ガタゴト ガタゴト
車が揺れる。
真っ暗闇の中でも、オレは怖くない。
去年まで一人でトイレに行けなかったオレだけど、もう怖くない。怖くないったら怖くない!
なぜなら今、オレのそばにコイツらがいるからだ。
レイアとファラはすぐ足元へうずくまり、ミカはオレの腕の中でくすぐったそうに身じろぎをする。
ガリィもいたはずだが―――気紛れなあいつのことだ。どうせ隅っこの方で丸くなっているに違いない。
レイアが足に身体を押し付けてくる。
大丈夫だと頭を撫でながら礼を言う。
「ありがとうな」
オレは学校が嫌いだ。
みんなバカだ。バカのくせに、オレにいろいろと注文をつけてきやがる。
パパは学校へ行かなきゃ駄目だって言うけれど、習うことなんかもう全部
パパから色々とお話を聞いた方が70億倍はマシだ。
そういうと、決まってパパは苦笑しながらオレの頭を撫でてくる。
『キャロル。世界を知らなきゃ駄目だよ』
パパから頭を撫でられるのは嫌いじゃないけれど、もう何回も聞いてるから耳タコだ。
あ、タコ焼きはオレの大好物の一つ。
(そういや、お昼から何も食べてないな。さすがにお腹空いたな…)
少しだけならお金はある。どこか店で買えるといいんだけど。
そんな風に考えていたら車が止まったようだ。
後ろの扉がゆっくりと開く。
「ほら、嬢ちゃん。降りな」
無言で頷いて、ミカを抱えたまま降りる。レイアとファラも着いてくる。
「…ここ、終点なのか?」
あたりは真っ暗なようだ。
急に顔に強いライトを当てられて目がくらむ。
「な、なんだ!?」
唸るレイラとファラ。腕の中で毛を逆立てるミカ。
「…このガキがそうなのか?」
フードを目深にかぶった大人が三人。
その隣でぺこぺこ頭を下げているのは、オレをトラックのコンテナに載せてくれたおじさんだ。
大人三人は、すごくあやしいふいんきだ。あれ? ふんいき?
「なんなんだ、お前たちはッ」
オレが怒鳴りつけると、三人はおかしそうに肩をすくめている。
「お嬢ちゃん、言葉づかいは気をつけようぜ。な?」
イヤな気分になったのは、いっつもパパたちにも同じことを言われているからだ。
決してビビったわけじゃないぞ!
「さて、どうする?」
「とりあえず、眠らせちまって」
「あとは錬金術の…」
そこまで三人の会話を聞いて、オレは命令を下す。
「いけッ! レイア、ファラ!」
いっつもパパが言っていた。錬金術を使う大人には気をつけろ。いま、この世界にいる錬金術師の大半は〝敵〟だ。
弾丸のような勢いでレイアとファラが二人の大人に跳びかかる。
「なあッ!?」
「こいつッ!」
最後の一人がオレに掴みかかってこようとしたが、腕から飛び出したミカが顔面に飛びついて必殺の引っ掻き攻撃。
よし、このまま三人とも掴まえてやる。そうすれば、きっとパパにも褒めてもらえてッ…!
「おい、嬢ちゃん、オイタを止めるように三匹にいいな」
いつの間にか首のところに冷たい感触。
ペタペタと頬っぺたを叩くナイフは、運転手のもの。
ちくしょうッ、オレとしたことが。コイツの存在を忘れていた…!
「…やめろ、レイア、ファラ、ミカ」
オレの命令に、全員が素直に従う。みんな悲しげな眼で見てくるのが辛い。
「…なんなんだ、この犬ッころたちは!?」
大人の一人がレイアを蹴飛ばす。
「やめろッ! その子たちに乱暴するなッ!」
オレが悲鳴を上げても、大人たちは面白がって無抵抗のファラも殴りつける。
ミカは、ふーっ!! と毛を逆立てているが、オレが捕まったままでは身動きが取れない。
「くそッ! やめろ! やめてくれ…ッ!」
バキッ! と鈍い音がする。
「レイアッ!」
レイアの足がへし折れていた。
それを見て、大人たちは驚いている。
「こいつ、犬のオートマタか?」
それからニヤニヤと笑うのには頭に来た。
「おまえたち、許さないぞ! 絶対に許さないからなッ!」
激怒するオレを見て、大人たちはまた笑った。
背筋がゾワゾワするニタリとした笑顔。
「かの奇跡の殺戮者の馴れの果てというのは本当らしいな」
「ちっこいオツムでもとんでもない情報が埋もれてそうだぜ」
「脳みそを取っちまって抜け殻にしても、利用価値はあるだろう?」
最後にそういった一人が、オレに手を向けてくる。
掌が光り、浮かぶルーン文字。
くそ、オレには何も出来ない。
目に涙がにじんでくる。
でも、泣いている姿はこの連中に見せたくなかった。
だからギュッとまぶたを閉じて、心の中で叫ぶ。
(―――パパッ!!)
バッ!バッ!バッ!
