【呪術廻戦】さようならを教えて    作:クルスロット

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 +++

 

 

 

 「つまり、お兄さんを馬鹿にするやつを呪いたい?」

 

 「はい、そうなんです!」

 

 勢い良く彼女は首肯。表情は真剣そのもの。遊びで無いことがよく分かる。

 

 「酷いんです。確かにお兄ちゃんは冴えた顔じゃないです。イケメンでもないです。血の繋がりもないです。だけど、お兄ちゃんなんです。私達のたった一人のお兄ちゃんで、私達を育ててくれたお兄ちゃんなんです」

 

 ぎゅっと膝の上で握られる手の圧は強く。白い肌を更に白く染める。

 

 「お兄ちゃんに、"私"のお兄ちゃんに酷いことを言うクラスの人たちを私は許せない」

 

 「どうして、そんな酷いことを言うのかな」

 

 「……お兄ちゃんの職場で火事があったんです。それでお客さんとか他の店員の人とか皆な亡くなっちゃったんですけど、お兄ちゃんは、直前に辞めてたんです。だから」

 

 「火事、ねえ……」

 

 「普通、放火とかするんだったらそんな急にしようってならないじゃないですか。

 なのに、皆、皆、お兄ちゃんがやったんだって……!」

 

 溢れる言葉に、朱音は確かな憎悪を見た。お巫山戯じゃない。表情と声は真剣。吐き出される色合いは明確な黒を宿し、確かな呪いがあった。

 

 「分かった。呪おう。君の呪いを届けよう」

 

 確かな肯定。朱音は、彼女の憎悪に呪いが必要だと感じ取った。

 

 「本当ですか……!」

 

 「勿論さ」

 

 ぐいっと興奮に上気した顔を近づける〈ピンキーラビットファー〉に、朱音は穏やかに頷いてみせる。

 

 「じゃあ、報酬の話をしようか」

 

 「あ……、そ、そうですよね」

 

 流れるように、朱音が話を移行させると興奮冷めならぬ〈ピンキーラビットファー〉の顔がやや曇る。

 一応、彼女も頭の片隅にはあったが、今の今まで感情を吐き出すので夢中で視界に入っていなかった。だから今、朱音の言葉で、夢から覚めたような心地に陥りながら、固唾を呑んでいた。

 

 「……私はね、必要な呪いの度合いでメニューを作って、それに見合う報酬を貰うようにしてるんだ」

 

 滔々と語り出した朱音に、〈ピンキーラビットファー〉は、唇を硬く結んで、耳を傾ける。

 

 「だけど、例外がある――君みたいな、心底、呪いを必要としていて、私と対面で会う勇気のある人。こういう人はね、別なの」

 

 「じゃあ……!」――〈ピンキーラビットファー〉の顔に、パッと希望が蘇る。

 

 「そうだね。君の可能な範囲の金銭、もしくは、」一旦言葉を切り、「君に渦巻き、わだかまる呪いを貰おうか」

 

 「の、呪い?」

 

 よく分かっていなさそうな表情を〈ピンキーラビットファー〉は、浮かべる。そもそも、素人だ。呪いにも正直、彼女は懐疑的。

 

 「そうだね、噛み砕こう。君が感じる事は一つ――」

 

 朱音の視界には、〈ピンキーラビットファー〉に絡みつく呪霊がある。

 蛇のように長い胴で少女の首から体を締め上げ、尾の先で股座を押し付けられ、不規則に生えた腕は上半身を撫で回している。先についた蛙のような頭のニヤつきは酷く不快、不潔、不愉快。

 普段から向けられ続けた思念と彼女の内側から滲む感情が育てた呪霊だ。年頃の少女には重たい荷物だろうから、

 

 「体が軽くなる、かな」

 

 人を安心させる笑顔で、朱音はそう言った。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「おーかえりー」

 

