キミのくれた手で   作:とりなんこつ

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第6話

 

「いいですか、包帯を外しますよ…」

 

ソロソロと医師が顔に巻かれた包帯を剥がしてくれた。

久々に左目に光をさして、おもわず目をつむる。

 

「南雲さん、少しずつ目を開けてみてください」

 

これはエルフナインちゃんの声。

指示に従い、おそるおそる左目を開けた。ぼんやりとしてはっきりとしない。

代わりに右目は、超至近距離のエルフナインちゃんを映す。

繰り返すがオレはロリコン趣味はない。

それでも、曲りなりにも美少女である彼女からこれほど間近で目を覗き込まれると、ドギマギせざるを得ない。

 

「…うん。とりあえず組織がもっと結合すれば、以前と同じように見えるようになりますよ!」

 

そう太鼓判を押してくれるエルフナインちゃん。

ジル・ド・レに小突きまわされたオレの顔面で、左眼球は組織の損傷が激しく、失明も免れない状態だったらいしい。

そこでエルフナインちゃんが錬金術で作成した生体パーツを提供してくれて、S.O.N.G.の誇るゴッドハンド医師団と奇跡のコラボレーション。

結果としてオレの左目は、時間を置けば元に戻るようだ。

 

「南雲さん、これを」

 

エルフナインちゃんが渡してくれたのは、普通の眼帯ではなく黒のアイパッチだった。

さっそく鏡へ向かってつけようと思えば―――鏡の中のオレの顔は、以前と同じままだ。

若干、左目の色が翳っている風に見えたが、ほとほと今の再生医療の凄さに感心するしかない。

アイパッチを装着してみる。

なんか厨二病も極まれりといった印象になったが、別にファッションでしているわけではないので、そこらの違和感は徐々に矯正して行くしかないか。

 

「うわあ、南雲さん、似合ってますよ!」

 

エルフナインちゃんの称賛は、お世辞でも嬉しいものだ。

礼を言いながら、これで見た目だけはモブキャラから卒業できたのかな、なんて思った。

 

 

 

約一か月で、オレはまたもや復職することが出来た。

同僚から、この回復力は尋常じゃないと評されたが、それはオレの責任ではなく医師の手柄だと思う。

それに関連して、S.O.N.G.内でまことしやかに囁かれている噂話も思い出したりした。

厳しい心身の審査の上で選別された職員たちだが、採用基準にとある特殊因子を持っていることが絶対条件だという。

その因子を持ち合わせるのは100人に1人程度の割合で、かつその因子が発動する確率は1/100。

あわせて1/10000の確率を突破して能力を開花させた人間は、腹に風穴を開けられても平気で動き回れる規格外の力を発揮することが出来るそうな。

まあ、そんなの既に人間じゃないし、はっきりいって眉唾もんだと思っている。

 

正式にエルフナインちゃんの専属護衛官の辞令を拝領したオレは、本部内に個室を与えられた。

これは防人にとってとても名誉であると同時に、ブラック業務への片道チケットと言われている。

そりゃあ基本24時間即時対応の職場だから、本部へ常駐させておけば何時でも使われるのは自明ってもんだ。

そこはさておいて、本部である次世代型潜水艦内の暮らしは悪くない。

あらゆる場所での活動基地拠点になることを想定し開発・設計された超巨大潜水艦は、小規模な街程度の装備と自己完結能力を有している。

売店も充実しているし、娯楽施設としてゲームセンターもあるくらいだ。

シャワーの水も使い放題どころか大浴場まである。

食堂の食事も美味いし、福利厚生で格安だ。

 

「南雲さん、美味しいですか?」

 

オレがモリモリと本日の唐揚げ定食を平らげていると、対面のエルフナインちゃんが尋ねてきた。

ちなみに彼女が食べているのはちっこいオムライスとミニハンバーグとエビフライのセットだ。決してお子様ランチもどきと言ってはいけない。

 

「おかげさまで。歯の違和感もありません」

 

「良かったです」

 

にっこりするエルフナインちゃんは嬉しそう。

実際のところ、自歯は半分以上壊滅して人工物で修復されたはずなのだが、本当に違和感がなくて助かる。

ちなみに新しい右手の義手も快調だ。いつ勝手に動き出すかと不安だけどさ。

そういえば、義手に関して訊いてみたかったことを思い出す。

 

「あの、エルフナイン特別顧問分析官?」

 

そう声をかけると、なぜかエルフナインちゃんはムスっとする。

 

「…どうしました?」

 

「エルフナインと呼んで下さい。そうお願いしたじゃないですか」

 

「でしたっけ?」

 

とぼけると、スプーン片手にぷいっとそっぽを向くエルフナインちゃんは可愛い。

 

「わかりました。では、エルフナインさん」

 

そう呼ぶと、若干釈然としない顔で、それでもエルフナインちゃんはこちらを向いてくれる。

 

「業務中はそれで勘弁してください。職務上の序列もありますし、なにより他の職員へ示しがつきませんので」

 

オレとしてはこれがギリギリの妥協点。

 

