やはり俺の実力至上の青春ラブコメはまちがっていない。 作:ゆっくりblue1
風に乗ってコートがたなびく。こんな中二病の様な表現だが、間違ってはいないだろう。ザッ、と地面を踏みしめ、春の夜風に肌を少し震わせた。
男は学校寮の前から少し離れた、人目に付きにくいところで佇んでいた。ただ外の夜風を浴びに来たわけではなかった。男は適当に寮の角に設置してある自動販売機で、好物である『MAXコーヒー』を買ってブルタブに指をかける。カシュッ、という音とともに飲口を開き、喉に流し込んだ。
「寒・・・早く帰りてえな・・・」
近くにあるベンチに腰を下ろし、溜め息を吐いて空を仰ぐ。生憎と星や月は見えず、薄い曇が漂っているだけだった。腕に巻いている時計を見る。『PM 7:15』を表示している。そして視線をまた空に戻してしばらくの間、ボーッとしていた。
ふと、足音が聞こえてきた。その主はどんどん近づいて来ているようだ。
顔を上げて見てみるとそこには待ち合わせの相手の男が近づいてきていた。その男は愉快そうでありながら、眼には獰猛な火を灯して笑っていた。ケラケラと笑い、こちらの前で止まる。
「よう、意外と早かったじゃねえか?」
「・・・・面倒くさいことを後に回すのはもうこりごりなんだよ。後回しにしても特に良いことなかったからな」
奉仕部で何かと押し付けられてたし、それでもう悩むのは俺にとって損しかないってやっと理解したのだ。
「はっ、どんなことがあったかはどうでもいいぜ。さっさと本題に移るが、俺を呼んだってことはCクラスのスパイになる気になったのか?それともひよりとの関係を切る宣言か?」
鋭い瞳でこちらを見る龍園。その瞳には『愉快』といった感情が見え隠れしていた。・・・・・此奴は坂柳に似てんな。
「そのことだがな龍園。少し条件を変更できねえか?」
「どんな条件だ?」
話を聞く様子ではあるが、ふざけた条件を出せば攻撃を受けるだろうな。といってもこっちだってふざけた条件を突きつける気なんてない。
「『コレ』だ」
そう言って俺は
「プライベートptこいつで手を打ってくれよ」
「・・・くははっ!成程そう来やがったか!おもしれえじゃねえか」
龍園にとっては予想外であったのか。心底愉快そうに笑った。そして楽しそうな顔のまま言う。
「良いぜ?金で解決しても。ただし、『50万pt』だ。それならひよりとも好きにしろ」
平然とその金額を条件に出してきた龍園。こっちが慌てると踏んでいるのか、ニヤついている。だが、その期待を裏切るように冷静な声で俺は言った。
「分かった。後日に契約書にサインしてもらう。仲介役付きでな」
「・・・・あ?」
俺の様子を見て怪訝そうな声を上げる。なぜ俺がこんなにも余裕なのか分かっていないようだ。俺は一応学生証のpt残高を確認する。その表示にはーーーーー『1,057,810pt』ーーーーーとなっていた。
何でこんなにもptを稼いでいるのか、それは1週間前に遡る。
今日も平穏無事に授業を終え、俺は寮でごろごろしながら携帯をいじってネットサーフィンをしていた。そしてトップ画面に戻ってゲームアプリを開こうとして、間違って学校の掲示板のところを押してしまった。
「間違った・・・」
そして戻ろうと操作して、そこに『ある文章』が目に飛び込んできた。
「『pt賭けマッチ』・・・?」
詳細を見てみると、上級生がptかけた試合をオンラインで知らせているみたいだ。参加人数は8人と多いのか少ないのかわからない。好奇心に負け、俺は参加する。
すると、レース対戦、トランプゲーム、ボードゲームと選択肢が現れる。運によって左右されるレースやトランプはリスクが高いため、ボードゲームを選ぶ。そして、更に項目が現れる。将棋、オセロ、チェス、ダイヤモンドとゲーム内容の選択だ。
「チェス・・・と」
中学で小説以外ではCPU相手にチェスやっていたし、最近は坂柳にぼこぼこにされながら学んでいるし。彼奴、プロ級で強すぎなんだよなぁ。ドラ○エでレベル1の勇者がいきなり竜王のところで勝負吹っ掛けられるレベル。しかも俺が負けたとき良い笑顔で俺の頬突いてくんの、しかもドヤ顔付きで。何、マ〇クのスマイル0円ってやつなの?
