やはり俺の実力至上の青春ラブコメはまちがっていない。 作:ゆっくりblue1
言い訳は此れくらいにして大変ご心配をおかけしてしまった視聴者の方々、更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
今回でやっと少し動きます。由比ヶ浜アンチが凄いので御注意下さい。苦手な方は直ぐにブラウザバックを。第32話です。今回もお楽しみ頂けたら幸いです。
船の甲板にて、息を静かに吐いた。俺は櫛田との話し合いを済ませた後にこのかなり面倒で複雑な身の回りの状況に頭を悩ませていた。
「……Bクラスに味方が出来るのは良いんだが、Dクラスのスパイ活動を櫛田がやると面倒な事になりかねないなぁ」
先ほどの話し合いの内容はDクラスのスパイ活動を櫛田が行うというものだった。櫛田は言明を避けていたがわざわざDクラスを裏切るということは櫛田にも退学させたい人物達がいるということだ。それを俺に協力を持ち掛け、交換条件として葉山と由比ヶ浜の退学を手伝う気だろう。
一応、保留にして貰ったがこの事はBクラスとDクラスの同盟関係を壊すものだ。正直、帆波が苦労して団結力を高めたのに俺の私情を優先させてしまえばBクラスの敵が増えてしまうのはあまり良い手ではない。…どうしたもんかね。
俺は頭を抱えていると、静かな甲板にリズミカルな音楽が流れだす。その正体は俺のスマホの着信音だった。メールしにくるって誰だ?そう思いながら件名を見ると。そこには『細川』の文字があった。
From 細川舞美
To 比企谷八幡
Subject ppt稼ぎたいから裏切らせるようにクラスメイトに頼むけど良い?
……此処で裏切るのか。まあ、大丈夫か?裏切らせるグループの数を訊くと1つ、と返ってきたので、どうぞ。と許可を出した。すると、5秒と経たずに放送が流れた。
『巳グループの試験が終了いたしました。巳グループの方は以後、試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』
これで終わったのが7グループ目か。一日も経たずに半分以上決着するとか先生も考えていねえよなぁ。俺はそう思いながら豪華客船のジャグジー付きの大浴場に行くことにした。
豪華客船の中を歩いていると各地から騒がしい声が聞こえる。まあ、優待者の法則が分からない奴がほとんどだし、混乱するのも無理はない。ディスカッションも碌にしないこのやり方は邪道だ。俺だって白鷲先輩のアドバイスを先に聞いてなければ違和感だけで終わった筈だ。もしくは気付くのはもっと後になっていただろう。
そして大浴場の所に着くとある生徒と鉢合わせした。その生徒は俺を見て顔を綻ばせる。
「八幡君、今から入浴するのですか?」
「おう、ひよりか。折角の豪華客船だしな。勿体ねえし」
そう言うとひよりも入浴するようで、着替えの服をもっている。恐らく私服だろう。ひよりと別れて俺は男子専用がある筈なのでジャグジーの着替え部屋に入ると予想外の光景があった。思わず嘆く様に呟いた。
「……何で、男性と女性で別れてないのん?」
脱衣所の先のジャグジーの風呂場は一つしかない。脱衣所は流石に別れているが、ゴールの大浴場が一つに収束していると言う事はつまり、此処は男女混浴であるということだ。脱衣所には生徒がいないという貸し切り状態だった。俺はこの光景に驚いていると、何時迄も脱衣所の前で固まっている俺を怪訝に思ったのかひよりが聞いてくる。
「どうしましたか?八幡君、入らないのですか?」
「……なあ、此処って男子専用とかないのか?」
ひよりに聞くと、すぐさま首を横に振って言った。残酷なその一言を。
「いいえ、豪華客船のパンフレットではジャグジーは男女兼用と書いてありました。水着着用が必須ともありますよ?」
嘘だと言ってよバーニーイィ!何で男女兼用なんだよ!普通分けるだろ!?一緒に入るとか気不味い上に健全な男子高校生を煽るだけなのに、設計した人何考えてんの。自分達の部屋が男女で別れてるのに大浴場が兼用とか水着着用でも可笑しいだろ!?俺は脳内で叫んでいるとひよりが言った。
「女子の脱衣所は貸し切り状態です。大浴場が満喫出来ますね。八幡君」
「ちょっと待て。ひよりは落ち着き過ぎだ。今男女兼用って言ったよね?つまりはそういうことだぞ?」
その言葉にひよりはキョトンとしている。何言ってんの?この人みたいな視線で見ないで!そんな純粋な瞳を向けられたら思わず土下座しちゃうから。え、俺が可笑しいの?俺は日常生活での社会常識を言ってるだけだぞ。するとひよりが不思議そうな表情そのままで言った。
「?私は別に八幡君とであれば何の問題も無いですよ?」
「……ひより。それ、間違えて他の奴には言うなよ?主にお前の為に」
「私の為?それに八幡君以外には言いませんよ?」
辞めて!俺のライフはもう0よ!そんな男子を絶対落とす殺し文句を言わんで欲しい。思わず沸騰しそうになるから。しかもひよりの場合、有栖みたいな計算じゃない天然だから破壊力が倍増だし。もうこの子、水の呼吸一門ではないのだろうか。ちな、1番好きなキャラは言葉足らずの人です。蟲の呼吸の人と結ばれて欲しい。公式ファンブックとかで更新されねえかなぁ。そう現実逃避をしていても長くは続く訳もなく、ひよりに言われた。
