「おいこら! 金を出せ!!」
「アイエェェ……!! ササナイデ! コロサナイデ! オカネ、ダシマスカラ! オネガイシマス! ヤメテ!」
「おう、早くしろ!! おら! おら!」
「ア、アイェェェエエエ……」
「こ、コンビニ強盗だ……!!」
初めて対面したコンビニ強盗に、都立呪術高専一年生、虎杖悠仁は、只々、驚愕していた。
「東京ってすげえな……」
東京でもコンビニ強盗に遭遇するのは稀だ。年々、コンビニ強盗そのものは減少傾向にある。実入りが少ない上にセキュリティレベルが高まる一方だからだ。その辺の一般市民の財布の方が潤っている事があるほどに、コンビニのレジには金が無い。
ATM設置店舗は非常に多いが、そこまでするなら銀行のATMを狙えばいい。が、これもまたセキュリティが――いや、どうでもいい話だった。
「いやいや、関心している場合じゃないぞ、俺」
そう、感心している場合じゃない。虎杖は通報しなきゃ……と思って、スマホを探して、制服のポケットに指を――。
「しまった……」
忘れていた。今頃、寮の机の上だ。指は何にも触れない。財布はあるがスマホはない。とんだ失態である。
「どうする……?」
正直なところ、監視カメラが全く目に入っていない強盗犯がこの後、無事に逃げ出した上で金を使える可能性は限りなく低い。なので、虎杖は何もせずに強盗犯がいなくなるのを待つのが得策だ。
だが、何故だか虎杖は使命感に駆られていた。ちょっとした非日常感がそうさせるのか。
呪霊や呪詛師との戦いを日常としているのに何を今更というが、そういう非日常とはジャンルが別だ。スイーツは別腹みたいなそういう感覚。
虎杖がそうこうしている内に。
「遅え!!」と、金の入ったバックを店員からもぎとると強盗犯は、自動ドアに一直線。
逃げ足が早い。虎杖も反応して走り出そうとした――その時。
自動ドアが開く。強盗犯はまだ自動ドアのセンサーに引っかかる距離じゃない。寸前だった。目の前で、先んじて自動ドアが開く。 間抜けた来店の効果音が店に響いて、現れたのは、
「う、うお……!」
女。しかし、強盗犯が狼狽えるほどにでかい。今どきのコンビニは自動ドア横に、強盗等の身長を測るための簡易的な表が貼ってある。それによれば、百八十は軽く越していた。二メートルに迫るほどだ。自動ドアの上側に頭をぶつけそうになりながら、女は入ってくる。
根本まで綺麗に染め上げた赤髪が麗しく、身長に見合って大きな胸と逆に引き締まったウエスト、続くヒップも美意識が詰まった曲線。東堂が居たなら、求婚してもおかしくない。
それらを明るいグレーのタートルネックセーターと細身の黒デニムで覆い、カーキのモッズコートを彼女は羽織っていた。
「あっ…………!!」
丁度、虎杖が女を認識したのもその時だった。少し、付け加えると、
「あべしッ!」
強盗犯の側頭部に、月刊少年ガンガンが突き刺さったのも同タイミングだった。
虎杖らしい――砲丸投げをオーバースローでやってのけ、サッカーゴールを歪ませる―― 一撃だったと言える。
いい角度で突き刺さり、完璧に強盗犯の意識を吹き飛ばしたらしい。彼は、頭を揺らしながら倒れ込む。その手から滑り落ちた包丁は、セラミックタイルをからんと鳴らした。
「…………」
やらかしたとばかりに冷や汗を浮かべた虎杖は黙り込み、
「…………」
件の女性は、何事か測りかね、首を傾げたまま沈黙し、
「ナ、ナイスボール……」
なんて発音良く店員が呟いたものの、フルメタル般若心経(ボーカル:楽巌寺嘉伸)が響く店内には、ほとんど残らなかった。
+++
「これ、お礼に」
「あざーっす! お、おおっ?!」
