【呪術廻戦】さようならを教えて    作:クルスロット

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#3

 

 

 

 「子宮、か……」

 

 「正確には類似物だ。子宮によく似たものが被害者の臓器で作成されていた」

 

 虎杖は、眉根に皺を寄せ、スマホに映っている画像を見つめていた。スプラッタ。赤黒く、生々しい。生の発露は夥しく、その顔面を見れば精魂既に尽き果てた事が明白だった。

 写真の主役たる男性は、風船でも押し込んだように腹が腫れ上がっている。それがうち側から引き裂かれていた。力づくで、荒々しい傷跡が目を引く。これが死因とのことだ。

 

 「子宮……中身は?」

 

 「無かった。入っていた痕跡はあったが、腹と同じ手管で裂かれていた。そこに、呪霊がいたと見て間違いねえ」 

 

 「なるほどね。で、」振り向く野薔薇。つられて二人も振り返る。

 

 「ここに、その死体が詰まってたと」

 

 10月XX日。新宿区歌舞伎町。

 XXマンションにて多数の遺体が発見された。

 遺体は、どれも腹部に奇妙な爆傷めいた傷があり、爆発物の痕跡やその他凶器の痕跡なく、内蔵を無惨に破壊されていた。

 

 屋内各所に設置された監視カメラの映像に、誰の手も何の手も触れずに内側から引き裂かれていく被害者の姿が映っており、目撃した警備員や逃げ出したその他住民からの通報から呪霊案件として立件承認――呪術高専の出番となった。

 

 「被害者は共通してこのマンションを所有していた暴力団の団員。全員が違わず、同じ呪創で死亡しています。その他、関係者に被害者は居ません。それが早期の発見に繋がりました」

 

 痩躯の神経質そうな男――伊地知(いじち)は、つらつらと現状を三人に伝えていく。

 

 「残穢は?」――伏黒が手を上げ訊く。

 

 「呪詛師と呪霊の半々と言ったところですね。濃くもなく、薄くもなく」

 

 「……特級の仕業っぽくないな」――虎杖が洩らすと。

 

 「はい、彼らは自分たちがどういう立場なのかを理解しています。つまり、不用意に目立った行動はしないということですね」

 

 「となると、今回の相手は……」伏黒の言葉を、「呪霊を使った呪詛師辺りが妥当ね」野薔薇が繋いで完成させる。

 

 「そうなります」

 

 伊地知は肯定と共に頷いた。

 

 「目星はついてんの? 伊地知さん」

 

 「問題はそこで……」神妙な表情を浮かべ、「困ったことに、中で死んでいた者に呪詛師が居まして」

 

 「え、呪詛師も死んでたの?」

 

 「呪詛師の死体に残穢が最も濃く残っていました。どうやら、大元はそこのようです」

 

 手元のタブレット端末に伊地知は視線を落として、

 

 「件の呪詛師は三流……四流どころですね。大した実績も腕もなく、こういった非合法組織に潜り込んでいたとのこと。珍しくないタイプです。あまり表沙汰にできない呪いを手繰っていたようです」

 

 「表沙汰、ねぇ……。どういうのよ?」

 

 胡散臭そうな顔の野薔薇が訊けば、伊地知は、重く口を開く。

 

 「生贄です。どこかの呪術書(ふるほん)を読み齧ったのか、誰かの見様見真似か。そういうものを使う輩です。こういったタイプが、現在の呪術界隈では、ありがちで少なくないのが嘆かわしいですね。

 この男は、闇金運営に携わっていたようでして、借金のかたに仕入れた女子供を使った悪趣味な呪術で恐喝を行っていたとのことです。ちょっと現代日本だと信じ難い話ですが」

 

 「……酷えな」

 

 凄惨な光景を脳裏に浮かべていた虎杖の感想は、短いながらに心情がしっかりと乗っていた。

 

 「ええ、酷いです。男に与えられた部屋はそれはもう酷い有様でした」

 

 顰めっ面は、きっとその光景を思い出したからだろう。

 

 「だが、そいつも死んだ。人を呪わば穴二つ、呪詛返しでも食らったか……?」

 

 独り言めいて呟きながら口元に手をやり、伏黒は思案する。

 

 「で、件の呪霊はどこに行ったのよ」

 

 「マンションからは既に離れているようです。遺体と同じ残穢がマンション周辺で確認されました。が、ぷっつりと途切れていまして。おそらく、呪詛師が回収したと思われます」

 

 「じゃあ、俺達はそれを?」

 

 「はい。皆さんには、その呪詛師候補を追っていただきたいんです」

 

