アレに関わってはいけない。
そう思った私は、周りの人に不審がられないように、極めて冷静に振る舞い、何事もなかったかのようにその場を立ち去った。と、思う。
何せ記憶が曖昧だ。途中から膝は震えるし、息は切れるしで大変だった。家にいる今でもなお、あの幽霊の威圧が忘れられない。
そもそもなんだ、空に浮いてるって!
よく聞く怪談での幽霊は、そりゃ空くらい飛べるんだろうけど、ここは現実で、幽霊にそんな能力は無いはず。十七年の経験則だけれど。
だが、アレ自身はそこまで人間に危害を加えてはいないみたい。あの公園にいた人はみんな健康そうだったし、周りに他の幽霊もいない。
やはり、アレから生まれた筈の幽霊でも、アレは怖いのだろうか。まあ、よく分かる。本能で敵わないと理解させられる程のオーラだった。アレに当てられて正気を保てる人なんているんだろうか。
そう考えると、あの時の私はよくやった。バッチリ見てしまったので、あちらも私の存在に気付いている筈なのに、攻撃してこなかったのもかなり運が良かった。なんでだろ、機嫌が良かったとかだろうか?
いや、それは無いかなあ。
例えどんなに効率が悪くても行動をやめずに消滅するのも構わず突き進むのが幽霊なのだから。
死ぬ前に抱いた強い気持ちにしがみ付いて現世に留まる彼ら彼女らには、それしか道はないのだろうし、きっとその事に疑問も抱いていない。
そう考えれば不憫な存在なのかも知れない。公園のアレもどうしようもなく強い気持ちでここに留まっているのだろう。
今までは適当に殴ったりしてれば成敗出来てたからよく考えてなかったけど、そろそろ霊媒師的な成仏の勉強をしなくてはならないのかも。
寺に弟子入りでもしよっかなぁ……。
あ、そういえばクラスメイトに一人、そう言うオカルト好きがいたっけ。もしかしたら、そう言うマニアックな知識を持っているかも知れない。結構噂になってて、社交性の一切無いこの私にすらその情報が届くぐらいには有名な人だ。
なんでも、ある教室の床に赤い絵具で奇妙な絵を描いてただとか、五寸釘と藁人形を常に持ち歩いてるだとか。
聞く限りではかなりヤバい人だ。でも、幽霊を知ってる身としては否定は出来無い。
今まで意識して避けてきたけど、ここは腹を括って打ち明けるしか無い。まあぶっちゃけ知られても困ることでは無いし、言いふらされても信じない人の方が圧倒的に多いのだから、損な事も無い筈!
善は急げだ。明日早速、話しかけてみよう。
○●○
幽霊になってからというもの、睡眠も食事もせず、自宅探しも諦め、これと言って何もしていない。変化と言えば、昨日のあの子だけ。
これぞニート。まあ幽霊だし、仕方ないね。
サクラの事は気掛かりだが、この間までのように、無闇矢鱈に動き回って探していては、それこそ時間の無駄と判断した。ので、唯一の道標となりそうなあの子の事を探そうと思う。
昨日は逃げられてしまったが、俺も俺みたいなのが見えたら即逃げる。あの行動は当然で正確な判断だったという訳だ。
そして、あの子の事だが、私服だったとは言え恐らく学生。大学生と言ったところか。高校生にしては多少大人びていたし、多分待ち合わせか何かだったのだろう。そう考えれば、申し訳ない事をした。
幽霊なんて普通見えないもんなぁ。
まあ落ち着いてたし、大丈夫だろう。トラウマとかになっては無さそうだ。こちらが何もしない事を分かってくれれば仲良くなれそう。
と、言うわけで。善は急げだ。早速、近辺の大学から調査して行こうと思う。
○●○
見つけた。恐らくあの子だろう。
オカルト好きの生徒って知ってる?と聞けば第一に名前が挙がる、今田愛梨さん。長い髪で顔は隠れているが、肌は白く、そう言う趣味さえなければ隠れファンも多そうな美人さんだ。
まあ、彼女本人が幽霊とか言う、嫉妬した誰かの陰口のせいで、準イジメみたいな事になっているのだが。主に女子から。
「ねえ」
「……」
話しかけても返事は無し。そりゃそうだ。彼女は基本、先生に当てられた時ぐらいしか声を発さない。休み時間ももっぱら読書してるだけ。
噂では、不気味な絵の描かれた胡散臭い本らしい。ぶっちゃけ彼女には悪いが、嘘か確かな情報かが判断しにくい。それくらい、この今田さんは暗いのだ。
だが、そんな彼女でも、唯一声を発するなり興味を抱くなりする話題がある。ご存知オカルトだ。
「幽霊に興味あるってホント?」
「!」
「何か知ってることがあるならさ、放課後ちょっと残ってくんない?」
「……わ……わかっ、た……」
やはり食いついた!