「……八幡君は私と一緒に入浴したくないんですか?」
「うぐっ……」
上目遣いで不安そうに瞳を揺らすひより。俺はその表情を見て溜息を吐くと頬を掻いて言った。
「……はぁ、分かった。入るからその眼を辞めてくれ」
そう言うとひよりは嬉しそうに微笑んだ。俺達は脱衣所で服を脱いで水着に着替える。はぁ…まさか女子と混浴することになるとは思わなかった。水着着用だけど。そう思いながら水着に着替えて大浴場の中に入った。
中は静寂に包まれており、貸し切り状態の大浴場だ。泡立ちが凄いな。おっ、サウナもあんのか。後で入ろう。俺はゆっくりと大浴場のジャグジー風呂に浸かる。ああ〜、良い温度だ。思わず大きい息が洩れた。このまま満喫しようと意識を風呂に向けかけたところでガララと大浴場の入り口の扉が開く音がした。その音にリラックスしかけていた気持ちが一気に緊張感が戻って来た。そしてひよりともう一人の声が聞こえてきた。
「広いのですね……此れ程広いとは思いませんでしたが、気持ち良さそうです」
「そうだねぇ、羽根を伸ばすには良い開放感だよ」
この声は……細川か!?俺は声に反応して振り向いてしまう。すると2人と湯気越しにだが姿が見えた。ひよりは清涼な白いパレオの水着を着用している。ひよりの外見によく似合う物だ。しかし割と布面積が狭い。そして細川は紺色のスポーディな水着だった。二人共スレンダーだが、しっかりとした色気がある。その姿を茫然と見てしまって不意に2人と眼が合ってしまった。すると2人が笑顔で声を掛けてきた。
「八幡君、お加減は如何ですか?」
「八幡君とお風呂に入るなんてね。ふふっ、女の子2人と一緒に入るとか激レア中の激レアだよ、八幡君。役得だねぇ」
そうして風呂に入ろうと近付いてきた。しかも俺がいる所にわざわざ。俺は慌てて視線を正面の水面にやると言った。
「いや、お前ら何でこっちにわざわざ入ろうと……て言うか、細川は何で此処にいるんだよ!」
「八幡君の近くで入った方が心地良さが大きいと思いまして」
「離れて入るのはちょっと物足りないと思ったんだよ。何でいるかって言うと、こういう所に行ける機会は少ないんだからちゃんと堪能しておかないと思ってね」
そう言いながら俺を挟む形でお湯に浸かる2人。そのお陰でこっちの心臓は気恥ずかしさと緊張で普段では有り得ない程早く鼓動して、鼓動音も聞こえてくる。しかも2人と俺との間の距離は人一人分あるか無いかの距離だ。そしてひよりはまるで警戒していないかの様に更に近付いてきた。ち、近い近い近い良い匂い近い!!肩が触れ合いそうになる程近付いてきたところで思わず押し留める様に言った。
「ひ、ひよりさん?さ、流石に近過ぎると思うんだが………」
「八幡君の側にいると落ち着きますから。……嫌であるなら離れますが、ダメでしょうか?」
俯き、不安そうに聞いてくるひよりにどういう受け答えが最善なのかを思考して答えあぐねていると、外野の細川が揶揄うように言った。
「椎名さん。八幡君は椎名さんが水着姿で近付いてきた事に照れてるだけだと思うよ。だから大丈夫」
おいい!何言っちゃってんの!?確かにひよりの水着姿に眼福だと思ったのは事実だけどな。そもそも年頃の男子が一緒に風呂に入って至近距離で話し合うことがそもそも可笑しいんだよ!俺は細川に突っ込もうとしたが遮って細川は言った。
「ああ、そう言えば八幡君から水着姿の事について触れられて無いなぁ。感想、聞きたいよね?椎名さん」
そう細川に言われてひよりは顔を赤らめて俯きながらほんの少し頷いた。その様子に俺は言葉に詰まった。細川はニヤニヤしながら俺にひよりの水着姿の感想を促す様に顎をクイっと動かした。俺はその何とも言えない謎の圧力に堪え兼ねて頬を掻きながら言った。
「……に、似合っていると思う」
ひよりは天然で純粋なので遠回しに言うと更にややこしくなるので、羞恥心を堪えて言わないといけない。こんなことを言うのは俺の柄じゃないんだがな。すると、俺の一言は見事に功を奏したのかひよりは顔を上げて微笑みを讃えて言った。
「…嬉しいです。ありがとうございます八幡君」
その一言に頷く俺。すると、細川に肩を叩かれたので、視線で問いかけると細川が自分の事を指した。その事について何を言われたいか察した俺は言った。
「……似合ってなかったら笑おうと思ったのにそれが出来なくて残念だ」
そう言うと細川は一瞬目を細めた。ッ!?…何だこの圧。思わず身構えるが、細川は何を言われたことに気付いたのか圧をすぐに霧散させて笑った後に言った。
「あははは!捻くれ過ぎじゃないかな八幡君。素直に似合ってるって言ってくれたらいいのにー」
「…別に俺は何時も素直なんだが」
細川の言葉に俺は目を逸らしながら言う。すると細川が俺の耳元で囁いてきた。
「でも、椎名さんと反応が随分違うのは何故かなぁ?」
「ッ!耳元で囁いてくんなよ……思わず叫んじゃうだろ」
俺が細川から距離を取る様に顔を離すと、細川は俺の反応に面白がる様に微笑んだ。その様子に溜息を吐く。此奴も有栖の様に弄りにくるタイプか。そう思っていると手の甲を抓られた。痛い痛い…ってひよりよ。そんな睨んでも可愛いだけだぞ。何故ならお前は戸塚タイプだからなって痛い痛い痛い!何で戸塚の事考えてること察知出来るんだよ!
