半吸血鬼人間は如何にして鬼を狩るか   作:ふじしお

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人生なんてそんなもの。



That's life.

 

 

It's already night.(もう夜になってしまった。) Let's go fast.(早く行こう。) If we don't rush, a vampire will appear.(急がなければヴァンパイアが出る。)

 二つの人影が夜道を歩いていた。一つは大人の男。もう一つは少年。二人は共に稲穂のような金色の髪を持っており、そして男の眼は真紅に輝いていた。顔も、まるで西洋彫刻のように凹凸が深く、その姿と言葉から二人は外つ国から来たことが伺える。男は少年に何かを言い、そしてさらに進みを早めた。少年も、それに置いて行かれないようにそれに続く。

 

 

 やがて、二人はある屋敷に辿り着いた。豪邸と言うほどでもないが、十分に大きな屋敷だ。屋敷の門の前には、二人の人物が立っていた。共に黒い詰襟と袴を着用しており、片方は刀を佩いている。帯刀している者が言葉をつむぎ、そして横の者がそれを違う言語に言い換える。赤目の男は丸腰の男の言葉に頷いた。丸腰の者は通訳の役を果たしているようだ。

 帯刀している者に続いて、通訳、赤目の男、少年は屋敷の中に入った。中は典型的な日本家屋である。少年は物珍しいのか、しきりに周囲を見回していた。屋敷には帯刀している者と同じような服装をしている者が何人もいた。彼等の属する組織の制服なのであろう。その殆どが刀を佩いていた。

「我々鬼殺隊はこの日輪刀で頸を斬ることで鬼を倒しています」帯刀している者がそう言った。その言葉を、通訳は赤目の男に伝える。

『私達も似たようなものです。私達も日光の力を溜め込む鉱石から造られた武具を用いてヴァンパイアを狩っています』赤目の男の言葉を通訳は日の本の言葉に直した。

「ヴァンパイアとは?」

『陽の光を厭い、大蒜を嫌い、人の生き血を啜る者です』

「こちらで言う鬼と同じようなものか。それで、そのヴァンパイアが日本に来ていると?」

『可能性はあるでしょう。倒し損ねたヴァンパイアが突如姿を消し、その場には日本行きの船があったと報告が有りました。それも、もう出港してしまったと』

 そんな大人達の話を、少年はつまらなそうに聞いていた。少年にわかるのは彼の母国語と教養の為の古典語だけである。少年は外で灯りに照らされた庭を見ていたかった。しかしそれには隣にいる、彼の父親である赤目の男と、この屋敷の者の許可が必要であり、それを貰う為に交渉する術を彼は持っていなかった。

 少年はこの国に来るための船の中で読んだ御伽噺を思い出していた。そうすることでこの場から意識を逸らし、退屈を紛らわそうとしたのだ。庭に捨てられた豆が天まで届くほどに巨大な木になった話である。たしかその後は雲の上にある城に辿り着いて、そこから幾つもお宝を手に入れるのだ。しかし最後は城の主人にバレて、豆の木を降りる最中に主人に追われる。何とか家に戻って、そして主人公は豆の木を切ってしまうのだ。その拍子に、豆の木から落ちた城の主人は死んでしまう。〝楽して手に入れた幸福には価値がない〟と言う教訓話であった。

 

 御伽噺を頭の中で再演することにも飽きた少年は、とうとう父親の気を引こうと、その裾に手を伸ばした。まさにその時である。おぞましい咆哮と共に、血の匂いと、数人の悲鳴がした。

「鬼だ!」誰かがそう叫ぶ。

「お館様に連絡を」「私じゃ歯が立たない!」「死にたくない」「斬れ! 死ぬ気で斬れ!」少年にとっては意味のない叫びがあちこちで上がる。詰襟の者は皆刀を抜いて〝ソレ〟に立ち向かった。

Go down.(下がっていなさい。)

 父親がそう言い、自らの剣を抜く。十字架を模し、日中に溜め込んだ日の光を存分に放つ輝きの剣だ。

 少年は父親に言われた通りに前線から身を引く。途中で他とは違う刀を持っている詰襟の男に手を引かれた。「物陰に隠れていろ」その男はそう言ったが、少年には理解出来なかった。しかし、死にたくないのならここから動くな、と言うことは理解出来た。

