「最後にいなくなったのはここの乾物屋の親子です。元気な夫婦に一人息子がいましたけど5日程前の夜に」
「.....そうですか」
それを聞くと目前の人は家の前で一人で手を合わせて祈りを捧げる。
煉獄理寿郎と名乗るこの人はただの薬売りとは言ったものの、この事件は人ならざるものが関わっているのだと言い張るちょっと変わった人であった。流石にそれはないだろうと、この世の中に妖の類等は存在しないだろうと思ってはいるが少しでもこの事件を解決に導く力があるのならと渋々力を貸す事を承諾した。
「それで、何か分かったことはありますか」
「日夜問わずに失踪することは何か引っかかるが...夜の方が多いという事は可能性は高いとは思いますよ」
「化け物の仕業.....て事ですか?」
「おそらく」
この人が言うにはその化け物は夜出なければその姿を世に出すことは叶わず、陽の光を浴びれば死に絶えてしまうのだそう。
「でも、じゃあなんで日中に失踪する人がいるんですか!」
「人が協力していたら、どうします?」
「何言ってるんですか!この村の人達は皆お互いに助け合う事が当たり前なくらい優しい人達なんですよ...こんな狭い漁村で何かあったら誰か分かりますって!!」
人が協力している、なんて事は信じたくもなかったし自分の町の人間が侮辱されているような気がして少しばかりイラッとしてしまった。恐らくは自分達の仲間の中に裏切り者がいるなんてことは思いたくないんだと思う、でも自分はそんな事は到底信じられないし受け入れる事は出来なかった。
「なにも可能性の話ですし私も嫌ですよ。人間の中に化け物の仲間がいたらそれはちと厄介、なんでね」
「おっ、荒木さんとこのタエじゃないか。どうしたこんなところで」
「あっ村長!!もう直ぐ夕方になるのにどうしたんですか」
家の前で考え込む私達の所へ村長が偶然通り掛かったのだ。まだ三十路の男性ではあるが周りからの信頼も厚い頼もしい人、そんな人物である村長は自分でも何か出来るのでは無いかと警察とは独自に動いていたらしい。
どうやらこの後日が暮れる前までに男衆を公会堂に集めて話し合う場を作るらしく、今は男性を呼びに家を回っていたところなのだそう。
「それで、夜までには集会を終わらせて皆を家に返したいのだが......それで其方の御仁は?」
「この人は理寿郎さんといってウチに今日から泊まられる方で、今回の件を解決出来るかもしれないと言われたので村の中を案内してたところ────」
「余所者に何ができるってんだ!!」
途端村長は声を荒らげた。普段から穏健で優しい人からは想像できないような荒々しい顔をした目の前の人は理寿郎さん目掛けて睨みをきかせた。
「俺達だって役所だって必死にやってるんだ、それでも解決できない、できないんだよ!!俺だって解決出来るならしたいさ.....村の人間総出で対策を立てても無理なものをお前のような部外者が解決出来るはずはない!」
途轍もない気迫と、それに混じって何処か悲しさが見て取れるような表情だった。
村長の言ったことは至極真っ当で、普通であればこの様な怪事件をどこからともなく現れた部外者が簡単に解決できるはずもないと思うのは当たり前の事だった。
村長の気迫に押されたのか、薬売りさんはじっと黙ったままその場で考え込んでしまった。気まずい空気が立ち込め、今直ぐにでもこの場所から逃げ出してしまいたいと思っていた矢先の事
「......わかりました。私はもうこれ以上は深くは介入しませんので、どうか貴方も日が暮れぬ前にやるべき事をやってください」
予想外だった。アレだけ解決しようと動いていたのに特に悔しそうな顔もせずケロッとして村長の言葉を受け入れてしまうのは中々に不思議なことであった。その姿を見て村長は薬売りさんを気味悪そうに眺めたあと村の男達を集める為にまた呼び掛けに戻って行った。
いいんですか、そう問い掛けてもいいんですの一言だけで目の前の男の人は傾いている太陽を眺めるだけ。それを見てもう帰ろうだなんて思った時、薬箱を地面に置いて薬売りさんは此方に向き直って1つの紙袋を渡してきた。
「タエさんこれは───────」
初めてそれに会った時は夢でも見てるのではないかと、自分は物語の中の人物なのではないかと思い込まずにはいられなかった。
夜中に村の男共と飲んで帰った家に立ちこめていたのは鼻にまとわりつく鉄臭い刺激臭。魚を大量に捌いたのかと思える程に酷い匂いが家の中に立ち込めることは普段から考えれば有り得ない事で、何かと思ってそっと匂いの元を見てみば信じられない光景がそこには広がっていた。バキボキと音を立てながら体の至る所を食われる私の母、そしてそれを脅えながら見つめる妻、そして笑いながら母を屠る化け物が私の家の中にいた。