そんなやり取りをしながらも話題が一旦区切りに入ったので、静かにゆっくり浸かっている。細川との距離が肩の間が1メートル程しかないが、ひよりは最早肩同士、肌が密着している。遠慮しようとしたがひよりが哀しそうにするのを見たくは無いので引き離せない。お蔭で緊張で一杯一杯でゆっくり疲れを癒すつもりが癒されないという。あれ、ジャグジー風呂に来た意味がわからなくなってきたぞ?
そう思いながらボーっと浸かっていると、ひよりが不意に聞いてきた。
「八幡君、少し聞いて良いですか?」
「何だ?」
「今日の特別試験で最初に終わったグループであの2人も八幡君の未グループに居たようですが、何もされませんでしたか?」
あの2人とは葉山と由比ヶ浜の事だろう。マッサージをした時には聞かれなかったが、気になっていたのかひよりは心配そうにするので平然としながら言った。
「特に何も無えよ。心配しなくても良い」
俺としては逆にひよりの方が心配なのだが、同じクラスなので葉山に狙われ易い。契約の縛りを彼奴は違反してきた。龍園にペナルティーの処置を頼んで遂行されたらしいが試験の様子からして絶対に何かしてくる予感しかしない。なるべく目を光らせておく必要がある。そして俺はひよりに聞きたい事があったので聞き返した。
「それより、ひよりは猿グループって有栖から聞いてるんだが高円寺に試験が終わらせられたんだろ。終わった後に聞いてもアレだが、ひよりは試験の優待者の法則は解ったか?」
単純な興味での質問。ひよりの思考能力であれば法則は解けるだろう。ノーヒントから解くとしたら恐らく高円寺の様なイレギュラーを除いて猿グループの中では1番早いはずだ。そう聞くとひよりは思考を動かし始めたのか、真剣な顔になった。
「………八幡君のグループの人達を教えて貰えますか?」
そう聞いてきたので未グループのメンバーを教えると、ひよりはそのまま思考を深めるように少しの時間瞑目して沈黙する。そしてゆっくり答えた。
「……未グループの優待者は葉山君、ですね?」
「…正解。……凄えな、教師のヒントだけで此処まで早く優待者に辿り着くとか俺だったらもうちょっと掛かるぞ」
もし、ひよりがAクラスの卒業時の特典に興味があって、Aクラスに行くために力を入れていたらかなり厄介な事になっていたな。龍園、もしかすると有栖並かもしれん。
そう考えていると細川が感心するように言った。
「へぇ、やっぱり凄いね。八幡君の周りの女の子。並の人達より飛び抜けて優秀だね」
言い方が少し意味深に聞こえるが、スルーしようそうしよう。それにしても俺達が気付いている事だ。そろそろ彼奴も気付いても不思議じゃない。
そうして考えているとまたジャグジー風呂の入り口が開いた。誰だ?と思いながら入り口に目を向ける。そして入って来た人物達に俺は目を見開いて言う。
「有栖に神室…」
「おや、八幡君に椎名さんに細川さんではありませんか」
「……まさかあんた達が一緒に入っているとはね」
そう驚く有栖と神室。有栖はワンピース型の水色の水着、神室はラッシュガードを着用している。容貌が圧倒的に良いからか何方も似合っている。しかし、何時迄も見ていると有栖に揶揄われそうなので顔を真正面に向ける。そして有栖が入って来た。神室は浸からずに足湯のようにしている。するとひよりが神室に聞いた。
「答えづらいことなら申し訳ありませんが、ラッシュガードを着ていますけど如何してですか?」
「ん、坂柳の付き添いで来ただけだからね。浸からなくてもいいと思って」
そう言う神室。すると有栖が俺に何処か揶揄う様な笑みを浮かべて聞いてきた。
「八幡君、私の水着は如何ですか?」
「……似合ってんじゃねえの。知らんけど」
そう答えると有栖は少し意外そうな表情になった。
「随分と素直ですね。明日は雨でしょうか」
「…そんなに不思議なのかよ。素直に言うこともあるっつうの、て言うか何時も素直なまである」
そう突っ込みを入れると有栖達は苦笑する。何故だ、これが戸塚だったら純粋に受け入れてくれて天使の笑みを浮かべてくれるのに。戸塚アァ…本当連絡出来ないのが辛い。川越さん?川島さん?かは忘れたが元気にしているだろうか。下の子の面倒は見れているのだろうか。材木座?知らない人ですね。
そう思っていると有栖が不意に驚愕の事を言った。
「そう言えば、さっき5グループが決着していましたが知っていますか?」
「は?えっ……マジ?」
有栖の言葉に思わず聞き返すと有栖が頷く。神室以外のひよりや細川も驚いている様だ。俺は驚きつつも質問を重ねる。
「5グループってことは……全グループが終わったのか?」
そう聞くと有栖が首を横に振って言う。
「いえ、終わったのは卯グループ以外です」
如何やら有栖が言ったのは細川のグループを含めた+4グループということだろう。細川が裏切る前は6グループが残っていたので、残りが卯グループになる。そう整理していると有栖が俺のミスを指摘した。
「八幡君、貴方は全グループと言いましたが、間違いましたね。つまり1グループ分を含めて無かったということ。それはただの勘違いでしょうか?それとも……貴方のクラスの誰かが裏切ったことを含めていなくて間違ったのですか?」
