キミのくれた手で   作:とりなんこつ

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第8話

やつはオレの背後の影から、まるで魔物のように現れた。

直後、背中からオレの脾腹を剣で貫く。

もっともこれは後になって見た録画映像をモニターで確認して理解したことであって、その時のオレは脇腹への不意打ちに悶絶していた。

剣を抜きとったジル・ド・レは、倒れ伏すオレに一瞥もくれずエルフナインちゃんの方を向く。

 

「南雲さんッ!」

 

来るなッ! と怒鳴った口から血が溢れる。

敢え無くエルフナインちゃんはジル・ド・レの小脇に抱えられていた。

油断した。全身から血の気が引いていくのがわかる。

まさか自分のダミーの人形を使役していたとは。

人形であればあんな機械じみた動きも当然か。クソッ、そこから気づいて然るべきだろうに…!

 

「ま、まて…!」

 

地面に這いつくばりながら手を伸ばす。

駄目だ、力が入らない。身体がいうことを聞いてくれない。

エルフナインちゃんを抱えられては、重火器を持った職員たちも迂闊に動けず遠巻きにするだけだ。

悠々とジル・ド・レが身を翻そうとした刹那。

聖詠が宙を舞う。

 

「…エルフナインちゃんをかえせぇえええええッッ!」

 

シンフォギアを纏った響ちゃんが一撃を打ち下ろす。

かわしたジル・ド・レの立っていた場所は大きく陥没。

跳び退ったジル・ド・レはそのまま大きく跳躍を繰り返し、公園の外へ。

 

「くッ! 追います!」

 

遅れてやって翼さんは、そう言い残して即座に跳躍。

オレにチラリと心配そうな視線を送ってきた響ちゃんに頷き返すと、翼さんの後を追うように跳んでいく。

 

 

 

 

 

同僚たちに傷口への応急処置をしてもらっている間に、本部からのヘリが到着。

担ぎ込まれると、そこには司令と緒川さんも乗っていた。

大丈夫か? と傷の心配もそこそこに、司令に頭を下げられる。

 

「すまない。思いのほか根深く連中はS.O.N.G.内にも食い込んでいたようだ。これは完全にオレの不手際だ」

 

司令の謝罪は、作戦最中にオレとエルフナインちゃんを狙撃してきた職員を指していることは分かる。

 

「シンフォギアの承認申請にあたって、政府通達に関する妨害をしていたやつも拘束した。おまえの作戦に落ち度はなかったのに、重ねて申し訳なく思う」

 

響ちゃんと翼さんの参戦が遅かった理由はそれか。

 

「…連中とは?」

 

苦痛に呻きつつ、オレは尋ねる。

司令は緒川さんとチラリと目線を交わし合ってから答える。

 

「風鳴機関の残党だ」

 

戦前より日本に存在する特殊護国組織・風鳴機関。

それが特異災害対策機動部の前身であり、引いてはS.O.N.G.の母体になったことは説明するまでもない。

しかしいま司令が口にしている風鳴機関は、それとは異なる。

今現在の風鳴機関とは、鎌倉の怪物風鳴赴堂の小飼の精兵たち、もしくはそのシンパを意味している。

神州日本の護国という大義を掲げ、その堅守のためにはあらゆる犠牲を惜しまない。

その狂気の沙汰は、過日のシェム・ハを降臨させた遠因となったことからも明らかだろう。

チフォージュ・シャトーをノーブルレッドの隠れ家に改装、提供していたのもその風鳴機関だ。

もはや個人部隊、いやさカルト集団と化した機関の秘匿性は高く、S.O.N.G.としてもその全容を把握しきれていない。

同時に、そこまで捜査が阻害される原因を辿れば、S.O.N.G.内部にも風鳴機関の手が及んでいると誰もが考えつくところだ。

 

「オレと緒川で炙り出しを図ってはいたのだが…」

 

司令が無念そうに歯噛みする。同じ風鳴の姓を冠し、その血統を引いているのにリベラルな思想を持つこの人をトップに戴けたのは、S.O.N.G.にとって最大の幸運だと思う。

首魁である風鳴赴堂は捕縛され、その風鳴機関の関係者たちも、その大半が生前の風鳴八紘氏の手配通りに拘束された。

しかし、全ての構成員、とくに末端の人員全ての身柄を押さえるのは不可能だった。

関係各省庁、またはS.O.N.G.内に潜入している構成員たちは、今も素知らぬ顔で精勤している者も多いと思われる。

問題は、そんな構成員の中にも派閥が存在することだ。

風鳴赴堂を始め主だった幹部も捕縛された今、風鳴機関という組織そのものが命脈を断たれたといって良い。

もはや新たな命令が下されることはない。そう解釈し機関の人間としての活動に終止符を打ち、努めて無害に今いる環境へ同化しようとする者を穏健派としよう。

対して過激派とでも称される一派は、風鳴赴堂の思想に激しく共感、感化されたいわば原理主義者たち。

連中は、たった一人でも風鳴赴堂の教義を体現するべく、虎視眈々とその機会を伺うテロリストのようなものだ。

 