ふふふ、ちょろいもんよ。
その後、それを見ていた女子生徒にからかわれるなんて言うどうでもいい事が起きたが、それ以外はなんと言う事もなく、平凡な一日が過ぎて行った。
そして、放課後。終礼を終え、部活に行く者、残って駄弁る者、バイトに急ぐ者など、様々な様子を見せる教室で、二人。アイコンタクトをとった後、教室を出て丁度いい空き教室に向かう。
「……」
「……」
ここでいいかな。そろそろ沈黙にも耐えられなくなって来た頃だ。
丁度よく、校舎の端っこの方に人一人居ない教室を発見したので、早速入っていく。
都合の良い事に、机や椅子は他の教室に比べて少ないもののちゃんと綺麗にしてあった。いそいそと机を向かい合うように並べ、椅子を動かし、座る。対面に彼女も座ったのを確認し、私は漸く口を開いた。
「それで……」
「ろ、録音っとか、し、してない……よね?」
「してないしてない!」
なんとも用心深い。まあ、全くの杞憂なのだが。
それから私は、俯いて目を合わせようとしない彼女、今田さんに向けて、今までの経験談、幽霊の事、そして公園のアレについてを全て打ち明けた。
最初こそ警戒して話半分に聞いていたらしい今田さんだったが、気付けばいつの間にか、前髪でわかりにくいとは言え確かに目が合っていた。そして最後には、プルプルと震えながら目を輝かせて聞いていた。
「ほ、ほほほ本当に!? 本当の本当の本当に!?」
「信じてくれないの?」
「し、信じるっ! 信じるぅ!」
テンション高っ!
口を開いたと思ったらこれだ。咄嗟に返したが、どうやら彼女は信じてくれているようだ。
「幽霊は本当に居るなんて! 自殺しないでよかった!」
「え!?」
「あっいや、何でもない……です……。で、でも! すごいよ! こんなの始めて! 必死に粗探ししたのに凄いリアルで、嘘ついてるそぶりもなくて! ありがとう神様!」
うん……警戒心が高いのは良い事だ。
まあ、これなら今田さんも協力してくれるだろう。なんだかんだ言って、私も実は嬉しいのだ。
生まれてこの方、親にすら話さなかった自分だけの秘密。墓に持っていく覚悟すらあったのに、こんなにあっさり打ち明けちゃった。
だってこうでもしないと、多分と言うか絶対に公園のアレには勝てない。
頼もしい?仲間を得て、私は…………とても嬉しい。その点でだけは、あの幽霊に感謝しなくもない。
「じゃ、じゃあその、中央公園の幽霊を倒す方法を探せば……いいんだね! あ、あの、えっと……」
「あ、ゴメン。私、花木詩乃。……よろしくね、今田さん」
「う、うん!」
風が吹く。開いた窓から入り込んだ、少しひんやりとした風と共にカーテンが揺れ、私たちの間を通り過ぎていく。ふと、窓を見てみると、そこにはこぼれ落ちんばかりの光で私たちを照らす、大きな夕日があった。
○●○
いない。ここらの大学らしき施設はほぼ全て見て来たと言うのに。このままでは、ただただ時間が過ぎていくばかり。少しというか、かなり焦る。
こんなストーカー紛いのことまでして得られた情報が、カツラをつけた教授がいた事のみ。突風が吹いてカツラが舞い上がっているところを俺は見逃さなかったぞ……!
夕陽に照らされたハゲが、光り輝きながら必死にカツラを追っているその様は、正直クソ面白かった。
良いリラックスの機会だった。ありがとう、名も知らぬカツラ教授よ。
っていうか、もうどうしようもない。ここは一旦、あの公園へ戻るしか無い。もしかしたら、その近くにあの子の家があるのかもしれないし。
振り出しに戻りこそすれ、それは単なるやり直しではない。いわば強くてニューゲーム。新たな決意と情報を胸に、俺は公園へと続く道の上を、フヨフヨと漂いながら進む。
その先で、地にこぼれ落ちた夕日の光が俺の行く道を照らしていた。
主人公がどっちかわからない件