野球って片手で数えるほどしかやったことないのですよね。
第六十五話「没収品!」
私達の目の前で腕を組み、静かに私達Fクラス生徒一同を見ている鉄人先生。
対するは私達Fクラスの生徒達。
その代表の坂本君が、諭すようにゆっくりと語りかけた。
「西村先生。知的好奇心を育むには、具体的な目的が必要だと思わないだろうか。」
相手の目をまっすぐに見つめ、心にまで届くよう語りかける坂本君。
鉄人先生はそれに対し何も言わず、ただ続きを語り出すのを待っていた。
「古今東西、科学技術の発展の裏側には、必ず戦争の影が存在した。鉄が生産されたのも工業ではなく剣や鎧を作るためであり、馬が飼育されたのは農業の為でなく騎兵の生産の為だ。近代で上げるとしたら、核技術開発の発端だって戦争だと言えるだろう。」
その後も坂本君は技術発展と戦争のことに対し、語り続ける。
・・・長いからカットしたけど。
「・・・それは『知的好奇心は具体的な目的を持つことで、より良い結果へと繋がりやすい』という事実だ。・・・ここまで言えば、あとは先生にはわかって貰えるはずだが。」
そう坂本君が締め括ると、鉄人先生はここではじめて反応を見せた。
「坂本、お前の言わんとしてることは伝わってきた。確かにお前が言う通り、知的好奇心は目的の有無でそのあり方が変わってくる。それはその通りだ。だが・・・。」
鉄人先生が腕組みを解き、私達全員にはっきりと告げる。
「だが、没収したエロ本その他の返却は認めん。」
「「「ちくしょぉおおーっ!!」」」
私達Fクラスはあまりにも無慈悲な宣告に涙を流して絶叫した。
新学期早々、まだ戻りきらない生活リズムのせいで眠い目をこすって登校してきた私達を迎えたのは、非情な持ち物検査。
抵抗すら出来ずに取り押さえられた私達は、せめてもの抵抗として没収品返還を求める演説を行ってた。
「どうしてですか西村先生!さっきの雄二の演説を聞いたでしょう!僕達が保健体育という科目の知的好奇心を高めるためには、エロ本の理解という具体的な目的に則したものが必要なんです!」
「学習しなければ理解出来ないようなものを読むな。お前は何歳だ。」
「そんな!知的好奇心を持つことには年齢なんて関係ないはずです!」
「よく見ろ。思いっきり成人指定と書かれているだろうが。」
吉井君の言葉もバッサリ切っていく鉄人先生。
「でも私の写真はお姉ちゃんという具体的な目標のためのものだから!」
「だったら水着写真である必要はないだろう。それに俺はお前の姉から妹が私の水着写真等を持っていたら没収するよう頼まれている。」
そんな・・・!
私の浴衣写真と引き換えにムッツリーニ君からレンタルしたカメラで撮影した、お姉ちゃんの水着写真を返してもらえないなんて・・・!
ちなみに、夏休み中に私とお姉ちゃん、お燐お空と行ったんだけど、その話はまた別の機会に、ね。
その日は吉井君達も1泊2日で海に行ったみたいで、私も誘われたんだけど・・・かぶってたから断ったんだよね。
楽しそうではあったけど、先約だったし・・・。
「お願いします、西村先生!僕らにその本を返してください!」
「僕には・・・僕らには、その本がどうしても必要なんです!」
「お願いです!僕達に、保健体育の勉強をさせてください!」
「西村先生、お願いします!」
「「「お願いします!!」」」
「黙れ。一瞬スポ根ドラマと見紛うほど爽やかにエロ本の返却を懇願するな。」
私が思い出してる間に、クラス全員が声を揃えてお願いしたけど、効果はナシ。
「それなら先生。こう考えては貰えませんか。」
「だから何だ吉井。これ以上無駄な演説に割く時間はないぞ。」
「あれはエロ本ではなく、保健体育の不足している知識を補うための資料だと」
「朝のHRを終わる。全員授業の準備をして席に戻るように。」
バッサリ。
「こうなったら仕方ない!実力行使だ!僕らの大事なお宝のため、命をかけて戦うんだ!」
「「「おぉーっ!!」」」
いくら鉄人先生だって、40人以上の男子高校生(+私)を一度に相手するのは難しいはず!
「ほぅ・・・。貴様ら、いい度胸だな。」
そんな危機的状況でも、眉ひとつ動かさない鉄人先生。
「かかれぇぇえーっ!」
「「「うおおぉぉーっ!」」」
大切なものを取り返すため、私達は拳を固めて飛びかかった。
「あの野郎、絶対人間じゃねぇ・・・。」
一本背負いでうちつけられてた腰をさすりながら、坂本君がぼやく。
結果は惨敗。
一斉に襲いかかったにも関わらず、全員返り討ちに。
吉井君は召喚獣出す隙すら与えられず肩固めで悶絶させられてたし、ムッツリーニ君や私は死角からスタンガンで特攻して、武器を奪われ返り討ちに。
しかも私達Fクラスの生徒は返り討ちにされながらも深刻な怪我を負ってる人はおらず、鉄人先生は加減して戦ってたみたいだし・・・。
もはや人間技じゃないよね。
「アンタ達ってこういう時、ものすごい結束力を見せるわよね・・・。」
死屍累々の私達を呆れたような目で見ながらそんなことを言うのは美波ちゃん。
「ものすごい結束力って、そんな統制取れてたかな?」
「統制っていうか・・・その、なんで男子が一人残らずその・・・ああいう本を持ってきてるのよ・・・。こいしちゃんも・・・。」
「あの、美波ちゃん?私が持ってきてたのは写真だからね?」
酷い勘違いだよ。
とはいっても男子達も、さすがに普段から毎日全員がエロ本持ってきてる訳じゃないから、なにか鑑賞会なり交換会なりいったイベントがあったんじゃないかな?
