キミのくれた手で   作:とりなんこつ

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第7話

司令からの提案に、エルフナインちゃんはさして考え込むでもなく答えた。

 

「わかりました。ボクでお役に立てるなら」

 

「い、いいんですか!? 囮なんですよ!?」

 

思わずオレは声を荒げている。

相手はあのジル・ド・レだ。

以前に相対したときは、その正体も知らず罵倒したが、実際に世界史に残るレベルの変態野郎だ。

先のレポートには、その凶行に及んだ経緯も推測されていたが、もしあれが正しければ。

そして万が一、エルフナインちゃんがアイツの手に落ちたら…!

 

「怖くないと言えばウソになります。けど」

 

エルフナインちゃんはオレを見てにっこりと笑う。

 

「南雲さんたちが護ってくれるんでしょう? 絶対大丈夫だとボクは信じてますからッ!」

 

「………」

 

司令が、決まりだな、と言うかのようにオレの肩をポンと叩いて退出していく。

エルフナインちゃんと彼女の研究室で二人きり。

何か言おうとして―――結局オレは何も言えないまま佇んでいた。

 

 

 

 

 

囮作戦の決行は三日後。

作戦の原案は司令らの手によるものだが、オレも具申を繰り返し、より具体性を帯びた内容にしていく。

護衛部隊を率いるオレとしては、作戦のキモは、いかに装者の参戦までにエルフナインちゃんを守り通すかに懸っている。もちろん犠牲は少ない方が良い。

それを踏まえ、さらに最悪の事態を想定して装備を申請すると、さすがの司令にも眉を顰められた。

万が一装者の参戦が阻まれる事態が勃発したとすれば?

オレとしても譲るわけにはいかず、最終的には司令も了解してくれた。

作戦の立案が出来たところで、今度は選抜した隊員たちにそれぞれの役割を割り振らねばならない。

それから可能な限りのシミュレーションを行いつつ、寝る間も惜しんで緒川さんに師事した。

いくら護衛部隊を率いるとはいえ、エルフナインちゃんを護るための矢面には、まずはオレが立たねばならない。

これは単なる責任感だけではなく、現状、装者を除いて超常に対抗できるのは、オレの義手くらいだからだ。

もっともオレもこのオートスコアラーの魂が宿っているらしい義手を使いこなす自信はないのだが。

 

「…やはりあなたは調査部の最前線で活躍できる人材ですね」

 

短くも濃密な訓練を終えたあと、緒川さんにそう評された。

御冗談を、と肩で息をしながらお世辞へ返答し、オレは本来のエルフナインちゃんの護衛業務もこなさねばならない。

まあ、こちらはこちらで相変わらず発令所と研究室の往復だけなんだけど。

 

「南雲さん、お疲れですか?」

 

「いえ」

 

無理に笑って見せながら、むしろオレはエルフナインちゃんの普段と変わりない様子に驚いている。

 

「…凄く落ち着いているのですね」

 

うっかりそんなことを口走ってしまった。

疲労で(たが)が外れていたと悔やんでも、遅い。

 

「落ち着いている風に見えますか? そうですか…」

 

ニッコリ笑うエルフナインちゃんの小さな手が伸びてくる。

重ねられてドキリとしていると、その手は震えていた。

握り返した方がいいのだろうか?

オレが迷っている間に、エルフナインちゃんは手を引いて、それを胸に掻き抱くようにしている。

 

「この身体は、キャロルのものなんです。大切な預かりもので、本来ボクがどうこうしていいものではないんです。けれど…」

 

「組織の一員として役に立ちたい、と?」

 

「それもあります。でも、錬金術師の悪行は、同じ錬金術師として止めなければならないとも思うんです」

 

「…立派な考えです」

 

短く、しかし心から称賛し、オレはトイレに行ってきますと離席する。

食堂のすぐ横にあるトイレの個室へ入り、思いきり嘔吐した。

えづき、涙目になりながら、必死で脈打つ心臓を宥める。

 

…オレに、護衛部隊を率いてまで、彼女を護ることが出来るのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決行日の深夜。

場所は、郊外にある公園。

いくらでも周囲への被害を減らすために選ばれたロケーションだ。

 

