オレが復職した当日。
本部に在籍していたほぼ全ての職員はテレビの国会中継に注目していた。
画面の中で俎上に上がっているのは、かの『護国災害派遣法』。
大多数の賛成により、廃止されることが決定した。
元々が無茶な勢いで成立した法案で、鎌倉の首魁、風鳴赴堂の思惑の体現そのものであること知らないS.O.N.G.関係者はいない。
かの怪物の罪状が公になった以上、速やかに廃棄されて然るべきだろう。
それでも手放しで喜べる事態でないことは、緒川主任の呟き声に集約されていた。
「…これでますます忙しくなりますね」
S.O.N.G.は元々国連直属組織だ。
それが如何に建前といえど、護国法の発布は、他国にとって日本国とS.O.N.G.の特別な紐帯に見えたことは想像に難くない。
そんな評価をリセットする意味も込めて、日本国内のS.O.N.G.の活動に、改めて制限が設けられた。
これら制限項目が米国を始めとした他国に批准しているなら何も問題はなかった。
しかし国内の野党には、あからさまに日本の国力を削ごうとする勢力が存在し、無責任なマスコミの報道と連動した結果、他国より厳しい活動制限が設けられたのは、はっきりいって噴飯ものだ。
対外的には、これだけ活動を制限させても大丈夫なくらい日本は安全だとアピールしたいのだろう。
その根拠になっているのが、シェム・ハが消失したのでこれ以上大きな異端技術がらみの事件は起きないであろう―――という希望的観測にすぎないというのだから笑えない。
他に、今までやたらと日本を舞台に様々な事件が勃発したものだから、海外資本の引き上げも洒落にならないレベルで、それを憂いた経済界の意向も働いた結果のようだ。
ともあれ、日本国内における活動制限の最たるものは、シンフォギアの装備展開にすら承認が課せられたことだろう。
今までは装者の任意によるものが、緊急性に応じて承認を経て、初めてシンフォギアを着装できるようになる。
つまり、目の前にノイズが現れたとして、装者は勝手にシンフォギアを纏うことができない。
では承認が降りるまでどうすればいいのか?
そんなの決まっている。オレたちが身体を張ってその時間を稼ぐしかない。
うんざりしつつも緊張な面持ちをする同僚たちの中で、オレは右手を開いて握る。
過日、熱湯を被った表面は改めてエルフナインちゃんに修理してもらっていたが、この人工皮膚(?)の一枚下は、最新の義体ではなく、古式ゆかしい球体関節が稼働している。
エルフナインちゃんが作った義手。
かのオートスコアラーの義体を作った際の技術を流用したものらしい。
本来、彼女は錬金術師であるから、それは予想して然るべきだ。
それでも何か釈然とせず、先日司令に相談しに行っている。
「おまえがオートスコアラーを敵視する感情は理解できるが、しょせん連中も道具にすぎなかったということだ。おまえが持つ銃と敵の持つ銃に、なんの違いがある?」
一発でオレの拘りを看破された。
「気に入らないなら無理に使わなくても構わん。ただし、エルフナインくんの好意に対しては、きちんと礼儀を尽くしてけじめをつけろ」
現状の科学技術で今の義手以上のものが作れるだろうか? 答えはNOだ。
それに、この義手は今やオレにとっても馴染み過ぎているし、仮に義手を別のものに変えたら、またぞろ違う部署へと異動ということになるやも。
そこまで思い至り、赤面する。
端から答えなんか決まっていた。
だったら単にダダをこねてるだけじゃねえか、オレ。
「まあ、エルフナインくんとは良好な関係を結べている点は何よりだが」
そんなオレを見て、なぜか司令はニヤリと笑った。
「…は?」
「彼女から、おまえのようなまったく新しい固有名詞を何度も聞かされるのは初めてのことだぞ?」
「はあ」
思わず気の抜けた返事をしてしまった。二度も助けられたと彼女が言ってたけど、それが原因かね?
「世間知に疎い娘だからな。せいぜい気を使ってやってくれ。ただし、余計なことや破廉恥なことを吹き込もうものなら…」
司令の太い指がバキバキと音を立てた。それだけで卓上のコップまでがびりびりと震えているってどういうことよ?
