シンデレラにならなかったしぶりん   作:RGB

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スカウト

 都心のとある一角を、二人の少女が歩いている。

 片方はふわりとした紅い髪の毛。爽やかな笑顔が似合いそうな少女。

 もう片方は、長いストレートの黒髪に、整った顔立ち。凛とした佇まいで道行くその姿は、しかし人の多い都心ではそこそこ目立つものの、それほど目を惹くようなものでもない。

 

 ロングストレートヘアの少女の名は渋谷凛。都内の某所に花屋を構えている家の一人娘であり、昨日入学式を終えたばかりの新入生である。

 彼女は、紅い髪の少女の話をうっとうしそうに聞きながら歩いている。どうやら、紅い髪の少女がニコニコ笑いながら話しているその内容は、凛にとってよほどつまらないようだ。

 

(……はぁ。なんで私、まったく知らない子と並んで歩いてるんだろう)

 

 凛は内心、そんなことを考えながら道を歩いていた。

 周囲から見ても、それは多少奇異なものを見る視線で見られることだろう。二人の女子高生、それだけならまだ問題ないだろう。私服姿ではあるものの、見た目年も近そうだし、友人同士で話をしながら歩いているという感じにしか見えないかもしれない。

 しかし、その後ろには少女二人とはあまり縁がなさそうな大人二人が付いているのだから違和感ありまくりだろう。

 

 ――渋谷凛。彼女は、この春、というかつい数日前高校生デビューを果たしたばかり。

 

 高校入試で志望校にうまく入ることができた凛は、入学式当日、一緒に入った友達とも、近くの席になった女子との対話も割と反応は良好で、このままいけば少なくともボッチになることだけは避けられる、はずであると感じていた。

 

 周囲の人間関係は良好、勉強のレベルこそまだ未知数だが、決して頭は悪い方ではない彼女としてはこのままいけば高校生活も順調に送れるだろう、と思ってはいる。

 しかし、凛は一つだけ悩みを抱えている。

 

 それは、一言で言ってしまえば『つまらない』に尽きるだろう。

 

 高校になったからといって、自分の中の何かが変わるわけではない。

 学校では友達と他愛もない話をして、放課後は時間があれば友達と一緒に寄り道をしながら帰るか、まっすぐ家に帰って家業の手伝い。

 それは高校になろうとも変わらないものであり、凛にとってそれは期待はあっても、それほど大きなものではなかった。

 彼女には夢中になれるものがなかった。

 

 それに、友達との話も適当に話は合わせても、あまり深くは踏み込まないし踏み込めない状況が、ここ最近は続いていた。

 春休みが明けて、高校生活が始まった今、友達との会話について行けるかどうか。無自覚だったが、凛は心のどこかに焦燥感があった。

 

 せめて、高校に入った後に新しい何か、夢中になれる何かを見つけられればな、とは思っているものの、いざそれを探すとなると、一体何に手を付けたらいいのかわからない。

 結局のところ、惰性で迎えた高校生活。それが、凛の現状だ。

 

 

 

 しかし、と言うべきなのか、

 さすがにそんな状況であっても、先日の状況には物申したいという気持ちでいっぱいだった。

 変わりたい、必死になれる何かを見つけたい。そう思ってはいたが、だからといってこれはない。そう思わずにはいられなかった。

 

 確かに、それになればいやでも必死になれるだろう。どれだけ『人気』になれるかが肝になるのだから、必死になって自分を磨いて、人々に認められる努力をこれでもか、というほどして。それでもまだ足りないほどだろう。

 しかし、さすがにそこまでは求めていない。というか、自分のやりたいことを探しているのは確かだが、さすがにそれはない、と凛はその誘いを一刀両断した。

 

 男女二人組の、女性の方に声をかけられたところから始まったその時の会話。しかし、凛はそれだけはなんか、違う気がして、考えるまでもなく却下していた。

 土日を挟んだ本日は新たにメンバーを増やしてきたが、やはり深く考えることなく、自分には向かないだろうと判断して断っていた。

 それでも、その女性は諦めずに聞いてきたのだ。

 

 『アイドルにならないか』と。 

 

 最初に声をかけられたのは、飼い犬と一緒に散歩をしている最中のことだった。入学式を終えて、午後にやること、やるべきことなど考えていなかった凛は、結果としていつものルーチンワークをいつも通りに行っていただけだった。。

 声は、そのルーチンワークをこなしている最中に掛けられたのだ。

 今日も今日とて、同じ場所、同じ公園で遭遇しているのだが、初日と今日で面子に変化があるあたり、凛の中では警戒心が強くなり出していた。

 

 ――これ、このまま話し続けてたら絶対に面倒なことになるやつだ! と。

 

 相手の面子は三人。くだんの紅い髪の少女のほか、『支配人』を名乗る若い男性と、染めているのか、やたらと『ピンク』の髪が目を惹く赤いスーツを着たマネージャーも一緒にいた。

 先日との違いは赤い髪の少女がいるかいないかであり、昨日は『支配人』とマネージャーのみでのスカウトだった。

 そして、今まさに、その紅い髪の少女がスカウトを試みている最中だったりする。

 

「――だからね、アイドル、一緒にやらない?」

「いや……ていうか、普通に言ってること、アイドルとあまり関係なくない? 交代でご飯作るのとか、お泊り会とか、普通にアイドルじゃなくってもできると思うけど……」

「え? あはは……すいません、また失敗しちゃいました……」

「えぇ!? またこんなに早く!?」

 

