キミのくれた手で   作:とりなんこつ

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第1話

S.O.N.G.の調査部といえば花形だ。

格闘術、射撃術、尾行術、潜入術はもちろん、調査のための各科学的知識に加え、対聖遺物のための歴史とオカルトの知識も幅広く求められる。

それら様々な技術を体得し、強靭な体力と鋼の精神を宿したエージェントで構成される最精鋭部隊なのである。

 

―――と、言えば聞こえはいいが、全員が全員、高いスペックを所持しているわけではない。

かくいうオレも、他人より特に抜きんでた能力の持ち主ではないと自負している。

そんなオレが調査部に籍を置いているのは、この仕事、やはり殉職率が半端ないのだ。

欠員が出たら補充するのはまあ理解できるが、本来のオレの専門領域はS.O.N.G.の前身組織である特殊災害対策機動部一課の仕事が相当である。

要は、装者たちやノイズとの戦闘の後片付けや情報操作など。

二課をバリバリの体育会系とするならば、一課は文系と分類できるかも知れない。

 

そんなオレが調査部に配置されたとして、目立つはずもなく。

かの緒川主任調査官が調査部の筆頭だとすれば、その背後にずらーっと控えた黒服エージェントたちの三列目の右から三番目にいるくらいのモブAである。

見た目的にもまさにそんな格好で、本名が『(えい)』なのも笑えない。

 

それでも、どうにかこうにか殉職せずにここまで働いてこれたのは、オレにもそこそこ運があるからだろう。

正直、鎌倉の風鳴赴堂の捕縛へ行ったときは死ぬかと思った。同僚の何人かは屋敷にいたアルカ・ノイズに消し炭にされているし。

そのあとは風鳴本家から出てきたユグドラシルの監視もしていたけれど、あれも生きた心地がしなかった。

まあ、シェム・ハとかいう本物の神様と戦っていたシンフォギア装者たちに比べれば、大したことはないかも知れない。

後で聞いた話では、マジで地球が滅びる一歩手前だったらしいしな。

 

それらもなんだかんだで一段落し、今、オレも含めた調査部は、旧首都庁を訪れていた。

そこにある巨大な残骸。かの青髭ジル・ド・レの居城を意味するチフォージュ・シャトー。

ワールドデストラクチャーとかいわれてもピンとこないが、かつては聖遺物の複合体であったとのことで危険極まりない。

以前にも調査をしたことがあったが、解体中と見せかけて風鳴機関によって色々と改装されていたらしい。

それらを含めて再調査して、再び解体の道筋をつけるための、いわば先触れのような仕事だった。

 

この仕事をしていて一度も気楽な心持ちでいたことはないが、今日は同僚も含め、誰もが緊張していた。

赤シャツを着た我らが総司令、風鳴弦十郎がいる。『最終人類兵器』『歩く憲法違反』などという渾名が跋扈しているが、オレは真実だと思う。

そんな化け物上司の傍らに立つ少女は、あいにく彼の娘ではない。

オーバーオールに白衣をまとい、金髪のエビフライのようなおさげ髪。

右頬の泣きぼくろも色っぽい彼女の名前はエルフナイン。

もちろん色っぽいというのは多分に冗談的な表現であり、あの体型に情欲を催すやつがいたなら、ソイツは真正のロリコンだ。

二、三度ほどしか会話をしたことはないし、向こうもオレのようなモブのことなんぞ覚えてないだろうが、言葉づかいは丁寧で非常に礼儀正しい良い子だ。

かつて敵対していたキャロル・マールス・ディーンハイムに瓜二つということで警戒するものも居たが、今となってはS.O.N.G.のマスコット的な存在になりつつある。

正式な役職名はエルフナイン特別顧問分析官となっているが、誰もが影ではエルフナインちゃんと呼んでいたり。

 

そんなエルフナインちゃんが、頭に安全ヘルメットをかぶってよっちらこっちらと歩いてくる。

見た目はとてもプリティだが、錬金術師でもある彼女の知識は、おそらくここにいる大人たちの誰よりも卓越しているだろう。

シャトー内を見回す瞳の色は、オレが見てもゾッとするほど思慮深げだ。

 

「司令! こちらに来てみてください!」

 

緒川主任の呼ぶ声に、司令が応じる。

 