よく夷狄という言葉を口にしていた風鳴赴堂は、国粋主義の極みとでもいうべき主張を掲げていた。

古来より日本に在ある技術と伝統で外敵を退けるべし。その者こそが真の愛国者なり。

毛唐の力を用いるを良しとせぬと放言していたことも有名で、そこには錬金術も含まれている。

外来の異能を振う輩はすべからく誅殺せよ。

よって、錬金術師でもあるエルフナインちゃんも、排除対象としてリストに挙げられていた。

事実、先の戦いでキャロルの記憶が覚醒してくれなかったら、エルフナインちゃんはノーブルレッドたちに殺されていただろう。

 

…なんでオレがこんなことまで知っているかって?

それは―――。

 

「そして南雲。おまえも風鳴機関の息がかかった人間なんだろう?」

 

オレは眉を顰める。痛みのせいと誤魔化したつもりだが、司令の透徹の眼差しからは逃れられないと観念した。

 

「…いつからお気づきでしたか?」

 

司令は静かに首を振る。

 

「正直に言えば、今おまえが認めるまでは半信半疑だった」

 

ここでカマをかけられていたとは。つくづくオレはこの人には敵わない。

 

「おまえが調査部に異動されるにあたり、上から少々不自然とも思える働きかけがあったからな」

 

「そこで既に目を付けられていましたか」

 

「そのくせ、特段、身体能力にも特徴が認められない。射撃や体術といった評価項目も、こういってはなんだが平凡なやつだと思っていた。ところが、だ」

 

そこで司令は緒川さんを見た。緒川さんは微笑している。

 

「おまえは、どんな絶望的な任務下においても生還する男だった。ただ運が良かっただけでは済まされる話ではあるまい?」

 

「いえ、買い被り過ぎです。本当に運が良かっただけですよ」

 

実際には同僚に守られた。

もちろんオレも仲間たちを守る努力はしたが、及ばず死なせてしまったことが多々ある。

同じく風鳴機関の工作員で調査部に所属していた相棒も、オートスコアラーの襲撃で死んでしまった。

 

「あなたの風鳴機関の工作員としての役割はなんですか?」

 

緒川さんが尋ねてきた。まったく威圧を感じさせないこの人の話術は素晴らしいと思う。

 

「オレは下っ端の下っ端でしたからね。出来る範囲での諜報活動。それくらいです」

 

正体が露見した際の破壊工作も命じられていたが、今となってはこれを言う必要はないだろう。

 

「いつから風鳴機関と関係を?」

 

「高校に上がる前くらいにスカウトが来ましたよ」

 

司令の質問にそう答えると、驚かれた。

 

「まさか連中は、そんな子供のうちから機関員の養成を…?」

 

「いえいえ、オレは特殊な例だったと思いますよ?」

 

オレの父親は、オレが物心つかないうちに死んだそうだ。

それからは母が女手一つでオレを育ててくれたが、特に貧乏とか不自由を感じたことはない。

そんな母は、オレが中学三年生の時に大病を患った。ガンだった。

頼るべき親戚もおらず、困り果てているオレたちを訪ねてきたのは父の友人を名乗る男。

彼はオレに言った。

とある私立学園に入ることで、母の病気にかかる費用の一切の面倒を見よう、と。

否応もなくオレが入ることを決意した学園は、風鳴機関の息がかかった施設でもあった。

そこで様々なカリキュラムを施され、大学へも進学。そこも卒業し、オレは特異災害対策機動部へと配属された。

 

まあ、そこの私立学園たって、別に教室に風鳴赴堂の写真が額縁付きで飾られていたわけじゃあない。

ヘンな思想教育も受けなかったし、今思えば、あの父の友人を名乗った男は、多少の善意も込めてオレに進学先を示してくれたのでないか。

そしておそらくオレの父は風鳴機関の関係者で―――実はあの友人を名乗った男が本当のオレの父親、ってのはさすがに穿ちすぎか。

 

「今は御母堂は?」

 

「オレが特異災害対策機動部へ配属されて間もなく。おかげ様で苦しまずに逝けたそうです」

 

今さらだがお悔みを申し上げておく、と瞑目する司令。

 

「まあ、そんなこんなでおまえも疑わしく思っていたのだが、エルフナインくんを助けたことで分からなくなったのが本音でな…」

 