 ばきりと煎餅の破片が散った。

 都立呪術高専学生寮。寮である以上、生活に必要な施設は揃っている。その一つがこの食堂だ。

 煎餅片手の五条悟は、件の食堂の一角にあるテレビの前を陣取っていた。他に人は居ないから迷惑ではないのだろうが、六人がけの大きなソファで寝転がり、だらしなく煎餅を貪るさまを見て、初見で呪術師としての力量を見抜くのは難しい。分かることは大の大人がめちゃくちゃ行儀悪く菓子を食ってることくらい。しかも目隠ししてる。食べにくくないのか。

 

 「ただいまー。煎餅とか珍しくね?」

 

 「たまにはさ、世間の塩っぱさを噛み締める必要が大人にはあるんだよ。ていうか、遅かったじゃん。アイス買ってきてくれた? ハーゲンダッツの新作だぜ? 食後のおやつはあれに決めてるんだ。それ以外は認めないよ?」

 

 「…………あっ」

 

 さっと、虎杖は目を逸らした。完全に忘れてたのだ。なにせ色々あったものだから、虎杖は完全に当初の目的を忘れていた。

 

 事の起こりは、寒くてコンビニに行くのが嫌な五条が言い出し、隣でテレビを見ていた虎杖が巻き込まれたのだ。

 

 じゃんけんに負けたほうがコンビニにパシリをする。なんて事を教師と生徒がやっていいものかは、まあ、この二人なので置いて置いておく。察しの良い皆様には、もうお分かりだろうが、虎杖は間抜けだった。相手が常に目隠しをして歩いている変態だというのを失念していたのだ。じゃんけん程度の心理戦なんてこの男、五条悟にはお茶の子さいさい、スケスケみるみる。

 虎杖も持ち前の身体操作と反射で頑張ったのだが、無下限術式には無意味だった。それでいいのか五条悟。それでいいのだ。

 

 「今度の課題、倍ね」

 

 ぶーたれて、ばきっと煎餅を齧った後、五条はテレビを見て笑う。めちゃくちゃ大人げない。

 

 「ひっでえな! それでも教師か?!」

 

 目を剥いて叫ぶ虎杖に、「ほらほら、落ち着いて」と差し出されたのは、

 

 「え、まだあったの……?」

 

 ペプシコーラ。

 

 「はっはっは、コイントスで増えた」

 

 「いやいや……ていうか、煎餅にペプシって食い合わせどうなんだよ……」

 

 ツッコミが面倒くさくなった虎杖は、とりあえずキャップを捻り、ゴクリと一口呷る。うーん、キンキンに冷えてる。秋でもペプシは冷えてないと。虎杖は喉を抜ける炭酸の心地よさに、くぅっと声を洩らした。

 

 「あ、そうそう。代わりに」

 

 ローテーブルにガンガン。どんっと重量感。

 

 「え、ガンガン……?」

 

 五条悟、困惑。とりあえず手にとって、ぱらりと捲り、

 

 「え、藍蘭島まだやってるんだ……」

 

 呪術高専最強の呪術師、五条悟。流石にショックを隠しきれない。連載約十七年ほど。恐るべき連載期間。驚異的に他ならない。

 

 「あと、先生によろしくってさ」

 

 件の味の予想がつかない駄菓子を五条の前に、一人がけのソファに虎杖は腰掛け、ローテーブルに積まれた小袋一つをぴりっと開けた。

 

 「ねえ、悠仁。これ貰ったの、女の人だった?」

 

 「ん? うん、そうそう。五条先生よりでかくてビビったよ。ありゃ、東堂よりでかいね」

 

 「……帰ってきたのか、朱音」

 

 「うわっ……すげえ微妙だ、この組み合わせ……」ペプシと煎餅の味の混ざりに呻き「あ、やっぱり知り合い?」

 

 ぽつりと零れた呟きを虎杖は、聞き逃さなかった。

 

 「空木田朱音。元呪術高専所属呪術師」

 

 「へぇ、元」

 

 「僕が知ってて放置している通り、呪術高専に所属していた頃の等級も最大で四級。率直に言って、戦力にはならなかったよ。呪力感知が頭一つ抜けてたからそっち方面での仕事が多かったね。