「エルフナインくん、あまり一人で動き回らないように」

 

そういって呼ばれた方に歩いて行く司令と視線を合わせ、軽く頷く。

彼女の周辺には、オレも含め数人のエージェントがいる。

余程のことがなければ、司令の手を煩わせるようなことはないだろう。

 

オレたちが見守る中、エルフナインちゃんはずんずんと奥へと歩いていく。

先回りをして危険がないことを確認しつつ付いて行けば、巨大なジェネレーターのようなものが設置されていた。

その周囲に散乱する残骸。

人工物で出来た手や足なのだが、その球体関節にオレは眉をしかめる。

かつてオレたちの仲間を幾人も屠ったオートスコアラー。

ここにあるのは連中の廃棄躯体だ。

 

膝を床につけ、それらを見つめるエルフナインちゃんに罪がないのは分かっている。

それでもオレは決していい気分ではなく、許されるならここのボロ屑を蹴飛ばしてやりたかった。

現実には出来ないので、脳内で散々蹴飛ばしてウサを晴らしていると、ミシリ、と音がした。

…気のせいか?

周囲の仲間を見回す。誰も特に注意を払っていないよう。

けれど、オレはなぜか嫌な予感がしてたまらない。

 

「申し訳ありませんが、そろそろ戻りませんか?」

 

エルフナインちゃんに声をかけると、目尻に涙を浮かべてこちらを見上げてくる。

なぜか罪悪感に駆られながらもう一度声をかけると、彼女は立ち上がってくれた。

小さな手で涙を拭い、それから彼女はふらついた。

思わず小さな身体を受け止めると、

 

「す、すみません! ちょっと寝不足でふらついてしまいました…」

 

心底申し訳なさそうな声で謝られる。

 

「いいえ、大丈夫ですよ」

 

オレがそう笑い返した時だった。

ガラガラッ! と雪崩のような崩落音が天井から響く。

オレはほとんどエルフナインちゃんを抱きかかえるようにしてその場を離れた。

彼女を抱えたまま走る。背後で断続的に巨大な質量が落ち、地鳴りを響かせた。

崩落の衝撃の空気に押されるように走り続け―――くそ、間に合うか?

オレは力いっぱいエルフナインちゃんの背中を目前の通路へと突き飛ばす。

 

「きゃッ!?」

 

半瞬遅れて、オレも通路に足からスライディングするように飛び込んだ。

南無三!

もうもうとした砂埃も一緒に飛び込んできて、おもわず目をつむる。

息を吸う。吐く。大丈夫、生きている。

どうやら天井の崩落ギリギリでオレも通路へ飛び込めたらしい。

 

「お怪我はないですかッ!?」

 

目前でペタリと女の子座りをしているエルフナインちゃんを見る。

見た目はどこも怪我してなさそうだ。

ところが、ホッとするオレの前で、彼女の顔は見る見ると青ざめた。

 

「だ、大丈夫ですかッ!?」

 

「いや、そういう君こそ」

 

「う、後ろです!手! 手が…ッ!」

 

「手?」

 

エルフナインちゃんの狼狽ぶりと対照的なまでに、オレはゆっくりと自分の背後を見る。

 

「…え?」

 

オレの右手は、すぐ背後まで積み重なった瓦礫の間に挟まれて潰れていた。

赤い液体がジュクジュクと溢れているのを見たとたん、灼熱のような痛みが押し寄せてきて―――オレは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回はご苦労だった、南雲調査官」

 

風鳴弦十郎司令がそう労ってくれる。

 

「いえ…」

 

曖昧に応じるオレはベッドアップされたベッドの上。

病院へ緊急搬送されて、早一週間が経っていた。

瓦礫にガッチリ挟まれた右手は、やむを得ず切断の憂き目にあっている。

どうにか止血し、病院で患部組織の再建手術を受けたが、なくなった右手だけはどうしようもなかった。

麻酔から目が覚めて、右手がなくなっていることに驚愕し、痛みに悶絶して鎮静剤を投入された。

どうにか我慢できる範囲内に痛みが落ち着くと、凄まじい喪失感に襲われている。

なので、オレの見た目はきっとやつれきっていたことだろう。

 