差し出されたのは、ホットコーヒーの缶とビニール袋一杯の菓子。それもどちらかと言えば駄菓子の分類。十円のガムやら安っぽいチョコ菓子、色んな味付けの菓子。懐かしのカルパスから蒲焼きめいたあれそれ。ある種混沌的な袋の中身。
「いいんすか? これ、買いに来たんすよね――お、ブラックケラウノスじゃん。懐かしい~~。これ好きなんだよなー」
一番上に乗っていた菓子を摘み上げる。黒地に金の装飾。デカデカと商品名。中にはチョコ菓子が入っているのを虎杖は知っている。子供の頃、よく食べたのだ。ここ最近、ご無沙汰だったのも合わせて思い出す。
「いいの。あのままだったら刺されてたかもしれないしね。ほんとありがとう。助かったよ」
「……そうっすね」菓子を弄る手をぴたりと止めて、「良かった。本当に良かった」
深々と下げてくる彼女に、虎杖は深い感慨を覚える。本当に良かった。心の底から虎杖は思った。指先が掠る程度でも、何かでどうにかこうにか手繰り寄せられる距離なら救うと決めていたから。
落ち葉が目の前を横切った。すっと虎杖は視線を持ち上げる。ふわりと舞う落ち葉は一つでは収まらない。ベンチの上で、かさりかさりとビニール袋は鳴る。
時候は、秋真っ盛り。赤と黄は公園の木々を彩って、何気なく視線を横切る落ち葉にふっと手を伸ばせば、力を込めずともたやすく壊れる。残骸もまた、風が撫でるように攫っていった。
ふと思う――仙台は今、どうだろうか。先輩たちは元気かな。爺ちゃん、墓参りしてないけど寂しがってないだろうか。そんな風にやや取り留めなく思考は浮かび、黄昏れてしまう。
「そういえば、自己紹介していなかったね」
気を取られていた虎杖は、声に我に返った。気づけば、彼女はすっと手を差し出していた。意図を図るまでもない。
「
一瞬の躊躇いを覚えながらも、虎杖は握り。
「虎杖悠仁っす。えっと、」どう呼ぶか迷い「朱音でいいよ」
「うっす(女の人と握手とか中々無いよなぁ……)」
心中のどぎまぎを、虎杖は顔に出さないよう気をつけていた――何故か?
A.年上の魅力にときめいていた。
見た目が完璧にストライク。詳しく言うと思春期があれなので、割愛。ピックアップすると、包容力、女子力。大きな胸、高い身長。今の所、身近にない要素。
虎杖の深刻な俺の周りの女子怖すぎ問題――東京都及び京都内の数カ所で、誰かさん達がくしゃみをした――。
異性との皮膚接触は、虎杖の脳裏を駆け巡るときめきエナジーへと変換された。エナジーはエネルギー。思春期をエネルギッシュに。まるでCMのキャッチコピー。ニチアサの合間に流れてそうなフレーズ。
しかし、虎杖には、気になることが一つ合った。
――冷たい。氷を握りしめたような感覚。秋口だから、涼しくなってもいる。風も心地良い。けれど、これはまるで。
「えっと……」
「うお、」トリップしてた虎杖は急いで手を離し「すみません」と苦笑い。
「いいよ。もうちょっと握っとく?」
なんて悪戯に言われると虎杖は、くらっときた。可愛いか。でっかい可愛いが座ってる。爺ちゃん、人を助けろってこういう意味だったんだな――なんて虎杖は思うけど、間違いなく違う。
「え、遠慮しとく……」
「ん、了解」
朱音の手の中から、ぱしゅっと微かに開封音が聞こえた。口元で傾けられたのは、先に虎杖に渡したものと同じ銘柄のコーヒー缶。
「ふー、美味しい」
そこで虎杖も思い出す。コーヒー缶の熱いくらいの温かさ。冷めてしまう前に、虎杖もプルタブを起こし引く。微かな開放の余韻が鼻孔を擽った。香ばしい薫りは鼻奥へと入り込み、熱い液体は舌を焼きそうに思えた。
「……熱い」秋の冷気に舌を晒し「苦い……」渋く呟いた。
虎杖は、手元の
