キミのくれた手で   作:とりなんこつ

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第2話

スーツケースの中の義手。

昨今の筋電操作できる義手は既にオレも幾つか目にしていたが、横たわる四つのどれもメカメカしい印象はない。

見た目は非常に人間そのものというか。

ただ質感の違いから、強いて言うとすればマネキンのそれに近いかも知れない。

 

「南雲さん、腕を貸して頂けますか?」

 

エルフナインちゃんに促され、おずおずと欠損した右手首を差し出す。

 

「どれをつけてみましょう?」

 

いや、どれっていわれても。

そう思ったが口には出さない。

困惑気味のオレは、適当に左から二番目を選ぶ。適当とはいったが、まあ、勘が働いたのかもな。

 

「では、これを…」

 

エルフナインちゃんが、その義手をオレの手首の切断面へと当てた。

思わず顔を顰めてしまうが、不思議と痛みはない。

それどころか。

 

「!?」

 

義手と手首の接触部分が発光し、その周辺にメビウスの輪みたいな光るリボンが浮かび上がる。

リボンの表面の文字はキリル文字か?

超常は幾度となく目撃しているオレだが、淡い光に顔を照らされているエルフナインちゃんを見て、彼女が錬金術師であることを改めて思い出す。

 

「…どうですか?」

 

いわれて、オレは自分の右手に視線を落とす。

どういう理由かわからないが、義手はオレの手首にしっかりと接着しているようだ。

でも、だからといって、まさか…。

 

「マジかよッ…!?」

 

動く! 動くぞ! まるで元の自分の手みたいに、指が自在に動く!

それに、あの喪失感も嘘みたいになくなっている!?

わきわきと指を動かし、見舞いのリンゴを掴んでみる。

不思議なことに、リンゴの質感まで伝わってきた。義手のはずなのに。

 

「錬金術で作ってみたのですが…」

 

「すげえ! すごいよ、エルフナインちゃん!」

 

ゴホン、という咳払いでオレは我に返った。

気づけば、オレの両腕に持ち上げられ宙に浮いたエルフナインちゃんが、真っ赤な顔でこちらを見下ろしている。

 

「ゴホンッ! とまあ、エルフナインくんが錬金術を駆使して、おまえ専用の義手を誂えてくれたわけだが…」

 

司令の再度の咳払いに、オレは慌ててエルフナインちゃんを床へと降ろした。

途端に、クラりと眩暈がする。ほぼ一週間ベッド暮らしだったから当たり前か。

 

「これは特例中の特例だ。よって、このことを口外することを一切禁じ、万が一異常等があれば報告は絶対厳守だ。いいな?」

 

「は、はいッ」

 

答えつつ額の汗を拭う。

半ば無意識で義手で拭っていたことに、自分でも驚く。

それから、改めてオレは礼を言った。

 

「ありがとうございます、エルフナイン…特別顧問分析官」

 

「い、いえッ! 元々はボクのせいですからッ!」

 

慌てて手を振るエルフナインちゃん。

 

「それで、しばらくは毎日メンテナンスで寄らせてもらいたいのですが、構いませんかッ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

シャワーを浴びて髭を剃り、身形を整える。

浴槽で湯につかるのはまだ無理だが、予約すればシャワーは毎日浴びるくらいは出来る。

真新しい病院着に着替えるのは、仮にも女性で上司であるエルフナインちゃんに対する最低限の礼儀だ。

しかし、シャワーを使っているときも、まるで違和感はない義手だ。

完全防水な上に、接合部もぴったりと断面にくっついている。

…本当にすごいなあ、錬金術ってやつは。

 

「南雲さん、こんにちはッ」

 

今日も今日とてエルフナインちゃんがやってきた。

午前中はリハビリに励むオレのことを見越して、夕方の4時前くらいにやってくる。

病室へ入ってくる寸前、廊下に黒服の同僚の姿が見えた。彼女の護衛だろう。

 

「義手の調子はどうですか?」

 

「全然。問題ありません」

 

オレは指をぱらぱらと動かして見せた。不思議なことに使えば使うほど馴染む。

加えて喪失感も完全になくなっていた。幻肢痛も収まり、鎮痛剤も使わずぐっすり眠れる。

ぐっすり過ぎて、なにか夢を見ても内容をまるで覚えてないくらい。

 

「明日には退院ですね。おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

本来なら義手の扱いにこそリハビリが必要なのだが、エルフナインちゃん謹製の義手ではその必要はない。

よって、オレが試みているリハビリは、もっぱら低下した体力の回復に努める全身運動だった。

というか、普通に走ってもバランスが崩れず痛みもない義手ってマジで凄いと思う。

あまりの回復っぷりに医師も首を捻ったり―――はしなかった。そこらへんは司令が手を回してくれたのだろう。

なので、オレは明日に退院し、久しぶりに官舎へと帰れることになる。

退院したらまず、何をするかなんて決まっていた。

ああ、カツ丼喰いたい。もしくは焼き肉。とにかく肉だッ!

