キミのくれた手で   作:とりなんこつ

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第9話

「それじゃ、さっそく城に乗り込みましょうよ!」

 

意気込む響ちゃんに、オレは首を振る。

 

「残念だけど、ここに君たち装者は入れない」

 

「なんでですかッ!?」

 

血相を変える響ちゃんを、翼さんが立花落ち着けと肩を押さえている。

翼さんに目線で促され、オレは話を続けた。

 

「この城は、チフォージュ・シャトーの双影だ。中に入れるのは、光の下の城の玉座の主であったキャロルことエルフナインちゃんと、影城の玉座の主であるジル・ド・レ。それに―――」

 

「それに?」

 

「城主に仕える終末の四騎士だけだ」

 

義手を影の上にかざす。

義手が淡い光に包まれ、呼応するようにチフォージュ・シャトーの巨影の表面がさざめき、波紋のように広がっていく。

 

「門が開く…!?」

 

切歌ちゃんと調ちゃんが揃って口をあんぐりと開けた。

地面には、人が一人潜れそうな穴が生じていた。

やはり義手に宿るオートスコアラーの魂は、騎士として認められているのか。

 

「だからって南雲サン一人でどうにかできんのかッ!?」

 

「何とかエルフナインちゃんを連れて逃げ出してくるさ」

 

「で、でもよッ…!」

 

なお言い縋ってくるクリスちゃんを笑顔で無視し、オレは最後に司令を見た。

司令は一言。

 

「行って来いッ!」

 

頷いて、オレは影の門へと身を躍らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入った途端、上下感覚が逆転する。

思わずふら付いた足は、硬質の床を踏む。

衝撃に、傷の激痛が脳天まで駆け抜けたが、額の脂汗と一緒に拭い捨てた。

そこは、影の城の名の通り、薄闇に染まったホールだった。

調度や柱も存在しているが、陰影で辛うじて立体と認識できる程度に薄暗い。

そんな黒一色の視界に、金髪が鮮やかに映える。

 

「…南雲さん!」

 

ホールの奥で横座りしているエルフナインちゃんが、オレに気づいて声を上げた。

そちらへ向けて踏み出そうとした途端、オレとエルフナインちゃんの中央にあった黒い影が一つの輪郭を取り戻す。

既に剣を抜き放ったジル・ド・レだ。

 

「…頼むぜ」

 

オレは自らの右手に声をかける。

オートスコアラーの想いが宿っているらしい義手。なぜか以前ほど嫌悪は感じない。

…そういえば、連中は想い出が燃料みたいなことを聞いたような。

だったら、オレの想い出も既にいくつか喰われているのか?

くそ、全然想い出せないぞ―――ってのは当たり前か。

まあ嫌な想い出だったら構わないかな。

エルフナインちゃんを救うって点でなら共闘してやるさ。

 

なんせよ、オレの頼みの綱は義手(コレ)だけ。

しかし、司令にああはいったが、痛みに気絶しそうだ。

全力で動けるのはせいぜいあと一回が限界だろう。

 

「…来な」

 

オレはサウスポーじゃないが、あえて義手を前に出す右構え。

無言でジル・ド・レは剣を振る。

せまる刃はまたもやオレの義手を切り飛ばす一閃。

その神速の剣撃はオレの隻眼では捉えるのは不可能なほど。

けれど、狙ってくる場所さえ分かっていれば、迎え撃つだけだ。

 

「ふッ!」

 

オレは義手をピンと伸ばしてわずかに下げる。

手首の継ぎ目を狙った一撃は、オレの手刀に迎撃される形になった。

剣と手刀がぶつかった瞬間、キィイイイン! と澄んだ音が鳴り響く。

オレの手刀は、見事にジル・ド・レの振るった剣を受け止めていた。

だけでない。

 

「!?」

 

五つの十字架が刻印された刀身に無数のヒビが入り―――フィエルボワの剣は粉々に砕け散った。

代償に、オレの義手も砂塵のように崩れ去る。

 

ソードブレイカー。

誰かが囁く。遠ざかるフラメンコの靴音(サパティアード)

 

オレはすかさず最後の義手をポケットから取り出して装着。

その場にがっくりと跪くジル・ド・レを蹴飛ばした。

まるで糸の切れた操り人形のようにジル・ド・レは床に転がる。

いや。

オレが蹴り倒したのは、文字通り、正真正銘の操り人形だ。

 

「いるんだろ!? 姿を現せ!」

 

その声に、床から黒い塊がせり上がる。

現れたのは、またもやジル・ド・レ。

しかし、今度こそ本物で間違いないだろう。

 

 

フィエルボワの剣はジャンヌ・ダルクの愛剣として知られているが、その行く末は謎のままだ。

それをこっそりとジル・ド・レが所持していたのは分からんでもないが、半ば聖遺物とも思われているその剣の能力や特性は?