本来であればあれば抵抗しなければならないのだろう、その理不尽に抗わなければならないのだろう。しかし非力で命が惜しい私にとってそれは高い理想でしかなく、私は腰を抜かしただただその光景を見守るしかなかった。
「なぁここの主人、取引をしないか」
口元にベッタリと赤黒い血をつけ不敵な笑みを浮かべる化け物に抵抗する気力もなく、私は直ぐに鬼に言われた物事に手を染めた。
妻の命が惜しくば日中は他の人間を殺してでも連れてこい───身体の弱い私の最愛の妻、それを守る為に他人の命を沢山犠牲にする事は本来であればあってはならぬ事なのだろう、それは道理に、道徳に反する行いなのだろう。しかし道徳は危機に瀕した私達夫婦を救ってくれるものでもなく、私は鬼に提示された生きる為の道筋に沿って歩むしかなかったのだ。
「タエじゃないか、どうしてここに」
「あっ────さん、少しいい物が手に入ったのでどうせなら皆さんにと思って」
もう既に日が紅く色付き始めた頃、男衆が集まる公会堂に宿屋のタエ嬢がやってきた。その美貌は隣町にも知れ渡り、彼女を目的に宿に泊まる者もいる。そんな彼女は人格者でもあり、村の中でも三本の指に入る程にはお節介な女性である。
そんな彼女が普段のようにお裾分けだと何かを持って来てくれるこの光景も見慣れてはいるが非常に愛らしく思えてしまう。
「ほら、────さんが最後なんですから早く入って入って。皆さん待ってますよ」
遅いぞと皆から言われて座ってみれば、今日の議題の話は直ぐに始まった。もう何も話し合っても無駄なのに男衆が真剣に村の治安について話し合う様は見ていて滑稽ですらあった。理の埒外とすら思えるほどの力と絶対的な支配力、その前にはどんな対策を立てても無意味だというのに。
無駄な議論に思考回路を費やすことも無くただ相槌を打っている最中、部屋の中に何やらいい香りの煙が立ちこめ始めた。
「すいません、皆さんが少しでも落ち着いていられるようにとお香を焚いてみたんです」
ふと、声のする方を見てみればタエが多過ぎるのでは思える程の香を焚いていた。時々団扇をパタパタと煽る様は中々に様になっていたのだが、何とも不思議で落ち着く匂いであった。それには皆感謝の意を述べつつ、それまで少し熱くなりかけていた会話も少し落ち着きを見せ、そのまま日が暮れる前までには話し合いは終わってしまった。
日が沈み切るまでに早く帰ろうと皆が公会堂を出る前に、誰かがタエに疑問をぶつけた。
「ところでタエちゃん、そのお香どっから貰ったんだい。凄いいい香りだったけど」
「これは藤の花の香らしいです。なんでも人を襲う化け物が酷く嫌う匂いらしく、その匂いがする場所には近づけない程には効果があるらしいです」
「......化け物って、もしかしてこの神隠しに関係があるのか」
「恐らくは。私もまだ信じられませんけど私のところに泊まっている薬売りさんがそう言ってました」
悪寒が走った。
身体中に染み付いた香の匂いがあの化け物の機嫌を損ねるかもしれない、もしかしたら妻を殺されてしまうかもしれないことにゾッとした。
声だって荒らげて異議を唱えたかった。でもそれをここでやってしまえば怪しさは増すし、周りが半信半疑ではあるがタエにお香を求めて群がる現状を見れば悪手でしかなく、今は現状に擬態しようとタエからお香を少しだけ貰い逃げ出すように公会堂を出た。
早くこの匂いを川で落とさねば、その一心で公会堂から川のある場所まで駆け出した。
その日の夕陽には温かさは微塵も感じられなかった。
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「薬売りさん、これでいいんですか?」
「えぇ。これで、大丈夫ですよ」
村長を半ば強引にあの場から追い出した後、この人から受け取ったものは藤の花の香であった。それもただの香ではなくこの人が独自に作り上げたもので普通に売られているものよりも香りが強いものだそうだ。
鬼────人を襲いその血肉を喰らうという化け物は藤の花の匂いを大層嫌うそうで、藤の花の匂いがするものは鬼除けとして効果があるらしい。
「でもなんで態々こんな回りくどい事したんですか?」
「そりゃあ...炙り出す為、ですよ。関わっている人がいるのであれば相当な嫌悪感を示すハズ、だから最後に化け物除けになるのだと言ってもらったんですよ」
そう言いながら、薬売りさんはまた薬箱の中を漁り始めると中から目玉のような模様がついた札を取り出し額に貼り付けた。
「それはなんですか?御札?」
「えぇ、札ですよ。商売仲間のとある男から貰いましてね、偶に使うがかなりの優れものだ」
額に貼られた札がどれほどの効果を出すのか私には分からなかったが、それでも薬売りさんが何やら不思議な力を使って何かをやろうとしている事だけはひしひしと感じられた。
時計の針の音だけが響く公会堂の広間で幾分時間が経っただろうか、その時は唐突であった。
「かかった」