そんなことを思いながらチェスを選択する。参加者は俺を入れて3人だ。
参加したことに反応したのか、メッセージが飛んできた。
《おっ、参加者か?》
《目ざといね~。こんな目立たない賭け試合が行われてるところに入ってくるなんてさ》
やはりネット上だと初対面の人にも遠慮なくメッセージを送ってくるらしい。ネットは本来の自分をさらけ出しやすい状況だし、更に匿名性もあるため、個人の特定が難しい。メッセージを見ていると、更に送られてきた。
《何年何クラスなんだ?》
答える気はなかったが、何か反応を示さなければ『賭け』が出来なくなる可能性が高いため、一応返信しておく。
《1年Bクラスです》
返信すると、すぐさまメッセージが返ってきた。
《Bクラスか・・・。よし、勝負しようか。いくら賭ける?》
そうメッセージが来たので、俺はスマホの画面から学生証に視線を移して、考える。
『75,690pt』が今の俺の残高だ。様子見したいが、一発目で遠慮すると相手も低い掛け値で来そうなので、俺は賭けにいく。
《5万ptで》
《結構貯めてるな。じゃあ敬意を表して俺は10万をかけよう》
おっと、これはラッキーか?勝てば10万か・・・・良いかもしれない。俺はにやけながら二つ返事でOKを出す。
そして試合が始まった。相手は攻めるタイプのようで、攻めの手を思い切って打ってきた。しかも中々の手練れの打ち方だ。読み合いが上手い。が・・・・
「坂柳と比べたら甘いな・・・・」
相手の攻めを冷静に回避して、カウンターで一気に盤上の状況をひっくり返す。坂柳の打ち方はそれさえ利用して更にこっちの逃げ道を塞ぐ戦い方をしてくるからな。もはやいじめみてえなもんだよ。それをすると楽しそうな笑顔でこっちを見るんだよ。
そんな坂柳の仕打ちを思い返してしまった俺は若干イラつきつつ、反撃に出る。坂柳ほど読み合いがうまいやつは学年でもあまりいないだろう。坂柳であれば防いでいるであろう一手を、今の相手は防ぎ切れていないのだから。
そしてチェックメイトがかけられるまでさほど時間はかからなかった。
相手はもう王を守り切れないことが分かるとリザインのメッセージを送ってきた。それとともに連絡先のリンクも届く。金を支払うためだろう。俺はリンクをアクセスすると、10万ptが学生証に入金した。相手はコメントのメッセージを送ってきた。
《負けた。強いな、経験者か?》
《はい》
返信を送るとこの試合を見ていたのか、違う人からもメッセージが来た。
《君、強いみたいだねー。次は私とやろうよ》
触発されたのかやる気満々のメッセージだった。俺もまだ稼ぎたいのでOKを出す。リスクリターンの計算には自信があった自分だが、金の力には抗いがたかった。恐ろしい金の魔力・・・!
