切手にはふぞろいな羽毛   作:夜野

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『花祭り』の場合

 

 見上げれば青空。前方を見れば、眼下には活気に満ち溢れ賑わう市場。その様子に無意識に口許が綻び笑みを形作りそうになったのを、持ち上げた片手で覆って隠した。──それでも、笑んだ瞳は隠せない。そして、そんな己の無意識に、少女は気づかない。

 まったく、染みついた教育とは厄介なものだ。これから動こうとしている市井の──少女にとっては異世界とも等しいといえる──なかではこんな些細な仕草でさえ目立ってしまうだろうに、まるで呪いであるかのようにこびりついて、離れない。

(まあ、かといって今更離れられても困るんだが……後々役に立つやもしれんだろうし)

 

「さて、あの家を飛び出してきたのはいいけれど、ここからどうしようね。」

 そう独り言のつもりで小さく零すと、耳ざとくも後方にいた男が振り返る。

 真っ先に目が行くのは左耳で揺れる、まるで雫を固めたかのような蒼色のうつくしい耳飾り。その飾られた耳にかかる程度の長さの鮮やかな黒髪をし、おいそれとは見ないほどには整った顔立ちにこれまた珍しい柘榴色の瞳を嵌め込んでいる。そんな男だった。

「……うん? その言い草はもしやスイさま、何も考えていなかったのですか。あれだけ威勢良く、『シン、旅に出よう!』なんて、俺まで巻き込んで飛び出してきたのに?」

「シン、敬語!」

「……ああ、はい。」

「敬語!」

 いかにも面倒くさそうに答えた男──シンに、もう一人──シンに『スイさま』と呼ばれた少女──は、そんなシンの様子をまったく気にも留めずに、間髪入れず咎める声を上げる。

「ああもう、わかりましたって! これでいいんでしょう、これで!」

「まだだ! ワタシよりも大きい男が敬語を使っているなんて、あそこ(・・・)じゃ目立つに決まっているだろう! わかったか? わかったならここからは敬語はナシだ、ナシ。」

「……、わかった。けどスイさま、」

「その“さま付け”も、だ。ワタシのことはスイと呼べ。……ああ、それなら、ワタシはおまえのことをシンさまと呼ぼう。うん、それがいい。」

不承不承といった様子でようやく納得のいく返事を寄越したシンに、少女──スイは満足げな笑みを浮かべ──さらなる無茶ぶりをした。

「シ、ンさ……?! どういうことですか!」

「落ち着け、シン。何も、問題は敬語だけではないだろう。あそこではどちらにせよ──」

「どちらにせよ──?」

「──目立つ。ワタシも、おまえもな。」

「ハ?」

 

 

  ☪ ‎

 

 

 閑話休題。

 舞台はとある異世界。この地球とは『世界』という概念すら異なる場所。大地の中心には世界樹と呼ばれる大樹があるとされ、国と国の境界には不可視の壁があり、一部を除く基本的なこの世界の人間は、そのほとんどが一生涯を国の外を見ることなく過ごす。また、その『世界』の構造上、大地の全貌はどんな大国でさえいまだに把握しきれていない。

 これは、一人の少女と一人の男であり、一人の主人と一人の従者であるスイとシンの珍道中の物語──その一部である。

 

 

  ☪ ‎

 

 

「シンさま、この町では昨日から今日にかけてお祭りをやっているそうですよ!」

「結局その設定、本気でやるんですね……というか、さっきどこかへ行っていましたが何をしていたんですか?」

 明るい大通りのなかを男と少女の二人組がやいやいと騒ぎながら歩いている。糸の切れた凧のようにあちらこちらへと好奇心のままに駆けて行こうとする少女を引き留めるかのように、男はしっかとその片手を握りしめている。もちろん、その少女がスイで男がシンであるのは言うまでもないことである。

 スイさまとシンに呼ばれている時とはまったく印象が違う、目いっぱいに笑みを浮かべているスイの繋がれていない片手には、少し端の折れ曲がった紙束が掴まれている。

「ああはい、このパンフレットといってこの祭りの概要などが載っている小冊子……というんですかね、とにかくそれを取りに行ってたんですよ。というかシンさま、敬語敬語!」

「そうなんですね……じゃなくてえっと、そうなんだね? 祭り……といっても、俺が知ってるものとはなんだかすこし違うように感じるけど……」

 シンのいう祭り──夜店などが立ち並ぶ、俗にいう夏祭り──と別物であるのは理解できるが、それでもなにかが違うように感じる──とシンが首を傾げると、スイはそれに、なおも浮かべた満面の笑みで喜々として答えた。

「はい、それはですね! このパンフレットによりますと、この『花祭り』というのはもとはと言えば勝利や帰還を星の女神──ええと、杯座の女神リヴに祈願する軍の儀式であり、それが時が経つうちに民間の祭りへと変わっていったのだとか。もともと女神リヴはこの辺りではよく信仰されていて、愛についても司ることから、彼女の好むとされるリヴィアという花を思い人に贈るという行為がこの祭りに託けてされるようになったのが『花祭り』の始まり──なんだそうです。」

「託けて、って……身もふたもないなあ。」

「そうですね。でも、軍の儀式であった頃も女性たちが軍の無事や帰還を祈ってリヴィアの花を贈っていたようですし、平和になっただけで案外それほど的外れでも、変わってもいないのかもしれないな。」

 そう最後の最後で本来の口調で零し、そしてまたにっこりと芝居めかして笑い、スイはばっと両手をシンに向かって広げた。

「というわけでシンさま、ワタシにリヴィアの花をくれてもいいんですよ!」

「というわけで、って……はあっ!? なんでだよ、というかちょっと待て! ここ大通りだろ、そんなことしてたらぶつか……!」

 シンがそう言い切らないうちに大勢の子供たちがわっと押し寄せてきてそのうちの一人がぶつかり、思わずバランスを崩したスイを間一髪、シンが抱き留めた。

「わっ」

「ほら、言わんこっちゃない! スイ、おまえはそういうところの詰めが甘いんだ!」

 ぶつぶつと誰に言うともなしに説教をする男のその滑稽さたるや!

「はは、ははは」

「な、なんだよ!」

思わず、といった様子で零れるスイの笑いに、こちらも条件反射のように不気味そうな顔をしたシンが声を上げる。然もありなん。刷り込みのようなもので、シンは主の高笑いが彼にとって決していいとは言えない結果を齎すことを知っているが故だった。

「ふふ、いや? なんでもないさ。……シン、」

「ああ?」

「行こうか。」

「──ああ。」

そうしてまた二人は、先に決めた設定など忘れて──また、旅を続けていくのでした。

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