眼を鋭くして聞いてくる有栖。カマかけの場合もあるが、裏切った後だからそこまで隠す意味もないので、正直に言おうとするとその前に細川が言った。
「それ、私がクラスの子に頼んで裏切って貰ったんだ」
その言葉を予想していなかったのか、ひよりと神室が驚く。しかし有栖はそこまで驚いている様子はなかった。するとひよりが言った。
「浴場に入る前に終わったグループが1つありましたが貴女だったのですね」
「うん。まあ八幡君から優待者の法則を教えて貰ったんだけどね?」
俺はその言葉に眉を少し下げて疑問を持った。未グループを裏切った時に細川は驚く様子を見せてない。つまり俺が裏切ることを予測していた筈で、その時点で優待者の法則が分かっていない限りどんなに予測していたとしても全く驚かないことは可笑しい。つまりこれは嘘ということになるが、何故嘘を吐く必要がある?
俺は考えていると有栖も何やら思案している様で下を向いている。これを細川に指摘するか?いや、待て……細川は敢えて言っているのか?俺から優待者の法則を教えて貰ったんだ。とさっき言った。自分の功績にしない理由があるのか?表舞台に出ない理由は他クラスの奴に警戒されないようにしているのかもしれない。有栖や龍園にはそう遠くないうちにバレるだろうが、完全にバレるにはまだかかる。俺を隠れ蓑にする意味がいまいち分からないが。Aクラスに上がる為の算段かもしれない。
それなら言わない方が良いな。と思いつつ俺は細川に目を向けた。その時、ひよりが言った。
「もしかすると龍園君から呼び出しがかかっているかもしれないので上がりますね。もう少し八幡君達と浸かっていたかったですが……」
ひよりは残念そうにそう告げて浴場を上がる。十中八九細川が裏切らせた1グループ以外の4グループは龍園が手を打ったのだろう。恐らく龍園は今後の試験を含めてどうするかを告げるつもりなのだろう。俺達はその言葉に頷くとひよりを見送る。
それにしても残った卯グループ……帆波と綾小路がいるグループだが、龍園が裏切らせないのはDクラスの切れ者をあぶり出したいからか。恐らくこのグループが裏切らせること可能性としては少ないだろう。龍園はあぶり出したいから動けないし、帆波も未だ優待者の法則は分かっていないだろう。しかし有栖の派閥の人間が1人混ざっている。Dクラスもいるが綾小路以外で警戒する程の奴がいる可能性は低い。
メンバーは覚えてないので何とも言えないが。そう思って俺は有栖に聞いた。
「有栖は卯グループに関与するつもりはあるか?」
その言葉の意味を理解している有栖は淡々として微笑みながら言う。
「いえ、取り敢えずは充分ですね。もうこれ以上は手を出すつもりはありませんよ。八幡君の活躍とこの試験のおかげで葛城君は失墜するでしょうから」
微笑みながら今後のことを含めて言った有栖。無人島の試験で有栖からの報酬は1つ。『Bクラスが最下位になった時に同盟を結んで互いに特別試験以外の時に最終的に不利益となることを行わないこと。特別試験では試験中、試験の仕組みに置いてお互いが対立する状況になった場合以外で他クラスを攻撃する時に情報の共有又は共闘をするものとする』と言うものだ。
報酬として対等な修好条約を結ぶという感じになった。Bクラスに対しての試験以外の攻撃ーーー主にスパイ活動などーーーが行わないということだ。しかしAクラスに対してのスパイ活動と言った事も基本的には行えない。つまり他クラスを攻撃する時のみに共闘し合い、お互いには不可侵ということだ。
俺はそうか。と言った。そして浴場から出ようと動き出す。すると細川達が聞いた。
「上がるの?」
「ああ、結構浸かっていたからな」
そう答えると細川達も上がるのか動き始める。有栖も動いている。入り始めて直ぐなのにもう出るのか?と聞くと頷いて言う。
「八幡君と一緒にいた方が有意義ですからね」
「……さいで」
言いながら視線を動かした。その視線には細川を見ていた。それは一瞬であったが、かなり鋭く見つめている様に思える。細川はその事に気づいているのかいないのか、飄々として楽しそうな表情を浮かべている。その事を少し疑問に思いながらも浴場から出て身体をタオルで拭いた後、脱衣所に置いてある新しい服を着た。そしてスマホで有栖の言った事を確認して卯グループ以外のグループが終わっていることを確認する。これはもう大騒ぎだな。確認を終えると脱衣所を出た。
そして女子脱衣所から有栖達が出てきて合流し、俺の今後の予定を聞いてきた。
「この後はどうするのですか?」
「ん、部屋に戻ってダラダラするわ」
そう言った時、突如背後から声が掛けられた。
「ヒッキーッ!」
……おいおい、少しはリラックス出来たと思ったのに一気に疲労が来たんだけど……声を聞いただけでここまで疲労するって凄くない?小学校で誕生日会とか祝ってるだけなのに思いっ切り溜息を吐かれたあの時の表情になってるのが鏡見なくても分かる。祝った時に俺の食べる筈だったケーキを教師に食われたのは今でも覚えている。あの教師、俺の事を点呼で毎回呼んでただろ。ヒキタニって呼んでたけど。何でそんな時に限って忘れてるの?