「…わかりました」

 

エルフナインちゃんも了承してくれたようでホッとする。

 

「では改めてお尋ねしたいのですが、この義手はオートスコアラーのものと同一なのですか?」

 

「そうであるとも言えますし、そうでないとも言えます」

 

エルフナインちゃんの返答は禅問答のよう。

 

「元々がチフォージュ・シャトーの廃棄躯体の中から程度の良いものを部位ごとに集めてきていました。いずれはボクなりに修復し、何かしらに役立てようと考えていたのですけれど…」

 

そこに、オレが右手を失うアクシデントが勃発。自分が庇われたのが原因と責任を感じたエルフナインちゃんが、急遽成人男性用にブラッシュアップしたのがこの義手だという。

あの廃棄躯体の中のものが材料になっているなら、なるほど、オートスコアラー連中の怨念みたいなものが宿っていてもおかしくはないか。

仮に、初めて義手を渡された直後にこの説明を聞かされていたら、オレは一顧だにせず投げ捨てたかも知れない。

しかし、今となっては内心は複雑である。

以前の一号義手が勝手に動いたせいで重傷に拍車がかかったのは間違いないが、その働きがなければエルフナインちゃんがさらわれていたのは事実だ。

また、この義手であるからこそ、オレも以前と変わらず仕事に邁進できているとも言えた。

なにより、日常生活レベルでこの義手がないと色々と困るレベル。外せば、また幻肢痛に襲われるかもという恐怖もある。

相棒と認めるのは抵抗はあるが、そこは上手く付き合っていくしかないか。

溜息混じりにそう思う。

以前に司令に喝破されたが、オレの中の蟠りは解消されたわけではなかった。

 

「さて、お昼休みも終わりです。そろそろ戻りましょうか」

 

エルフナインちゃんと連れだって食堂を出る。

基本的に彼女の一日は、発令所と研究室の往復だ。

そしてオレはいくら護衛官とはいえ、ずっとべったりとくっついているわけでもない。

彼女を発令所や研究室へ送り届け、安全が確認されている間に、デスクワークや身体の検診をこなす。

そしてプライベートの時間があれば、自己鍛錬の日々だ。

あの大女ジル・ド・レはまだ捕捉すらされていなかった。

司令の言った通り本部へカチコミをかけてくるとは思えなかったが、万が一接敵した場合、オレはエルフナインちゃんの盾にならなければならない。

そのための努力を仇おろそかにするわけにはいかなかった。

 

ところで、オレのアイパッチの評判は、自己評価に反して上々のようだ。

一つに、あのジル・ド・レとの大立ち回りの映像が出回っていたことが原因だろう。

右手が義手だけではパッと見のインパクトに欠けるが、そこにアイパッチという一発の見た目に秀でたものが加わったため、なにか凄みが増したとの評判。

司令からは、なかなかに歴戦の貫録が出てきているぞ、と褒められたほどだ。

何やら女性職員からも影でキャーキャー言われているらしい。

…これは今年のバレンタインは期待できるかも知れん。

ささやかな希望に胸を膨らませるオレだったが、良い評価に悪い評価は伴うのはいわば当然である。

オレに対する女性職員の評価が高まることへの妬み。

更に潜在的エルフナインちゃんファンの不満の表面化。

両者が掛け合わさった結果、まこと不本意な渾名が、本部内を深海魚のごとく回遊している。

曰く。

隻眼のロリコン。

略して隻ロリって語呂が悪すぎるだろーがよ。

他にもアマルガムギア・ソリッドとか意味不明なものまで言いたい放題である。

そんな揶揄にも負けず、オレが自販機コーナーで温かいものを買っていると、北島らがやってきた。

 

「よう! ザ・ボス!」

 

「…なんだ、その渾名は?」

 

「気にすんなよ。まあ、おまえもキャラが立ってきたってことさ」

 

北島に背中を叩かれる。

 

「まあ、そんなキャラ立ちは俺なら御免こうむるね。何が死亡フラグに繋がるか分かりゃしない」

 

葛西こそわけのわからないことを言わないで欲しいのだが。

 

「ところで我らがエルフナインちゃんと、おまえはどこまで進んだ?」

 

そう訊いてくる東堂には、たっぷりと軽蔑の眼差しを投げてやる。

 

「アホか。なんでオレが護衛対象ときゃっきゃウフフとせにゃならんのだ」

 

「なら良しッ! いかにおまえといえど、ちゃんと娶るまではふしだらな真似は厳に慎むように!」

 

「ますますアホか。何いってんのかさっぱりわかんねーよ」

 

「いや、もうなんていうかさ、最近はエルフナインちゃんのことを保護者の立場で見てしまうんだよなあ。クリスちゃんを見る司令もこんな感じなのかな?」

 

「知らねーよ」

 

オレが冷たくあしらう横で、北島と葛西が、拗らせやがって…と二人してそっと溜息をついている。

 

「オレが、どうしたって?」

 

野太い声に思わず顔を上げれば、赤シャツの怪物、風鳴弦十郎がいた。

 