チフォージュ・シャトーの崩落に関しては、極秘扱いになっているがあからさまな工作跡が見られたと聞いている。

やはりあれはただの事故ではなく、エルフナインちゃんの殺害を目論んだ過激派の仕業か。

そして司令は、エルフナインちゃんを害する側にいると思われたオレが身を呈して二度も助けたものだから、さぞかし混乱したことだろう。

 

「オレは穏健派ですからね。いまのご時世で国粋主義なんて矛盾している。その挙句に何も知らない女の子を見殺しになんてしたくないです」

 

しかし、結果としてオレは右手を失ってしまった。

過激派の行動を妨害したことで粛清されるかも知れない。

右手をなくした状態で、どうやって抗えるものか?

あの時、オレが悶絶してやつれ果てていたのは、右手の喪失感に由来するだけのものではなかった。

 

「なるほどな。よく分かった。…エルフナインくんのことはオレたちに任せて、おまえは本部で休め」

 

「いいえ」

 

オレは静かに首を振る。

 

「オレもこれからヤツを追います」

 

ヘリの隅のモニターを見る。

そこには、ジル・ド・レに背後から剣で突き刺されるオレが映っている。

続いてエルフナインちゃんを抱えて逃げるヤツを、響ちゃんと翼さんが追いかける映像に切り替わった。

そこに他の装者たちも合流している。

追いかけ、目指す先は、やはりチフォージュ・シャトーか。

 

「馬鹿をいうな! おまえは紛れもなく重傷なんだぞ!?」

 

「そんなの分かっていますよ。でも、行かなければならないんです」

 

司令と緒川さんを通り越し、壁際を見た。

オレの視線に気づき、その先にあるものを見た司令と緒川さんは、揃ってハッとした表情になる。

壁付の棚の上。そこには静かに二つの義手が鎮座していた。

 

「持ち込んだ覚えはないぞ…!?」

 

司令に目線を向けられて、緒川さんは首を振る。

焼け火箸でこねくり回されているような痛みと熱を持つ脇腹を庇いながら、オレは壁際まで歩いた。

脂汗がじっとりと髪に重い。

でも動ける。戦える。

震える左手で、片方の義手を右手首に据えた。吸い付くように接着し、手の感覚が戻ってくる。

 

「生憎、あのジル・ド・レの野郎と因縁が生じてしまったみたいでしてね…」

 

もう片方の義手をポケットに押し込みながらオレは唇を釣り上げる。

オートスコアラーの魂が宿っているらしいこの義手。

残された二つの義手は荒ぶっていた。

護るべきマスターを攫われたのだから当然だろう。

 

「響くんたちが向かっているのだ。おまえの出る幕はあるまい」

 

「いいえ」

 

オレは首を振る。

 

「きっと、エルフナインちゃんを助けることはオレにしか出来ない。オレじゃなきゃ無理なんです」

 

そうは言ったものの根拠はない。あるのは義手に導かれた直感だけだ。

 

「…なぜにおまえはエルフナインくんを助けようとする? 償いのつもりか?」

 

司令の問いにオレは苦笑してしまう。

エルフナインちゃんを助けるために、既に二回、いや現在も含めれば三回も死にかけている。

護衛官として当然ですと言えれば格好いいが、それが例え組織に対する背反行為の償いだったとしても御釣りをもらいたいくらいだ。

オレの苦笑を否定と解釈したのか。司令は質問の角度を変えてくる。

 

「ならば、彼女に対する情がなさせることか?」

 

オレの苦笑はより大きくなった。

どうして誰も彼も男女が二人並べば恋愛感情が生じると考えるのか。

よしんば、エルフナインちゃんがオレに好意を寄せてくれていたとしても、オレにロリコン趣味はない。

オレの好みはもっとぼんきゅっぼんッ! なグラマラスボディの子だ。あんな体型の子に情動を催したら、それこそジル・ド・レも真っ青の鬼畜だろう。

まあ、オレの趣味嗜好はともかくとして。

 

「…司令。あの子はね、夜空に浮かぶ月と星があんなに綺麗だなんて知らなかったそうですよ」

 

オレがエルフナインちゃんを助けに行く理由なんて単純なものだ。それは―――。

 

「そんな何も知らなかった純真な子が、理不尽に殺されようとしているんです。護ってやらにゃあ、大人として格好悪すぎですよ」

 

司令は目を見張った。

それから何か納得したように一つ大きく頷くと、ヘリのコックピットへ声を放つ。

 

「至急回頭し、装者たちの後を追え!」

 

「司令…」

 

「男が一度決意したことだ。どうせ止めても止められまい?」

 

司令はニヤリと笑うと、やおら真剣な表情になる。

 

