気がついたら、本部の集中治療室だった。
顔面どころか全身が熱を持っていて、ひたすらぼんやりとしている。
点滴の管やらがたくさん繋がれるみたいだが、頭も上手く回らない。
まるで浪間の小舟のように意識が浮かんでは沈み、途切れ途切れに微睡み続ける。
結局、オレは丸三日ほど昏睡状態だったらしい。
意識がはっきりしてきてからは、全身が痛くて身じろぎも出来なかった。
特に顔面の痛みがひどく、包帯もぐるぐる巻きで、喋ろうとしただけで激痛が走る。
それでも、一週間ほどで普通の病室へ戻れて、かつ喋られるようになったのは、オレの回復力ではなくS.O.N.G.専属のスーパードクターたちの手柄だろう。
なにせ、絶唱を使って七孔噴血した装者を、翌日には歩き回れる程度まで回復させられるゴッドハンドたちだ。
もっともオレたちエージェントは本部で治療を受ける機会はあまりない。
命に貴賤はないんだろうけど、作戦行動の最中では、一般職員より装者たちの命が優先されるのは当然のことで、そこはオレたちも納得している。
…そもそも、ノイズや錬金術師たちを相手にしたエージェントは、即死するのが殆どだからなー。
まったくモブには厳しい世界だぜ。自分でいっておいて意味はよく分からないけど。
十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかなくなる。
アーサー・C・クラークの言葉だが、そういう意味においては現代医療はもはや魔法の領域にあるのかも知れない。
とまあ、そんな錬金術師も真っ青な治療を本部でオレが受けられた理由は、いま、目の前にいるわけでして。
「はい、南雲さん、どうぞ」
エルフナインちゃんがスプーンを差し出してくる。まだ固形物が摂れないオレ用のスープだ。
「ひへ、しょんな」
まだ上手くは喋れないので、なんか気の抜けた声が出た。
歯は大半がボキボキ折れて、顎も砕けて顔面のあちこちも骨折しまくっていたそうだ。
歯はインプラントとセラミックとかで補修。顎も顔面もばっちり整骨されて、動かすと痛みはあるけれど、こうやって食事が摂れる。普通なら挿管しての流動食だろうに。
凄すぎるぜ現代医療。
「南雲さんはまだご自分で食べれないでしょう? ほら、あーんして下さい」
「………」
「ボクでは、食べてもらえませんか…?」
たちまち涙目になるエルフナインちゃん。
別にエルフナインちゃんだから食べられないんじゃなくて、単に恥ずかしいだけなんですよ。
そう伝えるのも億劫で、オレは口を開けた。
程よく冷めたコンソメスープの旨味を感じる。
「痛ッ」
思わずそう声を漏らしてしまったのは、まだ口の中や舌の傷が治りきってないのだから仕方ない。
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
慌てるエルフナインちゃんに右手を振って見せる。
そこにあるのは、以前のものではない新しい義手だ。今のところ、これが唯一オレの身体で無事な部分かもな。
「大丈夫ですよ、エルフナイン特別顧問分析官」
ふぉごふぉごといった声でそういうと、なぜかエルフナインちゃんは表情を曇らせる。
「…『エルフナインちゃん』って」
「ふぁい?」
「ボクがさらわれそうになったとき、南雲さんはボクをそう呼んでくれましたよね?」
顔に血が昇る。
やっぱり聞かれていたか。
もっともオレが赤面した理由は、彼女をちゃん付けで呼んだことより、一緒にあの大女へ放ったFワードも聞かれたことに対するものだ。
少なくともレディに聞かせる言葉じゃないからな。
そんな赤面するオレがエルフナインちゃんの目にどう映ったのかは分からない。
しかし彼女も頬を赤らめて、意を決したように言ってくる。
「だから、ボクのことはエルフナインって呼んで下さいッ」
「ふぇ?」
どういう流れか理解できないままエルフナインちゃんと見つめ合っていると、急に病室のドアが開いた。
そちらを向けば、赤シャツの大男が立っている。
「…お邪魔だったかな?」
「ひへぇい(司令)!」
思わず背筋を伸ばそうとして痛みに悶絶するオレに、いいからそのまま、という風に風鳴弦十郎司令は分厚い手を振る。
続いて司令の背後から、ドヤドヤと人が入ってきた。
オレの直属の上司である緒川さん。
発令所付きのオペレーターの友里さんと藤尭さん。更に装者の皆さんまで入ってきたものだから、オレ包帯に覆われてない方の目を見開いてしまう。
ひょっとして見舞いだろうか?
