【呪術廻戦】さようならを教えて    作:クルスロット

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#8

 

 

 

 『キャハハハヒヒヒヒヒハハハハハハヒヒヒハハイヒアヒハヒハイハイハイキキキキハハアァ!!』

 

 無茶苦茶で出鱈目な、音飛びのして壊れた音声ファイルの様な嗤い声。カクカクカタカタと全身を小刻みに震わせ、狂気を思うがままに発露する白黒伽藍の髑髏は、体長六メートル。左右三本ずつの腕を持ち、青き炎を衣が如く揺らめかせ、纏っている。足はなく、空中に体を浮かべていた。

 そして、その嗤い声は、

 

 「うぉっ!」

 

 ゴウッ! 物理的な効力を伴い吹き荒れれば、砂埃を巻き上げ、コンクリートの破片を木の葉のように吹き散らす。

 呪力を纒い、ガードに専念すれば大したものではない。

 だが、〈がしゃ髑髏〉にとって、これは攻撃行動ですらない。腕の薙ぎ払いが、砂利に視界を奪われた虎杖達に襲い来る。

 位置関係は、リセットされており、虎杖達全員がこの空き地に唯一通じている路地の手前だ。だから、〈がしゃ髑髏〉の薙ぎ払いもそこ目掛け放たれた。

 上半身のみの体の左右で扇状に広がる腕、一番下の腕は、周囲のビルを削り取り、建築資材を破壊しながら、右と左の順序で迫る。

 

 「釘崎っ!」――反応が最も早かったのは、やはり虎杖。横合いから野薔薇の胴を抱え、薙ぎ払いを跳躍にて回避する。

 

 「っ――!」

 

 伏黒といえば、薙ぐ腕の隙間をスライディング。回避の最中、影に指を入れ、トンファーを取り出す。相手に削ぐ肉がない事からの選択だった。

 正面右を躱し、次に左から来る――だけではない。

 

 「きゃっ!」

 

 悲鳴を上げたのは野薔薇だ。命中したわけではない。虎杖が投げたから悲鳴を上げた。

 何してくれてんだこやつ――などと思った一瞬後。

 落ちる野薔薇の目の前、数センチ先で虎杖が後方に、それこそ猛烈な速度で拭き飛んだ。右ストレート。真っ直ぐな一撃が虎杖を再び、ビル壁面に叩きつける。

 

 虎杖――! という叫びを噛み潰し、受け身の後、振り返ろうとする首を押さえつけた野薔薇は、駆け出す。次いで、取り出した愛用の金槌で、

 

 「おらっ!」

 

 悲鳴と打って変わった気合一声。共に放たれるのは釘が数本。呪力を纏って、空を突き進む先端は、〈がしゃ髑髏〉を睨んでいる。

 

 「チッ……!」――野薔薇から思わず舌打ちが漏れた。

 

 突き刺さる寸前か、いやそれより前か。〈がしゃ髑髏〉の纏う炎に、釘は纏めて打ち払われていた。

 

 「野薔薇、下がれ!」

 

 呼ばれるか呼ばれないかのタイミングで、野薔薇が退避して。

 

 「〈満象〉ッ!」

 

 現出するのは、一体の像。伏黒よりも遥かに巨大で、全身に黒い文様を走らせている。出現と同時、もたげた鼻が根から一気に膨れ上がって、吹き出るのは鉄砲水。猛烈な叩きつけが〈がしゃ髑髏〉に襲いかかる。

 

 炎を打ち消し、野薔薇の芻霊呪法や自身の〈蝦蟇〉で翻弄。接近が安易になったところ、虎杖に止めを。

 伏黒は、威圧を纏う巨躯を前にしても冷静だった。

 

 「ッ!!」――だが、伏黒は、驚愕と共に下がるしかなかった(バックステップ)

 

 無造作な左の叩きつけ(スタンプ)。虫を潰すような平手が風を切り、降ってきた。皮一枚で躱す。しかし、ラッシュが来る。なにせ、腕が合計六本だ。今の叩きつけの他に使える腕は、五本ある。

