【呪術廻戦】さようならを教えて    作:クルスロット

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 『期限は、半年後。10月31日。それまで、東京で呪詛師をやって欲しい――不安かい? 大丈夫。私の術式は知っているだろう。君にレクチャーするくらい造作もないさ。

 終われば君を死の運命から開放する。必ずだ。約束するよ』

 

 などと夏油は、言っていたが、あの男、自身に信頼する余地が残っていると思っているのだろうか。

 

 夏油に会った時点で、朱音は詰みだった。死んだと世間で認知されてる男が生きているのを知ってしまったのだ。呑まなければあの場で死んでいる。

 悪辣極まりない。八方塞がり。戻れず、進むしかなく。どちらにせよ、朱音には、明確な死が待っている。分かっていた。だけど、人を呪い、殺し、余命近くながら生き恥を晒している。

 ……ランナーズハイに浸るには、あまりにも、朱音は正気過ぎた。

 

 「思い通りに、なってたまるか……!」

 

 痛む腹を抱えながら、朱音は走っていた。息は荒く、顔色も悪い。足取りも覚束ない。

 術式の把握により、自身の時間切れを把握した。このまま、夏油の思惑通りに、これを産み落とすのは癪だ。

 何よりも、あの子を一人のままにしておきたくない。 一人は辛い。父を亡くし、天涯孤独となった朱音は、彼に自身を重ね、執着していた。

 だからこうして、朱音は、足を止めない。

 

 さて、時刻は昼を過ぎ、夕暮れに近づいていた。空はほんのり茜を帯び、ビルの境に日は沈んでいく頃。横顔を薄い朱に染め、朱音は先を急ぐ。大通りに比べて人数は疎らだ。特に今の時間の大通りは人で溢れかえっている。体力に自身のない朱音が急ぐなら自然とこちらを選ぶ事になった。

 集合場所、及び時刻は、あらかじめ決めていて、向かうだけだった。

 

 「いらっしゃいませ~~」

 

 小さな喫茶、人数は疎らだ。視線を走らせ――朱音は思わず、固まった。

 

 「うっす」

 

 待ち人は居らず、居るはずのない人――虎杖悠仁の姿があった。

 

 「……なるほど、そうなるのね」呟き、「偶然だね」虎杖の前に腰掛け、微笑う。

 

 「偶然じゃないよ。あの子を追いかけたらここについた」

 

 あの子――あの少年だ。虎杖は、一度見失ったもののすぐに追いつき、ここに入る彼を捕まえた。結果、聞き出せたのはここが待ち合わせであること。もうすぐ、彼女がここに来るということ。

 それを知って、虎杖は待っていた。

 

 「あの子は? 居ないみたいだけど」

 

 「保護してもらった。こっからは多分、危ないし」

 

 「そっか……。すみません。コーヒーをホットで一つ、お願いします」

 

 「残念そうっすね。あ、俺はメロンサワーフロートおかわりで」

 

 「まあね。やりたい事が成し遂げられなかった訳だから。悔しいよ」

 

 遠のく店員の背中から視界を外し、朱音は苦く微笑う。

 

 「あの子の家族、見つかったよ。探してたんだろ?」

 

 「っ……そっか。良かった。あーでも残念。私が見つける筈だったんだけど……どこに居たの?」

 

 「バーの中、見てなかったよな」

 

 呪霊の対処に完了した伏黒と野薔薇は、雑居ビルの上層に乗り込んでいた。まだ呪霊がいれば危険だ。だが、そこで見たのは無数の呪殺体だった。ソープからサラ金、バー。例外なく死骸が転がっていた。

 だが、最上階のバー。そこに唯一の生存者が居た。

 それが、件の少年の両親だ。

 

 「抜かった……抜かったなあ……」あちゃあと天井を仰ぎ「でも、ありがとう」

 

 「お待たせしました。ホットコーヒーとメロンソーダです」

 

 給仕されたコーヒーを受け取り、会釈と感謝を伝えた朱音は、唇を湿らせるとマグカップを見つめ、言葉を続ける。

 

 「私じゃなくても良かったんだ。ただ、見ていられなかった。家族が居なくなるのは悲しいものね」

 