夜の公園を、エルフナインちゃんとオレは二人きりで歩く。

植え込みが手入れされ、中央に噴水が上がっている。

その周辺に丸くベンチも設置されていて、日中であればさぞかし賑わってそうなお洒落具合だが、いまは人っ子一人いやしない。

それでも周囲には護衛部隊が隠密で展開済みだし、少し離れた拠点となるトレーラーでは、響ちゃんと翼さんが待機してくれている。

 

こんな見え見えの罠に、果たして敵はやってくるのか。

結論としてはYESだ。やつの並々ならぬエルフナインちゃんへの執着は、オレが一番良く知っている。

同時に、出来れば来て欲しくはなかった。彼女を危険に晒すのは、全くオレの本意ではない。

しかし、日本全国で行方不明になる少年たちの人数はあからさまに増加していた。これ以上の被害者が出ることは防がねばならない。日本政府の意向もあるが、特殊部隊S.O.N.G.としてもそれは看過できない事態であり、急務だ。

もちろんジル・ド・レの居場所の調査は続いていたが、以前として判然としない。真っ先に妖しいと思われたチフォージュ・シャトーが空振りに終わっている。

錬金術師たちが本気で身を隠した場合、そのアジトを突きとめることは困難極まりない。

先のパヴァリア光明結社の幹部連中を相手にして、オレたちS.O.N.G.調査部はそのことを痛感していた。

 

「うわあ、噴水のお水に外灯が反射してすごくキラキラしてますッ!」

 

緊張するオレに反し、エルフナインちゃんは上機嫌だった。

今日の格好はオーバーオールにジャンパーで、ジル・ド・レに襲われた時と同じもの。

そんな彼女をなぜにジャンヌ・ダルクと同一視したのかは今でこそ推測できる。囮としては申し分ないはずだ。

 

「こんな風に夜の公園を歩いているだけでもドキドキしますねッ」

 

その台詞に、オレは思わず苦笑してしまう。

まだ少年の頃、深夜に散歩した記憶を思い出して懐かしい。

確か母と一緒だと思うが、普段と違う街並みと、夜に出歩くというイケナイことをしている背徳感みたいなものに胸とときめかせていた。

きっとエルフナインちゃんもその時のオレと同じ気持ちなのではと思う。

同時に、やはり見た目通りの年齢の少女だとも思った。

錬金術や蓄えてきた知識は隔絶していても、少年少女の感性を刺激する経験は初めてなのだろう。

 

「夜の風は冷たいのにどこか甘くて、夜空がこんなに高く透き通って見えるなんて…」

 

「世界を識れ、でしたっけ?」

 

「え?」

 

「キャロルのパパの遺言って、多分、こういうことじゃないんでしょうか?」

 

本来なら、当たり前に誰もが感じられること。

しかし日々の生活や本人の目標、信念または怨恨などが、一種の視野狭窄を齎すのは人の常だ。

キャロルが父親とどういう別れをしたのか、せいぜい推測の域を出ない。

だが、きっと彼が最後に娘に贈った言葉の真意は、恩讐の我執に囚われず、当たり前に広い世界を見て感じて、そこで生きろ、ということではなかったのだろうか?

 

「………」

 

沈黙するエルフナインちゃん。

 

「す、すみません、差し出がましい意見を…」

 

「いえ。南雲さんはやっぱりすごいですね」

 

「え?」

 

エルフナインちゃんはベンチに腰かけて、笑って空を見上げた。

 

「お空の月と星がこんなに綺麗だなんて、初めて気づけたかも知れません」

 

その笑顔に、オレの中の希望と恐怖の均衡が揺れる。

彼女の笑顔を守りたいと思う。

同時に、本当に守ることが出来るのかという不安。

どうにか相対する感情を拮抗させ、平常心を取り戻そうとオレもベンチに腰を降ろす。

もはや辛うじて円形を保っている月を見上げ、ぼんやりと尋ねていた。

 

「想い出を燃やすって、どんな感じなんでしょう?」

 

かつてキャロルは己の中の想い出を燃焼、エネルギーに転化することにより、装者たちのフォニックゲインに対抗していたと聞いている。対価とした焼き尽くされた想い出は二度と戻ることはない。

もし自分の中の想い出が部分的にでもなくなったら?