 

「それでですが、南雲さん。退院したら、メンテナンスのため、しばらくボクのラボへ通って頂けるとありがたいのですが…」

 

義手をよく分からない道具で弄りながらエルフナインちゃんが申し訳なさそうな声で言う。

 

「問題ありません」

 

我ながら面白みのない返事だが、仮にも相手は上司だから仕方がない。

 

「…毎日、ありがとうございます」

 

なので、軽く礼を付け足してみた。

彼女の住まいは移動本部だと聞く。

そこからこの病院へ定期的に足繁く通ってきてもらっているのは、いかにエルフナインちゃんが責任を感じているとはいえ苦労だと思う。

 

「そんなの全然です。そもそもはボクのせいですからッ」

 

慌てたようにエルフナインちゃんは手を左右にパタパタさせている。

 

―――あなたのせいではありませんよ。

そう断言して笑えるほど、生憎オレは人間が出来ちゃいなかった。

 

それでも彼女の真摯な気持ちは、ほとほと心に染み入ってくいる。

礼を言われれば礼を尽くし、自分に非があると思えば率直に傷つく。

きっと銀の鏡のような綺麗な心の持ち主に違いない。

見た目と同じでピュアなのだ、などと言ってしまえば、オレもロリコンの誹りは免れないか。

 

 

 

 

 

 

 

退院したオレに新たな辞令が発令されていた。

調査部から保安部への異動。

保安部は、文字通り、組織内、装者たち、一般市民、ひいては社会全体の安全を保つ部署であると言える。

調査部はアクティブで、保安部はパッシブな部署と表現できるかも知れない。

調査部に所属すれば海外出張も当たり前だったし、これは司令がオレのことを慮っての配属だと思う。

 

実際のところ、右手を失うという大怪我をしたわけだから、後方支援の部署へ回されるかと覚悟していたのだが。人材不足も極まっているのか、それとも何かしらの温情なのか。

まあ、そこは後者だと思っていた方が精神的にも良さそうだ。

 

実際の辞令の発効は再来週だから、それも含めてオレは本部の訓練施設で黙々とリハビリに励む。

リハビリを終えてシャワーも浴びてさっぱりし、それからエルフナインちゃんのラボを訪れるのがささやかな日課となっていた。

彼女のラボは、施設の下層に位置し、一般職員ではおいそれとは入れないエリアにある。

IDカードをかざして人気のない廊下を進むことに、少しばかり特権意識をくすぐられた。

 

「こんにちは、入りますよ」

 

『あ、いらっしゃい』

 

スピーカーから声が響き、ドアが開く。

うん。毎度毎度思うのだが、実に研究室らしい研究室だ。

各種実験設備に、壁の棚は様々な薬剤や書籍でいっぱいだ。

 

「お待ちしていました」

 

出迎えてくれるエルフナインちゃんとの室内の対比は、実に女の子らしくないと思う一方、これほど彼女に相応しい場所はないのではないかと思う。

矛盾する感想を抱えながら、オレは診察台のようなものの上に右腕を載せた。

 

手を握って、開く。

ますます義手はオレに馴染んでいるような気がする。

 

どういう仕掛けかは分からないが思い通りに動いてくれて、日常生活を送るには不便を感じない。

何よりオレの趣味である本や漫画が読めるのは本当に助かる。

実際に右手を無くしていたときは、左手でどうやって読めばいいんだと途方にくれたからな。

まあ、作り物だけに痛覚的なものがないのは違和感があるけれど、以前の喪失感に比べればかなりマシだ。

しかし、義手を弄るエルフナインちゃんのちっこい指の感触が分かるのだから、不思議と言えば不思議ではある。

 

「ここ、違和感はないですか?」

 

「大丈夫です」

 

「そうですか。ちょっとこちらの関節が摩耗しているみたいなので、後日調整させて下さい」

 

用件が済めば、オレはさっさとラボを辞することにしている。

実際にエルフナインちゃんは多忙なのだ。

以前に、時間通りにオレが来たとたん、ひっきりなしに発令所から連絡が入り、結局メンテナンスをしてもらったのは一時間後だった。

別の日にはテーブルにつっぷして眠っていた。起こすのも偲びなく黙って帰ったらえらく恐縮されてしまった。

そんでもって今日である。

 

「あ、良かったら後で食べて下さい」

 

「え?」

 

驚くエルフナインちゃんの前に、隠し持っていた小さな箱を置く。

中身は一個500円もする高級プリンの詰め合わせ。

 

「そ、そんな! 受け取れませんよ!」

 

「いえいえ、いつも忙しいのにお世話になっていますから」

 

本心から言う。こんなちみっこい身体をして、大人顔負けの激務だ。

今のところ傷病休扱いのオレとしては、内心で忸怩たるものがある。

もうほとんど無理やり押し付ける格好になると、おずおずとエルフナインちゃんは箱を開ける。

中を見て、ぱああっと凄い笑顔になった。

うん、良かった。買ってきた甲斐があったな。

 

「じゃ、オレはこれで」

 

「ま、待ってください南雲さん!」

 

「まだ何か?」

 

「せっかくだからお茶でも飲んでいきませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

そういうわけで、いかにも研究室らしい研究室で、エルフナインちゃんとお茶をすることになった。

 

