完全に好みストライク三振ゲームセットでした。
夕日に照らされたオレンジ色の廊下を歩く少女が1人。
(かすみさん達……順当にやっていけているでしょうか……)
長い黒髪を三つ編みでふたつに束ね、腕には生徒会のメンバーであることを示す赤い腕章が留めてある。
メガネの下に見える瞳は暗く、その視線は意識だけが全く別の場所にあるかのように一点を見つめていた。
「あなたが“優木せつ菜”?」
「えっ?」
不意に前方から聞こえた呼びかけに顔を上げる。
少女————中川菜々は音もなく目の前に姿を現した人物を捉えると、その異様な雰囲気を感じ取り反射的にたじろいだ。
顔立ちはとても整っているようにも見えるが……深く被ったキャスケット帽がその表情の全貌を隠している。季節からは考えにくい紺のコートに身を包んだ女の子だった。
……制服は着ていないようだが、虹ヶ咲の生徒なのだろうか?
「生徒会に何か御用でしょうか?そろそろ最終下校時刻になるので、できれば日を改めて————」
「あの子達、上手いこと部員を集めているみたい」
「……え?」
ゆっくりとこちらとの距離を縮めながら、コートの少女は菜々に向けて静かに言い放つ。
「あとはあなたが加われば万事解決……。早く素直になった方がいいわよ」
「えっと……一体なんの話を……?」
手を伸ばせば届く位置までやってきた少女の鋭い目が菜々を射抜く。
「あなたは……誰、なんですか……?」
得体の知れない者を眼前に、菜々は彼女に対して無意識にそんな問いを投げていた。
「……同好会は、決して無くさないようにね」
「え?」
刹那、少女の姿が視界から消失。
咄嗟に振り返って辺りを見渡すも、彼女の姿は気配ごと綺麗にその場から無くなっていた。
「同好会……」
最後に少女が残した言葉が頭の中で何度も反響する。
燻っていた炎が大きく燃え上がる音が————その瞬間、確かに聞こえた。
◉◉◉
「あと一息ってところまでは来たんだけどな……」
3年生のメンバーが加わった後日の放課後。
同好会の部室に集まった皆でテーブルを囲んでいる最中、春馬はため息交じりの声を漏らしていた。
「見つからないね……優木せつ菜さん……」
「愛さんの情報網を以てしてもぜんっぜん成果無しだよ〜……」
すっかり全身の力が抜けてしまっているメンバー達を見て苦笑する。
かつてこのスクールアイドル同好会に所属していたという人物…………その最後の1人、“優木せつ菜”。
捜索に全力を尽くしているつもりではあったが、どれだけ時間をかけても彼女の影すら見つけることはできなかった。
「まさか何年生かもわからないなんて……」
「もともとソロ活動で有名だったってことは……1年生ではないはずだよね?」
「この学校も結構なマンモス校だから、ある程度のあたりをつけないとキリがない気がするけど……」
「そもそも、目撃情報自体が皆無……」
このように意見はいろいろと出てくるのだが、どれも決定打にはならないまま時間だけが過ぎていく。
現在集まったメンバーは歩夢、かすみ、しずく、愛、璃奈、彼方、エマ、果林————の8人。下された条件まであと2人。
本来同好会は5人いれば活動が可能ではあるが…………会長との約束は守らなければならない。交渉するのは本当に最後の手段だ。
(難航しそうだなぁ……)
『別にそのせつ菜って人間にこだわる必要もないんじゃないか?適当に数合わせすればいいだろ』
(必要かどうかとか、そんなんじゃないんだタイガ。俺…………ううん、みんな……ただ彼女に戻ってきて欲しいだけなんだよ)
『……そういうものなのか?』
(うん。……そうに決まってる)
1人で知名度を高められるくらい、スクールアイドルに対して情熱を抱いていた。……そんな人間が、少し意見が食い違っただけで仲間に背を向けるはずがない。そんなことは絶対にありえないんだ。
だって…………、だって————大好きだって気持ちは簡単には無くならない。無くなったら、大好きだった頃の心まで消えてしまうじゃないか。