「南雲護衛官ッ」

 

「はッ」

 

「装者たちと合流後、ただちにエルフナインくんの救助に尽力せよ! ただし…」

 

「はッ」

 

「絶対に死ぬな。必ず生きて帰ってこい。これは命令だ」

 

オレは震える左手で敬礼を返す。

 

「了解しました。死んでも生きて帰ってきます」

 

 

 

 

 

 

チフォージュ・シャトーへとヘリを飛ばす僅かな時間で、司令は傷口の上の包帯を巻き直しくれた。

その間に、オレは緒川さんに頼みごとをする。

ジル・ド・レの振っていた剣。エルフナインちゃんが『フィエルボワの剣』と叫んでいたあの剣の詳細を調べて貰う。

そうしておいてから少しでも体力を回復させようと身体を休め、同時に敵であるジル・ド・レが少年を大量に虐殺するに至ったであろう報告書の記載に思いを馳せる。

 

元々、ジル・ド・レは、神が下されたオルレアンの戦乙女を信奉していた。

その信奉が尊敬と崇拝のまま全うされることもあるが、こと男女間では恋愛に昇華することが多いのではないか。

ジル・ド・レも例にもれず、ジャンヌに懸想した。

しかし相手は神の娘。

男の手によって汚されれば、その神性を失う。

そして神性を失ったジャンヌは、もはやラ・ピュセルではない。ジャンヌ・ダルクではなくなる。

この矛盾を超克するために、ジル・ド・レが取った手段は、超常のもの。

錬金術の力を用い、自身を完全上位体の女性へと変性させると同時に、ジャンヌを男性へと変性させたのだ。

これは、もともと叛逆の乙女として捕縛されていたジャンヌを助けるための手段でもあったらしい。実際に火あぶりにされたのは、ジャンヌを模したホムンクルスだとか。

これで男性として助け出したジャンヌと、女性に転じたジル・ド・レが結ばれてめでたしめでたし、とはいかなかった。

己の性別を変えられたジャンヌは、それを受け入れられず自ら命を絶つ。

良かれと思って施した処置が、結果として最愛の人を殺したと悟ったジル・ド・レは、そこで本当に狂った。

それでも愛しい人と結ばれることを夢見て更に錬金術へとのめり込み―――輪廻転生という考えを何処で知ったかは定かではない。

狂気の発症から数年の時を置き、彼は領内からジャンヌの没年と同じ年に出生した男子を掻き集めた。

その中に、ジャンヌの魂を見出だそうとして叶わず、落胆しながら悉く虐殺した。

更に進行した狂気の牙は、ジャンヌの没年という基準すら超越し、領内の少年たちへと襲いかかった。

気づけば領内に少年たちの姿はなく、愛しい人を捜し求めただけの彼の想いは、前代未聞の少年大量虐殺として裁かれることになる。

 

そんなやつが、エルフナインちゃんにジャンヌ・ダルクを見出したのは、彼女の中性的な外見ももちろんだが、身に纏う錬金術の匂いがそう錯覚させたのだろう。

エルフナインちゃんを攫ったジル・ド・レが取るであろう行動はおそらく二つ。

一つは彼女が女性であることを悟り、そのまま殺す。

もう一つは、本当にジャンヌ・ダルクの再誕と信じ、彼女の性を転換させ交合ったのちに、殺す。

どちらにしろ、エルフナインちゃんの命は風前の灯か。

 

ヘリはチフォージュ・シャトーの上空へと達する。

眼下では、アルカ・ノイズと戦う装者たちの姿が見て取れた。

少し離れた城外へとヘリは着地。

降り立つオレや司令の前に、切歌ちゃんと調ちゃんがやってきた。

 

「チフォージュ・シャトーの隅から隅まで探したんデスけど、エルフナインが見つけられないんデスッ!」

 

「間違いなくここに逃げ込んだのに…!」

 

アルカ・ノイズを殲滅し終えたらしい他の装者たちもやってきた。

 

「月読の言うとおりです。確かにこの場へ彼奴を追い詰めたはずなのですが…」

 

と翼さん。

 

「まさか、別の場所へテレポートされたの…?」

 

マリアさんは周囲を見回し、クリスちゃんは道端の支柱を無言で殴りつけている。

 

「師匠…」

 

一番遅れてやってきた響ちゃんが司令を見上げる中、オレは地面へ視線を落として呟く。

 

「いや、ヤツはここにいます」

 

「え…?」

 

足もとに広がるのは、月光を浴びたチフォージュ・シャトーの巨大な威影。

影に潜る力を持つヤツだけのもう一つの居城。

影の城(オンブル・シャトー)―――。

 

 

 

 

 

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