そう絶対許さないランキング上位の記憶を振り返ってこの状況を逃避していると無視された事に憤慨したのか、声の主は大声で叫んで捲したてるようにして言った。
「何で無視してんの!返事ぐらい返せないの!?」
「………ああ。これで返事したから行かせてもらうわ」
そう言いながら声の主である由比ヶ浜に視線を合わせずに素通りしようとする。しかし腕を掴まれてしまう。
「そんなの返事じゃない!無視して行こうとするとかヒッキーマジキモい!それに、良い加減に修学旅行の事を謝ってよ!ゆきのんまで嘘に誤魔化されたけどあたしは騙されないから!」
腕を掴んで怒鳴り散らしてくる。俺は腕を振り解こうとしたとき、細川が由比ヶ浜の腕を掴んで言った。
「いきなり大声で叫んで人の腕を掴んだ上に謝れって非常識だね」
そう言いながら由比ヶ浜の手を放させる。俺はそのまま細川に腕を引っ張られて由比ヶ浜と距離を置かれた。そして庇うように細川が前に立った。その様子を見て更に怒る由比ヶ浜。
「いきなり何なの!?あんたには関係無いでしょ!ヒッキーに用があるんだから退いてよ!」
その言葉に俺も若干の疑問を持った。葉山と由比ヶ浜を退学させる協力者ではあるが、こう言ういざこざには首を突っ込んでこないと思った。すると細川も淡々として言う。
「同じクラスメイトが他クラスの生徒に絡まれているから助けただけだよ。それと、貴女が八幡君に暴力を振るいそうだし」
それらしい理由をつけて話す細川。これを貸しにされそうで怖い。助かったけど。細川の言葉に納得がいってないのか、吠えるようにして由比ヶ浜が言う。
「絡んでなんかない!出鱈目言わないで「良い加減耳触りなので黙ってくれませんか?由比ヶ浜結衣さん」」
由比ヶ浜の言葉を遮って言う者が1人。その言葉に反応して俺はそう言った有栖に視線を向ける。ヤバい、今までの経験で殺気とかを向けられたことは数え切れないほどあったが……
「ーーー毎度毎度、謝れ謝れ。その言葉しか言わない。自分の取った愚かな行動を省みず、挙げ句棚に上げて喚き散らす。貴女に学習能力はないのですか?」
今までの浴びてきたものは幼稚と片付けられる程だぞ…圧力が強過ぎて痺れが身体に走ったと錯覚するように指一本動かせない。背筋に冷たいナイフが突き付けられたような……殺気とか向けられていない第三者の俺ですらコレだ。神室も頰に冷や汗を掻いて静止している。細川は愉しそうな表情から変わってないが。
「ヒィッ!?」
殺気を諸に受けた由比ヶ浜は先程と打って変わって強気な態度から恐怖で悲鳴をあげる様子になって身体のいたるところが震え出した。ガクガクと膝が笑っている様子を見て有栖は容赦無く続ける。
「今まで八幡君の意見を尊重して貴女の戯言を流し聞いていましたが、今此処で引導を渡してしまいましょう。良い加減鬱陶しいですから」
「貴女は修学旅行の事を謝れと言いますが、八幡君が貴女に謝る理由はないと思いますが?」
有栖がそう言うと由比ヶ浜は殺気に震えながらも声を荒げさせる。
「な、何でだし!ヒッキーは戸部っちの告白の邪魔をしたんだよ!謝るのが当然じゃん!!」
「八幡君は戸部さんとやらにはもう謝ってますが?」
嘘告白の後に俺は戸部に謝っている。依頼の為とはいえ一世一代の勇気を出して言おうとした告白を邪魔したのだから。振られないようにしたいというアレな依頼をしに来たが、戸部は葉山に相談して奉仕部を訪れた葉山グループの男子の中で一番の被害者だからな。戸部は拳一発で済ませてくれたしな。告白を邪魔したって学校に広めたのは葉山に大和と大岡だったっぽいし。
「そうじゃなくて嘘告白をしたのを見た私達に謝ってって言ってるんじゃん!」
有栖の指摘に由比ヶ浜は叫んで否定する。その言葉を受けて有栖は静かにこう言い返す。
「ふむ、嘘告白を見た貴女方に謝れと。……で?」
「えっ?…だ、だからーーー」
「何故、それが貴女方に謝る理由になるんでしょうか?八幡君が誰であろうが告白するのは勝手でしょう。例え振られようが振られまいが貴女には関係無い」
由比ヶ浜の言葉を遮る有栖。その一瞬で言葉を詰まらせる。そのまま言葉を続ける。
「そもそも戸部さんとやらの依頼を深く考えず受けたのは貴女でしょう。戸部さんが言った振られないようにして欲しいと言う願いは叶っているではないですか」
「そ、それは……」