 風の噂で、また呪術師になったとか呪詛師になったとか聞いたけど。まあ実際どうだか」

 

 「なあ、それってフリーで呪術師やるメリット無いんじゃね?」

 

 ぱっと浮かんだ言葉を虎杖が口にすれば、

 

 「その通り。一定水準の能力がない呪術師は、群れるのが一番さ。そうじゃなきゃ呪術高専で大人しくするか、呪術を諦めたほうが生きやすい。

 呪詛師は、基本的に危険思想とそれなり以上の実力を合わせて持っている事が多い。もっとも裏社会で犯罪に手を染めて生計をたててる呪詛師は少なくないよ、金になるからね。けど、結構リスキーだ」

 

 首肯と共に五条から答えが返る。

 

 「それでも、朱音は未だに一人で生きている――どうしてだと思う?」

 

 「…………他人と居れない理由があったから?」

 

 「That's right」びしりと両手の人差し指を向け「彼女の呪術――いや、体質からそうさせざる得なかった」

 

 「体質?」渋面の虎杖に、「うん、特異体質」五条は唇を濡らすように、ペプシを一口呑んで。

 

 「呪いを引き寄せる、引き寄せ過ぎる体質。呪媒体質ってやつ。呪力感知で秀でてたって言ったろ? それのデメリットがメリットを上回ってさ。高専から抜けて、呪いの集まりやすい東京からも離れたはずなんだけど」 

 

 「今になって戻ってきた?」

 

 続く筈だった言葉を虎杖が口にし、五条は頷いて、煎餅の一欠片を口に放り込んだ傍から噛み砕き。

 

 「いい思い出は、無いと思うんだけどね」

 

 

 

 +++

 

 

 

 「っしゅん……風邪かな」

 

 空木田(カラキダ) 朱音(アカネ)は、一仕事終え、雑踏を歩いていた。

 日は沈み、街の彩りは夜のものに。時刻で言うと、七時を少し過ぎたくらい。昼夜で、街の姿は違う。特に、繁華街の変わりようは凄まじい。闊歩する人種、色や匂い、空気。何もかも日が出ている頃とは違う。

 

 「思ったより手間取っちゃった……」

 

 SNSでひっそりと仕事を初めてから半年。朱音は多くはなくとも少なくはない依頼に恵まれていた。仕事の内容自体は些細なものが多く、呪殺に至った事は今のところ無い。小さな妬み恨みを細やかに叶えてあげる。それくらい。

 ただ、難点が一つあった。

 

 「……人が多い」

 

 SNSでの依頼者は、大体が都内在住。彼女もそれに伴って引っ越した。が、都会はあまり好きじゃない。

 

 何故なら、朱音は背が高い。雑踏でもよく目立つからというのもある。不用意に目立っていい立場ではない。なにせ無所属の呪詛師。敵ばかりだ。

 更に、背が高ければ、他人よりも視線が通る。遠くまで見渡せる。普通、人が多ければ視線が通り難いものだが彼女は別だ。これは利点じゃないかと多くの人は思うだろうが彼女の場合は違う。人が多ければ呪いも多く。呪いとは視線を感知するものが多い。朱音の呪的体質は、彼女の身体的特徴で助長される――単純に、彼女が人混みが嫌いなのが都会嫌いの一端ではあるが。

 そんな彼女の嫌いな雑踏の上を、ふわりふわりと呪いのなり損ないが雲のように漂っていた。こういうものは、人の集まるところではありがちだ。かと思えば、朱音の方に寄ってきたと同時に、消え失せる。朱音に取り込まれたのだ。

 

 「……今日は、ちょっときついかも」

 

 胸の詰まりと下腹部を中心に広がる疼きに、朱音は、顔を微かに顰めた。

 朱音は、呪媒体質。呪いを引き寄せやすく、尚且、溜め込む特異体質だ。

 