「美味しいよね、ケラウノス。コーヒーに合う」
隣の朱音もまた、同じようにブラックケラウノスに舌鼓を打つ。さくっと端切れの良い咀嚼が朱音の口元で幾度か音をたてた。
「君って学生だよね?」思い出したような言葉に、「ああ、うん。そうっす」菓子の欠片を一口して、虎杖は頷く。
「高校生。最近、こっちに越してきたんだ」
「へえ、そうなんだ。多分私立でしょ? 制服自由っぽいし」
「え、あー……」と、虎杖は一瞬、頭を巡らせ「ああ、うん。そうだよ」呪術高専の表向きの姿を思い出す。
「フード好きなの?」
小首を傾げ、向けられる問。視線は、虎杖の襟足でぶら下がるフードに。
「あー……」
別に好きというわけではない。なにせこれも五条が勝手に付けたものだ。私服もパーカーだとかが多いが、好きかどうか言われると、ちょっと悩む。別段拘っているわけではない。
「なんつーか、すげー好きってわけじゃないんだけど、気づいたら着てるみたいな感じかな。これも俺が付けたわけじゃないし」
「ほうほう」
「だからまあ、そうだな……」ぽりぽりと頬を指で掻き「トレードマークってとこだな、うん」
「いいね。良い落とし所だと思う」
「……そうかな?」
「そうだよ」
訊けば微笑みが返ってきたから、虎杖はとりあえず、そういう事にしようと思った。
「さてと、」と朱音はベンチから立ち上がり「私、そろそろ行くね。これから仕事なんだ」
「そうなんだ。頑張ってください」
「ん、じゃあこれ」
そう、朱音から差し出されたパッケージを虎杖は素直に受け取ると、
「菓子……?」
『ウマすぎ棒!~スクラロース味~』――見慣れない商品名だった。好んで買おうとは思わないな、なんて虎杖は感想を抱く。
「五条さんによろしくね」
「……え?」
――思わず顔を上げた時には、そこには誰も居なくて。ただ夕日が差すだけだった。姿形もない。痕跡もない。立ち上がって、周囲を見渡しても動きを見せるのは、寂しげにそよぐ萎びた雑草だけ。
「あの人、呪術師か……俺の誤魔化し無意味じゃね?」
+++
「こんばんわ、〈ピンキーラビットファー〉さん、でいいかな」
厚い紙コップの底がテーブルを軽く鳴らした。スマホに集中していた少女は、声を掛けられた事に気づいて、急ぎ顔を持ち上げた――と、想定よりも遥かに高い身長にちょっと首が辛そうだ。顔もそこそこ驚いている。
「は、はい……!」
それでも出た返事は、慌てたせいかやや上擦っていた。
某喫茶チェーン。緑地に女神のマークがトレードマークの店。コンビニなどでもコーヒーやカフェラテといった各種ドリンクを販売している有名店。その一角に、
テーブル席。向かいには、少女が一人。制服姿と見た目から推察するに、中学生から高校生。そわそわと落ち着きがない少女。彼女の前には、クリームで甘やかに彩られたフラペチーノから緑のストローが伸びている。量はあまり減っておらず、溶けた様子もない。注文から間もないのだろう。
「とりあえず、そうだね……ダイレクトメッセージの画面、一応見せてもらっていい?」
腰を掛けた朱音が言えば、彼女は素早くスマホを操作。ものの数秒で該当画面を画面に映して、見えるように差し出す。朱音も同じように画面を差し出した。すると、二つのスマホに同様のやり取りが映っているのが見て取れた。
「――はい、改めてだけど、初めまして、〈ノワールブラック・イタコ〉です」
「初めまして、〈ピンキーラビットファー〉です」
「じゃあ、早速本題だね」
ホットコーヒーを傾け、唇を湿らせた朱音は、集まった理由へ話を切り出し、
「誰を呪えばいいのかな?」
穏やかに微笑む――
人を呪い、殺す。そういう事を彼女は、生業にしている。