 「……そうっすね。確かに」

 

 「君も?」

 

 「うちは元々親が居なくて、代わりに爺ちゃんが育ててくれたんだ。爺ちゃんも地元で、仙台で寝てる」

 

 「同じね。私も両親は居なくて、拾ってくれた人が家族になってくれた。君も地元北だったんだね。私は青森。私の父も青森で眠ってる。最後に会いに行ったのは、何時だったかな……」

 

 「……会いに行こうよ、朱音さん。青森なんて、すぐじゃん」

 

 「無理よ」

 

 焦茶の湖面に視線を落としたまま、朱音は首を振る。

 

 「どんな顔で会えばいいのよ。こんなにも呪って、呪って、呪いをばら撒いて。 

 私はね。呪術高専に入ったのは父が紹介してくれたからなの。自分に向き合えるように、自分と戦えるように。いつか呪いを乗り越えられるように。生まれがどれだけ呪われていても」

 

 なのに――絞り出したような声だった。

 

 「私は、このざまよ。笑えるでしょう? 滑稽でしょう?」

 

 何かを堪えるように息を吐き、

 

 「ほんと、私って馬鹿ね」

 

 「笑えるかよッ……!!」

 

 がたっとテーブルを揺らして、勢いよく立ち上がった虎杖は、怒りと悲しみに顔を歪ませていた。

 

 「笑って、たまるか……!!」

 

 「虎杖くん、座って」

 

 「あんたは……!!」

 

 「虎杖くん」困ったように眉をハの字にして「みんな、見てるから」

 

 「……あっ」

 

 周囲の視線に、虎杖は言われて気づくと申し訳なさげに周囲へ頭を下げた。

 

 「立ち次いでに、外へ出ようか。目立っちゃうし」伝票片手に席を立ち「ここは奢ったげる」

 

 出会ったあの時と同じ微笑みを湛えた彼女を、虎杖は見た。

 そして、どこか苦痛が滲んでいるのを見取った――何かの起こる。虎杖は、大きな何かが蠢いて、胎動するような感覚を彼女に見た。

 

 「くそっ……」

 

 吐き捨てるように呟いて、虎杖は彼女の後に続く――嫌な予感がした。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「お、出てきたわよ」

 

 「様子はどうだ」

 

 件の喫茶近くのビル屋上に野薔薇と伏黒は居た。指についた米粒を舐め取った伏黒は、縁に腰掛け、双眼鏡で二人の監視をしている野薔薇に訊いた。

 

 「ん~、まあ和気藹々な方。今すぐ()り合う感じではないわね」

 

 「そうか」

 

 短く答え、ペットボトルのキャップを捻り、傾ける。緑茶が爽やかに伏黒の口を通って腹に落ちた。

 

 「命令って、今どうなってるの」

 

 「追跡してる対象が呪詛師であるのは確定した。なら、捕縛。もしくは……」

 

 「排除、ね」

 

 「……そうなる」

 

 空気は重い。排除、そう、排除。明確な殺害指令。重くならないわけがなかった。呪霊を祓うのとは訳が違う。人殺しであろうと相手は人だ。呪殺。その言葉は、二人に重くのしかかる。

 ただ、相手が呪詛師然とした悪人のものならよかった。だが、そうには見えない。

 どちらかと言えば、被害者。何か大きなものに振り回されている。

 

 「あんまり気持ちがいい展開になりそうにないわね」

 

 ずずっと紙パックからカフェオレを啜った野薔薇は、素直な感想を零した。

 

 「いずれやる時は来る。それが早いか遅いかだ。

 俺達は、正義の味方じゃない。呪術師だ。呪いに呪いを返すしかできない」

 

 「……分かってるわよ」

 

 双眼鏡から伏黒に視線を向けた野薔薇は、少し口を尖らせていた。それから、すぐに双眼鏡を覗き込み、

 

 「分かってる。当たり前よ。当たり前じゃない。呪術師をやっていればいつかやることになる。分かってたわよ。後悔だけはしないって決めてたんだから」

 

 自身に言い聞かせるように、何度か呟いた。

 

 「――〈鵺〉」

 