 男は不思議な形状の刀を抜き、〝ONI〟と呼ばれたバケモノに飛びかかる。〝ONI〟はヴァンパイアとは大違いだった。ヴァンパイアは変身することや異形をとることはあれど、あんな生理的に受け付けないような見た目をとることはない。少なくとも、少年の知る中ではそうだった。

 少年は身を隠しつつ、戦況を伺った。父親がどのように戦うのかが見たかったのだ。それは父親が死ぬことは無いと言う信頼からの余裕であった。もし少年が先のことを知ることが出来たのなら、きっと目を瞑り、耳を塞ぎ、決してあちらを伺うことはしなかっただろう。

 少年の父親は頸を斬られていた。それは十分にショッキングな映像であったが、少年の心に傷をつけることはなかった。──直ぐに再生する──。そう少年は考えていた。

 しかし、父親の身体が動き出すことはなかった。それどころか、その身体は頸からどんどん灰になっていく。なぜ、どうして、疑問と絶望が少年の中で沸き起こった。少年は父親の頭を探した。もしかしたら、頭の方で再生しているのかもしれない。そう思ってのことだった。少年は父親の頭を見つけたが、同時に父親が遂に永遠の眠りにつく瞬間を見てしまった。何者かが父親の頭を踏み潰したのだ。父親の頭があった場所には、ただ灰が溜まっているだけであった。

 少年は父親の頭を踏み潰した者を見た。その者はこの国に来てからよく見る、黒髪で、黒目で、小柄で、そして細い男で“あった”。みるみるうちに姿を変え、赤毛で、赤目で、大柄で、筋骨隆々の男になる。彼は正しく、父親が追うヴァンパイアであった。

Finally(漸く) I was able to kill this fucking traitor!(この裏切り者のクズを殺すことが出来た!)」ヴァンパイアが狂喜の声を上げる。ヴァンパイアの手には詰襟の者達が手にしていた刀があった。

 少年は父親を殺した男を凝視していたが、突如身体に痛みが走る。少年の手を引いてくれた男の、焦ったような声が聞こえた。

 痛みの走る部位に手を当てればぬるついた感触がした。同時に血の匂いが湧き上がる。少年が振り向けば目を血走らせ、鋭い爪に血を滴らせている〝ONI〟がいた。

「ギャハハハハ! 子供だ! 子供の肉は美味いらしいな。でも何か変な臭いもするな。何か混ざっているのか──まあ、どうでも良いか」

 〝ONI〟はやけに巨大な手を少年に伸ばす。少年は身を捻ってそれから逃れた。もう痛みはなかった。

 少年は手近にあった刀を拾う。いつの間にか、その場には立っている者は両手で数えられる程になっていた。少年は横目に父親の仇を見る。彼を見失ってはいけない。その為には、目の前のバケモノが邪魔であった。

 少年は刀を振りかぶり、〝ONI〟に飛びかかる。少年は気づいていなかったが、かつての彼であれば、刀を振りかぶることも、ましてやそれを持って巨大な敵に飛びかかることも出来なかったはずだった。少年の筋力は飛躍的に増大していた。火事場の馬鹿力では説明出来ない程であった。

 〝ONI〟は少年の身体を弾き飛ばす。少年は勢い良く床に叩きつけられた。その勢いで床が抜ける程だ。しかし、少年は直ぐに〝ONI〟に向かってくる。その身体は確かに血に塗れてはいたが、流れ出てはいなかった。

Get out of my face!(失せろ!)」少年はそう叫ぶ。少年の目は父親のように赤く染まっていた。

 少年がそれでも立ち向かうのに驚いたのか、〝ONI〟はその動きを止める。少年は地面を思い切り踏んだ。そしてバケモノの頸元に飛び込む。父親を殺すことが出来たこの刀は、きっと父親の剣と同じ力を持つのだろうと、少年は考えた。この特殊な剣で頸を斬るのだ──そうすることでヴァンパイアを殺すのだ。そう、父親は言っていた。

 少年は刀を振り抜いた。見事少年は〝ONI〟の頸を取ったのだ。〝ONI〟の身体が崩れ始める。しかし少年は気にもとめなかった。先程までヴァンパイアがいた場所には、ただ灰のみしか残っていなかった。