知らないけど。
「ところで美波ちゃんや姫路ちゃんは何か没収されたの?」
「まあ、ね・・・。DVDとか雑誌とか抱き枕カバーとか色々持っていかれたわよ・・・。」
「私も小説とかCDとかとか抱き枕カバーとかです・・・。」
間違いなく吉井君だね柄は・・・。
でも実際、久しく持ち物検査はなかったし完全に油断してたところもあるからね。
「なんだ、姫路や島田も没収されてたのか。んじゃ、秀吉もか?」
「うむ・・・。演劇用の小物の類なのじゃが、運悪くそれが携帯ゲーム機とかでの・・・。」
苦々しく呟く木下君。
前の衣装も返してもらえなかったらしいから、これは絶望的だね確かに・・・。
「学年全体で一斉持ち物検査だからな・・・。俺達がいない間に打ち合わせをしていたってことか。」
「・・・持ち物検査の警戒をすっかり忘れていた。」
悔しそうに呟くムッツリーニ君。
ムッツリーニ君が本気で警戒をしてたなら、持ち物検査の存在を事前に察知することぐらいわけないと思うし、本当に警戒してなかったんだろうね・・・。
「・・・データが入ったメモリーも没収されたから、再版も当分できない。」
「「「ええぇっ!?」」」
ムッツリーニ商会の利用者にとっては悪魔の宣告に等しいその言葉に、吉井君と美波ちゃんから驚愕の声があがる。
確かにムッツリーニ君が日々撮影する量は膨大だ。
私としてはお姉ちゃんの写真が出回る機会が減るしいいんだけどね。
「う、嘘よね土屋!?バックアップはあるわよね!?」
「そうだよムッツリーニ!家のパソコンにあるんだよね!?」
「・・・バックアップはある。でも、抽出に時間がかかる。」
「「「そ、そんな・・・!」」」
その言葉を聞いて、クラスのみんなに絶望が広がっていく。
そして、その波紋はやがてひとつの流れへと収束する。
「さて、雄二・・・。やる?」
「そうだな・・・。こんな横暴を許したら今後の学園生活に支障が出るな・・・。よし、やるぞ明久!教師ども・・・特に鉄人が出払った昼休みに職員室に忍び込み、俺達の夢と希望を取り戻すんだ!」
「おうっ!」
吉井君と坂本君が没収品の奪取のため、2人は再び立ち上がる。
「・・・雄二と明久だけを、戦わせはしない。」
それに呼応するように、目に強い光をたたえて立ち上がるムッツリーニ君。
そこには先程の沈んだ表情なんて欠片も見られない。
「待ちな、お前ら!」
「俺達を忘れてもらっちゃ困るぜ!」
「へへっ・・・。俺達、仲間だろ?」
「さっきは参加しなかったが、そういうことなら私と正邪も力を貸すぜ!」
「み、みんな・・・。」
気がつけば、さっき叩きのめされてダウンしていたFクラスの男子全員に加えて、魔理沙と正邪ちゃんまでもが立ち上がっていた。
もちろん、私だって協力するよ!
私達Fクラスはたとえ没収されても、ただでは諦めない!
1%でも可能性があるんなら、そこに賭けるよ!
「あ、あのっ!ちょっと待ってくださいっ!」
そんな今すぐにでも職員室に突撃しそうな私達を止めたのは姫路ちゃんだった。
「そういう、忍び込むなんて真似はよくないと思うんですっ。」
「でも、そうしないと持ち物は帰ってこないんだよ?」
吉井君が言うように、この学校の持ち物検査はかなり厳しい。
普通は時間が経てば返してくれるけど、この学校では没収されたらそれっきり。
二度と帰ってこないからね。
「で、でも先に学校のルールを破ったのは私達ですし・・・。」
「確かにそれで問題行為をするのはちょっと違う気がするわよね。」
「はい。それで忍び込むのはなんというか・・・狡い気がします。」
姫路ちゃんに続き、美波ちゃんも反対の意を述べる。
それで気まずくなったのか、吉井君達みんなも尻込み。
確かにそうかも・・・。
「なるほど、姫路達の言いたいことはわかった。つまり・・・忍び込んだりせずに、男らしく正々堂々鉄人を殺って奪い取れ、という訳だな。」
「全然違いますよ!?」
確かにそれならある意味狡くはないかもしれないけどね。
それでもやっぱり、没収されたものは取り返したい。
だから、私達は昼休みに職員室強襲を決行する運びとなった。
いかがでしたか?
持ち物検査で没収されたものを取り返そうと職員室強襲って、リアルでやったら停学ものですよね。
文月学園規格外。