【呪術廻戦】さようならを教えて    作:クルスロット

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#4

 

 

 

 「美味しい? そっか。良かった」

 

 喋る代わりに、食らいつく。パンズとチキンパティが無惨に千切られ、合間に挟まれたレタスが悲鳴を上げる。人が感じるのは、味蕾の上で踊る味わいだけ。朱音もやはりそう。噛み潰し、呑み込んだ。次いで、コーラをずずっと啜り、口に残った欠片を喉の奥に流し込む。

 

 大手ファストフード店。時刻は昼前。都心なこともあり、人の数は順調に増えつつある。この一角、二人がけの席に朱音と少年の姿はあった。

 

 「お父さん、お母さん。居なかったね」

 

 呪孕(ノロイハラミ)――空木田朱音が所有し、半年前、朱音がようやく理解した自らの術式の一端である。

 

 対象の体内に、子宮(と似た臓器)を形成し、彼女自身が体内に孕んでいる呪霊を孕ます対人術式。呪霊には何の意味も成さない、呪殺のみを念頭に置く凶悪無比の殺人呪法。

 

 孕んだものは、いずれ生まれる。生まれた呪霊は、己を形成する呪いの行動規範に則り行動する。

 

 件のマンションが壊滅したのは、孕んだ呪霊が少年の呪いにより生成されたからに他ならない。それほどに強烈な呪いだ。

 全てを奪われた少年の呪念は、あまりにも恐ろしい。

 

 「…………」

 

 「このスマホの住所、当たってみようか」

 

 「…………」

 

 一見して、一方的な言葉の投げかけだった。片方は只々、バーガーを咀嚼し、片方は咀嚼と合間に言葉を作る。

 朱音の手元にはスマートフォンが一台。あの路地の、ガラの悪い男から手に入れたものだ。指紋認証も考えものだねと朱音は、タッチパネルに指をつつっと滑らせた。

 

 「これとか近いね」

 

 住所は、豊島区池袋にある雑居ビル。現在地から電車で数分。

 コンビニにソープ、サラ金、バーと詰まったビルだ。所属しているソープ嬢のSNSアカウントから見るに、あの惨事の後でも開いているらしい。これもスマートフォンの持ち主である男のSNSアカウントから確認できた。

 

 「お邪魔できそうだ」

 

 朱音は、スマートフォンをスリープにして、羽織ったダウンの内ポケットに滑り込ませた。

 

 「でもまあ」少年の食事進捗に目をやり「もうちょっとゆっくりしようか」

 

 ポテトを一本、サクリと。

 

 「最近さ、まずいだとか何とか色々言われてるけど、私はやっぱりマック派。君はどう?」

 

 「…………食べ、るの、初めて」

 

 ようやく、少年が口を開いた。ぼそぼそと聞き取りにくい声。詰まりがちで話慣れていない印象も感じる。

 

 「そっかそっか。それはよかった」

 

 二本目、サクサク。 

 

 「初めて食べたのが一番美味しいファストフード。良い思い出になるよ、きっと」

 

 「…………うん」

 

 「私のオススメは、色々あるんだけど、」手元のバーガーを見せ「チキンフィレオ。美味しいよ」

 

 「…………そうなの?」

 

 小首を傾げる少年に、朱音は強く頷いてみせる。

 

 「そうともさ。チキンはサクサク、レタスはシャキシャキ。タマネギがちょっと辛くて、オーロラソースは甘酸っぱいんだ。

君のはどうかな? お月見バーガー、時期ものだから今しか食べれないんだよね。私もチキンフィレオとちょっと迷った。チキンフィレオは毎日食べれるしね」

 

 「…………美味しい」

 

 「それはとても、よかった」

 

 ポテトを二本、まとめて口に放り込む。ちょっぴりしなり、ちょっぴり塩っぱい。

 

 「あー……美味しいなあ……」

 

 朱音はチキンフィレオを頬張って、呑み込むと、

 

 「無くなっちゃった……」

 

 ぺろりと指についたソースを舐め取り、名残惜しげに呟き、「ああ、そうだ」と立ち上がる。

 

 「マックシェイク買ってくるよ。呑む?」

 

 「…………?」

 

 首傾げる少年。マックシェイクが何か理解できていないのだ。

 

 「あ、そっか……よし、」ふふんと広角を上げ「マックシェイクは、最高だよ?」

 

 カツンとブーツを鳴らした。

 

 「……私、何やってんだろ」

 