 彼女の傍らで、伏黒は、式神を呼び出す。デスマスクの怪鳥が影より勢いよく現れた。

 

 「あの二人を追え。出来るだけ上空から見てろ。手は出すな。いけるな?」

 

 こくりと頷く〈鵺〉の頭を伏黒がくしゃりと撫でて、軽く押せば一気に屋上の縁から飛び出し、急上昇。猛スピードで駆け抜けていく。監視の意味もあるがいざという時は、先制しなければならない。伏黒が〈鵺〉を選んだのは、その意図有りきだ。

 最も自由度の高い空中戦。対敵の術式に用いられる呪霊の種類は一種類であり、人を通さなければ現れないであろう仮説を元にした選択だった。

 コンビニ前の戦闘。マンションやビルの死体。それらを総合した結論として、伏黒はこれを提示した。

 

 「ここからだと、そろそろ厳しいわね」

 

 双眼鏡から目を離し、野薔薇が振り返る。

 

 「降りて追うぞ」

 

 「当然」

 

 決まるが早し、二人は、早々に屋上を後にした。

 

 「ねえ、丸く収まると思う?」

 

 「……さあ、どうだろな」

 

 屋上から出て、階段を先に降りる野薔薇に訊かれた伏黒は、少しの沈黙を置き、そう答えた。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「この辺でいいかな」

 

 喫茶より、徒歩数分。四方をビルに囲まれた都心の空白地帯的な空き地に虎杖と朱音の姿はあった。

 

 空き地。都心にも色々あるが、ここは群を抜いて人の気配がない。なにせ通りを普通に歩いていては、まず気づかない。路地の入り口から見た限りは行き止まりで、奥まで進めばようやく直角の曲がり角があるのに気づく。周囲のビルに人の気配は伺えず、倉庫もしくは、完全な空っぽで、この空き地の入り口に立っていた看板にあった施工開始の日付は、数年以上前のもの。何かしらの理由で、宙ぶらりんになったのだろう。

 日々が風化させた看板から、何を作ろうとしていたのかは読み取れない。しかし、中々に広く、中央を開けるようにして多数放置された建材や機材から、それ相応の建築物が作られようとしていたのは伺えた。

 誰もが忘れ去った、もしくは、誰かが忘れようとしている土地、そう見えた。

 

 「……何をする気だよ」

 

 同時に、虎杖は嫌な淀みを感じていた。何かがここにある。息苦しさや粘つく空気。ちらりと周囲を伺おうとしたが、

 

 「虎杖くん、帳張れるかな。私、そっちの才能無かったんだよね」

 

 返事に気を取られた――即座に臨戦態勢。いやもう、スタートダッシュを切り掛けている。

 

 「っ……!」

 

 「ああ、私は戦う気とかないから。安心して。多分、これから必要なんだ」

 

 そう付け加え、

 

 「虎杖くんが無理ならそうだな。そこで見ているお友達ならできるかな」

 

 朱音の視線が上を向いた。――バレている、冷や汗が虎杖の背中を伝う。

 

 「一応、呪力感知が売りだったんだよ。これくらい出来ないとね」

 

 朱音は、肩を竦めて。

 

 「さて、本題ね。私の術式は――待って、これも違うから。ほんと呪術師ってややっこしい」

 

 嘆息一つ。術式の開示とは、呪術戦において、非常に大きな意味合いを持つ。手の内を明かすことで、呪力の飛躍的向上等のアドバンテージを等価交換として受け取れる――のだが、言葉通りのつもりではないのだろう。彼女は、そのつもりではないらしい。

 

 「呪孕(ノロイハラミ)。私の子宮に溜め込まれた呪いを呪霊に変換し、呪殺対象の臓器を元に子宮を形成後、受胎、出産のプロセスで殺害する呪殺術式。

 プロセスの通り、人にしか効果が無いんだ」

 

 人を殺す事為だけの術式――虎杖は、あまりの悪辣さに戦慄を覚えた。

 

 「そして、これは一側面でしかない。生み出された呪霊は、必ず私に戻ってくる。戻ってきた呪霊は、子宮の中で統合される。

 つまりね、私の中には、今までの私の人生でずっと溜め込まれ続けた呪いが一つになって、生まれ落ちるのを待っているんだ」

 