そんな疑問に端を発した質問だった。

 

「想い出は過去の記憶と言い換えても差し支えないと思います。そういう意味での想い出の燃焼は、任意で可能な記憶喪失といえるかも知れません…」

 

エルフナインちゃんの返答に、過去の辛い記憶だけを選んで燃やせるなら、それはそれで悪くないと思った。

もっともそんな都合の良いことは出来ないだろうとも考えている。

燃やせる過去を選べるとして、虫食いでなくせば、本人の人格が破綻する可能性が高い。

どんな辛い過去であろうと、連綿とした記憶の積み重ねが今の自分を形作っているのだから。

 

「ボクの持つ過去の記憶は、キャロルの記憶を転写されたものです。なので、本来、ボクだけのもつ想い出なんてないんです」

 

そういって寂しそうにエルフナインちゃんは笑う。

 

「それは違います」

 

オレは首を振る。

 

「いま、キミが感じたことは全てキミだけの想い出だ。そうでしょう?」

 

時は過ぎる。それはあっという間にオレたちの傍らを通りすぎ、過去となってしまう。

今こうやって会話を交わしたことも、記憶となって積み重なって行く。

そして記憶は想い出となる。

そういう意味では、想い出を持たない人間など存在しやしないんだ。

エルフナインちゃんは少し驚いた顔をしたけれど、たちまち満面の笑みを浮かべて頷いてくれた。

 

「こうやって南雲さんとお話しているのは、ボクだけの想い出なんですよねッ」

 

「はい」

 

「…なんかデートしているみたいでドキドキします」

 

「はい!?」

 

不覚にも少し狼狽えてしまうオレの横で、エルフナインちゃんは急に身体を強張らせた。

 

「…南雲さんッ…!」

 

来たか。

噴水の向こう側から、コツコツと長靴の音。

膝までの青い髪をたなびかせ、まるで人形のような表情を浮かべる長身の女が現れた。

 

「待て! 止まれッ!」

 

ベンチから立ち上り、エルフナインちゃんを庇うようにオレは前に出る。

同時に、カナル型の通信機で周囲に指示を飛ばす。

案の定、ヤツはオレを見ていない。

また、ギギギと機械人形じみた動きで首を傾げ、エルフナインちゃんをじっと見る。

真っ白い顔に、赤い唇が不気味な半円を描く。

 

「見ィツケタアアア」

 

「この子はジャンヌ・ダルクじゃない!」

 

間髪入れずにオレは叫ぶ。

響ちゃんみたいに全ての敵と分かり合えるとは思っちゃいないが、いきなりぶっ放すにしてもそれ相応の手順を踏む必要がある。まったくお役所仕事ってヤツだ。

さすがにまだこの時点では、シンフォギア展開の承認も降りないか。

油断なく、それでいて背中には大量の冷や汗をかきながら、オレはジル・ド・レへ向けて気を放つ。

 

「おまえは、完全に包囲されている。大人しく投降しろッ」

 

敢えて右手の義手を前に突きだしながら告げた。

以前の遭遇で、ある程度の脅威になっていたら儲けものという気持ちと、いざとなればオートスコアラーの何かしらの能力が発動することを祈って。

ジル・ド・レの三白眼が、ちらりとオレを見た。

煩わしげな感情が一瞬動いたのを認めたのと、閃光が走ったのは同時だった。

いつの間にかジル・ド・レの右手に抜き放たれた長剣。

対して、オレの右手は切り飛ばされ、近くの噴水へとジャックポット。ぽちゃんと小さな水しぶきをあげた。

義手の無くなった右手首を見て、オレは目を見張る。

…駄目じゃん!