「それに雪ノ下雪乃さんから言われたと思いますが八幡君はもう一つの依頼。戸部さんの告白の阻止をして欲しいと言う依頼を受けていたんですよ?それも叶える為に嘘告白の手段を取ったまでのこと。そうでなければ自分に一切関係無い貴女方のグループの女子に嘘告白する理由もないと思いますが、ねえ?八幡君」
そう俺に聞いてくるので、俺は頷く。しかし納得がいかないのか由比ヶ浜が言う。
「だ、だとしても、他にも方法があるじゃん!わざわざ……」
「八幡君がその依頼に気付いたのは戸部さんがその女子に告白する直前の直前です。貴女に相談して何が変わるんですか?しかも貴女はそのグループのメンバーです。知った後に気まずく思ってグループがギスギスすると思いますが…」
「それに貴女の友達であるその女子の依頼を気付けもしない貴女にそう言う資格はないでしょう」
「……」
反論を術を失ったのか黙り込んで睨む由比ヶ浜。しかし本番は此処からというように有栖は薄く微笑む。そして言った。
「貴女が此れまでやってきた依頼の中で貴女が解決した依頼は有りませんねぇ」
「そ、そんなことないし!」
「ほう、ではどんな依頼を解決したか言ってもらいましょうか」
「チェーンメールとか、さいちゃんのテニスとか、中二の小説の依頼とか、川崎さんの依頼とか、千葉村の時に文化祭、柔道の依頼も」
「……チェーンメールは貴女の男子グループから葉山隼人を抜くことで解決しましたね。その案は八幡君ですよ。テニスの件は貴女がやったのは戸塚君にボールを投げて打たせていただけ、誰にでも出来ることでしょう。戸塚君の強化に繋がったとは思わない。その上貴女のグループの女子が乱入して来ました。そしてテニスコートを賭けて試合をしたが貴女は足手まといになっただけ。小説の依頼は貴女はそもそも小説を読んでいないと聞きましたが?そして適当な感想を述べただけで真剣に依頼に向き合っていない。川崎さんの依頼も八幡君の提案したスカラシップで乗り切りました。千葉村でのいじめ騒動を解消する案を出したのも八幡君…」
「文化祭については文化祭実行委員会で雪ノ下雪乃さんが倒れたのを聞いて貴女が頼って欲しいと言った。そして頼ったのは文化祭の終了セレモニーに時間稼ぎとしてライブのボーカルをやっただけ、文化祭実行委員会での事務作業を直接的に自分から手伝いに行った訳ではない。それに屋上に逃げた実行委員長の相模さんとやらを八幡君が敢えて悪口を叩いて連れ戻させなければライブの時間稼ぎも意味が無い。葉山隼人は実行委員長に推薦しておきながら、殆どフォローもせずに、実行委員長の悪口を叩いた八幡君を攻めて、庇ったように見せてヒーロー面をしたまま、実行委員長に対しての悪口を叩いたという八幡君への噂を放置した。そしてそれは貴女も同じ」
「柔道も新入部員の確保の障害となっていたOBの人を追放する為の八幡君が出した案で大会を開催したそうですが、貴女は試合にも出ていない」
そう瞬く間に切り捨てて論破する。由比ヶ浜は言葉を詰まらせるだけで反論出来ない。それはそうだ。有栖の言う通り、由比ヶ浜が直接的に解決に携わった依頼は無いのだから。解決への手掛かりになった意見を出した事も殆ど無い。遊戯部や体育祭でも由比ヶ浜が活躍していた場面があるとは言いがたい。言うとしたら体育祭での作業の手伝いくらいか?それも誰にでも出来る程度だ。
すると此処で今まで黙っていた神室が言った。
「て言うか、葉山とそのグループが持ちかけて来た依頼の問題が多過ぎない?聞いた限り半分以上あるけど…」
「確かに修学旅行含めて、殆ど葉山グループが関わってる。葉山グループが無かったら殆ど面倒な事にもならなかったと思うねぇ」
神室の意見に追随する細川。改めて考えると本当に多いなぁ。本当巻き込むのやめて下さい。千葉村は葉山が話し合いさせようとして、留美のいじめ騒動を助長しかけてたし、最早葉山グループってトラブルメイカーではないだろうか。
神室と細川の言葉に由比ヶ浜が怒ったように言い返す。
「そんなこと言わないでよ!ワザと問題を持ち込んでいるみたいに聞こえるじゃん!持ち込みたくてやってる訳じゃ無いし!!」
その時。
「へぇ……?」
その言葉を聞いた瞬間。
「ワザとじゃなければ何をしても赦されると…?」
有栖の、瞳の瞳孔が猫のように細くなっていて能面のような顔になっているのに俺は気付いた。ゾクッと背筋の産毛が鳥肌のように逆立った。そして次の言葉を言った。
「貴女が犬の故障しているリードをしっかりと管理していない事で八幡君が道に飛び出した犬を庇って車に引かれたあの事件の事を1年以上、しかも八幡君に指摘されるまで黙っていた事もワザとじゃないと?」