緒川さんに調べてもらった情報を整理すれば、ほとんど実戦では使われなかったらしい。

神の御使いであることを権威付けるためだけの聖剣だったという説もある。

そして、コンピエーニュで捕えられた時には紛失していたらしい。

 

そんな明瞭でない伝説からフィエルボワの剣の能力を類推する。

ジャンヌに対して何かしらの加護を剣が与えたのは間違いない。捕虜として処刑されたのも、その剣の加護を失ったからだ、と強弁することが出来るからだ。

まさに神の恩寵によって彼女の率いる軍は破竹の勢いで勝ち上がり―――言い換えれば、剣がジャンヌの行動をコントロールしていたという意味にも取れないだろうか? 

いささか強引だが、フィエルボワの剣は、神の意志がその持ち主を操る能力と仮定する。

この仮説をジル・ド・レが縮小解釈した。

神ではない他者の意志で、剣を手に持った何者かを操る能力へと。

この能力で、自分の身替わりの人形に、剣を持たせて操っていたのだ。

つまりはジル・ド・レとキャロルの錬金術師としての格差だろう。ヤツにはオートスコアラーのような意志を持った人形を作る技術はない。

 

…仮説はあくまで仮説だ。この際、正答なんてどうでもいい。

少なくともフィエルボワの剣を破壊し、本当のヤツを引きずりだした。

もっともオレの手札も残り少ない。

 

ジル・ド・レが自らの剣を抜き放つ。

さあて、ここがいよいよ正念場だ。

 

「よう、陰険引き篭もり野郎。ようやくご尊顔を拝めたぜ」

 

敢えて挑発的な口調を叩きつける。

 

「…キサマ」

 

何か言いかけるジル・ド・レに、更に畳みかけた。

 

「お? さすがに人形より表情が豊かだな。もっとも男の時は、人形より役に立たねえクズだったんだろ?」

 

大女の長身の肩がビクリといきり立つ。

オレの口合気もなかなかだな、と自賛する余裕はなかった。

唇を舐め湿らせ、いよいよここが分水嶺。

 

「どうした? 怒ったか? ジャンヌに手を出そうとしても出せなかった性的不能(イ×ポ)野郎がッ!!」

 

あの報告書を読んでいて、オレには引っかかった点がある。

ジル・ド・レが輪廻転生的な考え方を知ったのはともかく、男性に性転換されたジャンヌが死んだとして、果たしてその魂は男性に転生するのだろうか?

ジャンヌを助けるために男性に転じて逃がした理由は納得できなくもない。

しかし、女性から男性に転じたからといって神性が失われるのか?

さらに言ってしまえば、フィエルボワの剣を失った時点で、ジャンヌに対する神の加護はなくなっていたはずだ。

そもそもの大前提として、ジル・ド・レが、ジャンヌに対して純粋な恋慕を抱いていたのか―――?

 

全ての疑問を反転させて考えてみると、別の説が浮かび上がってくる。

まったく真逆のおぞましい仮説が。

 

つまるところ、ジル・ド・レは、ジャンヌを一方的に犯したかった。

だが、さきほど疑問に呈した通り、フィエルボワの剣を失った時点で神の加護はなくなっている。彼女のアイデンティテイとか細かい話は無視するにしても、実行するのに障害はなかったはずだ。

なのに実行できなかったのはなぜ?

考えられるのは、オレが指摘したとおり、ヤツが性的不能に陥っていた可能性。

物理的に、肉体的にジャンヌを蹂躙することが出来なかったヤツは、己の肉体とジャンヌの肉体を性転換した。

結果、男になったジャンヌは、女になったジル・ド・レに凌辱され尽くして死んだ。

その味が忘れられないヤツは、ジャンヌに良く似た男たちを攫っては凌辱し、殺害を繰り返した。

 

そういえば、司令も言っていたよな。日本中で行方不明になっているのは十代の男子たちだ。そしてジャンヌ・ダルクの享年は19歳。

 

だからといってこの仮説も正しいかどうかなんて保証はない。

しかし、ジル・ド・レの反応を見る限り、どうやら当たりかな?