その言葉を口から発した途端薬箱を背負い、そして何処から持ってきたのか分からない日本刀を腰に携え立ち上がった。
ついてくるか、薬売りさんに問い掛けられたが勿論私の答えは肯定だった。この事件の真相を、そしてこの村の行く末を見守りたいと思い公会堂から勢いよく飛び出した薬売りさんに担がれ私も犯人がいる現場に向かった。
「これ.....村長さんの家じゃないですか」
庭園のある大きく立派な家の門の前で突入しようとしている今の心境は、解決できるという心と何故この人がという心がごちゃ混ぜになり複雑であった。
病気がちで休んでいる事が多い妻の為にといつも頑張っていた、村人から尊敬される対象であった村長が悪事に手を染める事など私には想像がつかなかった。
「何かの間違えじゃ.....ないんですよね」
「残念ながらこの眼が村長が異様なまでに川で匂いを落としていたのを目にしたのだから、恐らくはそうなのだろう」
物事を俯瞰してみることが出来る札を指さして薬売りさんは腰にあった刀に手を添える。もう日が暮れ始めている今、早めに決着をつけたいのだろうということが簡単に読み取れた。ここからは危ないから門の前で待っていろ、そう言われたのだがお香の香りがまだ強く残っているからと断りついて行くことにした。
勢いよく押し入ることもなく、ゆっくりと床の音を立てながら奥の部屋に向かっていく。居間の襖をあけた時、薬売りさん越しにこちらを見て驚いている村長とその横にこの村の人間ではない姿の人────いや、人の姿をした化け物がいた。
「しくじりおって。本当に役に立たない奴だな貴様は」
そう冷たく化け物が言い放つと、コチラに向き直り薬売りさんの方に睨みを効かせた。
「鬼殺隊だな...どうしてここの場所がわかった」
「なに、本当にちょっとした細工だ。今から死ぬお前が気にかけるような事じゃない」
「あぁ、そうかい!」
一瞬の事だった。奥から一瞬で薬売りさんの前に迫ってきたかと思えば薬売りさんもいつの間にか抜刀し、化け物の攻撃に対応していた。
人外の動きに対して人外の動きで対応している様を見ると、まるで御伽噺を見ているような気分さえしてきた。
「炎の呼吸 壱ノ型 不知火」
勝負は一瞬であった。まるで刀から炎が出ているかの様に見えた斬撃は、瞬く間に化け物の首を胴体から切り離した。斬られた瞬間に鬼は苦悶の表情を浮かべたあと、遺体が残る訳でもなく塵のように空気中に散ってなくなってしまった。
「....あぁ、あぁ、ありがとう、ありがとう」
泣き崩れる村長、しかしそんなに甘くはないと薬売りさんの一言で現実に引き戻される。
「......いや、まだ臭ってる。村長さん、アンタ此奴の他にまだ隠してる奴はいないかい」
「この家には後は私の妻だけだ!!病気がちで最近は床に伏せっていたのだから悪事に染める余裕なんてない!」
「それは、どうかな」
恐らくは奥さんが寝ている部屋の襖なのだろう、そこを盛大に切りつけ襖の向こうが顕になった。そこにはなんとも形容しがたい、色々な顔が入り交じった姿の鬼がそこにいたのだ。
なんでと、妻を助ける為に悪事に手を染めたのにと村長は泣きながら鬼に訴えかけた。すると鬼はとっくのとうに妻を食べたこと、そしてその鬼は食べた人間の記憶と容姿に化ける事できるのだと語り始めた。
食べ応えがなかったなどと言い始めた時の村長の絶望しきった顔は見ていられなかったし、それは薬売りさんも同じなのだろう。
すぐ様、気持ち悪い化け物の首が宙に舞った。
「薬売りさん、もう出られるのですか!」
「私にも帰る家があるんでね」
あれからというもの、絶望に打ちひしがれた村長は自ら警察に出頭しこの村の神隠しは終わりを迎えた。愛する人を守るために悪事を手に染めたのに、その愛する人が鬼が成り代わった偽物だったなんて事は私が聞いてもゾッとするほどに残酷な話だった。
この事件を解決した薬売りさんは事件の後1週間宿に残ったあと、今日朝早くからまた自宅に戻るらしい。どうやら可愛い弟がいるそうで、事件が解決しお礼に酒を飲ませた時に酔っ払って熱弁をしていた。
「あの、本当に色々とありがとうございました。こんな事件を解決してくれてなんて感謝したらいいのやら......帰り際はお気をつけて」
「ありがとう。それじゃあこれからも気をつけて」
振り向き様に見えた彼の顔はとても美しく、恋にでも落ちたのかと思うくらい胸の鼓動が早くなった。
その耳の尖り方も、その面妖な隈取りも、まるで人ではないかと思わせるくらいに妖しく、そして美しかった。
「貴方、本当に何者なんですか」
「なに、ただの薬売り.....ですよ」
モブ鬼
食べた人間の記憶と容姿をそのまま引き継げる血鬼術を持った鬼。容姿はストックすることができ、今まではその血鬼術で食らった者になりすまし家族を襲うなどをしていた。どちらも同じ血鬼術を持っている。