 と三人の前に差し出されたタブレット。覗き込めば。

 

 「あっ……」

 

 虎杖には、見覚えのある顔が映っていた。

 

 「彼女を探して頂きたいんです」

 

 空木田朱音。タブレットに映る彼女は、虎杖の記憶よりも少し若かった。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「うん……? 何だこの臭い」

 

 一人の老人が山中で、異様な臭いに顔を顰めていた。

 季節は、秋も中頃。老人は、この辺りの山主であり、寺で住職をしている。

 寺の周りをジョギングするのは、毎朝の日課で、今日もそのつもりだったのだが、鼻を微かに衝く刺激臭。初めて嗅ぐ臭いに、『なんだろうか』と首を傾げた老人は、臭いの強まる方に向かった。

 

 向かいながら、鼻孔に入り込む臭いから、老人の脳裏に過る可能性。獣の死体――この辺りは、人里に近いため熊は、そうそう出てきはしないが他の狐や狸なら出てくる。なら他だ。不法投棄。そう周りの山主から聞いたことがある。自分の山では、まだ無かったがついに……というのも考えられた。

 

 列挙した可能性に憂鬱になりながら、木立を抜け、枯れ葉を踏みしめ、臭いの方に足を進め――ふっと抜けた風に、大きく顔を顰めた。耐え難い臭い。次に感じたのは、耳朶を打つ耳障りな羽音。

 これが、臭いの大元だと老人は確信した。視界を遮る高い草を掻き分けて、見えたのは、一際大きな樹木――揺れる大きな影があった。枝葉では断じてない。これこそが臭いの大元だ。

 

 「――――っ!」声ならぬ悲鳴が乾いた唇の合間から零れた。

 

 大きい。一般的な成人男性を大きく上回る身長だ。しかし、男ではない。

 女が揺れていた。女だと老人が直感的に理解したのは、長く黒々とした大量の毛髪が落ちていた。頭皮が腐り、根本から刮げ落ちたのだ。そこに覗いた顔が女のものだった。服装は、山に登るのに全く向いていない足首まで覆うロングスカートや厚手のセーター。元の色はもう伺い知れない。各所に滲み広がる何とも言えない液体が鮮やかな過去を塗りつぶしていた。

 見た限り、長期間ここに居たらしい。老人のジョギングコースから外れていたから、中々気づかなかった。合わせて、この気候。秋も深く、冬は近い。それが腐敗の進行と風向きで発覚したというのが大筋だろう。

 

 「なんと、まあ……」

 

 まず老人は、手を合わせた。住職であって僧侶だ。いくら酷い状態でも人は人。いくら他人の領域で自死しようと人は人。人が自死を選ぶ時は、まず追い詰められた時だ。心や体が限界まですり減らされた果てに辿り着く。それほどに苦しんだ人を老人は、無碍に出来なかった。

 だがしかし、事件性があってはいけない。まずは警察だ――山中でも何とか電波が届く。というか届くように老人は、基地局を近場に設置してもらっている。ジャージのポケットから取り出した年代物のガラケーで警察に連絡をとボタンを押す。

 

 その時、老人は泣き声を聞いた。指が固まる。声は止まない。人のもの。それも幼い。

 かちりかちりと重く。壊れた玩具のように、ギシギシと視線を泣き声の方に運び。

 

 「まさか」と、呟いた。

 

 声は、揺れる影の下にあった。重なる毛髪と蛆の湧く屍肉の奥から聞こえてきていた。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「みんなと遊ばないのかい」

 

 「…………いい」

 

 無気力に、ゆるりと。足元で、蟻の手に解体されていく名も知れぬ虫の死骸を見下ろしたまま、少女は首を振った。

 

 「……そうか」

 

 老人は、それ以上、言わなかった。幾度か繰り返した問答だ――いいや、問答というほどのコミュニケーションはない。ただ、老人が気まぐれに問い、返答を聴く。それだけの事。

 彼女が、あの遺体の下で拾われてから、十三年が経とうとしていた。

 警察に保護され、身元が調べられた結果、身寄りはなく、施設に送られるところだったのを発見者の老人が引き取った。

 姓は、空木田、名は朱音。

 姓は、自殺していた母もの、名は、老人が付けた。

 大人しい子で成績も中の上。学校での評判は、文句の付け所はなく、悪くもない。別段、虐められている様子もない。ただ、子どもたちには、あまり馴染めていないと老人は聞いていた。

 教師の言葉は間違いなかった。物心ついた頃から、彼女はそうだった。

 

 「どうした、ものかな」

 