(……ダメだ、それは)
その人がそこに居たんだってことだけは…………その事実だけは、消してはならない。無くなっちゃいけない。
『————』
そうじゃないと————————
「ほ、本当に……っ……。本当に、集まってる……!……こんなに…………っ!」
勢いよく部室の扉が開かれ、ほとんど飛び込むように誰かが入室してくる。
春馬達は反射的にその人物の方を見やり、それが何者であるかを認識すると同時に揃って驚愕の表情を浮かべた。
「信じていました……!きっと……同好会を復活させてくれると!!」
「————か、会長っ!?」
肩を上下させながら興奮気味に言葉を並べる三つ編みの黒髪少女。
それは紛れもなく中川菜々。この虹ヶ咲学園の生徒会長だった。
「会長……?どうしたんですか、そんなに慌てて…………」
「あ!……またやっちゃった……!今……私、生徒会長モードだった……!」
呆気にとられる皆を見て、菜々は恥ずかしそうに頬を染めながら何やら理解し難いことを口にする。
春馬は数秒考え込んだ後、恐る恐る降って湧いたような仮説を彼女に投げかけた。
「生徒会長モードって……。も、もしかして…………会長が、“優木せつ菜”さん……!?」
「……はい。私が————せつ菜です」
そう返答した菜々がかけていたメガネを外し、束ねていた髪を解く。
すると堅苦しいイメージのあった容姿から一変。凛々しさが強く押し出された長髪の少女が現れたのだ。
「これで信じてもらえたでしょうか?」
「えっ……えっ!?」
————ええええええええええ!?!?!?
部室内に全員の叫びが轟く。
今目の前にいる彼女が…………優木せつ菜その人だったんだ。
「ほ、本当に……せつ菜ちゃんだ……」
「生徒会長がせつ菜先輩だったなんて……!」
「全然気づかなかった自分のことがショックです……」
もともとメンバーだった面々があまりの衝撃に戸惑っているなか、春馬は必死に思考を整理しながら菜々————いや、せつ菜に尋ねた。
「生徒会長が……って、ちょっと待って。君がせつ菜さんなら……どうして俺達にあんな条件を出したの……!?」
部員を10人集めれば復活————だなんて、回りくどすぎる。そもそもなぜ彼女は今まで正体を隠していたのか。
せつ菜は少し俯き加減になりながらも、申し訳なさそうな顔でぽつりと語り始めた。
「その件については……すみません。全て私の身勝手な要求でした。……こうなった原因を作ったのは私でしたから…………いずれ同じことが起きてしまうのではないかと。とても怖かったんです」
「そんな……!せつ菜さんのせいだなんて思ってるメンバーはいませんよ!」
「……いいえ。私のスクールアイドルが大好きだって気持ちが、皆さんにとって圧力になっていることは確かでした。……どんどん仲がぎこちなくなってしまうのが……つらかった」
しずくの言葉を聞いて改めて自責の念に駆られるせつ菜。
……同好会が今のような状況に陥った原因を作ったのは自分だと、そう考えているのだろう。
生徒会長として最初に春馬達と対面した際の言い草も、責任感の強い彼女だからであると納得がいった。
「——だから、10人集めてしまうくらい情熱を持った人がいてくれれば、今度こそ上手くいくんじゃないかって思ったんです。……調子のいい考えですよね」
「……!そんなことないです会長————じゃなかった、せつ菜さん!……同じことは繰り返させません。俺達、同好会の新しいやり方を考えたんですから!!」
「新しい、やり方…………」
春馬に続くように頷いた皆を見てうっすらと笑みを浮かべたせつ菜だったが、我に返るようにまた表情を曇らせてしまう。
「……でも、まだちょっと自信ないです。私、またスクールアイドルへの気持ちを暴走させちゃうかも……」
「いいえ、大丈夫です。……そのために俺がいるんですから!」
「え?」
拳で自らの胸を叩き、春馬は宣言するように強く言い放つ。