「はッ。くれぐれも注意して接するようにしますッ」
そう返事をし、オレは司令の前から辞した。
そして現在。
今度はオレの前に司令がいる。
単に部屋の入り口付近にオレがいて、そこに司令が入ってきただけなんだけど。
「司令。先ほどの中継をご覧になりましたか」
緒川主任が小走りでやってきた。
「うむ」
重々しく頷く司令。
それから、室内の職員を見回した。
「本日、17:00の終業時刻をもって、本部多目的ホールに、当直以外で可能な限りの職員を召集しろ。非番の連中もだ」
なにやら重要な訓示だろうか?
室内の空気がピンと張りつめる中、渋い良く通る声が職員全員の耳を疑わせた。
「祝勝会を行うぞッ!」
思えば、風鳴総司令は無類の宴会好きである。
二課の頃から新たな装者が編入するたびに歓迎会を催していたし、本人も手品などの余興の準備に余念がなかった。
それにしても、祝勝会とは誰もが完全に虚を突かれた感じだ。
シェム・ハとの決戦直後は本土そのものがガタガタで、組織の整備と再構築に、なんか葬式ばかりやっていたような気がする。
それらも落ち着いた現在、祝勝会を催す時期としては適切と言えるかも知れない。
問題は、なぜ今日の日に行うのかということだ。
護国法が廃止され新たな制限が課せられたというこの日に。
現状本部の多目的ホールは、潜水艦内部とは思えないほど広い。
冗談抜きでコンサートすら催せそうな規模のスペースには、既に幾つものテーブルと軽食、酒がふんだんに揃えられている。
司令の短い挨拶と労いの言葉もそこそこに、乾杯がなされた。
酒が酌み交わされ、そこかしこで談笑が起きる。
基本的に、オレたちの仕事も命懸けだ。
楽しむときには蟠りを忘れて楽しんだ方が得だと、生き残った連中はしみじみと噛みしめている。
せっせと福利厚生の酒を楽しんでいると、不意にホール全体が暗くなる。
続いて、中央にスポットライトが注がれた。
そこに立っている六人の少女たちに、オレも含め誰もが目を剥いたに違いない。
『みなさーん! 今日は本当にお疲れさまでーす!』
マイクに向かって挨拶したのは、アイドルみたいな格好をした響ちゃんだ。
『こんばんはデース!』
『こんばんはー』
これは切歌ちゃんと調ちゃん。
『ほら、クリスちゃんも挨拶挨拶ッ!』
『う、うぇッ!? え、えーと、その…こんばんは』
『えー? もっとオリジナリティのある挨拶しようよッ!』
『うっせぇバカッ!』
直後、皆の視線を集めていることに気づいて赤面するクリスちゃんの姿は、なかなかレアな眺めだ。
『防人の皆さん! 準備はいいですかッ!』
『最高の歌を聞かせて上げるわッ』
遅れてライトを浴びた翼さんとマリアさんはさすがの貫録。
イントロが流れると、呆気にとられていた聴衆たちも一気にヒートアップ。
六人の喉から紡がれる歌は、文字通り世界を救った歌だ。
そんな生歌を聞きながら飲む酒は、たちまち程よく回ってくる。
たとえ今みたいな煌びやかな服を着て居なくとも、彼女たちはS.O.N.G.職員たちにとってのヒロインにしてアイドルだ。
熱狂的な声援を送る職員がいる一方で、オレは知り合いの同僚たちとバカ話に興じる。
「やっぱりオレは響ちゃん推しだね。あの未完の大器のまま一点突破する爆発力がたまらん」
「何いってんだ? 翼さんの抜群の安定性と切れ味こそ至高だろうが」
「待て待て、そういう意味ではマリアさんが攻守ともに完成しているとは思えないか?」
「まだ将来の可能性を秘めていると言えば調ちゃん一択だろう常識的に考えて」
「僕は暁切歌ちゃん!」
「ちくわ大明神」
「誰だ今の」
何度繰り返したか分からないやりとりは、いつも終わり方が決まっている。
「じゃあ、クリスちゃんはどうなんだよ?」
「あの子はなあ…バックに司令がいるからなあ」
おそらく、先に上げた装者たちの中で、響ちゃんを除く他の五人とは、それぞれ恋人同士になれるかも知れないという可能性がある。それがたとえ微粒子レベル程度だろうと、存在する。
もちろんクリスちゃんに関してもそうだろうが、彼女の場合、保護者兼後見人の風鳴弦十郎氏がいるわけで。
あの人の御眼鏡に叶う自信は誰も持ち合わせちゃいない。
そのことを共通認識にして笑いあい、この話題を終わらせるのがオレたちの常だった。
ところが、今日は同僚の北島がオレに向かって追加するように言ってきた。
「ときに、エルフナインちゃんはどう思っている?」
「…なぜそれをオレに聞く?」
「とぼけなさんなよ。最近、毎日のように彼女のところへいっているのを知らないヤツはいねえよ」
「………」
オレは黙り込む。
そんな風に観察されているのは想定内だ。しかし、義手のことは口外しないよう司令に固く言い含められている。
オレとしては正真正銘義手のメンテナンスで日参しているだけなのだが、はて、他者にはどのように映って…?
