蒸気機関車で女の子が異世界を旅する話 作:ちびだいず@現在新作小説執筆中
客車は進行方向向かって左側が通路、右側に部屋がある構造であった。
ぱっと見、カプセルホテル程度の広さは確保できそうかななんて私は考えていた。
『こちらがユリ様の部屋の鍵、こちらがアカリ様の部屋の鍵になります』
渡された鍵は、この洋館風の列車にはそぐわないくらいに現代的な鍵であった。
「え、これ、私の部屋の鍵じゃない!」
朱莉ちゃんの指摘に私が鍵を観察すると、確かに私の住んでいるマンションと瓜二つの鍵であった。
取り出して確認すると、鍵先の形が違うが見た目はほとんど同じだ。
『お客様に最適な部屋をご用意する際鍵も精製されます。お客様が快適に過ごせる部屋ですので、鍵も似るのは必然でございます。早速中身を確認されてはいかがでしょうか?』
私達はうなづき合い、それぞれの部屋に入るために扉の前に立つ。
扉は木製のシックな扉で、プレートには部屋の番号と私の名前が書かれたと思わしきプレートが張り付いている。
鍵を差し込むと、すんなり入った。右に回すとカチャリっと部屋の玄関の鍵を開けるのと同様の感覚がして鍵が解除された。
扉を開けると、まさに私が一人暮らしをしているマンションの部屋がそこにはあった。
「へっ?」
まさに私が一人暮らしをしているワンルームマンションの部屋そのままであった。家具の配置も置いてある小物も、そのままである。
唯一の違いは、窓である。鍵の部分は存在せず、はめ込み式になっており、カーテンを開けるとそとは例の宇宙が広がっていた。
「は、ははは、どうなってんの?!」
私は思わず声を出した。
ユニットバスの方を確認すると、トイレも水洗便所のままだし、風呂はお湯が出る。
『いかがでしょうか? ユリ様が一番安らげる環境を再現いたしましたが……』
いつのまにか入ってきていたウーヴェさんがそう言った。
電気もつくし、水も出る。もちろんお湯も出る。ただ、コンロは使えないようであった。
『さすがにガスをこの部屋には引いておりません。御自身で調理される場合は食堂の奥にあるキッチンで調理を行っていただければ良いかと思います』
確認すると、調理器具一式は棚の中には存在しなかった。炊飯器も無い。
食事は食堂でと言うことなのだろう。とりあえずのプライベート空間があるだけ良しとしたほうがいいだろう。
「由利ちゃん! すごいよ! 私の部屋が完全再現されてる! ってこっちも由利ちゃんの部屋だ!」
興奮した様子の朱莉ちゃん。
私は驚くことが多すぎて、疲れてきたと言うのに元気である。
「部屋のサイズとか違うのに、こんな列車の中によく入るものね」
『もちろん、空間を拡張する魔法を使用しております。アリシア様の個室ですとさらに広く天井も高くしてありますが、きっちりこの【シュマリット】で再現をしております』
「魔法……まさに魔法よね……」
科学文明で生きてきた私たちからすれば、すでにこの列車自体がとんでも無い代物だけれどね。今更なところがある。
『では、目的地に到着までの間はごゆるりとお過ごし下さい。御用命がございましたらこちらの鈴を鳴らしてくださいませ。係のものが駆けつけますので』
「え、ええ、わかったわ」
『では、失礼いたします』
ウーヴェさんは紳士な例をすると、私の部屋を退出した。
「しかし、大変なことに巻き込まれちゃったわね」
「そうだね。実際に大変かどうかはわからないけれど……」
「確かに。それに、『世界を救う』って簡単に言うけれど、何からどうやって『救う』のかもいまいちわかっていないしね」
実際そうである。
こんな事に巻き込まれてしまったけれど、わからないことの方が多い。
資格者って一体なんだろうか?