 夏油傑という、特級呪詛師が居る。この男は、類まれなる呪霊操術にて、数多の呪霊を手中に収めていた。それは特級呪霊ですら例外ではなく。特級の名をほしいがままにしていた。

 それと、朱音は真逆だ。制御の効かない体質――操るという技能を彼女は身に着けられなかった。適正がなかったのだ。結局、出来たのは抑え込むくらい――だった(・・・)

 

 彼女が自身の可能性に気づかされたのは、つい四ヶ月前。そして、もう一つの転機も四ヶ月のこと。

 

 「あれは……」 

 

 ふっと、呟く視線の先に蹲るもの。誰も見向きもしない。朱音はそれへ雑踏を避け、近寄っていく。高い身長が雑踏を横切るから視線を引きがちだけれど人々は無関心に目を逸らす。都会の良いところ。良くも悪くも、良いところ。

 

 「やあ、こんなところでどうしたの?」

 

 少し路地の奥に足を踏み入れてから、蹲るものの前に朱音はしゃがみ込む。

 

 「はぐれちゃったかな」

 

 視線の先には、少年がいた。健康良好とはあまり言い難い様相。秋も深まる時候に、伸び切ったタンクトップと薄っぺらなハーフパンツ。年頃は、十と少しか。三角座りで壁にもたれかかり、何もせず黙り込んでいる。

 

 「そんな感じじゃ無さそうだね」

 

 虚ろな瞳は、朱音を見ることはなく。ただ、地面を見ていた。先に目をやれば蟻が居る。死にかけの蟻。何かに潰され、もがく蟻。いずれ死ぬだろう。少年は、ただそれを見ていた。只々、じっと。

 朱音はそんな彼の隣で、同じように膝を抱えた。寄り添うように、言葉一つ発さずに。

 

 「見つけたぞゴラ!」

 

 いくらかの時間が過ぎた。長くはない。短い、ごく短い時間。雑踏の足音がいくつか近づき、遠のいた時。

 声がした。男の声だ。ふっと、朱音は声の方を見やる。頭上、といっても朱音の身長が高すぎるせいもあって、

 

 「うおっ!」

 

 顔と顔の距離が想定よりも近かった。無精髭の目立つガラの悪い男。朱音の鼻を突いた口臭は、煙草と酒と他の何かが混ざって臭う。僅かに朱音の眉根が顰められた。

 

 「でっけえ女だなあ、はは。乳もケツもでけえ」

 

 デリカシーもない。朱音の中の好感度はだだ下がりしつつあった。

 

 「そこのガキ、うちの何だよ。連れて帰るからよぉ、そこのけや」

 

 顎で差す先には、やはり少年。しかし、見向きもしない。相変わらず蟻を見つめている。

 

 「どうする?」

 

 「…………」

 

 沈黙も変わらず。けれど、朱音は彼の瞳に感情を見た。小さな水溜りに、水滴が一つ落ちるくらいの微かな揺らぎ。

 瞬間、蟻が潰された。親指と地面の間ですり潰される。少年の小さな親指が執拗と呼べる程に。

 

 「気持ちわりいなあ、おい。殴りすぎて馬鹿になっちまったか?」

 

 「……そっか」

 

 それぞれがそれぞれの反応を見せた。嘲りと理解の頷き。

 

 「分かったよ」

 

 「……んだよ、てめえ」

 

 艷やかに赤髪の毛先を揺らし、朱音は立ち上がる。自然と目線が上がり、男を見下ろした。見上げる側と見下ろす側が逆転する。見下ろすのは、それだけで威圧的だ。男の言葉が遅れたのはそのせいだろう。

 

 「それが君の望む呪いなんだね。はは、いいよ。ご依頼承りました」

 

 「あ"あ"? てめえも意味分かんねえことくちゃべりやがって。ぶっ殺されてえのか!!」

 

 「いや、ね」

 

 そう切り出した彼女は、満ち満ちていた――まるで、迷いが晴れたように清々しく、吹っ切れた顔だった。

 

 「私と君の末路が決まった。それだけよ」

 

 

 

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