 式神を呼ぶ暇はない。伏黒の脳裏に、死が影を差す。

 軽やかな刺突が三度、連なった――〈簪〉。点に集約する呪力が炸裂。左の下の腕に亀裂を刻んだ。が、まだ動く。伏黒を押し潰すには十分だ。

 

 いや、だった。

 

 横から飛び蹴りが突き刺さる。虎杖だ。人間とは思えない加速で、懐に飛び込んだ虎杖は、〈簪〉の作った亀裂に痛烈な一撃を叩き込んでいた。それで、ようやく、一つ落ちた。巨大であるが故、長大な腕が砂ぼりをたてて、転がった。

 

 「助かった」

 

 「おうよ」

 

 「折る気でやったんだけど……! 馬鹿みたい硬いじゃない!!」

 

 後ろに下がって、〈がしゃ髑髏〉の射程範囲から逃れた伏黒。同じく離脱した虎杖。そして、ぐぬぬと悔しげに唸る野薔薇。三人が集結する。

 

 「どうすっよ」

 

 「――虎杖、お前」

 

 「大丈夫。いける」

 

 虎杖は、痛みにまた壊れた様に叫ぶ〈がしゃ髑髏〉から、伏黒に視線を向け、

 

 「もう、やるしかないってのは、分かってるし、理解してる。それに」

 

 強い決意を瞳に宿し、

 

 「あの人は、助けて欲しかったんだ。だけど、俺は何もできなかった」

 

 「それは……」

 

 あの状況で何かが出来たとは思えない。だが、伏黒は、言っても無意味なのも理解してしまう。

 

 「だから、せめて……」

 

 言葉は続かず、虎杖の握った拳の隙間から赤く一滴、零れた。

 

 「祓いましょう」野薔薇が言葉を継ぎ、「私達には、それしかできないでしょ」

 

 「ああ……!!」

 

 虎杖は、首肯。伏黒は、無言で構え。

 

 「んで、どうする」

 

 「さっきのを繰り返したいとこだが――」

 

 彼らの視線の先では、先よりも更に獰猛な炎を身に纏う〈がしゃ髑髏〉の姿。

 

 「正直、〈満象〉は呪力の消費が激しい。その上、あちらも火力を増しているし、学習もしているだろう。同じ手は、そう通らないと思った方がいい」

 

 「伏黒の領域展開は?」

 

 「相性が微妙だ。やつの炎が物理的な効力だけなのかが判然としない上、攻撃の通りが悪い。野薔薇とお前でようやく腕一本だ。

 なにより、〈満象〉よりも呪力の消費がきつい。使えばガス欠くらいに思ってくれ」

 

 「そうすると、別の方法が必要ね」

 

 むむっと野薔薇は、考え込み、ちらりと周囲を見渡す。

 

 「あまり時間は掛けられない。伊地知さんに応援はかけてもらってるが、呪霊は時間を置けば置くほど悪質化する。

 特に、あれは特級分類に相当するだろう。呪い方を理解する前に祓うべきだ」

 

 言ったそばから、三人の視線の先で、〈がしゃ髑髏〉の炎は、さらなる勢いを得ると、同時に腕が再生。落ちた腕は、燃え尽きた――反転術式だ。

 かちりかちりと動作を確認すると、〈がしゃ髑髏〉は、三人に、にたりと笑ってみせた。伏黒の言葉通りに現状は運んでいるらしい。

 どうする。伏黒と虎杖が思考を巡らせた時、ぱちんと指を鳴らした――男二人ではない。

 

 「ティンっと来た」

 

 野薔薇は、口端を歪め、そう言った

 

 

 

 +++

 

 

 

 子守唄を聴いていた。際限無くリピートされる懐かしき調べは、沁みた。

 

 軒先を優しく打つ雨音をアクセントに、低くしゃがれた、穏やかな唄は続く。壊れたカセットテープめいて明瞭に欠けた声だった。けれど滲む古き趣きは、むしろ、懐かしさを助長した。縁側で唄う誰かの膝を枕にして、彼女は幼き頃に夢現で浸っていた。