「ここにいるみんなの想いは……全部俺が受け止めてみせます!受け止めて……全力でサポートします!スクールアイドルが大好きな仲間のために!!」
「……!——はい!ありがとうございます!」
やっと吹っ切れたような笑顔を見せたせつ菜に、他のみんなもつられて笑う。
「改めて……私もスクールアイドル同好会に入部させてください!」
「お帰りなさい、せつ菜ちゃん!」
「うぅ……せつ菜せんぱーい!!」
これまで溜め込んでいた感情を爆発させるように、かすみを先頭にかつてのメンバー達が彼女のもとへ駆け寄っていく。
微笑ましいその様子を眺めながら、春馬はそばにいた歩夢に向けて何気ない一言を口にした。
「これで9人……。あと1人だね」
「9人?……やだ、もう」
「ん?」
「10人目ならもういるよ」
歩夢が言ったことを聞いてきょとん、と首を傾ける春馬。
念のためここにる人数を数えてみたが…………やはり集まっているのは自分を除いて9人だ。
言葉の意味を理解するのに苦労している春馬に、歩夢はやれやれと肩をすくめながら追加のヒントを添える。
「私の隣にいる人」
「んー……。……ん?……んっ!?」
数秒遅れて彼女が誰のことを指しているのか気がつく。
2人のやりとりをせつ菜も聞いていたようで、やがて部室内に静寂が訪れると同時に彼女は言った。
「私は部員を10人集めることを条件にしましたが…………スクールアイドルを10人集めろとは言っていませんよ」
「それって、もしかして…………俺が10人目ってこと!?」
予想外の事態に目を丸くする春馬を囲むようにして皆が彼のもとに歩み寄る。
「春馬先輩に拒否権はありませんよ〜!ここまで一緒にやってきたんですから、ちゃんと責任とってくださいね!」
「いいじゃんいいじゃん!ハルハルがそばにいるなら心強いよ!」
「彼方ちゃんも賛成〜」
もはや背後に道はないと言わんばかりに詰め寄ってくる皆を前にし、春馬は胸の奥底からこみ上げてくる熱い感情に思わず泣きそうになりながらも胸を張った。
「くぅ……!すっっっっごく嬉しい!!——わかったよ!俺、全力でみんなのことを応援する!!」
「スクールアイドル同好会、再始動ですね!」
「それともう一つ。……あなたに部長をお願いしたいんです、春馬さん」
「ようし!任せて————って、えええっ!?!?」
さらりと会話に織り込まれた提案にまたも驚愕する。
……いや、同好会に加わるまではまだ納得できる。なぜに部長まで……!?
「そんな、部長だなんて……!君の方が適任なんじゃ……」
「いいえ。……これだけのメンバーを集めてくれたあなたが中心にいれば、今度こそ大丈夫な気がするんです」
「かすみんも賛成です〜!先輩があの日、協力してくれたのが始まりですしね!」
そうは言っても……なかなか思い切れない。
少し自分には荷が重い気もするのだが……。
(どうしようタイガ……)
『だから俺に聞くなよ。…………よくわからないけど、別にいいんじゃないか?お前ならやれるよ、きっと』
『そうだな。君の人柄なら、かすみ達を正しい方向へと引っ張っていけるはずだ』
タイガとタイタスの話を聞いて、春馬はふと瞼を閉じた。
……正直、自分に務まる自信は湧いてこない。けど…………みんなが自分を選んでくれた。
だったら————進む以外の道は、ないのではないか?
「…………わかった!やるよ、部長!どんなことがあっても……俺はみんなの味方だから!……約束する!」
「決まりですね!」
「ようし……!円陣組もうよ、円陣!!」
「ふふっ……気合い入ってるね、ハルくん」
興奮気味に切り出してきた春馬に続いて、歩夢達も円を描いて並び立つ。
その中心でそれぞれの手を重ね————部長の一言と共に少女達は高らかに掛け声を上げた。
「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会、再始動だよ!みんな、これからも一緒に頑張ろう!!」
————おー!!