だとしても、一介の調査員であるオレに対するものだとしたら、豪華を通り越して意味不明だ。
S.O.N.G.オールスターズを前に恐縮するより戦慄してしまうオレに、司令は言った。
「では、先日のエルフナインくん誘拐未遂事件に対してのミーティングを行うぞ」
はい? オレは耳を疑う。
「ひゃ、ひゃんでここで…?」
続いてモガモガというと、司令からジロリとみられた。
「南雲調査官も当事者の一人であるからな。それに…」
司令の視線はオレからエルフナインちゃんに移っている。
「エルフナインくんがどうしてもここでなければ嫌だと言っていてな」
「げ、弦十郎さんッ!」
顔を真っ赤にするエルフナインちゃんに、周囲の生暖かい視線が注がれている。
続いてその視線がオレの方へも向けられてきたのには困惑するしかない。
なに? なにがどうなっているの?
そんなオレに委細構わず、天井から大きなディスプレイが降りてきた。
同時に、床からはコンソールがせり出してくる。
まったく本部の病室の装備は至れり尽くせりだな。
感心するオレの目線の先のディスプレイには、過日の大女とオレの大立ち回りが映されていた。
容赦なく顔面を長靴の踵で踏みつけられ、血反吐に塗れぐったりしているオレ。
おそらくこの時点でオレは気絶していたのだろうが、それでも義手はがっちりと靴を掴んで離さない。
すると大女は掴まれている方の足を振り回して義手を外そうとする。
結果、気を失ったオレは襤褸切れのように振り回され、地面やブロック塀に盛大に打ち付けられていた。
我が事ながら相当エグイ映像である。自分で見ていてドン引きだ。
つーか、これで本当に良く生きてたね、オレ?
それでも離さない右手に業を煮やしたらしい大女は、レザーコートの中から剣を抜き放つ。
刃を突き立てオレの右手首を正確に切断したのは、何度見てもゾワっとする映像だ。腕の付け根とかから切られなくて本当に良かった。
その義手を忌々しげに踏みつけて破壊した女に、シンフォギアを纏った響ちゃんの一撃が炸裂。
大女は吹っ飛び、宙に放り出されたエルフナインちゃんは翼さんががっちりとキャッチ。
さすがに分が悪いと感じたのか、大女はアルカ・ノイズをばら撒いて、その隙に撤退した模様。
「…ボクをさらおうとして南雲さんを酷い目に合わせたあの人は錬金術師でしょう。そしてその正体は、ジル・ド・レで間違いないと思います」
コンソールを操りながらエルフナインちゃんが断言する。
なぜか響ちゃんがオレのベッドの横へ来て耳打ちするように言ってきた。
「なんかエルフナインちゃん怒っている? 怒ってない?」
いや、そんなこと言われても知りませんがな。
しかし、ジル・ド・レか。
元帥にして百年戦争の英雄。
もっとも、輝かしい戦果より、その後の凄惨な少年大量虐殺の方が
ペローの童話に登場する青髭のモデルになった人物でもある。
「ジル・ド・レとは大物が出てきたな」
司令が唸る。
「ここにきてチフォージュ・シャトーとの符号は偶然か…?」
青髭公の居城の名前を冠するワールドデストラクターを、過日オレは調査している。
そこにきてその城主であるジル・ド・レの出現。
何やら因縁めいたものを感じずにはいられない。
「でも、本当にあの女はジル・ド・レなのかしら?」
エルフナインちゃんは断言していたが、マリアさんの疑問ももっともだ。
生物学的に完全な身体構造である「女性」に転じた錬金術師たちとオレらは戦ってきたわけだが、あの真っ青な髪を根拠に青髭=ジル・ド・レと断じるのは安直ではないか?