 「何が――」

 

 「虎杖くん、おねがいがあるんだ」

 

 言いたいんだよ――虎杖の言葉を遮った朱音は、諦めを浮かべ、助けを乞うように言った。

 

 「私を殺してもらえる?」

 

 

 

 +++

 

 

 

 雑踏で一人、立ち止まり、

 

 「はは、言ったか(・・・)

 

 ある方向に視線を向け、夏油傑は、小さくほくそ笑んだ。

 

 

 

 +++

 

 

 

 夏油は、呪霊を一つ、朱音の中に潜り込ませていた。

 朱音は、他者の呪力には敏感だが、自身の中に対しては、鈍感だ。自身の中で膨れ上がる呪力、呪霊の塊が彼女自身への呪力感知を曖昧にしていた。

 だからこそ、夏油は、そんな芸当が出来たのだ。

 ただの呪霊ではない。夏油の手でカスタマイズされた呪霊は、ある種の起爆剤だ。設定された条件によって、起動するようになっている。

 勿論、これらすべて、夏油から朱音には、伝えられていない。

 

 ・条件1:術式の開示。

 

 ・条件2:呪力の過剰な上昇。

 

 ・条件3:選択式のキーワード

 1つ、「助けて」

 2つ、「許して」

 3つ、「殺して」

 

 以上の条件がたった今、達成された。

 

 

 

 +++

 

 

 

 内側から裂け、中から現れるものに耐えられず、朱音は断末魔一つ無く砕け散った。

 

 

 

 +++

 

 

 

 10月XX日 15時34分25秒

 東京都豊島区池袋

 

 

 

 +++

 

 

 

 虎杖は、眼前で消えゆく命に手を伸ばす事しかできず、朱音より吹き出、荒れ狂う呪力に弾き飛ばされた。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「結局のところ、呪術師は起きたことにしか対応できない。悲劇を防ぎきって、何もかもを守るなんて出来ないんだ。

 もちろん、悟にもね」

 

 夏油は、雑踏に紛れ、小さく嗤う。

 

 「さようなら、朱音。わりと役に立ったよ、君は」

 

 彼の後ろ姿は、あっという間に人の海に消えていった。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「嘘でしょ……?!」

 

 「術式の開示と生贄による呪力上昇か……!」

 

 黒色の帳は、虚空に現出し、内側を隠していく。それに飛び込んだ伏黒と野薔薇は、形をとった呪いの姿を見上げ、驚愕を零す。

 

 「それだけじゃないみたいよ」野薔薇が指す方を見た伏黒は、「偶然にしては出来すぎているッ……!!」

 

 歯噛みして唸った――崩れ落ちた廃材や泥に塗れた崩れかけの社。中身は無い。いや、周囲に散らばっている紙切れをよく見れば、何やら文字や文様が見える。伏黒は、確信した。あの社は、何かを封印していた。宿儺の指程でなくとも、封印する価値があるほどのものを収めていたのだ。ここが空き地のまま世間から取り残された原因であるのは間違いないだろう。

 そうやって、偶然と必然。あらゆるものが重なった結果――いいや、違う。呪いは惹かれ合う。呪いが呪いを呼ぶ。呪いと呪いは共鳴する。

 故に、"それ"は現れた。

 

 「っ……でけえな……」

 

 砂と傷に塗れた虎杖は、激突で生まれたビルの瓦礫を押しのけ、這い出てると"それ"を見上げた。

 空洞に青白く炎を揺らし、"それ"は、耳まで裂けた口を開けて閉じて、お歯黒を塗りたくった歯をかつかつ打ち鳴らす。

 

 『ヒヒ、ママ、パパ、ママ、パパ、ママ、パパ、ママ、パパ、ママ、パパ、ママ、パパ、ママ、パパ、ママ、パパ、ヒヒヒヒ』

 

 白色は、高く嗤う。言葉の端々に愉悦を滲ませ、"それ"は、頭上より彼らを嘲笑っていた。

 

 

 

 +++

 

 

 

 ――特級仮想怨霊〈がしゃ髑髏〉顕現。

 

 

 

 

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