そして、なぜ普通の日本で暮らしていた私が謎の組織【破滅の案内人】なんかに命を狙われてしまっているのか? それも、私があのカードを手に入れた直後から。
ルーカスさんはいい人だし、ウーヴェさんも胡散臭いけれど紳士なひとだということは流石の私でも理解できる。理解できるからこそ、謎しかないのだ。
「うーん、とりあえず、状況整理でもしようか」
「そうね。ジュースとかお菓子は食堂から持ってくれば良いのかしら?」
「たぶんね」
「それじゃあ、取りに行こうか」
「うん」
私達はとりあえず、お菓子やジュースを買いに食堂のほうに向かった。
……そう言えば、通貨ってどうなっているのか聞いていなかった。
その問題はすぐに解決したけれどね。
「おや、いらっしゃい」
食堂の厨房にいる人物の声は日本語であった。こう、ダブって聞こえなかった。
「え、日本人……ですか……?」
「ああ、そうだな。普段は洋食屋を営んでいる
「は、はぁ……」
年齢的には27歳と言ったところだろうか。
「あ、わ、私は篠崎由利です」
「私は栗栖朱莉よ。二人とも同じ大学に通う大学生なの」
「聞いているよ。ウーヴェから、同じ国の出身だからよくしてやってほしいってね」
橘花さんの声音は落ち着いた感じがして安心する感じがする口調である。
「橘花さんも『資格者』ってやつなのかしら?」
「いや、私は違うよ。私は見ての通り洋食屋をやっててね。この列車とは契約を結んでシェフとして腕を奮っているのさ。普段は私の世界で洋食屋『たちばな』を切り盛りしているよ」
「は、はぁ……」
「だから常駐ってわけじゃないんだ」
「非常勤のシェフなのね」
「ああ、常勤はこっちのサリアさんの方だな」
橘花さんが手招きをすると、美少女……と言っても、年齢は私達と変わらないように見える子がやってきた。
「タチバナシェフ、お呼びですか?」
「すまないね、新しいお客さんだ。紹介しておきたくてね」
「ああ、なるほど! あ、初めまして。洋食屋『たちばな』シュマリット支店のメインシェフをやっています、サリア=グレイと申します。よろしくお願いしますね」
金髪碧眼のツーサイドアップの髪型をしている美少女だった。人当たりが良さそうな顔つきをしている。服装はよくあるウェイトレスと言った印象の服装だ。
「あ、今はホールの仕事をしているのでこっちの服装をしていますけれど、普段はシェフの格好をしていますからね」
私達の目線で疑問に思ったことを察してか、自分から自分の服装についてそう指摘する。
「それにしても、サリアさんって日本語が流暢ですね……」
「はい! これでも、タチバナさんの指導の元頑張ったんですよ! まあ、ここだと自動で翻訳されちゃうんで、意味はないんですけれどね」
照れ臭そうにそう言う。
「彼女は私とは違う世界の人間でね。元々は私の店で働いてもらっていたんだ」
どう言う状況だろうか?
「えーっと、サリアさんって異世界人って事?」
「はい、タチバナさんとは違う世界出身です」
「ふーん」
朱莉ちゃんはそう言うと眉を潜める。
そして私にこう囁いた。
「あれ、異世界食堂?」
「なにそれ」
「異世界に洋食屋の扉ができて、異世界の人が日本の洋食屋で食事をするアニメよ。それっぽいなぁって思って」
「……まあ、そう言うこともあるんじゃない?」
私はそこまでアニメに詳しいわけじゃないからなんとも言えない。
ただ、経緯とかはそれっぽい感じはする。
とりあえず、本題に戻そう。
「そうそう、橘花さん。お菓子とかコーラとか出したりできるんですか?」
「ん、ああ。メニューにはあるぞ。完全に滅んでしまった世界の食材は難しいがね、日本の食材ならば一番簡単に仕入れられるからな」
「はーい、では持ってきますね」
「でも、お金が……」
「ああ、日本円でも構わないよ。異世界だとその世界の通貨に合わせる必要はあるがね」
サリアさんは奥に飲み物を取りに行く。
「一応きょうつうの通貨は存在するんだがね。シュマリットではこの硬貨を貨幣としているんだ」
橘花さんはそう言うと、硬貨を取り出して見せてくれた。
「こいつは『リン』と言う。1リンにつき80円ぐらいの価値があると思ってくれればいい。【シュマリット】内でしか使えないが、こいつの便利なところはその世界に降り立つと、相応しいレートの貨幣に変換されるところだ」
「何というか、便利ですね……」
「そうだな。まあ私としては一体誰がこんな蒸気機関車を生み出したのだか甚だ疑問だがね」
私と橘花さんが話していると、奥からサリアさんが戻ってきた。
見たことのあるコーラのペットボトル2本と、籠にお茶請けのお菓子である手作りのポテチがのっけられている籠を持っていた。
「準備ができました。ポテトチップスはサービスです! お代は240円……3リンになります」
「ありがとう。ポテトチップスは揚げたて?」
「はい、もちろんです」
私と朱莉ちゃんは120円ずつ取り出して料金を支払う。
橘花さんはお金を受け取ると、手書きで領収書を書いてくれた。
「ん、まいど。ポテトチップスは揚げたてが美味しいからな。早めに食べてしまうといい。市販のものとは違って、長期保存には向かないからな」
「ありがとうございます!」
「ありがとう、橘花さん、サリアさん」
私達は、サリアさんからポテチを受け取り礼を言う。
何というか、橘花さんみたいな同郷の人がいるならば、何とかやっていけそうな気がした。
それから私達は部屋に戻って、ポテチを食べながら今の状況の確認と今後どうするかについて雑談を始めた。
……まあ、雑談は雑談である。
早々に話は脱線し始めて、寛いでしまったのだった。
ほとんど私の部屋だしね。ウーヴェさんの狙いはバッチリだったと言う訳である。
それにしても、私の部屋の完全再現ということは私の部屋にあった漫画も全て揃っているわけで……どうやって集めたのだろうか?
魔法のおかげと言うには、完璧に揃いすぎている気がしないでもない。
朱莉ちゃんの部屋も見せてもらったけれど、朱莉ちゃんの実家の部屋がほぼ再現されていた。間取りが、玄関からトイレと風呂場、朱莉ちゃんの部屋と言う構成になっていたんだけれどね。