◉◉◉
「聞いたよぉフォルテ、また負けたんだって?あのウルトラマン達に」
飛んできた雑音を受け流しながら歩みを進める。
「選出する怪獣は悪くなかったはずだ。加えて奴らの仲間の力を利用して…………その上で敗北したな?それほどの力が敵にあったとは思えんが」
コートとマフラーで身体の大半を覆い隠した少年、ヘルマが怪訝そうに呟く。
……説明するだけ無駄だ。それに次の手はもう考えてある。
「————大丈夫か、フォルテ?」
俯き加減で歩み寄ってきた妹に対し、黒いシャツに身を包んだ少年はほぼ無感情に等しい表情のままそう尋ねた。
フォルテは顔を上げ、いつものように冷気をまとったような声をこぼす。
「……問題は……何もない。報告を、始め————」
「あー!なにさこれ!?」
不意に横から駆け寄ってきた黒いワンピースの少女——ピノンはフォルテの手に下がっていた紙袋に気がつくや否や、目にも留まらぬスピードでそれを奪い取った。
豪快に持ち手を開き、中に詰まっていた大量の女児服を見てピノンは目を輝かせる。
「わあっ!なにこれきゃんわいいー!!フォルテ、これ地球で手に入れたの!?」
「………………まあ」
「あんたにしてはいい趣味してるじゃん!」
「……そう思うなら……貰ってくれて……構わない」
「ほんと!?やったわやったわ!見なさいヘルマほら!かわいいでしょ!?」
「だせえ」
「あぁ!?」
背後で行われている騒がしいやりとりに苛立つようにフォルテは眉間にしわを寄せる。
一連の流れを傍観していた長男————フィーネは興味深そうに頷くと、次女であるフォルテに向かって何気なく問いかけた。
「地球での生活にはもう慣れたか?」
「……質問の意図が……わからない」
「妹のことが心配なんだよ、長男としてはな」
「相変わらず……無駄の多い……人」
「そう言うな。……まあ、その様子じゃ変わりないみたいだな。何か興味を引くようなものはなかったのか?」
フォルテは薄い笑みを見せる兄に流し目を送った後、淡々とした口調で彼の問いに答えた。
「……何も。あの星は……無駄なものばかり……溢れている……。心底……そう思った」
「それはお前が狭い世界しか見ていないだけだよ、フォルテ」
「……どういう……こと」
「どうせ向こうでも教会とやらに籠もりきりなのだろう?一度外に出てみるといい。お前の気に入るものもきっと見つかるはずだ」
「それは……使命において……必要な……こと……?」
「生きる上で必要なことさ、妹よ」
フィーネは膝を折り曲げると、フォルテと目線を合わせながら囁くように続けた。
「長男の言葉だ、よく聞け。オレはお前に楽しみながら生きて欲しいんだ。ヘルマやピノンのようにな」
「……そもそも……楽しむという……感情そのものが……理解できない」
「いずれわかる。お前が真に理解したいと思えるようなものに出会った時にな」
そう言って自分の頭部をひと撫でした兄を、フォルテは怪訝な瞳で見上げた。
……まるでミライのようなことを口にする。彼らにとって…………いや、もしかすると自分以外にとってはそれが普通なのだろうか。
————否、惑わされるな。そんなものは全てどうでもいい。
おかしいのはフィーネ達だ。本来自分達は父から与えられた使命を遂行するだけの存在。
父の求めるものはウルトラ一族の根絶。そのために“絆”の力が必要だと教えられたが…………自分にはそんなもの、必要ない。
最終的な目標はあくまでウルトラマンを滅することだ。それ以外……退屈な茶番も、ミライの妄言も————全てが些事に過ぎない。
ウルトラマンを殺せば全てが片付く。
「それが私達——————“