 

「フィエルボワの剣!?」

 

エルフナインちゃんの叫び声を背に、オレは伏せていた護衛部隊に一斉展開を指示。

次々に姿を現し、ほぼ全員が腰だめに構えているのは標準装備の拳銃ではない。

今日、この日のために、自衛隊経由で配備してもらった重火器の数々。

この時になってようやくジル・ド・レは罠に嵌められたと気づいたかどうかは分からない。

それでも剣を捨てない以上、敵対行動と判断したオレは、攻撃を指示する。

 

「てッ!」

 

ノイズとはまた違った方法で、錬金術師も物理防御を高めている。

ただそれは、位相差障壁というノイズの基本特性とはちがい、なんらかの術理を行使した結果だ。

生憎、その術を破るノウハウや使い手はS.O.N.G.のエージェントにはいない。

けれど、その術を飽和させるほどの物理攻撃であってもダメージは通るはず。

つまるところオレの選択した戦術は次の一言に尽きる。

『神秘が足りないなら火力で殴ればいい』

間断なく放たれる重機関銃の雨あられに、さしものジル・ド・レも剣を構えて防御に徹している。

着ている服らしき残骸が飛び散ってくる様を見ながら、オレはエルフナインちゃんを背中に庇いつつ後退。

いいぞ。このまま足止めをしつつダメージを与え続ければ…!

ジャキッ! というリロード音が、オレの鼓膜を震わせる。

その方向を見て、オレは叫ぶ。

一人の黒服が構えているのは、司令に眉を顰められてまで配備したとっておきのグレネードランチャー。

 

「バカ野郎! まだ早い!」

 

完全に足止めをしてからのトドメとなる最終手段だ。もとからその手筈を徹底しただろう!?

次の瞬間、オレは信じられないものを見たかのように隻眼を見開く。

しかし、それは間違いなく現実だ。

銃口はオレとエルフナインちゃんへと向けられていて、そこから飛び出した榴弾がこちらへ弧を描く。

 

「くッ!」

 

エルフナインちゃんを抱いてオレは全力で横っ飛び。

背中に爆風と衝撃を受け、彼女を抱いたままゴロゴロと転がる。

横たわった全身に、水が浸る。どうやらグレネードは噴水を破壊してしまったらしい。

 

「大丈夫ですか!?」

 

腕の中のエルフナインちゃんは身じろぎをしてくれた。

返事を待たず顔を上げれば、護衛部隊同士が揉めていた。

オレに向かってグレネードランチャーを放った隊員を組み伏せ、別の隊員が取り上げている。

怒声と混乱の中、間断なき銃撃戦術も途切れていた。

コツ、と長靴の音。

振り向けば、ズタボロになりながらも、ジル・ド・レがこちらを見下ろしている。真っ白い顔に赤い唇を歪めて。

剣が振りかぶられる。

この間合いでは逃げ切れないッ!

しかし、ジル・ド・レは動かない。

 

「!?」

 

見れば、やつの足もとに氷が絡みついていた。

さきほど溢れた噴水の水が凍っている? …まさか、これがオートスコアラーの力か!?

驚いて感心している暇はなかった。

完全にヤツを足止めした今こそが千載一隅のチャンス!

 

「やれッ!」

 

エルフナインちゃんを小脇に抱えて走りながら命令を下す。

グレネードランチャーを奪った職員が、命令に応じて必殺の弾頭を投擲。

ひゅるるという音が夜風を切り裂く。

直撃。凄まじい爆発音。

爆風が噴きつけ、立ち昇る煙が散ったあとにあるものは。

凍った長靴の部分を除いて、ジル・ド・レの身体は綺麗さっぱり吹き飛んでいた。

深夜の公園には、壊れた噴水から水が溢れ続ける音だけが静かに響いている。

エルフナインちゃんをその場に置き、ゆっくりと足だけになったジル・ド・レへと近づく。

…やりすぎたかな? と思わなくもない。

しかし、誰も犠牲が出てないなら万々歳ではないか。

そんな風に思いながら、オレはマジマジとジル・ド・レの足の部分を覗き込み―――。

 

「全員、警戒態勢を解くなッ!」

 

全身全霊で怒鳴る。

吹き飛んだジル・ド・レの膝部分。

そこに見えるは人間の体組織じゃあない。

これは球体関節―――!

 

「南雲さんッ!」

 

エルフナインちゃんの悲鳴。

同時に、腹部に熱さが弾ける。

 

…あれ? どうしてオレの腹から剣が生えているんだ?

 

 

 

 

 

 

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