Daddy(父さん)…….」少年は父親だった灰を抱き締めようとした。しかし灰はただ少年の手から零れ落ちていくのみであった。

 少年は泣いた。父親との別れの悲しみと、仇への憎しみに。それを見ていたのは、片手程の数になってしまった詰襟の者達と、片腕を失った少年の手を引いた男だけであった。

 

 

───────────────────────

 

 

「師匠」

 あれから数年──。かつての少年はすくすくと育ち、今や五尺を優に超えていた。流暢に日本語を話し、黒の詰襟と袴を身にまとい、頭巾のついた珍しい形状の白の羽織を上に着用していた。そしてその背には、太陽の光を受けて爛々と輝く盾と剣が負われている。正しくそれは日輪刀であった。

 なぜあの日の少年がこれらを見につけているのか──それもそのはず。少年は、鬼を討ち、そして父の仇を殺す為、鬼殺隊に入ったのだ。少年は鬼狩りとなり、順調に階級を上げていた。

 

「師匠、このアーサー・ナイト・アレクサンダー、柱に就任することになりました」

 かつての少年── アーサー・ナイト・アレクサンダー(長いので以降はアーサーと記そう)──は美しい笑みを浮かべてそう言った。その手には鬼殺隊最高位者、産屋敷耀哉からの書状が握られている。ずっと握りしめていたのか、随分と皺が寄っていた。

「……そうか」アーサーに師匠と呼ばれた片腕を失った壮年の男は、たっぷりと間を取ってそうこぼした。彼は別技五色郎(べつぎ ごしきろう)。元(わざ)柱であり、現育手であり、アーサーの師匠であり、かつてアーサーの手を引いた男である。

 アーサーは自身の昇級の決め手となった任務について事細かに別技に語る。鬼殺隊中核である柱まで登りつめた喜びと、そうあるべきであったと考えるふてぶてしさが言葉の節々から見受けられた。その様子に、別技は大きな溜め息をつく。弟子にした頃はもっと遠慮がちで、借りて来た猫のようだったのに。まあ、その時はアーサーも親と身寄りを無くし、その上で鬼を斬るなんてことをしていたので、大人しかったのは精神的に疲弊していたこともあるのだが。

「で? 何、柱になっただと?」別技の言葉にアーサーは「Yes」と応えた。どうやら随分と舞い上がっているようだ。少なくとも別技に彼の母国語である英語が通じないことを忘れているぐらいには舞い上がっている。普段の彼なら絶対にしないであろうミスだ。またもや深い溜め息をつき、今何と言ったのかを訊こうとして──やめた。どうせ『そうなんですよ、ええ』ぐらいの意味だろう。そう別技は結論づけた。

「で~? 何柱だ。もう他の柱とは顔合わせが済んだのか?」

(もののけ)柱です。顔合わせは明後日とお館様が言っていました」

 (もののけ)柱。まあ、アーサーは(もののけ)の呼吸を使うため、当然そうなるだろう。別技は()の呼吸を編み出す為の苦労を思い出す。思えば苦難の連続であった。この先自分が育手として多くの子供に指南することがあったとしても、此奴ほど手を焼かせられることはないだろうと思うくらいには。

 

 アーサーは覚えの良い、可愛がりのある弟子だった。しかし同時に、とてつもなく面倒くさい弟子でもあった。

 別技が初めてアーサーに会ったのは、外国からの使者を出迎える為の屋敷であった。英吉利(イギリス)の化け物狩りを名乗る団体からの書簡を受け取った鬼殺隊は、その内容の重要性から、一度話し合うべきだと決定した。使者が到着し、そしてお館様と会談を行う為の準備をしているところであった。

 突如現れた鬼に、屋敷は混沌に包まれた。多くの者が命を落とした。落とさずとも、大事な何かを失った。英吉利(イギリス)からの使者も命を落とした。決して隊士や使者が弱かったのではない。相手が悪かったのだ。その鬼は十二鬼月でこそなかったが、しかし恐るべき力を持っていた。まるで蜃気楼のように姿がある所には実体がなく、また姿がない所から攻撃を喰らった。アーサー曰く、あれはヴァンパイアと協力していたから出来ていたことらしい。全ては催眠術によるものであると。どうやらヴァンパイアは鬼殺隊士に化けていたらしく、屋敷に潜入しその場にいた隊士の殆どに術をかけたようだった。