 悩みは絶えない。子育てにしては、間違いなく手がかからないだろう。騒ぎもしない。好き嫌いもない。言わずとも悟る。物覚えもいい。何一つ文句はない。

 けれど、子供にしては不自然だと老人は思う。出来が良すぎる。だが、それもこの子の特性なのかも知れない。

 

 ――受け入れなければならない。

 

 老人の時代は終わり、移り変わった。幼い頃の様にはしてはいけない。あの頃は、人に非寛容だった。違うものを受け入れられなかった。だから、見守り続ける。

 傍にしゃがむ少女、朱音を見やると、別の方を見ていた。視線を追ってみると地面から傍の林の中にやっていた。

 

 「……お父さん」目は逸らさず「また、居る」

 

 微かに震えを見た。朱音が見えるようになったのは、ごく最近の話だ。まだ慣れていないようで、怯えは消えていない。

 

 「ああ……気にするな」

 

 「でも……」承諾しかねるような声。「見なければ、居ないと同じだ。それに」老人は一度、言葉を切り。

 

 視界に映る奇っ怪な影――呪霊。しかし、大したものではない。霊として形を保っているとも呪いとして成立しているとも言えない。低級どころではない。等級にも入らない。

 

 「あれは、影のようなものだ。目に入れなければ、いずれ消える」

 

 住職である以上、見慣れていた。この辺りは、田舎で都会よりも遥かに呪霊の程度は低い。なんの言い伝えもなく、静謐以外取り柄のない村だから。よくある村民感の軋轢が生じるほどに人も居らず、人々に情熱もない。近い内に消える場所だ。

 

 朱音もいずれ慣れるだろう。日常に呪霊の影も溶けていくはずだ――老人は、そう思う。自身がそうだったから。

 そしてまた、何かを求める事も、困る事もあるだろう。それに、苦しみ、嘆く事もあるだろう。

 誰かを必要とする時に、自分が傍に居れたならば、支えにも指針にも道にもなろう。老人はそう思った。

 ――後日、老人は床に伏した。その三年後、彼は、この世を去った。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「呪術高専から参りました」

 

 「……はい、父に聞いています」

 

 ――お前には、呪術の才能がある。

 死に際に、父はそう言っていた。ついでに、スカウトの人も来ると。なんだそれは、聞いていない。朱音は、微妙に憤慨した。何故この様なものを寄越したのか。どうして何も言わずに。

 そう思い、小さな怒りが芽生える自分が居るのと同時に、小さな感謝を覚えた。

 

 「どうされますか? 我々、呪術高専は、強要致しません。

 呪術高専に所属に際して発生する費用は、全てこちらで負担致します。何らかの理由による退校で何かしらのデメリット等は生じません。その他詳しい内容は、貴方の意思を聞いてから書面にて、お話し致します」

 

 呪術高専の関係者を名乗った神経質そうな男は、ゆっくりと言葉を並べると伺うような視線で朱音を見上げ、問う。

 大の大人に見上げられるほどに、朱音は成長した。三年の時間は、彼女に大きな変化をもたらしていた。老人が生きていれば言うだろう。

 ――母によく似たと。

 

 「…………行きます」

 

 決心に、時間はかからなかった。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「や! 君が新入生?」

 

 「あ、はい。空木田朱音です。宜しくお願いします」

 

 「はいはい、よろよろー――……」

 

 まじまじと……見れているのだろうか。朱音はまじまじと見る動作だけに見える先輩を前に、小首を傾げた。

 

 「大きいね、君」

 

 不躾で、馴れ馴れしい男だと朱音は思った。それでいて胡散臭い。丸サングラスに白髪。軽薄な笑み。胡散臭いの固まりだと。

 

 「よく言われます」

 

 「あ、やっぱり。今からマック行くんだけど行く?」

 

 「え……まっく?」

 

 「え……知らない? マジ?」

 

 でも、眩かった。田舎の山に森、田畑から離れ、都会の輝きに目が慣れつつあっても五条悟は、眩かった。あの笑顔が、あの傲慢さが。朱音の知らない事を幾つも知っている彼がとてもとても朱音には、強烈で。

 

 日々を過ごせば過ごすほどに、憧れは積み重なる。憧れなんて、とてもじゃないがおこがましく。そんなことを考えること自体、朱音にとって、憧れを冒涜する行為だった。

 不甲斐ない自分がそんな事を思ってはならない――朱音は、自罰的だった。

 それなのに、あこがれとはまた違う感情を抱きつつあった彼女は、心の底に感情全てを押し込めて。

 

 

 

 +++

 

 

 

 ――――呪術高専を去った。

 

 

 

 

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