「そりゃあ、身を呈して命を助けてもらったんだからな。彼女が惚れる切っ掛けとしては十分だろうて」
悟ったように言う北島に、オレは口に含んだ酒を一瞬吹きかけたが、努めてクールに応じる。
「別にそういう関係ではないよ」
「じゃ、何をしに行ってんだ、おまえは」
混ぜっ返してくる葛西の顔はもう赤い。
不覚にもオレが言葉に詰まっていると、駄目押しとばかりに東堂がニヤけている。
「ついに我らがおさげ姫も南雲の手に落ちたか。いや、手を落としてモノにしたといったほうがいいか?」
オレが重傷からの回復も早く、義手も快調であったからこその物言いだろう。
だとしても、少しばかり勘に触る。
殴りたいその笑顔。いっそ右手がロケットパンチだったらいいのに。
そんな衝動を酒と一緒に飲み下し、オレは冷ややかに言う。
「日参しているのは仕事の関係さ。仕事の内容自体は司令に固く口止めされているけどね」
真実ではないが嘘でもない。
「だいたいオレの好みはもっとメリハリのある体型の子だ。あんなちみっこが恋愛対象になるわけがないだろう? オレにロリコン趣味は…」
言い差して、オレは北島が口をあんぐりと開けていることに気づく。
不審に思って見回せば葛西は明後日の方を向いてグラスを傾け、東堂は熱心にステージへ声援を送るフリをしていた。
原因はすぐに判明した。
オレのスーツの袖がくいくいと引かれている。
「南雲さん、南雲さん」
声の方を向いて、オレも驚愕するしかない。
オーバーオールに白衣を着て、トレードマークのおさげ髪。
「エルフナインちゃ…特別顧問分析官。どうしてここにッ!?」
「祝勝会にボクが来てはいけないのでしょうか…?」
珍しく唇を尖らせるエルフナインちゃん。
「い、いえ、決してそんなことは、はい」
しどろもどろのオレに、エルフナインちゃんは笑顔を浮かべて言葉のナイフをぶッ刺してきた。
「ところで南雲さん。『ろりこん』ってどういう意味なんですか?」
「ッ!? そ、それは…」
口ごもり、そっと彼女の表情を伺う。
本当に一点の曇りもない純真な笑顔だ。
無邪気に訊いてきているだけかな? と楽観に傾いた天秤は、次の彼女の台詞に盛大に揺れまくる。
「もしかして調さんにも関係がある言葉だったりするのでしょうか?」
…この子、もしかして全部わかってて訊いてるんじゃないの?
背筋を冷たい汗が流れる。
汚れなき笑顔が、一転してすごく怖く見えてきた。
完全に言葉に窮するオレの背後で、ステージ周辺が俄かにざわめいたのは天佑だったかも知れない。
何事かと振り返れば、マイク片手の響ちゃんが神妙な表情を浮かべて、言った。
『みなさんに聞いてもらいたいことがありますッ!』
室内が静まり返る。
『わたしたちは、今日、シンフォギア装者を卒業しますッ!』
シーンとした静寂が一転、凄まじいどよめきで満たされた。
どよめきは、まんま皆の動揺だろう。
かくいうオレも激しく動揺していた。
彼女たちの力なくして、この先、ノイズらにどう対処しろと。
『諸君、落ち着け』
今度の声は風鳴司令のもの。
ピタッとどよめきが止まったのは、曲がりなりにもここに集うのは現代の防人たちだからだ。
『いま、響くんは卒業とはいったが、何も引退するわけではないぞ。引き続き、民間協力という形で力を貸してもらうことになっている』
皆が息を飲んで司令の続きの言葉に耳をそばだてている。
『あの神との決戦も済んだ今、この日本は以前ほどの脅威にさらされることもあるまい…』
しみじみと司令は、政府の無責任な希望的観測と同じことを口にした。
しかしその言葉を、きっとオレたち職員全員が全く別の意味で受け取っていたと思う。
奇跡を起こし、幾多の聖遺物、果ては神すら屠ってきたシンフォギア装者たち。
彼女らが血と涙を流し、文字通り命をかけて戦ってきたことを、オレたちは誰よりも間近で見てきた。
だから、もう十分じゃないのか?