 と、そこまでやって朱音は、レジ前で我に返った。ちょっと冷静になったのだ。

 人を何人も殺しておいてだが、ここまでがあまりにも衝動的すぎる。自暴自棄だろうか。もしくはあてられたか(・・・・・・)

 首を捻っても答えは出ず、気づけば順番が回ってきていて。

 

 「マロン、か……」

 

 新商品に、朱音は目を奪われていた。

 

 

 

 ++++

 

 

 

 『監視カメラに彼女の姿が映っていました。映像はこちらに』

 

 虎杖の脳裏に、伊地知の言葉と映像が蘇る。

 前日に見たのと変わらぬ姿、虎杖の知っている朱音の姿。隣には一人、知らぬ顔。少年。細く、骨張った様子は栄養の足りなさが見て分かる。二人は、手を繋いで歩いていた。マンションから逃げ出す人々の中に紛れ、平然とゆっくりと。

 

 『皆さんに追跡をお願いするのは、虎杖くんが顔見知りとのことなので――ああ、これ、五条さんからの命令です。私としては、まだまだ等級が上がりそうな相手は、あまりお願いしたくないんですが……』

 

 そう、いつものように困った顔で伝える伊地知も克明と描かれる。

 

 『違えばそれで構いません。違わなければ、捕縛は容易でしょう、と過去のデータから算出した実力差から五条さんは見ています。私も、今の皆さんの実績と実力を照らし合わせたらそうなることは間違いないと思います』

 

 『ただ、現状の被害から見て……不穏です。無茶はしないでください  これ、いつも言ってますね。え、五条さん? ああ、別件でして……』

 

 また、伊地知は苦笑していた――そこで、虎杖の視界は現実に戻る。

 揺れる吊り革。流れる街並み。空いてる車内。平日の真っ昼間。山手線でも空いている時間帯だ。

 

 「まあ、怪しいよなぁ……」

 

 ぐぬぬ……と虎杖は唸る。

 どう見ても怪しい。誰がどう見ても怪しい。呪術師が態々、こんなところを歩いている。何の気負いもなく。しかも偶然?

 

 虎杖は、首を振る。いやーありえない。絶対にありえない。

 

 確率はゼロじゃないけど、でもほとんどゼロじゃないか。虎杖は自身が数学がよく出来る方とは口が裂けても言えない。だけど分かる。これはゼロではない。けれど、ゼロに近い。つまり、犯人に最も近い。

 

 推定敵対:呪詛師。

 

何より、過去のデータよりも実力を高めていることが予想される。何らかの呪物を所持している事も考えられる。難敵の可能性が大。なら加減はできない。

 

 「ねえ、虎杖。あんたってさ」

 

 隣で電車に揺れる野薔薇は、うんうん唸る虎杖を横目で見て、

 

 「年上好きだったの?」

 

 ふとした疑問をぶつけた。

 

 「…………え?! なんで?!」

 

 「いや、なんかあの女知り合いなんでしょ? 初恋の人? いいわね、そういうの。私好きよ? 初恋の人と運命の再開とか昔の住んでた家の隣のお姉さんと再会とかいいじゃない」

 

 「いやいや、昨日会ったばかりだから」

 

 「え、そうなの?」一瞬、つまらなそうな表情を浮かべ「あっ! あれね! 一目惚れ! それも好きよ!」

 

 パッと笑顔に切り替えると、びしっと人差し指を立て、ピンときたとばかりに言う。

 

 「それも違うから。違うから。どうどうどうどう」

 

 「何よ、つまらないわね……。それで、どういう出会い?」

 

 「あーそれがだな……まるまるさんかくしゃけしかじかうまうまぱんだ」

 

 虎杖が簡潔に説明すると、

 

 「はっ?! なにそれ! 結構ロマンチックじゃない! 虎杖の癖にやるわね!」

 

 野薔薇のテンションは爆上がった。思わず座席から立ち上がりそうになるくらいに。

  

 「えぇ……そうかぁ……? 結構気不味い空気だったぞ」

 

 「その後、二人っきりで話したんでしょー? なら、脈アリよ。アリよりのアリよ」

 

 「そうかー?……いや、待て。俺はそういう目で見てないから。そういう方針じゃないから」

 

 なんて虎杖が訂正しようとする。

 

 「おい、次で降りるぞ。池袋はこの次だ」

 

 隣でスマホを触っていた伏黒が話に入ってきた。

 

 「言われなくても分かってるわよ。ブクロなんて庭よ庭。山手線ゲームで私に勝てると思って?」

 