「おまえのおかげでエルフナインくんは無傷で済んだ。…よくやってくれたな」

 

今はしっかり休め、と力強く肩を叩き、司令は帰っていった。

入れ違いで総務部と担当医がやってきた。

総務の人間からは、とりあえず手続きの諸々は代行しているので、今はゆっくりと休んでもらって構わない。担当医はとにかく落ち着いて過ごしてください。痛みがあるようでしたらすぐにナースへ連絡を。

 

二人とも、こちらを心底気の毒に思っているような、腫物を扱うような言動だった。

誰もいなくなった病室で、オレは右手を見る。

あるべきものがないことに対し、泣きたくなった。

込み上げてくる嗚咽を、もう20の半ばも過ぎたのに泣けるかよ、と噛み殺す。

そして死んだ同僚たちのことを思い浮かべ、命があるだけオレはまだマシだ、と自分を慰める。

それからまた存在しない右手を眺め―――これからどうすりゃいいんだ? と途方にくれて不安になる。

 

そこで全く記憶にないのだが、オレは叫んで喚き散らしたらしい。

かけつけてきたナースの連絡で医師も来て、鎮静剤を投与され、眠ったそうだ。

 

目を覚まし、顔を撫でようとして、何もない手首がアゴに触れた。

傷口の痛みに泣きたくなったが、昨日ほど錯乱はしなかったようだ。

ただぼーっと無事な左手でアゴを撫でる。

不精髭でざらついていた。

 

「南雲栄さん、ご飯ですよ」

 

ナースが朝食を運んできた。

最近の病院では、誤配を防ぐためにいちいちフルネームを呼ぶんだったな、と他人事のように思い出す。

右手がなくなっても腹は減る。

左手でスプーンを使って食べる食事はやはり慣れなくて、泣きそうになる。

それでもどうにか数口を食べ、あとはナースに薬を飲むのを手伝ってもらう。

 

食事も済めばすることもないので、ただぼーっとして室内を見回す。

完全個室の結構いい部屋で、大きなテレビもあるのだがさっぱり見る気がおきない。

薬が効いているせいか痛みもない。

なので、おもわず右手を使う動作をしてしまい、その喪失感に心が曇る

そして薬が切れると、もはや悲劇だ。

痛くて痛くて眠れない。痛くて仕方がないのは、手術された手首付近ではない。

なくなったはずの右手が痛くてどうにもならない。

これは四肢を欠損した人間によくある幻肢痛なことは知っているけれど、実際に体験すれば気が狂いそうだ。

そこでまた鎮痛剤を投与され、オレはますますやつれ果て。

そうやって精神と体力を摩耗しまくっているオレの前に彼女はやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

「こ、このたびは、ありがとうございましたッ!」

 

病室へ来たエルフナインちゃんがオレに向かって頭を下げた。

 

「いえ。これも任務ですから」

 

自分でも呆れるくらい平坦な声が出た。

彼女が助かって嬉しいとは思っている。自分がもっと上手くやっていれば右手を失わなくて済んだとも思っている。

けれど、どうしても他に原因や恨みを求める心の動きを止められなかった。

 

―――おまえのせいで、オレは右手を失ったんだぞ!?

 

そう怒りのままにぶつけてしまえれば。

だが、実行に移さない程度に理性は働いている。

仮にそれをしてしまえば、オレは人間として最下層の存在になってしまうだろう。

 

「…本来ならば、絶対に認められないことなのだが」

 

エルフナインちゃんの背後に立っていた司令が口を開く。

 

「どうしてもと、彼女が望んでいてな」

 

司令の言にエルフナインちゃんは頷く。それからオレを見て、言った。

 

「ボクを助けるために、南雲さんは、その手を…」

 

さすがにオレの名前を憶えてくれたかと笑ったが、きっと捨て鉢な笑顔だったろう。

君が責任を感じることはない、とでも言えれば格好よかったが、生憎そんな余裕はない。

陰気になっているオレの前に、エルフナインちゃんは身の丈に合わないスーツケースを置く。

 

「なので、償わせて下さい」

 

蓋が開けられた。

そこに存在するものにオレは目を剥く。

 

「南雲さんのために、作ってきました」

 

スーツケース内には計四つもの義手が横たわっていた。

 

 

 

 

 

 

 

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