本来なら、翼さん、マリアさんの二人を除き、他の四人は未成年なのだ。
普通なら女子高生として―――あ、クリスちゃんは女子大生になったわけだけど―――彼女たちには青春を謳歌する権利があるはずだ。
他に言い換えるなら、彼女たちはまだ子供であるともいえる。
そんな子供に頼りっぱなしだったことを、オレたちはいま改めて思い知らされ、司令の胸中を正確に推察していた。
護国法も廃止され、新たな活動制限も設けられたいまを機会に、彼女たちが負ってきた責任の幾ばくかを軽減してやろう。彼女たちが本来得るはずである自由な未来を与えてやろう…。
パチパチと自然と拍手が巻き起こる。
それはたちまち巨大な拍手の渦となった。
彼女たちの激闘に対する圧倒的感謝。
むしろこうやって謝意を示すことしか出来ないのがもどかしい。
『…ありがとうございます。みんな、ありがとうッ!』
響ちゃんら未成年チームがぺこぺこと頭を下げる横で、
『私と翼は正規職員として在籍し続けるから、これからもよろしくねッ!』
マリアさんの宣言に声援も上がった。
追随するように盛大なBGMが流れ始める。
この曲は…『不死鳥のフランメ』か。
オレたちの間でも絶大な人気を誇る曲だ。
そして同時に気づく。
シンフォギア装者たちがわざわざオレたち向けにこうやって唄ってくれているのは、彼女らなりの感謝の証なのではないか。
一緒に命をかけてくれた戦友たちへの御礼であり、散って行った僚友たちへと捧げる鎮魂の歌。
そのことを、他の職員たちも一斉に理解したに違いない。
場のボルテージがうなぎ上りで上昇していく。
両手が痛くなるほどの拍手を送りながら、ふとオレは傍らにいまだエルフナインちゃんがいることに気づく。
彼女は憂いを帯びた眼差しをステージへと向けていた。
「…男…ヒトた…は、み…あ…う女性の…あこが…しょうか…」
BGMに周囲の盛り上がりもあって聞き取れない。
なので顔を近づけて尋ねる。
「どうしました!?」
大声でそういうと、びっくりしたような顔になるエルフナインちゃん。
それから例によってワタワタと左右にちっこい手を振って、オレがステージに視線を戻そうとすると、縋るような眼差しを向けてくる。
どうやら、まだ何かいいたいことがあるようだ。
そう察し、腰を折って彼女へ向けて文字通り耳を傾ける。
エルフナインちゃんが何かをいっている。
けれど、周囲がうるさすぎてやっぱり聞こえない。
なんなら外へ連れていって聞けば簡単な話なのだが、さっき東堂に揶揄されたばかりなのに二人きりで会場から消えたりすれば、今度は何をいわれるものやら。
一生懸命声を張り上げて何事かを訴えてくるエルフナインちゃん。
オレも必死で耳をそばだてるが、やはりほとんど聞き取れない。
見れば、エルフナインちゃんはぜーぜーと肩で息をしている。
それから深呼吸して呼吸を整え、大きく息を吸い込んだ。
溜めに溜めた呼気で彼女が大声を張り上げたのと、周囲に満ちていたBGMと喧騒がぴたっと停まったのは全く同時。
「ですからッ! 今度の日曜日に一緒にお出かけしてもらえませんかッ!」
シーンと静まり返った会場に響く、やや舌ったらずの声。
直後、
『―――イグニッション』
マリアさんと翼さんのハモった決め台詞に、盛大なBGMが再開する。
さすがにエルフナインちゃんの声は会場じゅうに響き渡りはしなかっただろう。
しかし、少なくともオレの周辺には確実に響いた。
顔をこれ以上にないくらい真っ赤に染め、はわわわとばかりに口を開いて涙目になっているエルフナインちゃん。
周囲の同僚たちの視線に、オレはいったいどんな顔をすれば良かったのだろう?