 

帰ってもいいですよ、と言い出しそうな真昼の言葉を遮り、蘭はにこにこしながら話しかけた。

 

「私のこと、蘭って名前で呼んでくれないかな?」

「えっ」

 

思わず顔を上げ、素っ頓狂な声を出す。想像していたものとは異なる蘭のニコニコとした表情に、この言葉が真実であることを真昼は確認した。じわじわと、嬉しさ、恥ずかしさが湧き出てくる。

 

「あのっ、でもっ」

「…だめ、かな?」

「うっ」

 

美少女の上目遣いに、呻く。ここで、蘭の顔の良さが牙を向いた。

 

「いいん、ですか?」

「もちろん!お願いしたいくらい」

 

たどたどしく言葉を紡ぐ真昼が、愛おしく思える。入院していた時もそうだった。ちょっと恥ずかしがり屋で、でも芯のある彼女に惹かれた。だから蘭は、今ここにいる。

 

今だけじゃなくて、また、ここに来たい。だから。

 

「…その、蘭さん」

「ふふ、なぁに、真昼ちゃん」

 

二人で目を合わせ、笑い合う。まだ、心の壁は多い。親友とは呼べないけど、知り合いという程遠くもない。

 

でも、それでいい。

 

「…蘭って名前、素敵ですね」

「ありがとう。私も真昼って名前素敵だと思うわ」

「ありがとうございます」

 

 

こうして笑い合える。

 

 

「ねぇ、今度は私の友達を連れてきてもいいかな?」

 

 

次会う約束ができる。

 

 

「い、いいんですか?」

 

 

また、会える。

 

 

「うん!きっと園子…友達も喜ぶと思うから」

 

 

 

そう信じていたから。

 

 

だから。

 

 

蘭は、別れなんて一ミリも想像していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…怒ってる?蘭さん」

「…怒ってるかも」

「そっか」

 

個室が静かになる。蘭の表情は見るからに暗く、どうしたものかと真昼は頭を悩ませていた。

 

そもそも、全てにおいて真昼が悪い。

 

だがらこそ、どうしたらいいのか分からないのだ。謝って済むようなことでも、はいおしまいで締められるようなことでもない。

 

ただでさえ静かな個室が、更に静かになっていく。

 

 

 

…先に折れたのは、蘭の方だった。

 

 

「私、怖かった。真昼ちゃんが倒れた時、本当に怖かったのよ」

「蘭さん…」

 

声が震え、視界が歪むのも気にせずに言葉を紡ぐ。

 

「もう会えなかったらどうしよう、お話できなかったらどうしようって」

「…わ、たしも…」

 

握りしめられた蘭の手を真昼が包み込む。真昼の手は、真っ白だけどちゃんと暖かい。真昼がまだ生きている証拠だ。

 

「私も、怖かった…蘭さん、たちと…まだ、一緒にいたかった、でも、でもっ」

 

包まれた手を、蘭も握り返す。二人して、顔はぐちゃくちゃだ。

 

 

「それ以上にっ、嫌われたくっ、なか、たの」

 

 

鼻の奥がつーんと痛くなる。握られた手が暖かくて、暖かくて、どうしても涙が止まらない。嗚咽が止まらない。

 

「ばかぁ!私たちが真昼ちゃんのこと嫌いになるなんてないよっ!」

「だって、私、こんなに大切な友達ができたの初めてだったの!」

「大好きなのよ、真昼ちゃんのこと!こんな顔になっちゃうくらい!」

「私だって、好きだよ…みんなのこと…」

 

 

蘭と真昼は、そのまま二人が冷静になるまでずっと泣きながら言い合っていた。

 

病室の前を通りかかった看護師が、思わず微笑んでしまうような言い合いを。

 

 

 

 

鼻をすする音が大きく感じる。目と鼻を真っ赤にさせ、抱き合いながらぐずっている女子高生二人というのは中々奇妙な絵面だろう。

 

「…蘭さん」

「なぁに」

「私、寿命があと一年しかないの」

「うん、お母さんから聞いたよ」

「蘭さん達に嫌われるのが怖かった」

「それもさっき聞いた。そんなのありえないのに」

「…蘭さん」

「なぁに、真昼ちゃん」

「ありがとう」

「ふふ、何それ」

 

ずっと言えなかったことを伝えられた。ありのままを晒せた。

 

時間はまだ、進まない。

 

 

 

けれど、真昼は一歩進めたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真昼ちゃん、鼻真っ赤だよ」

「蘭さんだって。目、真っ赤っか」

 

抱き合っていた二人は離れ、互いの顔のひどさを笑い合っていた。色白な真昼は鼻の赤さが目立つし、目の大きい蘭は充血した目が目立つ。でも二人にとってこれは、仲直りの証だ。

 

「ふふっ、こんなに泣いたのいつぶりだろう?ちょっぴりスッキリしちゃった」

「私も。蘭さんの泣き顔が見れて役得かも」

「何それ」

 

ジト目で真昼のほっぺをつつく。その柔らかさに感動しつつも、本当に真昼が元気になったのだと実感し安心する。

 

「あ、そうだ」

「ふぁい?どうしたの?」

 

ほっぺをつつく手を止め、蘭がかばんを探る。そして、一枚の封筒を取り出した。色鉛筆で可愛く装飾されているそれは、明らかに子供達──少年探偵団からのものだった。

 

「これ、歩美ちゃん達から」

「…私に?そっか、皆にも心配かけちゃったもんね」

 

今開けてみて、という蘭から封筒を受け取る。猫のシールを剥がすと、中には一枚の手紙と小さな紙切れが入っていた。

 

「えっと…これは」

 

手紙には、早く元気になってほしい。真昼がいないと寂しい。元気になったらまた会いにいってもいいかな?というような事が、拙い文字で書かれていた。

 