 術にかかっていなかったアーサーは、鬼の姿を正確に捉えていた。そしてアーサーは既に事切れた隊士の日輪刀でその鬼を討った。その後、どうやら使者であったアーサーの父とアーサーは、書簡の送り主である『栄光の夜明け団』の中では疎まれている存在であり、そして今アーサーだけが母国に戻っても魔境に足を踏み入れるだけである──そうアーサーは語った。事件から一週間後、隠による全ての処理が終わったあとの、産屋敷邸でのお館様との会談でのことである。幼いながらも、アーサーは使者としての役割を果たしていた。

 アーサーが日本に留まるにあたり、まず問題となったのがどこで彼の面倒を見るかである。そこで名乗りを上げたのが別技である。別技は鬼の懐に飛び込むアーサーを見て、見所があると考えていた。このまま日本にずっと留まるのであるならば、是非とも自分の後釜に据えたいと思うくらいには。別技は件の事件で利き腕を失い、鬼殺隊引退を余儀なくされていた。彼は戦力の確保を何より一番に考えていた。

 幸運にも直ぐに別技がアーサーの身元を引き受けることとなったが、そこからが問題であった。通訳を挟まねばろくに意思疎通の出来ない日々。別技は直ぐに修行を行おうという考えを捨て、まずは言葉を覚えさせた。少なくとも、通訳を介さずに日常が過ごせるくらいにしようと考えた。毎日みっちりつきっきりで教えたおかげか、半年もすれば二人だけで日々が過ごせるようになり、アーサーは一人でお使いが出来る程にもなった。そうして漸く、別技はアーサーの修行を初めた。

 別技が技柱と呼ばれる所以。それは彼が基本である五つの呼吸を全て極めたからである。その恐るべき才能と努力を讃え、人は彼を技柱と呼んでいた。そしてアーサーは別技を超える才覚の持ち主であった。呼吸を教えれば、三月もあれば〝全集中・常中〟を習得した。それを繰り返し、ついにアーサーは基本の五種の呼吸全てで〝全集中・常中〟を行えるようになった。それぞれの型を全て習得することは出来なかったが、それでも恐ろしい才覚である。だがしかし、まだ問題は残っていたのだ。一つは、アーサーが刀の使い方がとても下手であったということ。生まれのせいか、西洋剣の方が使いやすいらしい。そしてもう一つ。

「師匠、どうにも違和感が残ります。全ての呼吸で違和感があるんです」

「マジか……」

 基本の呼吸が身体に合ってないとわかり、直ぐさま二人は新たな呼吸を編み出すことに集中した。そして半年、漸くアーサーは独自の、自らの身体に合った呼吸を作り出した。その名も(もののけ)の呼吸。アーサーが技それぞれに外国の怪物の名をつけていたことから別技が命名した。

 そうしてやっと自分に合った呼吸を身につけたアーサーを最終選別に送り出した。

 

 無事に選別から帰ったアーサーを出迎え早一年。いくらアーサーが天才だとしても早すぎるのではないかと別技は考えている。

「──それで、嬉しくて此処に帰って来ました。アーノルドに手紙を託しても良かったんですが、やはり私自身の口で伝えたかったんです」

「ああそうかい……」

 因みにアーノルドと言うのはアーサーの鎹鷲のことである。烏ではなく、鷲である。特に用事がなければアーサーの傍にいるのだが、今は見かけることは無い。産屋敷に行っているのか、人へ言伝を頼んでいるのか。そこまで考えて、別技は思考を止めた。自分には関係のないことだ。

「明後日が顔合わせなので、直ぐにでも出発しないといけません。なので、これでお暇させていただきます。お元気で、師匠」

 そう言ってアーサーは庵を出て行った。全く忙しない。幾度目かの溜め息をつき、別技は弟子の昇級を祝って取っておきの酒を盃に注いだ。盃には満月が写る。彼はまだ人でいるのだろうか。別技はそうであれと願うしかなかった。

 

 





 半吸コソコソ噂話

・アーサーは日本語を喋ることは出来ますが読み書きは殆ど出来ません。唯一覚えたのは自分の呼吸とその技の漢字だけです。

・別技の日輪刀は剣(つるぎ)。五種類の呼吸を用いて様々な動きをするので片刃ではなく両刃の方が良いということになりました。最終選抜の時、アーサーは別技の日輪刀を借りて行ったようですよ。

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