 

 彼女、〈がしゃ髑髏〉であり、空木田朱音と呼ばれた人間の残骸は、静かなる終焉を待ち、ただ懐古を夢に見る。

 

 終わりはここの外、すぐ側にあった。雨粒を物ともせず、怨念の炎は猛っていた。轟々とあらゆるものを焼き払う。小さな思い出も大きな思い出も。嬉しさも悲しさも。

 日々と街と人々と。あらゆる普通とあらゆる異常が絡まり、生まれた呪詛は、朱音の体にわだかまり、申し子に等しいものを形作った。

 ここは終の箱庭。〈がしゃ髑髏〉という呪霊の片隅に、存在を許された小さな揺りかご。

 一人の女が帰る場所。

 

 ――なあ、朱音。

 

 ふっと、歌が止んだ。代わりに、しゃがれた声は朱音を呼ぶ。

 

 「……唄って」

 

 沈黙の合間を雨音が響いて、ようやく聞こえたのは、せがむ声。父に唄を望む少女の声。

 

 ――これでいいのか?

 

 「……唄ってよ」

 

 ――これでいいと思っているのか?

 

 「……お願いだから」

 

 ――私は、お前の意思が聞きたい。

 

 これは、幻想に等しい。朱音の父は、とうの昔にこの世にいない。いわば、夢なのだ。朱音の記憶を元に作られた、ただの。ただの夢のはず。問も答も無意味。

 なにより、ここもすぐに燃え尽きる。怨嗟の坩堝と化した〈がしゃ髑髏〉がこの空白を知覚すれば、いいや、知覚よりも早く塗り潰す。炎とはそういうものだ。

 何よりもう、朱音は死んでいる。肉体は四散し、集めて繋ぐなど以ての外。

 だから、

 

 「……唄って」

 

 朱音の答えはそれだけ。

 

 ――それでいいのか?

 

 なのに、あくまで優しく声は問う。

 

 「…………」

 

 だから朱音は、黙り込んだ。炎は近い――うねる熱波の唸り声に、炎が確実に迫っているのを彼女は感じていた。

 

 

 

 +++

 

 

 

 炎の嵐。爆裂的に、流星群が如く降り注ぐ拳撃は、見るだけで勝機を望む意思すら奪い去られるだろう。

 

 これを真っ向から受け止められる呪術師は少ないはずだ。

 近接に力を入れる呪術師自体は、多い。人と人、呪術師は、呪霊以外にも呪詛師と戦うこともある。人を殴り、蹴り、壊す術を知っていることは、圧倒的アドバンテージだ。

 一級呪術師・東堂葵は、人は皆、全身全霊で世界に存在しているのだと云う。

 ならば、肉体という世界への接触点を蔑ろにしていいはずが無い。

 健全な精神は健全な肉体に宿る――(あらため)、健全な呪力は健全な肉体は宿る。

 

 その証左として、五条悟、夏油傑、東堂葵、乙骨憂太etc……強力な呪術師は、精密な呪力操作と同様に肉体を精密に操る。

 

 呪霊にそれが通じるか? 通じる場合もある。呪霊の中でも人同様に、二足で立ち、二手で戦う人型のタイプは、基本的に強い。現状、特級分類に指定された呪霊は、人とほぼ同じ形状を取った。さらに、一部特級呪霊は、我らこそが真なる人だと、次世代を担うものだと主張するほどだ。呪いは、人から生ずる。ならば人型とは間違いなく、先祖返りの一つだろう。

 ――彼らがどう感じるかは、さておき。

 

 して、〈がしゃ髑髏〉はどうか。

 

 完璧な人型とは言い難い。だが、足はなくとも腕がある。六本の強固な巨腕は、炎を纏い、不規則に振りかざされる。地を砕き、空を震わせる人の武威の範疇を逸脱した暴力装置。強力だ。