「ジル・ド・レと断定した根拠の一つは、彼を、彼女の傍にいた人物をボクたちは知っているからです」
「……!」
かつて敵対していたパヴァリア光明結社の三幹部。
サンジェルマン、カリオストロ、プレラーティ。
後者二人は元は男性で、かのプレラーティのフルネームは、フランソワ・プレラーティ。
ジル・ド・レに錬金術師として取り入り、虐殺や享楽を師事したとも伝えられている。
同時にジル・ド・レも錬金術師として知られていることに、プレラーティの影響は無視できるものではない。
「それに、あの人は、ボクのことを『ジャンヌ』と呼んでいました」
ジャンヌ・ダルク。
ジル・ド・レは彼女の元で戦っている。
そして一説によれば、ジャンヌを喪失したことが、彼が凶行へ走る切っ掛けとも言われていた。
「まあ、どんな理由でジャンヌ・ダルクとエルフナインを同一視しているか知らねーけどよ」
クリスちゃんがそういって映像を指し示す。
街頭カメラの映像が、オレとあの女が対峙するところまで戻っていた。
一度は吹っ飛ばされて気絶寸前のオレが、持ち直して反撃に移る場面が映る。
「南雲サンが右手でコインを連射しているのって、あれはオートスコアラーの技じゃねえのか?」
うわ、とうとうオレ、クリスちゃんにまで名前を憶えてもらっちゃったよ。
その感激も去ることながら、彼女の疑問に関してはオレも全く同意見だった。
あの時の義手は、オレの意志によらず動いていた。
オレも指弾くらい体得しているが、あの時の連射は人間に可能な動きじゃない。
ならば、誰の力と誰の意志で動いていたのか?
「あの技はレイアです。きっと今でもボクのことを護って…」
「義手になりても主に対する忠義は変わらず、か。敵として不倶戴天だが、その心意気は天晴だな」
腕組みをして翼さんが頷く。
…あの、なんかしんみりとした流れになってますけど、オレの大怪我を助長したのは、あの義手が勝手に掴んだまま離さなかったからなんですけどね?
それ以前に、オートスコアラーの技術を用いた義手ってのは聞いてますが、オートスコアラーの魂が宿っているとか全然聞いてないんですけど!?
しかし、悲しきかな。
今のオレがしゃべってもフゴフゴの割合が高くて、いかに怒っているのか伝えられない。
仕方がないので新しい義手を眺める。あの時、エルフナインちゃんが用意してくれた四つの一つだ。
まさかと思うが、これにもその魂が宿っていて、勝手に動いちゃうの?
「ともあれ、新たな敵の目的がエルフナインくんにあるのは明白だな。その上で南雲が彼女の身柄の強奪を防いでくれたのは大戦果といって差し支えあるまい」
司令の称賛。
シンフォギア装者でないオレが、あの時あの場で一瞬でも錬金術師に対抗できたのは僥倖としか言えない。
おかげで身体はボロボロだったが、エルフナインちゃんが無事だ。
なら言われたとおり大金星だろう。
そりゃ全身がバキバキに痛いし、包帯の下の顔がどうなっているか分からないけど、こうやって普通に色々と考えられるくらい現代医療の粋で治療もしてもらったことだし。
「南雲さんの見事な防人ぶりには感服致しました。私も重々に見習わなければ」
おそらく、翼さんなりの最高の賛辞なんだろうな。
「うむ。よって今後も引き続き、南雲調査官にはエルフナインくんの専属で護衛に努めてもらおう」
…はい?
ってゆーか! 引き続きも何も、いつの間にオレはエルフナインちゃんの専属になったんですか!?