「…!」
雪ノ下家の専属弁護士との話し合いでその事件について治療費とお詫びでそれなりの賠償費を払ってもらう代わりに関わってる雪ノ下家の事で当事者以外の口外してはならないと言われていたのだ。思わず愚痴として有栖に言ってしまったのだが、此処で言われるとは思わなかった。
慌てて有栖を見ると、当の本人は余裕そうな表情を浮かべている。あの表情には焦りが全く見られない。此処である事に気付く。有栖の言葉を聞いて由比ヶ浜に大きな動揺が走った。
「な、何で…」
「その事を知っているかですか?ウチの家も財界や政界に通じていましてねぇ。そう言う情報を得られる伝手があるのですよ」
そう言えば有栖の家も名家だったな。実際に名家のお嬢様である有栖なら知る機会が存在するかもしれない。それらしい理由を言って俺が洩らした事ではなく、自分の家が得た情報だと認識させる有栖。そして動揺する由比ヶ浜に対してこう続ける。
「実に恩知らずですね。自分の家族と言ってもいい存在を助けてもらいながら、貴女の不注意で引き起こされた事故であるにも関わらず助けてくれた人と車側の人達に謝罪や礼もしない。一度、菓子折りを持って親族に会っただけで当事者の八幡君に謝罪をせず、学校に通う1年間放置している。それもその事を八幡君から指摘されるまでずっと。そうしているということは恐らく貴女の親御さんに知らせてないんでしょうね」
そう言うと神室と細川が心底由比ヶ浜を蔑むように睨んでいる。
「人として有り得ないよ。自分の家族を助けてくれた人に対して仇で返してるようなものだね。私でも人間そこまで腐ってないわ」
「非常識だねぇ。高校生になるまでに人として重要なものを置いてきてるよ。菓子折り程度で済ます事ではないでしょ」
「………」
その言葉に黙り込み、俯く由比ヶ浜。すると口元が動いた。
「………ぃ」
「何です?聞こえませんよ。反論があるならば堂々と言えば宜しいのではないでしょうか?」
「……さい」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさああああああいっ!」
うるさいのはお前な、と内心突っ込みを入れる。有栖の煽りに遂に逆ギレを起こし、幼い子のする癇癪のように大声で叫ぶ由比ヶ浜。その声にも有栖は全く意に返す様子はない。その態度に更に苛立ったのか更に捲し立てる。
「何で関係無いアンタ達にそんなことを言われ無いといけないの!?サブレの件はもうヒッキーと私の中では終わった事なんだから部外者が口を挟まないでよ!大体、黙っていた事ならゆきのんだって同じだよ!あの車に乗車していることを黙っていて、ヒッキーを罵倒してるんだから!」
あまりに身勝手な言葉だ。そしてある種被害者とも言って良い友人である雪ノ下の事も責める。由比ヶ浜にそのつもりがないとは言え、その言葉は2人の仲を大きく揺るがすだろう。無論、悪い意味で。そして由比ヶ浜は確実に破滅への道へと転がり落ちることになる。その始まりを有栖が告げるように急に嗤い始めた。
「……ふ、ふふ、うふふふふふふ、あはははははははは!」
狂ったように嗤い始めた有栖に由比ヶ浜はもちろん、神室や細川、そして俺も唖然として視線を有栖に向ける。いきなりどうしたんだ?怖いんだが。若干怯えながらも有栖の変貌に驚くと一頻り嗤った後に嗤っていた事で瞑っていた眼を開いた。
「…っ!!?」
「ーーーーー待ってましたよ。その言葉を……深く考えない単純で愚直な貴女なら簡単に言うと思いました」
その言葉の後に有栖は私服のポケットからスマホを出した。俺はそれを見て何をしたか察した。しかし由比ヶ浜はそれが何を意味しているかがわからなかったのか、スマホが何よ!と強く言ったので有栖は由比ヶ浜の察しの悪さを嗤いながら言った。
「ふふ、解りませんか。まあ、貴女がコレだけで察しがつくことの出来る知能があるとは思ってませんでしたが。しかし私は慈悲深いので特別に教えて差し上げましょう。貴女が八幡君に絡んでから今までの事を録音しています」
「それが何だし!」
そう苛立ちながら言った由比ヶ浜。此奴……此処まで言われてまだ解らないって俺が色々しなくてもこの試験の次の試験で退学すんじゃねえの?まあもう有栖に狙われた時点で此奴にそれを跳ね返す力がある訳はないので確実に破滅するんだろうな。