 この場合、近接よりも呪術に頼るほうが正しい。前に出るのは、自殺行為だ。

 だが虎杖にできるのは、それしかない。そして、この拳撃を受け止められるのも彼だけだ。

 

 『マンマァァァァァ!!』

 

 六腕が幼児の癇癪めいて、叩きつけ(スタンプ)! 叩きつけ(スタンプ)! 叩きつけ(スタンプ)! 叩きつけ(スタンプ)! 先程から変わらず、虎杖の回避、回避、回避。躱しきっても、衝撃波に炎が乗り、熱波が虎杖の肌を撫でた。

 

 『ママァ! パッッパ! パンパァァ!! マァァァァマァッッ!!』

 

 ヘイトは、主に虎杖へ向けられていた。相手は生まれたての赤子同然のようで、目の前でちょこまかするものに惹かれるらしい。

 なにより、最初に仕掛けたのが虎杖だからとも言える。

 

 「こんのォッ!!」

 

 躱しの次いで、蹴りを飛ばす。みしりと嫌な音がして、〈がしゃ髑髏〉の腕に亀裂が入る。だが再生は早く。瞬き以下で亀裂は消え失せた。それを見るか見ないかの内、虎杖は、蹴りの反動で〈がしゃ髑髏〉の射程から逃れた。

 

 「はぁ?!」

 

 逃れたかと思えたところ、腕が飛んできた(・・・・・・・)。風切りと同時に、眼前へ手刀に整えた指先が到達する。

 まずい。虎杖の脳裏に言葉が過った――ところ、影が横から虎杖を連れ去った。影ではない、〈鵺〉だ。虎杖のフードを咥え、高速で離脱する。

 

 「……まじかよ」

 

 脅威から離れた虎杖は、攻撃の正体を理解した。〈がしゃ髑髏〉は、自身の腕を引き千切って、投げつけていたのだ。目標を失った腕はビル壁面深くに突き刺さった。するとまた燃え尽き、〈がしゃ髑髏〉の腕が新たに生える。

 

 「野薔薇は?」

 

 「準備中だ。もう少し、こっちに向けさせる」

 

 「へい、りょーかい」

 

 〈鵺〉から離れ、靴裏を滑らせながら虎杖は着地して、伏黒に訊けばそう返ってきたから。

 

 「じゃあ、もういっちょか」

 

 「ああ――〈玉犬・渾〉」

 

 頭上の〈鵺〉が消えた代わりに、〈玉犬〉が伏黒の隣に現れる。

 

 虎杖は、気合を込め、パンっと掌を拳で鳴らした。無理にでも込めておかないと気が抜けてしまいそうだった。短くも凝縮された戦闘時間は、彼に極限状態を強いていた。辛いはずだ。キツイはずだ。だが、虎杖は止まらない。誰も殺させてなるものか。彼女を開放する。虎杖は、その一念だった。

 

 『――準備、出来たわよ』

 

 伏黒の胸元から声がした。スピーカーにしたスマホだ。どうも準備とやらが終わったらしい。

 

 「今すぐいけるか?」

 

 『当たり前。ていうか、これしくったら私もガス欠だかんね』

 

 言外に、ミスは許さないと野薔薇は言う。当然だ。伏黒は内心で呟く。

 

 「ったりめーだっつーの」にかっと笑って、「いこうぜ。伏黒、野薔薇」全員の背中を押す様に、前へ出た。

 

 「何あんたが仕切ってんのよ」――半笑いで野薔薇は抗議する。

 

 「たく……」――口元をふっと緩めた伏黒は、虎杖に続き前へ。

 

 「作戦は、頭に入れているな」

 

 「分かってんよ。俺は前を見てればいいんだな?」

 

 「ああ、一直線で良い。お前は、ただ、呪霊を見てろ」

 

 「おう」

 

 こちらに目もくれず、自身の言葉に従う虎杖を見て、伏黒は頷くとスピーカーの向こうの野薔薇に、

 

 「始めるぞ」

 

 そう告げた。

 

 

 

 

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