 

ヤツの胸元で、小さな光が弾ける。賢者の石(ラピス・フィロソフィカス)

やはりもっていたかファウストローブ。

その格好は全身レザーコートより露出度が高くなるも、防御力はシンフォギアに劣らない。

 

スタイルは悪くないが、そんな歯茎を剥き出しの顔をされると萎えるな。

頭の中の軽口と裏腹に、背筋を冷たい汗が流れる。

 

これでどうにか第一関門を突破だ。

相手を本気で怒らせる。ここで仮にアルカ・ノイズをバラまかれでもしたら、オレに打つ手はなかった。

さあ、ここからは一手の間違いも許されない。

 

「ははあ、やっぱり図星か? さすが世界史に残る陰険変態野郎だぜ―――!」

 

言いざまに、右手の義手からコインを弾く。

構えた剣をすり抜けて、二つのコインはヤツの顔面へと命中。文字通り面食らうヤツに生じた隙。

いまだッ!

 

オレはエルフナインちゃんへ向けて全力疾走。

 

「エルフナインッッ!」

 

声の限りに叫んで右手を伸ばす。

その義手は、禍々しく変形していく。鋭くとがった爪が影を切り裂いて伸びる。

 

「心象変化に伴う義手の疑似錬成…ッ!?」

 

驚いた声を上げたのも一瞬のことで、エルフナインちゃんはこちらへ向けて手を伸ばしてくれた。

 

―――ああ、キミは。

この手は、人を傷つけることしか出来ない手なのに、躊躇いもなく。

 

彼女の小さな手と、オレの変形した義手が触れ合う寸前。

オレの首が切断されるのを、()()()()()

 

「南雲さああああああんッ!」

 

エルフナインちゃんの悲鳴。

横なぎの刃でオレの首を切断したジル・ド・レは目を見張ったことだろう。

 

「!?」

 

切断されたのはオレの首じゃあない。

オレの上着を被った、小さな丸太だ。

 

「空蝉だよ、バアカ」

 

思いきり小馬鹿にした口調で言ったオレは、変形した義手をヤツの背後から横っ腹目がけて全力で叩き込む!

 

「お返しだ、変態野郎!」

 

突き込んだ義手から、焼き尽くせと言わんばかりの膨大な熱エネルギーが放出される。

 

「グアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

ジル・ド・レが苦鳴を上げる。

効いている。

だが、足りない。

ヤツにトドメを刺すには圧倒的に熱量が足りていない!

 

エルフナインちゃんを連れて逃げる、という選択は既に出来なかった。

緒川さん直伝の空蝉で体力は使い切り、もう一歩も動けそうにない。

血も流し過ぎていて、今にも意識が途切れそうだ。

でも。

 

「南雲さんッ!」

 

エルフナインちゃんの声。

泣いている。叫んでいる。

…まだ生きている彼女を、死なせるわけにはいくもんか!

 

「…気張れよ、オレ!」

 

気合を入れて手に力を込めた。

エルフナインちゃんを横目に、きっとオレは笑顔を浮かべていたことだろう。

 

キミは、オレにこの手をくれた。

ならばオレは、キミのくれた手で、キミを守ろう。

 

突き刺さった義手の指先が、躊躇うようにピクリと動く。

オレは心の中で頷いた。

 

いいよ。持って行け。くれてやる。

オレの心を、オレの想い出を、ありったけ全部燃やし尽くせッ!

 

「南雲さん! 止めてください! それは…ッ!」

 

じゃあな、エルフナインちゃん。

願わくばキミの想い出の片隅にでも、オレの姿があらんことを。

 

最後の力を振り絞り、笑顔のままエルフナインちゃんの方を向く。

 

次の瞬間。

 

轟音が響き渡り、右手も何もかもが燃え尽きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…燃える。

 

燃えて行く。

 

全てが燃えて、白くなっていく。

 

 

「…さんッ! …さんッ!」

 

呼んでいる。

呼ばれている。

 

涙をボロボロこぼす女の子いる。

 

ただ、横たわったままその顔をみあげて。

 

オレがオレでなくなる前の最後のことばが浮かんで、燃え尽きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――キみわダれだ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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