オレはそうモゴモゴと抗議したのだが、司令はすごい笑顔でオレの肩に優しく手を置いて、
「まあ今はその傷を癒せ。なあに、いくら敵が難物だとて、この本部へ直接カチコミをかけては来るまいよ」
カチコミ、とやたら俗っぽい台詞を口にした。
その後、かのジル・ド・レと思わしき錬金術師の発見に調査部が総出で当たっていることを確認し、ミーティングは解散となる。
ドヤドヤと皆が退出する中、当然のごとくエルフナインちゃんは病室へと残っている。
むしろ、オレが目を覚ましたときから、ずっと傍に居てくれる。
やはりオレの怪我に対して責任を感じているのだろうか。
さすがに全く責任を感じていないようだったらアレだけど、少しばかり甲斐甲斐しすぎるような。
オレがちょっとでも苦鳴を漏らせば「だ、大丈夫ですか?!」と顔を覗き込んでくる。
食事の世話や水分も希望通りに飲ませてくれるのは今更だが、それ以外ではベッドの横で本を開きながらじっとオレの様子を伺っている。
目が合えばにっこりと微笑んでくれる彼女に、こんな場所にいないで研究室へ戻られては? と提案したら、例によって涙目で言われた。
「ボクがここにいては迷惑ですか…?」
上司でもある彼女に、オレはそれ以上何も言えるわけもなく。
そんな彼女が席を外すのは、オレの生理現象の時くらいだ。
この最先端のベッドは変形して排泄ユニットが出現、ほぼオートメーションで片付けてくれるのでベッドから動けなくても清潔だ。
けれど、さすがのその場面には立ち合ってもらいたくないし、この時間を機に、彼女も花摘みや入浴に行っているらしい。
同僚たちが見舞いに来たのは、ちょうどエルフナインちゃんが離席したそんな時間だった。
「失礼します」
整然とやってきたのは北島、葛西、東堂の三人。
三人とも結構長い付き合いで、オレの無事を確認し、我が事のように喜んでくれるのは嬉しい。
「まるっきりミイラ男みたいだな、おまえ」
北島が言う。
「しかし、凄い病室だな…」
室内を見回して葛西が目を見張っている。
「ところで、おさげ髪の君は?」
東堂の言に、いま席を外している、とモガモガと返答すると、いきなり東堂は目から滝のように涙を流し始めた。
「南雲ぉ! おまえは良くやった! 良くやったぞ!」
いきなり褒められて、オレは面食らうしかない。
そのまま抱きつこうとしてくる勢いの東堂を葛西が背後から羽交い絞めにし、北島がその理由を説明してくれた。
「あんなボロボロになってまでエルフナインちゃんを護るなんて、オレたちじゃあとても真似できねえよ」
「…! まさか、あの映像を見たのか?」
「本部の連中で見てないやつはいないんじゃないか?」
マジかよ。
「俺も見ていて鳥肌が立ったからな。すげえよ、南雲は」
東堂をふんじばったまま、葛西も称賛してきた。
その東堂が興奮しまくっている理由もそれか?
オレがそう訊ねると、北島はうんざりしたような顔つきになる。
「東堂はエルフナインちゃんファンクラブの一桁ナンバーの所持者だからな」
「いや、そんなファンクラブうんぬんを差し置いてもだ! エルフナインちゃんを身を投げ出して救った南雲に、俺はいま猛烈に感動しているッ!」
ふー、ふー、となお激しく興奮に身を震わせながら、東堂が熱弁を展開。
「俺だってなあ、エルフナインちゃんのためだったら、命を張ったっていいと思ってたんだ! でもよ、南雲! どうやったって、おまえの真似はできねえ! あんな実際に死ぬような、それこそ命を投げ出すようなことは、どうやったって出来るもんか!」
「お、おう」
「あれはな、ただの献身じゃねえ! 彼女を本当に大切に思う、男の中の男にしか出来ない功績だ! もはや彼女に対する愛のなせる業だ!」
「なぜそこで愛!?」
思わずオレがモガモガとそう突っ込めば、葛西の戒めを脱した東堂の顔がすぐ目前にある。
「俺は、俺たちは、おまえのことをもう邪魔とは思わない。おまえが、いや、おまえこそが彼女に相応しいんだ!」
「お、おおう?」
「だから、おまえは彼女を護れ! 俺は、そんなおまえら二人を護ってやる! おまえらのことは誰にも文句はいわせねえッ!」
「………」
なにいってんの、こいつ? と目線で隣の北島へと訊いてみた。
すると北島と葛西は揃って肩を竦めて、
「まあ、エルフナインちゃんは南雲の嫁、ってことだな」
…はい?
そしてそのタイミングで戻ってくるエルフナインちゃん。
「みみみみみみみなさんお揃いでどうしたんですか!?」
…なんで顔は真っ赤でキョドリまくってんだろ?
すると、東堂は滂沱の涙を拭いもせず、エルフナインちゃんの両手を掴んでいる。
こら、ドサクサまぎれで触ってんじゃねえ! とオレは顔を顰めたが、東堂はあくまで真剣。
「エルフナインちゃん! 南雲のことをよろしくお願いしますッ!」
「は、はいッ! こちらこそッ!」
元気よく返事するエルフナインちゃんに、オレは思う。
なんだこれ?