 『支配人』は、少々大げさ気味に驚いていたが、紅い髪の少女は割とマジで落ち込んでいるようだ。

 

「あ、でも、凛ちゃんとアイドルやりたいのは本当だよ?」

「はぁ……。でも、本当になんで私なの? 自分でいうのもあれだけど……無愛想で、あまり向かないと思うんだけど……」

「えっと……?」

「それは君の声がアイドルにふさわしいからだよ。君ほどほどアイドルにふさわしい声の持ち主なんていないんだぜ!」

「え? 私が? いや、そんなことないって…………」

 

 そう言われながら、凛は中学から一緒に上がってきた友達から、吹奏楽部への入部を誘われたことを思い返していた。とはいえ、メッセージによる雑談も同然のやり取りでだが。

 むろん、歌は好きだったし、調子がいいときにはよくお気に入りの歌を歌ったりしていたのだが、それを他人に聞かれたとき、それなりの好評をもらっていたので自信もある。

 しかし、だからといってじゃあアイドルになってみようか、とは思わない。

 

「そっかなぁ……じゃあ、ちょっと試してみようず!」

 

 そう言って、マネージャーはどこからか小型のプレイヤーを用意して、徐に音楽を再生した。

 かかった曲は『Sparkle☆Time!!』、2年前に突如解散したとある有名なアイドルグループのものだった。

 いきなりの展開に目を白黒させる凛だったが、逃避だけは許さないと言わんばかりにマネージャーは歌うように急かす。

 釈然といかないながらも、そのミュージックに合わせて歌い出す。

 そして、歌い終わると――拍手と歓声が送られる。

 

 とはいえ、三人ばかりのささやかなものではあったが。

 

「はぁ、すごいなぁ……。私も、まだアイドルになったばかりでまだまだだけど……凛ちゃんにはとてもかないそうにないなぁ」

「それはどうも。……まったく、いきなり歌えなんて言われるなんて思わなかったよ」

「ごめんごめん。でも、私の見立て通り、見事な歌声だったよ。アイドルにせずにおくなんて、ますますもったいないず。これはもう、なるしかないんじゃないかな?」

「ならない。昨日も言ったけど、アイドル、興味ないから」

「そんなこと言わずに――」

 

 そう言い残して、凛はその場から立ち去った。 

 

 

 

 翌日も、三人は凛の元へやってきた。

 アイドルや、アイドルの事務所なのに、忙しくないのか、と思いながら、凛は散歩の帰り道を歩く。

 話題は、他愛もないものだ。

 どうやら今日は搦め手でいくらしい。

 

「それでね、その子がもう本当にレッスンとかお仕事とか、さぼりたがって、そのたびにムスビちゃんが叱ってね……」

「ふぅん、なんだか大変そうだね、そのムスビって子」

「あはは……まぁ、ムスビちゃんもムスビちゃんで、楽しそうなんだけどね」

 

 少女と話をしながら、凛は自らが紅い髪の少女に、羨望の念を抱いていることに気づく。

 と同時に、なぜ、と自問をする。

 関係ないはずの少女に、なぜ羨ましさなど感じるのか。

 考えて、考えて。その末に導き出した答えは――。

 

(そっか。この子――夢中なんだ。アイドルっていうのが、楽しくて、楽しくてたまらない。学校との掛け持ちで忙しくて、大変なはずなのに。それでも、アイドルが、楽しい……)

 

「ねぇ、凛ちゃんは、なにか、したいことってある?」

「え、私?」

「うん」

「私、は……特に、ないかな……」

 

 言いながら、そうとしか言えない自分に嫌気がさして、うつむき気味になる凛。

 と、そこへマネージャーが凛に優しく声をかけた。

 

「そっか。でも、凛ちゃんはなにか、夢中になりたいことがほしいんだね。他のなにを差し置いても夢中になりたい、なにかを探している」

「それは…………そう、だけど……」

「なら、これはチャンスだよ。確かに、新しい一歩を踏み出すのは不安だし、難しいよ。でも、踏み出した先には、絶対に新しい発見があると思う」

「…………」

「だから、ね。凛ちゃん。まずは一歩。踏み出してみない? 不安なら、私も手伝うから」

「私も、手伝うよ! 凛ちゃんとは、一緒にアイドルできてもできなくても、仲良くしたいから」

「僕もできるかぎりのことはするよ。まぁ、僕なんかで力になれるかどうかはわからないけど」

 

 三人で手を差し出し、凛が手を取るのを待つ。

 それを見た凛は――。

 憧憬の色が強い目で、期待と不安で手をさまよわせながら。

 

 ――それでも。

 

 桜咲く木の下で、伸ばされた手を、掴まずにはいられなかった。

 だって――必死になって一緒にアイドルをしようと誘ってくる紅い髪の少女の中に見えた、『キラキラした何か』がまぶしくて。

 でも、それを語る姿はどこにでもいる普通の女子高生然とした姿で。

 

 ――それをみたら自分にもできるかも、なんて思えてきてしまったから。

 

 どこまでも一途に、楽しい『日常』の風景を語る紅い髪の少女を、羨ましげに見る凛に対し、あくまでも『一般人』として語り掛ける支配人とマネージャー。

 どこまでも屈託なく、笑いながらそう言う三人を見て、凛は初めて、三人に心を許す気になる。

 

 それは、渋谷凛が、シンデレラにはならず、代わりにシスターズという別の可能性を選択した、イレギュラーな物語の始まりでもあった。

 

 

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