思わず頬が緩む。子供たちの本当の思いが、ひしひしと伝わってきた。

 

「他にも入ってたでしょ?」

「うん。えっと、なになに…少年探偵団が何でも言うこと聞きます券?」

「そうなの!」

 

蘭が、その詳細について話す。どうやら、早く元気になってほしい!元気になったら今度は真昼お姉さんの力になりたい!という意を込めて作られたらしい。

 

「何それ、かわいい」

「ふふふ、無期限なんだって」

 

無期限、という言葉に胸がチクリと傷んだが、それ以上に嬉しかった。真昼は、その何でも券を撫でながら微笑む。チケットの字は他と比べて少し大人びているから、きっと哀が書いたのだろう。クールな彼女まで協力してくれたのだと思うと、微笑みがニヤけに変わる。

 

「そうだ!この子たち、今度のお見舞いに連れてきてもいいかな…?早く会いたいって言ってたんだけど」

「あ…それは…」

 

突然口篭り下を向く真昼に、蘭の表情が曇る。もしかしたら、踏み込んではいけない所だったのだろうか。

 

(体調がまだちゃんと良くなってないかもしれないのに、私ってば…)

 

自分の迂闊さを恥じる。撤回の言葉を述べようとしたが、それよりも先に真昼が口を開いた。

 

 

 

「もう、お見舞いには来ないで」

 

 

 

「え…?」

 

下を向いたままの発言だった。蘭から、真昼の顔は見えない。思わず零れた一文字が、蘭の困惑を表していた。

 

どうして?

それって。

どうしよう

 

「真昼、ちゃん?」

 

恐る恐る、真昼の名を呼ぶ。それに応えるように、真昼はゆっくりと顔をあげた。

 

 

 

「ごめんね、蘭さん」

 

 

 

真昼は、初めてのお見舞いの日と同じように。浮世離れした───儚い笑みを、ただ浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっげぇ!!!ぴっかぴかだぜっ」

「すごーい!お店、前よりも増えてるー!」

「改装前から、二十店舗も増えたらしいですよ!」

 

きゃいきゃいとはしゃぐ少年探偵団トリオ───元太、歩美、光彦を乾いた笑みで眺めながら、コナンは遅れてくる同伴者を待っていた。哀は、飲食店をチラチラと見ている博士を睨みつけている。

 

(それにしても蘭達、おっせーなぁ。何やってんだよ)

 

やっぱり女はいろいろ大変なんだな、と思いつつ、どこか様子のおかしかった蘭を頭に浮かべる。コナンの鋭い勘が、蘭は何かを隠していると言っていた。

 

「なぁ、灰原。蘭のやつ、何隠してると思う?」

「…何、工藤君。私は別に、そんな風には見えなかったけど。よく見てるのね、彼女のこと」

「ばっ、バーロォー!ちげぇよっ」

 

ふーんと、興味無さげに哀が呟く。随分とムカつく態度だ。

 

 

「みんなー、待たせてごめんね!」

 

やっと、同伴者こと、蘭、園子がやってきた。その服装におかしな所はみられない。

 

「全然構いません!観てるだけで楽しかったです!」

「歩美後でこのお店いきたいなっ」

「俺はうな重の店いきてぇ!」

 

蘭と園子を三人が囲む。普段ならガキンチョ!と声を荒らげそうな園子だが、ニマニマしただけでその様子はない。

 

「はいはい、いいわよ。でもうな重の前に、お腹空いたでしょ?ご飯食べに行くわよ!」

 

…やけに機嫌がいい園子に、哀も眉を顰める。隣の蘭はいつも通りに見えるが、なるほど、いつもより足取りが軽い気がしなくもない。

 

「…な?なんか企んでるだろあれ」

「…そうね」

 

二人で子供らしくない表情を浮かべる。正真正銘の大人、阿笠博士は、ご飯の三文字に子供らしい表情を浮かべていたが。

 

 

 

 

 

 

 

屋上へ上がると、少し高級感のある飲食店が並んでいた。その中の一つ、和食の食品サンプルが輝くお店に、一行は向かう。

 

「着いた!今日はここでご飯をいただこうと思って」

「プレオープンだから人も少ないし、私のお陰で割引もきく!感謝しなさいね?」

 

お店は普通の所だ。変わった様子は見られない。子供たちも、素直に喜んでいる。勿論、一番喜んでいるのは博士なわけだが。

 

「なぁ!ここうな重あるのかな?」

「んー、まぁあるんじゃないの?和食だし」

 

元太はうな重があると聞いて満足気だ。

 

二人のことも忘れ、食品サンプルを見ながらメニューを考えていると、コソコソと話す蘭と園子がコナンの視界に入った。哀と目を合わせ、頷く。

 

「ねーねー蘭姉ちゃん、園子姉ちゃん。何かいいことあったの?二人とも嬉しそうだね!」

 

お得意の児童モードで、二人に話しかける。哀は乾いた目でそれを見ていた。

 

(こいつ…)

 

歪みそうになる顔も、培ってきたスキルで保つ。この上目遣いが重要なのだ。

 

「げっ…勘のいいガキンチョめ…まあいいわ!」

「ふふふ、コナン君も哀ちゃんも、きっとすごく喜んでくれると思うよ」

 

やっぱり何か隠していたか。しかし、悪いことでは無さそうだ。まあ素直に驚かされてあげようと、素直じゃないことを考えながら、コナンはメニューの選出に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え、な!?」

「あはは…こんにちは、みんな。久しぶりだね」

 

 

この後、素直じゃないコナンが思わず声を上げるほど、クールな哀がカバンを落とすほど、驚かされることになる。

 

 

蘭と園子は、こっそりハイタッチをした。

 




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