「い、いえ、別に」

 

おいコラおまえら、オレを盾にするな。

そんなオレたちを司令はジロリと見回して、

 

「別に休憩するなとは言わん。しかし無駄口を叩く暇があるなら、いっちょオレが揉んでやろうか?」

 

「失礼します」

 

「辞退します」

 

「さよなら」

 

三人は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

その後ろ姿を眺め、ふん! と司令は鼻を鳴らす。

 

「それじゃあ、オレもそろそろ…」

 

「いや、おまえに用があって来たのだ、南雲護衛官」

 

デスヨネー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令に連れて行かれたのは、発令所ではなかった。

作戦室の分室というか、そんな感じの部屋に、オレと司令の他の人影はない。

 

「まず、これに目を通してくれ」

 

テーブルの上に置かれた資料の束を手に取る。

欧州におけるパヴァリア光明結社の極秘内情のレポートだった。

ざっと目を通した内容を要約すれば、かのジル・ドレ・レは錬金術師としての素養は持ち合わせているものの、その狂気とも呼べる属性はコントロールが効かず、幹部たちによって霊的に封印されていたらしい。

パヴァリア光明結社の瓦解後、その封印は無効化されたわけだが、どういう理由かわからねどつい最近まで封印されたままだったようだ。

かのシェム・ハの現出やノーブルレッドたちと出現時期が被らなかったのは、オレたちにとってきっと幸運だったのだろう。

 

「そして、次はこれだ」

 

モニターに表示されたのは、日本の全体地図。

そこに幾つか光点が表示される。それはほぼ全国土と分布していた。

 

「司令、これは?」

 

「ここ一か月の、十代の少年の失踪記録だ」

 

「……まさかッ!?」

 

ジル・ド・レがいわゆる少年趣味の保持者であることはいうまでもない。

まさかこのグラフはやつの所業だと?

無言でオレが問いかけると、司令は深く頷く。

 

「やつの目的は分からん。しかし、目的が定かではないやつの対処がこんなに困難なものになるとはな…」

 

かつてS.O.N.G.と敵対していた錬金術師らの目的は明確だった。

少なくとも、その行動目的は推測出来た。

しかし、やつは、ジル・ド・レは違う。

こちらに対して明確な敵対行動を取らず、日本全国、神出鬼没に年端もいかぬ少年たちを攫う。

さしものS.O.N.G.もそこまで広域のカバーは出来ない。

 

「加えて、例の活動制限もあって、装者を調査員として派遣するのも難しいところだ」

 

珍しく司令が困惑気味に眉間に皺を寄せている。

かつては装者は自己判断でシンフォギアを纏うことが出来た。

それが承認制になったいま、調査している最中に不意打ちにでもあったら?

咄嗟にシンフォギアを纏うことは可能にしても、規則を破ったとペナルティを喰らうとしたらやってられない話だ。

 

「ここに来て手が足りん。かといって、装者たちに卒業を宣言させた手前、朝令暮改も甚だしくてなあ…」

 

「そんなこと言っている場合ですか! 緊急事態でしょう!?」

 

思わずオレはそう怒鳴っていた。直後、顔から血の気が引く。

 

「す、すみません。出過ぎた真似を…」

 

「いや」

 

司令はにっかりと笑って、

 

「響くんにも同じことを言われたよ」

 

「はあ…」

 

茫然とするオレは肩を叩かれる。

 

「オレに啖呵を切るなぞ、おまえも一人前になってきたな」

 

「司令…」

 

少なからずオレは感動していた。

雲の上と思っていた大人から褒められたのだ。

もっとも、感激に打ち震えていられるほど、オレもガキじゃあない。

 

「それで、オレにだけ声をかけた理由は那辺に?」

 

「うむ」

 

司令の表情は、まったく別人と思えるほど引き締まった。

 

「日本政府から、至急自体を収拾しろとの下知があった。かとって、現状の対処では埒があかん」

 

―――嫌な予感がした。右手が疼く。

 

「通達された以上、全力を尽くさねばならない。となればとれる手段は…」

 

「まさか、エルフナインちゃ…特別顧問分析官を囮に!?」

 

「本人にはまだ頼んでいないがな」

 

確かにジル・ド・レはエルフナインちゃんに執着していた。

囮としては十二分だろう。

だからといって、万が一本当にさらわれでもしたら…!!

 

「作戦に当たって、無論装者は待機させておく。しかし、すぐに承認が降りてシンフォギアを展開できるとは限らん」

 

司令がこちらを真っ直ぐに見つめてきた。

 

「となれば、それまでエルフナインくんを護る必要がある」

 

心臓が跳ねる。見える右目で司令を凝視する。

 

「オレは基本的に現場へと出られない身だ。緒川は緒川で実働隊を統括する立場にある」

 

次に司令が発した言葉は、オレの予想を寸分も裏切らないものだった。

 

「そこで、エルフナインくんの護衛部隊の統率を、南雲、おまえに任せたい」

 

 

 

 

 

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