キミのくれた手で   作:とりなんこつ

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エピローグ

あるのは、ただの白い世界だった。

そこに一本の線が引かれた。

それは世界を天と地に分けた。

 

 

その狭間を、あてどなく彷徨う。

 

どれくらい彷徨っただろう?

 

 

ふと、風を感じた。

風を感じることで、道しるべが出来た。

 

 

風が歌となった。

歌に耳を傾けることで、暖かな炎が灯った。

 

 

やがて無限に広がるそこで、それを拾った。

大きな掌。荒野の腕(ワイルドアームズ)

 

 

それを得ることにより、オレはオレという存在であることを知った。

既にそのことは知っていたような気がするし、そうでもないような気もする。

 

 

オレがオレであるゆえに、果ての見えない旅路に、心が挫けそうになった。

すると、遠く誰かの声が聞こえた。

 

〝ほら、ガンバルんだゾ〟

 

〝地味にがんばれ〟

 

〝フフ…がんばりなさい〟

 

〝マスターが待ってますわよ〟

 

言葉の意味は分からないが、励まされていることは分かった。

…ひょっとしたら、もっとずっと前から励まされていたのかも知れないな。

 

 

びょうびょうと鳴る風に口笛が響く。

気づいたとき、オレ自身が勇気の歌を奏でていた。

折れそうになる心を奮い立たせ、無限とも思える荒野に一歩一歩を刻んで行く。

 

やがて。

気の遠くなるような旅路の果てに、いつの間にか大地は終わっていた。

目前に広がる光景に、オレは目を見張る。

 

ここはどこだ? 最果ての海(オケアノス)…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――潮騒の音が聞こえた。

髪の毛の先端が風になぶられ、額のあたりをくすぐっている。

ぼんやりとした視界で動くのは、寄せては返す白波だけ。

 

「…風が強くなってきましたね。そろそろ戻りましょうか」

 

背後から、声。

懐かしい声。聞いた覚えのある声。

 

視界がぐるりと回る。

どうやらオレは車椅子に乗せられているようだ。

水平線の代わりに、芝生の間に舗装された道と、その先に白い建物が見えた。

 

足を動かそうとして、上手く動かせない。

フットレストから爪先が力なく地面に落ちた。

引っかかり、車椅子が止まる。後ろで押してくれているらしい人が短く悲鳴を上げた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

前に回り込んでくるその顔にも見覚えがある。

金髪のおさげ髪に、右の頬の泣きぼくろ。

急速にぼんやりとしていた頭の中が澄み渡っている。

 

…エルフナインちゃん?

 

そう声に出したつもりだが、掠れたモゴモゴといった呟きにしかならない。

しかし、気づいた彼女は顔を上げた。

ハッとしたように目を見開き―――視線と視線が確かに絡みあう。

 

「…南雲さん?」

 

それでも、おそるおそる確かめるような声。

頷こうとして出来なかったので、オレは目に確かな意志を込めて見つめ返す。

すると、大きな瞳がたちまち潤み始めて、

 

「南雲さん南雲さん南雲さんッ!」

 

首っ玉に抱きつかれたらしい。

焼きたてのクッキーのような甘い匂いを、久しぶりに胸いっぱいに吸い込む。

大声で泣きじゃくるエルフナインちゃんの声を聞きながら、抱きしめ返そうにもオレの腕はなかなか持ち上がってくれない。

しょうがなく彼女の肩越しに視線を巡らせていると、黒服の同僚たちの顔を見つけた。

きっとエルフナインちゃんの護衛を務めている三人は、揃ってサングラスを外し、驚愕の表情を浮かべている。

北島、葛西、それに東堂。

懐かしい顔ぶれに、オレは声を出したつもりだ。

 

よう。おまえらも久しぶり。

なんだよ、なんでおまえたちまで泣いているんだよ…?

 

 

 

 

 

 

 

それからの大騒ぎは、正直良く覚えていない。

色々と誰か彼かと話しかけられたとも思うけど、ほとんど身体検査とバイタルチェックに明け暮れていたような気がする。

オレがどうにかまともに喋れるようになったのは三日後。

見舞いラッシュはそこからが本番だった。

病室を訪れる顔なじみも含めた同僚の数は、本当にS.O.N.G.の全在職員が来たかと思ったほど。

そして最後に現れたのは、総司令と発令所の面々に装者たち。

まさにS.O.N.G.オールスターズといった具合で―――あれ? オレは前に同じこと考えたっけ?

 

「無茶して心配かけやがってッ!」

 

司令の第一声で思い切り怒られた。

直後、

 

「良く戻ってきたな…」

 

信じられないことに、司令は少し涙ぐんでいたような気がする。

続けて装者のみんなからも労いと称賛の数々を受けて、そのまま宴会でも催しそうな雰囲気は、全て司令が両腕に抱えて部屋の外へ連れ出してくれた。

おまえたちもつもる話があるだろう?

はしゃぐ響ちゃんの襟首を猫みたいに掴まえた司令がそう言って辞したあと。

個室にはオレとエルフナインちゃんの二人だけが残された。

 

「…本当にオレはずっと眠っていたんですか?」

 

「はい。もう二年近く」

 

頷くエルフナインちゃん。

左目は完治していたのは嬉しい。けれど全身が動かしづらいのは、二年も眠っていて鈍ったわけで当然か。

そんな中で、右手の義手だけが思い通りに動く。

そういえばジル・ド・レとの戦いで全て義手は失ったはずだから、これは新作だろうか?

