「入るぞドクターロマン」
「わ、わっ。ちょっと待ってシロウ君っ!!ってあつぅ!?」
「まったく・・・・・・。また仕事をサボっていたのかね」
ため息をつきながら入室したエミヤはコーヒーがかかった部分を氷嚢で冷やしている部屋の主に視線を向ける。
「だ、だって。むしろシロウ君がいけないんだぞっ!!こんなにおいしいお茶菓子を用意されたら食べるしかないじゃないか!!」
「作り手としてはうれしいことを言ってくれるが、いつ怪我人がやってくるか分からないというのに医療班班長がそのように気を抜いていてはいざというときに初動が遅れるのではないかね?」
「そんな目で見ないでおくれよぉ。僕だってマスターたちが訓練を行っているときはサボったりしてないさ」
視線を全力でエミヤからそらすその男、ロマニ・アーキマン、通称ドクターロマンは全く見ずに机に置かれた皿に残っていた最後のパウンドケーキを指で摘まむと口に放り込んだ。
リスのように頬を膨らませて咀嚼しているロマニにエミヤは説教をする気も失せ、彼の机の横に並べられた自分用の仕事机に積まれた書類へ目を通し始める。
「ふむ・・・・・。今日やって来たマスターたちは長時間の移動だったのにも関わらず比較的に健康状態を保てている。明日にはこのまま順調に訓練へと入っていけそうだな」
「そうだねぇ。今回の子たちの中には一般人の子も何人か混ざっているようだし、できるなら余裕のあるうちにある程度身を守れる術を学んでおいて欲しいよね」
「どれだけ準備をしても絶対に足りることはないが。準備したことが役立つことは必ずあるからな。おっと、この一週間で職員全員の体重が増加傾向にあるな。業務などには大きな変化はないが、少しばかり調理班と話し合ってメニューを考え直さなければならないか?」
「(どう考えたってシロウ君が考えたメニューが美味しすぎていつもより食べ過ぎているんだよねぇ。僕だって普段しないおかわりをしちゃったし・・・・・・)」
ここ一週間の食事の栄養やカロリー等に頭を悩ませるエミヤにロマンはのほほんとエミヤが入れてくれたコーヒーを口にする。
今日はもとからカルデアに在籍していたAチームとBチームは休養日であり、新たに入ってきたマスターたちも講習会を受けているために救護室を訪れる怪我人はおらず、エミヤは時折逃げ出そうとするロマニを捕まえて机に縛り付けつつ自らの書類と格闘を続けていた。
そんなゆっくりと流れる時間をふいに乱すような気配にエミヤが顔を上げると同時に部屋の自動ドアが開き、絶世の美女が部屋へと入ってきた。
「やぁ、ミスタ・ペンドラゴン。ちょっといいかい?」
「む、何かあったかダウィンチ女史」
入ってきたのはレオナルド・ダ・ヴィンチ。
正真正銘の人類史最高の万能の大天才である。
このカルデアで召喚されたサーヴァントの一人であり、エミヤと同様に人間と偽ってカルデアの技術部顧問として研究室で
その彼女がわざわざ外に出てきたことにエミヤは嫌な予感がしたものの、とりあえず仕事もある程度片付いていたこともあり、ダ・ヴィンチのために、来客用に作り置きしていた茶菓子を差し出すと紅茶を淹れながら話を促す。
「これを見てくれたまえ」
それを待っていたとばかりに豊満な胸の合間からメモリースティックを抜き出すと許可なくエミヤの使っているノートパソコンへ差し込んであるデータを呼び出すとエミヤとロマニに見えるように差し出した。
「うわぁ、なんだこれ・・・・・・・」
「・・・・・まぁ、だからこそ私が聖杯無しで存在できるわけだが。改めてデータに直してみるとな・・・・・・・」
エミヤとロマニが見るのは今日適正検査を受けたマスターたちのデータである。
その中でも目を引くのはアルトリアのデータである。
実技の成績はエミヤに陰で習っていたために最下位でなかったものの、もともと魔術師であるマスターたちには足元にも及ばなかった。
しかし、身体能力はずば抜けており、また、魔術回路の数はむしろマスター全体の中でも最高の質と量を誇っていた。
「Aチームにもこんな素材はいないよ。ねぇねぇ、ミスタ・ペンドラゴン。ちょいとアルトリアちゃんを私に貸してくれないかい?」
「絶対にダメだ。貴方に許可を出したら彼女を二日三日は調べ続けるだろう?」
「ちぇ・・・・・。ミスタ・ペンドラゴンのけちぃ~~」
「ケチではない。ほら、食べ終えたら早くダ・ヴィンチ女史は帰りたまえ。さぁ、そろそろドクターロマンも仕事に戻らなければ今日の分が終わらないぞ」
「「えぇ~~っ!!」」
いい年の大人(片方は精神的にはすでに老齢)がそろって頬を膨らませて抗議するのをエミヤは黙殺し、二人は鉄仮面を崩すことが叶わず、すごすごと自らの仕事へと戻っていく。
ダ・ヴインチと、さりげなくサボっていたロマニを仕事へ戻らせて、エミヤが食器を片付けようと手を伸ばした時、どこからか駆けてくる足音に気が付いた。
その足音はどんどん近くなり、そして、部屋のドアの前で急停止したかと思うとドアが横に開いた瞬間、金髪碧眼の美少女が飛び込んできた。
「シロウ~~ッ!!私もっ、私にもおやつを所望しますっ!!」
「・・・・・残っていた仕事を片付けようと思っていたのだがね。まったく、君の食い意地には頭が下がるよ」
見なくてもわかる期待のまなざしを背に受けて、エミヤはデフォルメされたライオンのマグカップに紅茶を注ぎながらやれやれといった様子で呟く。
「そんなこと言っているけど、すでにテーブルのセッティングまで済ませている君もなかなかだよね。しかも、僕らに出したものよりどこか気合入ってるし」
そんな余計なことを口走ったロマニの分だけ翌日のおやつが無かったのは言うまでもない。