そして俺はまた賭けに身を投じた。
《負けた・・・強すぎだよ~君》
あの後も俺は勝ち続けてしまい、結局この賭けに参加している全員と勝負して勝ってしまった。
《ボ-ドゲーム部あるから入ったら?》
《ありがたい提案ですけど、遠慮しておきます》
部活はもう遠慮したい。仮に入ったとしても俺はボッチなのでコミュニケーションがとりにくい。邪魔になるだけだ。
《堅い返信だね(笑)また勝負しようよ》
そんな軽いメッセージの後、相手のメールアドレスが届いた。登録しろとのことらしい。ていうかなんでそんな軽くネットで個人情報渡すのん?ハチマンイミワカンナイ。
一応登録してみると、電話帳に名前が表示された。-----『朝比奈なずな』-----それが相手の名前のようだ。
そして、登録したことの趣旨を伝えると相手はネットから消えた。
・・・・もったいないし、置いておくか。そしてオフラインに戻り、時間を見ると『PM7:45』と表示されていた。腹の減り具合を確認し、食事を取ることにした。
それが1週間前に起こったことだった。少し、考えすぎたようで龍園が怪訝そうに見てくる。
「払えるのなら別にいいが。おら、さっさと送れよ」
「分かってる。後、携帯で一応録音させてもらったからな」
いざとなればこれが証拠になる。すると龍園はまた楽しそうに笑う。
「随分と慎重なこった。で?明日には契約書にサインさせんのか?」
「保険としてだ。お前のクラスメイトにも邪魔されんようにな」
「くくっ、ぬかりねえな。俺の駒に邪魔させる計画もあったが」
やっぱりか。此奴、相当な屑だな。まぁ、そんな奴の手を見切る俺も相当変な奴だが。おい、今屑って思った人先生怒らないから出てきなさい。
そして、後日Aクラスの先生を仲介役にして、俺と龍園は念書を交わした。条件は・・・・
・比企谷八幡(以下、これを『甲』とする)と対象者、椎名ひよりとの接触に対して契約者(Cクラス全員を含む。以下、これを『乙』とする)は関係を著しく妨害するようなことをしてはならない。
・『乙』が対象者と『甲』に対してこの契約の上記の違反をした場合、10万ptを『乙』が『甲』に支払う。2回目は、倍の金額を払う。3回目は50万ptの罰金となる。尚、3回目以降は倍の金額を支払うこととする。※(4回目は100万、5回目200万・・・となる)
・また、『乙』のいずれかの人物が退学しても、『甲』が退学にならない限りはこの契約は破棄されない。
となった。
ざわざわと騒がしい喧騒の中、いつも通りに私は小説を読んでいた。授業も比較的にスムーズに進行している。そしてその放課後のことだ。
「お前ら、少し残れ」
そう強い命令口調で指示を出した人は、私たちCクラスのリ-ダーの龍園君だった。部下となった石崎君と山田君を従えて、教卓に立つ。
「少し、重要なことだ。黙って聞け。特にひより、お前に関することだ」
龍園君により、先ほどまでの喧騒は嘘のように静まった。しかし、私に関することとはどんなことだろう。・・・・まさか。
「昨日、Bクラスの奴ととある契約した。コイツがその契約書のコピ-だ。回し読みしろ。質問は受けねえ」
その紙を見る生徒の顔は驚愕を隠せていなかった。私にも回ってきたため、目を通す。
・・・・これは!!驚きのあまり口元を手で覆ってしまう。喜びと驚きが私の思考をないまぜにした。手が震えていることに気が付かずに。
呆然としながらも紙を後ろに回す。すると、声が上がった。
「龍園君!これは本当なのかい!?」
立ち上がって聞いたのは、葉山隼人君だ。龍園君は葉山君を睨んで言う。
「質問は受けねえって言ったろ?次はねえ」
そう吐き捨てられ、葉山君は悔しそうに口を噛み締めて座る。
「契約内容は読んだな?違反した場合は俺がお前らを粛正するから覚えておけ」
そう言い残し、解散を命じた後、教室を去っていった。私も鞄に小説をしまい、教室を今私の出せる限界の速さで教室を出た。『速っ!?』という声が聞こえた気がしたが構っていられない。早く、『彼』に会おう。