「……はぁ、まさかそこまでとは思いませんでした。まあ良いでしょう、貴女を壊す事に代わりはありませんから」
「直接言ってあげましょう。今貴女が中学校で起こしたことを全て録音しているということですよ。幾つもの依頼での無能さから貴女が事故の原因を作った張本人である証言などをね。これを私達の他の第三者に流せばどうなるでしょうねぇ」
そこまで有栖が言うと漸く事の状況の悪さが理解出来たのか、由比ヶ浜は青褪めた。それを見て玩具で遊ぶような調子で有栖は心底愉しそうに
「しかも事故について貴女は関係者から送られた処理代行者の弁護士に当事者である車側の人達の関与を第三者に口外してはいけないと言われていると思いますが貴女は間抜けにも名前を出してしまいましたねぇ。貴女にも口外しない代わりとして慰謝料を支払って貰った筈なのに」
そう、詳細な説明は専門家ではないので出来ないが、人身事故や事件が起き、被害者が加害者との話し合いで両者納得のいく示談が成立している場合、和解に必要な条件が両者に対して共に存在するのであれば、示談が成立している時点でその条件を破棄、又は破る事は正式な手続きをしない限りは不可能だ。条件の遵守がされない場合、裁判にも発展するだろう。
由比ヶ浜は"第三者に雪ノ下家の車が由比ヶ浜のペットを轢きかけたという事実を一切口外しない代わりに慰謝料を支払う"。という条件で迷惑料や口止め料と言ったものを支払われた筈だ。それを彼奴は雪ノ下家の車が関与したと第三者である有栖達に洩らしてしまった。これは記録に残ってしまった場合、契約不履行の証拠が出来てしまう。有栖の録音の様に。
「あ、ああ…や、辞めて、消してよ!何でそんな非道いことをするの!?」
由比ヶ浜の悲痛な訴えに有栖は容赦無く淡々と応える。
「非道い事ですか。これは全て貴女が招いた事でしょう。八幡君への理不尽な対応をしていたことが今此処で貴女に返ってきただけです。つまりは、因果応報ですよ」
「それに、これで済む訳ないでしょう?」
そう一度、言葉を区切った後。有栖は万人が息を呑む程の深い微笑みを浮かべて告げる。
「ああ、そう言えば1年前に貴女の親族の働いている会社の社長が貴女の親族が会社の売上げ金の横領していると言っていたことを思い出しましたが、今、どうなっているでしょうね?」
有栖は由比ヶ浜家の裏の部分を話した。恐らく有栖の父親のつながりとかで情報を得たのだろう。由比ヶ浜の親族の誰かが不正を行った情報。それが正しければ今、由比ヶ浜の家はヤバい状況になっている筈だ。有栖の口ぶりからして、今年に裁判が行われていて、全国のお茶の間にそれが報道がされれば親族の事とは言え、マスコミが由比ヶ浜の実家にも押し寄せて両親の仕事にも影響が大きく出る筈だ。悪い意味で。
示談が成立する可能性は低いだろうし、仮に成立したとしても世間の由比ヶ浜家の関係者への風当たりは良いものではないだろう。有栖が此処で出任せを言う人間ではないのは分かっているので確実に事実として存在する筈だ。
改めて有栖の敵と認識した人間への追い詰め方に恐ろしさを感じた。有栖が敵に回ると想像すると肝が冷える。情状酌量の余地は欠片さえもない。俺だったら一瞬で土下座して靴舐めでも何でもするレベル。プライド?馬鹿野郎、そんなのはそこいらの犬にでも食わせるわ。俺だけの犠牲で小町の安寧を得られるなら安いものだ。
そこまで言うと由比ヶ浜は恐怖で身体のあちこちが震えて膝から崩れ落ちた。顔を天井に向けて眼の焦点が合っていない。その様子を見て有栖は由比ヶ浜に近付く。カツ、カツと杖の音がヤケに響いて聞こえた。
「もう、壊れちゃいましたか。興醒めですねぇ。まあ良いでしょう、貴女の終着点はもう目の前ですから」
そう近づきながら言い、有栖は由比ヶ浜の視線を真正面に自分の視線と合わせて言った。
「貴女への相応しい
思い上がるなよ、
「「ッ!!?」」
と、此処からは表情を窺い知れないが、どんな相手であろうと、状況であろうと敬語が染み付いていた有栖の初めて荒々しい言葉遣いを聞いた。その圧はその場にいる全ての者を恐怖で呑み込む沸々とした怒りが込められていた。俺も思わず膝が笑い、冷や汗が身体中から噴き出す程だった。神室も同様だった。
「……」
そして崩れ落ちた由比ヶ浜を放って俺達の方に戻ってきた。そしてそのまま微笑みを浮かべて言った。
「さて、行きましょうか」
そして有栖は俺達を先導する様に前を歩いていく。その様子を見て心底俺は思った。
ーーー味方で良かった、と。