 

「南雲さんは、ご自分の想い出を全て燃やしてしまいました。もはやそれは完全な人格の喪失と同じだったんです」

 

そういってエルフナインちゃんは涙に濡れた恨めし気な眼差しを向けてくる。

その視線に居心地の悪さを覚えながら、オレは自分の考えを巡らせた。

 

想い出や経験が個人の人格を培い、形成する。

それを分かっていて、オレは全ての想い出を焼却することを選んだ。

いくらエルフナインちゃんに睨まれようと、あの時はあの手段しかなかったんだから仕方がない。

想い出の全焼却は、言い換えれば完全で完璧な記憶喪失だ。

オレが生きる屍のようになってしまったのは、まあ、ある意味予想通りともいえる。

 

「…そんなオレが、どうやって人格の再構成を?」

 

「答えは、その義手にあります」

 

エルフナインちゃんに指摘され、思わずオレは右手に視線を落とす。

義手は、オレの意志に反してぱらりと指を動かした。まるで返事をするかのように。

 

「夜の公園で、南雲さんは義手を切り飛ばされて噴水に落としましたよね?」

 

「ああ、そういえば」

 

あれもてっきり壊れたとばっかり思っていたんだけどな。

 

「あの義手は実は無事で、噴水の水を氷に変えてボクたちを援護してくれました。その力の源に、南雲さんの想い出を使って」

 

そういや、アイツら勝手にオレの想い出を使ってオートスコアラー本来の力を引き出していたんだよなあ。

 

「噴水から回収された義手には、まだ南雲さんの想い出がわずかですが残っていました。なので義手を南雲さんの腕に接続し、想い出を逆出力して記憶野に定着。コピー&ペーストを繰り返しつつ、ボクの中の南雲さんに関する想い出も注入して補強を…」

 

そこまで言い差して、なぜかエルフナインちゃんは顔を真っ赤に染めた。

 

「な、南雲さん! 記憶の中にボクのものがあっても、絶対に想い出さないでくださいねッ!」

 

「は、はい」

 

一応頷きつつ、そんなの理不尽なお願いだと思う。だいたいそう言われると、返って想い出しちゃうもんで…。

うすぼんやりと、脳裏に映像が浮かぶ。

見えたのは、なんとオレの顔のアップだ。まあ見ているのがエルフナインちゃんの想い出なら、主観が彼女なのは当然だろう。

それにしても、なんでこんなにオレの顔がドアップなんだ?

こんな間近でオレを見ているエルフナインちゃんって、一体なにをしているんだろう…?

 

「ッッ! 想い出さないでくださいっていったじゃないですかッ!」

 

「い、いや、だから想い出してませんってッ!」

 

言い訳するも、ポカポカと拳で胸あたりを叩かれる。

そんな彼女を宥めながら、ようやく、二年も経っちまったんだなあ、と自覚が出てきた。

先ほど見舞いに来てくれた装者のみんなも、全員がぐっと大人っぽくて綺麗になっていたし。

そして何より。

 

「…どうかしましたか?」

 

オレの視線に気づき、小首を傾げるエルフナインちゃん。

いや、オレも最初に目にしたとき、まだ目が治ってなくて縮尺が狂って見えているのかと思ったよ?

けれど実際にオレの目の前にいる彼女は、すらりと背が伸びていた。

伴い、身体のあちこちはくっきりと凹凸を主張している。

その顔つきだけは、まだあどけなさがたっぷりと残っていたけれど―――もう子供扱いするのは失礼だろう。

エルフナインちゃんは立派なレディになっていた。

 

「綺麗になったなあ、って思って」

 

気づけば素直な感想を口にしていた。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

ごにょごにょいって頬を赤く染め、俯いてしまうエルフナインちゃん。

それから上目使いでオレを見ると、意を決したように言ってくる。

 

「そ、そのッ! 南雲さんの好みに合わせようと思って、一生懸命育てましたッ!」

 

その物言いに、思わずオレは軽く噴きだしてしまう。

いや、育てたって。それって育てるものなの?

 

「…ボクはなにかおかしなことを言ってしまったでしょうか…?」

 

あからさまに凹んでしまうエルフナインちゃんに向かって義手を差し出していたのは、誓ってオレの意志じゃあない。

エルフナインちゃんはちょっとだけ驚いて、それから嬉しそうに義手に頬を当ててくる。

義手を伝ってくる彼女の柔らかい頬の感触。

その感触がなぜかとても嬉しくて―――オレはなんと声をかければ良かったのだろう?

ただ、ただいま、と言えば良いのだろうか? それとも、心配をかけて悪かった? もしくは、無茶をしてごめん?

 

台詞を選びあぐねるオレの前で、エルフナインちゃんの頬を涙が伝う。

それは決して悲しみの涙ではない。なぜなら彼女は笑っていたのだから。

 

「―――お帰りなさい、南雲さん」

 

その頬ごと彼女を抱き寄せたのは、誓ってオレの意志だ。 

柔らかい彼女を抱きすくめ、少しだけ迷って、それからちょっとだけ照れて。

オレは選んだ台詞を口にする。 

 

「ただいま…エルフナイン」

 

 

 

 

 

 

オレと彼女の共通の想い出は、今日、この日から刻まれていくのかも知れない―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キミのくれた手で  完

 

 

 

 

 

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