「どうぞ」

 

出された大きなマグカップにはエビフライのプリントがしてある。

中身は匂いからして紅茶のよう。

茶請けはオレの買ってきたプリンがさっそく開けられている。

 

エルフナインちゃんがじーっとオレを見ている。

どうしたのかな? と思ったけれど、どうもオレが先にプリンに手を付けるのを待っているようだ。

ここいらへんの気遣いは素晴らしいと思うけど、オレ、実は甘いものは苦手なんだよな。

でも、仕方ないか。

我慢して一口。後味がべったりしてないのはさすが高級品か。

 

「いただきます」

 

行儀よく両手を合わせ、それから嬉しそうに頬張るエルフナインちゃん。

 

「うん! とっても美味しいですッ!」

 

喜色満面の笑みから、心底そう思っていることが分かる。

 

「良かったですよ」

 

オレも心の底からそう思い、言った。

プリンを食べ、紅茶をふーふーと冷ますエルフナインちゃんは本当に可愛らしい。

思わずオレは微笑を浮かべていたらしく、マグカップを持ったままのエルフナインちゃんに尋ねられた。

 

「…ボクの顔に何かついてますか?」

 

「いえいえ。とても美味しそうに食べてくれてるので、買ってきた甲斐があったなあ、と」

 

そう答えると、マグカップを見つめるように顔を伏せてしまった。可愛い。

 

「…南雲さんもプリンを食べて下さい」

 

それから上目使いでそう言ってくる。可愛い。

オレが全部食べてしまわないのに、自分だけさっさと食べて切ってしまうのは恥ずかしいらしい。可愛い。

 

甘いのは苦手だったが、無糖の紅茶の力を借りてどうにか全部平らげる。

エルフナインちゃんもプリンを食べおえて、オレのカップが空なことに気づいたようだ。

 

「今、お代わり淹れますね」

 

本当に気遣いが出来る子だ。可愛い…はもういいか。

エルフナインちゃんが流しのような場所に立っている。

電動ポットから、茶葉を淹れた細長のティーポットへとお湯を注ぎ、しばらく蒸らし始めた。

 

「あ、そういえば、以前に響さんからもらったクッキーがあったような…」

 

しゃがみ込み、流しの下の棚に頭を突っ込んで何かを探し始めるエルフナインちゃん。

 

「ありましたッ!」

 

そういった次の瞬間、棚の上にゴンッ! と結構な勢いで頭をぶつけている。

ドジだなあ、と微笑ましく思ったオレの感情は一瞬で凍りつく。

 

「いたた…」

 

と後頭部をさする彼女の頭上で、ゆっくりと倒れてくるティーポット。

中にあるのは入れられたばかりの熱湯で、全てがスローモーションに映る。

 

間に合わない! そう絶望しつつ、それでもオレは腰を浮かしていた。

わずか数歩なのに、どうやっても手の届かない距離。

そう思ったのに―――。

 

バシャッ! と熱湯が周囲にぶちまけられた音。

 

もうもうと湯気が立ち上る中、エルフナインちゃんの小さな姿はオレの身体の下にある。

右手の義手はティーポットを弾き飛ばした代償に熱湯を被り、シューシューと音を立てていた。

 

「な、南雲さん…!」

 

唇を震わせ見上げてくるエルフナインちゃんは無事だったようだが、オレは現状が認識できないでいた。

今この場面だけを切り取れば、オレはバレーのレシーブのように横っ飛びして落下するポットを弾き、彼女を護ったのだろう。

しかし、その行動を取ったという自覚がない。

気づいたら、右手がポットを弾いていたとしか言いようがない。

 

「大丈夫ですか!?」

 

身体を起こして血相を変えるエルフナインちゃん。

 

「いえ、熱湯を浴びたのは義手だけだから大丈夫ですよ」

 

痛覚はないから良かったが、もし健在であれば痛みに悶絶していたのは間違いない。

 

「すみません、ごめんなさいッ、ごめんなさいッ!」

 

オレの身体を気遣いながら、怒涛のように謝ってくるエルフナインちゃん。

それからホッと胸を撫で下ろしたのは、義手以外に被害はなかったからだろう。

 

「…南雲さんに助けられるのはこれで二度目ですね」

 

申し訳なさそうでいて、こちらの背中がくすぐったくなりそうな温かい声音で謝意を伝えられた。

 

「いや、まあ…」

 

偶然です、と否定するのも何か違うので、オレとしては曖昧に答えるしかない。

しかし、熱湯を浴びたのが義手で良かったというべきか。

でも、いまやこの義手なしでは生活もままならないという自覚がある。

 

指は普通に動く。

どこも壊れてないといいけれど、とマジマジと義手へ視線を注ぐ。

熱湯で表面部分がべろべろになって剥がれかけている。

そこから覗くものに、オレの背筋が凍りついた。

 

―――超常の力で稼働する指と指を繋ぐ球体関節。

 

すぐそばにいる錬金術師の少女へ視線を転じ、オレの疑問は喉へとへばりつく。

 

この義手は、まさか。

オートスコアラーと同じ…?

 

 

 

 

 

 

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