 「五条先生とやってろ」

 

 目撃情報や監視カメラの映像等から、対象である空木田朱音の向かった先が、池袋だと伝えられた虎杖達三人は、電車に揺られていた。

 対象が何故、池袋に向かったのか? 呪殺の理由が私怨等であるなら、これからもさらなる呪殺を重ねるだろうという推測の下で情報の精査すると、池袋の雑居ビルに事務所を据えている事が判明。

 可能性の真偽を確かめる為に今、虎杖達は派遣されていた。

 

 「……なあ、伏黒」

 

 「なんだ」

 

 「普通の呪霊、普通の呪術師に、あれだけの人を殺せると思うか?」

 

 虎杖にしては、重々しい切り出しだった。伏黒には、その内心が透けてみえた。分かりやすいのがこの男の美徳だ。

 だから、それなりの言葉を返してやろうと口を開く。

 

 「お前の言う普通がどれくらいかによる。が、まあまず普通、三級未満の呪いには、無理だ」

 

 断言し、

 

 「だけどな。あのマンション、曰く付きだ」

 

 「曰く付き?」

 

 「調べてみたんだが、どうにもあのマンションで数年前、結構な人数が死んでいる」

 

 「やっぱり、暴力団絡みか?」

 

 「ネットの記事だとそうなってるし、伊地知さんにも確かめた。殺り方も人の範疇だった」

 

 「なんか引っかかる言い方するわね」

 

 会話に入ってきた野薔薇。確かに。虎杖もそう思った。

 

 「射殺や刺殺の中に……」言い淀み「真っ二つが混ざっていた」

 

 「真っ二つ?」

 

 「文字通り、脳天から一直線に」

 

 「うっへ……残穢は?」

 

 「無い。周囲にわだかまった小さな呪いの気配はあっても呪殺や呪霊は確認できなかったらしい。所有者が所有者だから何かあってもおかしくはないがまあ、十中八九、お前の同類だろ」

 

 お前が指すのは、勿論虎杖。心外とばかりの表情で、虎杖は口を尖らせれた。

 

 「いやいや、流石に無理でしょ」

 

 「呪力抜きの素手で、コンクリぶち抜く奴が何言ってんのよ」

 

 「つーかお前、オーバースローで鉄球投げてた上に呪霊に殴りかかってたじゃねえか。呪力無しで」

 

 「え、いつよそれ。初耳なんだけど」

 

 「宿儺の指食う前」

 

 「は? キモ……」

 

 「東堂もそれくらいできるし……! 後、ナチュラルに罵倒するのやめて! 傷ついちゃうから!」

 

 「なんの言い訳にもなってないわよ」

 

 「つまりだ。あれだけ立地が良ければ普通も普通じゃなくなる。雑魚もただの雑魚じゃなくなる。

 ……杞憂ですまないかもな」

 

 伏黒がまとめると、急激に電車の速度が落ち始めたのを虎杖達は、感じた。ブレーキが速度を殺して、直ぐに停止。その後、気の抜けた音と共に扉がスライドして、到着のアナウンスが車内に鳴り響く。

 アナウンスに従い外に出れば、池袋駅山手線ホームに到着。平日真っ昼間だが、やはりそこそこ人がいた。

 

 「で、どっちよ」

 

 「庭はどうした。庭は」

 

 呆れた風な虎杖に、野薔薇は口を尖らせる。

 

 「降りた場所がいつもと違うのよ。全く、やんなるわね」

 

 「分かる。めっちゃ迷うよな。俺こないだ秋葉から品川まで歩いてたし」

 

 「いや、体力お化けすぎるでしょ。ていうか気づきなさいよ。普通気づくでしょ。馬鹿なの?」

  

 漫才に背中を向けた――内心馬鹿か?と思いつつ――伏黒はスマホでマップを開く。すいすいとスワイプして。

 

 「北口からが近い。行くぞ」踵を返す足を止め「……言っておくけどな」

 

 振り向いた伏黒は、虎杖に念押しするように睨んで。

 

 「迷子にだけはなるなよ」

 

 「ならねえから!」

 

 

 

 +++

 

 

 

 「…………あれって」

 

 ――虎杖悠仁は、期待を裏切らない。

 視界を横切る姿に足を留める事も、先に伏黒たちへの言葉を作る事もできなかった。

 虎杖の集中力が桁外れだったから、等と付け加えておけば、虎杖の尊厳は保てるだろうか……どうだろう。

 

 

 

 

 

 

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