と機械音が連続した。
目を開けると、四方八方から強烈なライトが注がれている。
『おまえたちは完全に包囲されているッ!』
スピーカー越しの声。
動揺する錬金術師たちだったけど、オレにナイフを突きつけていた男は、「こ、このガキはどうなってもいいのかッ!?」とオレの首を締め上げようとして―――。
「か、身体が動かないッ!?」
そして、目前に黄色い格好をしたヤツが空から降ってきた。
まさか。
「立花響ッ! 貴様かッ!?」
「そうだよッ! キャロルちゃんを助けに颯爽登場ッ!」
言うが早いが錬金術師三人をまとめてワンパンチで吹っ飛ばす。
本当に冗談抜きで大人三人を場外ホームランだ。
驚くより呆れていると、オレにナイフを突きつけていた男は動けない身体のまま捕まっていた。
捕まえたのは―――。
「パパッ!」
「こら、キャロルッ!」
ごちんとゲンコツを落とされる。
痛くて涙が出たので、無理なく溜まっていた涙を全開に出来た。
そのままパパに抱きついていると、
「大丈夫ですか、キャロルッ」
ママも走って来た。
オレがどこも怪我をしてないことを確認したあと、オレを背中からパパごと抱きしめるようにして、盛大に溜息。
「なんで家出なんかするんですかッ!」
「………」
オレが無言でいると、パパがグシグシっと頭を撫でてくれる。
「俺だってこの年頃の時には、家出くらいしたことあるさ」
「もうッ! 栄さんはキャロルに甘すぎですッ」
ママがほっぺたを膨らませた気配。
少しだけたじろいだパパだったけど、
「むしろ家出の原因の方が問題だろ? どうした、ママに叱られたのか?」
「………」
オレがまたもや無言でいると、ママは「それは叱りましたけど」と前置きしてから言った。
「キャロルが公園で上級生に苛められたみたいで…」
「なんだとッ!? 暴力でも振るわれたのかッ!?」
血相を変えるパパに、ママは首を振る。
「見ていた人の話では、荷物を取られてその荷物をキャッチボールされたくらいのようです。でも、そのあと…」
「そのあとに、どうしたんだ?」
「仕返しに、いじめっ子の荷物を咥えたファラとレイアが、いじめっ子が『返してッ!』って泣くまで公園内を全力疾走したらしくて」
「…それでママに叱られたのか?」
見下ろしてくるパパに、オレは一生懸命言い訳。
「だ、だって! アイツら意地悪してきたからッ! それに、ファラとレイアも、基本的にオレに危害を加えようとすると反撃するようにプログラムされているわけだし…ッ」
「それを叱られたから、へそを曲げて家出ってことか?」
「そ、それだけじゃないッ! いっつもパパが言っているだろッ! 『世界を知れ』って!」
ゴチン! とまたも目から火の出るようなゲンコツ。
泣きべそをかくオレを抱え上げ、パパは言う。
「あのなあ、キャロル。俺は世界とか以前に『世間を知れ』って言っているんだよ」
「でも…ッ!」
「言い訳は駄目だ。キミは頭がいい子だ。だから、自分でも言い訳の正当性を欠いていることは理解しているのだろう?」
「…うん」
「その上で、俺が世間を知れって言っているのは、一般常識や言葉遣いをきちんと獲得して欲しいと思っているからだ。これも分かるだろう?」
「う、…はい」
「よし、良い子だ」
オレが大人しく返事をしていると、ママは「パパの言うことは素直に聞くんですねッ」と呆れ顔。
「それとキャロル。女の子なんだから自分のことを『オレ』なんて呼ばないほうがいいですよ」
おまけにそんなことまで言ってくる。
だからオレは唇を尖らせて反論。
「そういうママだって、時々自分のこと『ボク』って呼んでるじゃないか」
驚いた顔をするママ。それからパパに向かって「え? え? そうなんですか?」と尋ねれば、パパは「うん、結構な頻度で」と即答。
ズーンと凹むママに、パパはゴホンと咳払い。
「そ、それじゃあ今からみんなに迷惑をかけたことを謝らなくちゃな。まずは、響ちゃ…立花さんだ」
パパにいわれ、不承不承黄色いシンフォギアに向き合う。
「その…助けてくれてありがとう、立花響…さん」
くそ、さん付するのがなんでこんなに違和感が酷いんだ?
「ううん、全然だよッ! おかげで、野良錬金術師も捕まえることが出来たしねッ!」
「立花さん! それを言っちゃあ…ッ!」
慌てるパパにオレは疑問を抱き、そして一気に色々と腑に落ちる。
実に絶妙のタイミングで立花響が現れたと思ったが、その前段階で準備がなされていなければ無理な相談。
オレが家出先で偶然錬金術師に遭遇したと考えるより、パパたちが別系統で追っていた錬金術師の懐にオレが飛び込んでしまったと解釈したほうが自然だろう。
そしてオレは家出するに際し、パパとママの職場に知られることは極力遅れるよう細工してきた。
なのに、この展開はあまりにも早すぎる。まるで、オレの動きが事前に漏れていたかのようで…。
そこでハッと気づいたオレは、周囲を見回す。
ママが乗ってきたヘリコプターのドアが開いていて、そこでは予想通り黝い毛並みの猫が優雅に前足を舐めていた。
「…ガ・リ・イィ~~ッ!!」
レイア ファラ → ジャーマンシェパード
ミカ → 三毛猫
ガリィ → ロシアンブルー