エフィ・カティ王国では、「冒険者」は極々一般的な職業である。
元々この世界でそれは珍しい職業な訳ではないのだが、なにせこの国の異名はどっちつかずの国。山にも海にも中途半端に近いこの国は、未開拓のダンジョンや未踏の地や海域に向かう為の仲介地点、冒険者の拠点として適した立地条件だったのである。
そんな事もあってか、この国の冒険者の人口は世界的に見ても上から数えたほうが早い。酒場に入って冒険者のグループを三組以上見ない日は無いと言われるほどだ。
だが冒険者としてそれなりに成功し、富と名声を得たグループはその中でも極々僅かの限られた者達だけであり……冒険者のほとんどは、そういった上級冒険者や英雄に少なからず憧れを抱いているものが殆ど。
「ねえ、リーダーまだ来ないの?」
「いい加減あいつの遅刻癖にもうんざりしてきたな」
「まぁまぁ、今回はクエスト先でトラブルがあったとかどうとか……理由がちゃんとしてるだけマシですよ」
そんな“パッとしない”冒険者グループの「
今回彼らはめぼしいクエストを受ける事が出来なかったため、それぞれがそれぞれのクエストという名の雑務(店の手伝いや下水道の掃除)を終え、行きつけの酒場で、どうやら遅刻魔らしいリーダーと呼ばれる人物を待っていた。
「なあ聞いたか、迷いの森のダークエルフの話!」
そんな中、酒場の一角から噂話が彼らの耳にも届く声で話されていた。
「聞いた聞いた!なんでも、伝説だと思われてたダークエルフが実在したっていう……」
「流石に法螺話だろ?暗闇を好むエルフなんて……想像も出来ねえや」
なんでも、迷いの森で、伝説上の存在とされていたダークエルフが発見されたらしい。との事。
エルフとは本来、光が多く集まる場所……清められた森だとか、精霊が飛び交う霊峰なんかで多く見かける亜人種の一種であり、人間とも友好的な関係を結んでいる種族である。
故にここで言うダークエルフとは、エルフとは真逆の存在。暗闇を好み、エルフが透き通った肌の色である事に対し、彼らは皆、褐色の肌であるとされている。闇を好み、日の光に肌を晒さないにも関わらず、だ。
「……迷いの森って、リーダーが行ったとこじゃない?」
「ええ、ですがまさか……」
「……流石にありえないだろう」
そんな噂話を聞きながら、彼らは自分達のリーダーがどこへ行ったかを再確認し……「いやいやまさかそんなわけ」と首を横に振った。だが、ひょっとすれば、その姿の一部分だけ、一瞬だけでも彼が見ているかもしれないという淡い期待を抱かずにはいられない。
そうしてしばらくすると、酒場のドアが開かれ、大柄で筋肉質な男と、その後ろを着いていくようにトコトコと、15~16歳程度の背丈の少女が、頭から頭巾を被り、顔を隠しながら歩いていた。
「……遅れて悪い!」
「ほんとだよ!!」
どうやらその大柄の男こそ、暁闇の狩人のリーダーだったらしい。リーダーは、ばつの悪そうな顔ですまんすまんと仲間の一人に謝ると、そのまま席に腰をかけ……ようとして、思い直したように立ち上がった。
「いや、重ね重ね悪いんだが……ちょっと場所を移そう」
「え?」
「……それは、ひょっとしてその後ろの子絡みか?」
「あー、そうそう、ちょっと人目のあるとこじゃ話せないっつーか、なんつうか」
「ま、まさか誘拐……!?」
「なわけないだろ!?いいから、いつもの宿屋まで……うおっ!?」
「きゃっ!?ごめんなさい!」
そう言って、少女を連れて我先にとその場を去ろうとしたところで、彼は「ご注文の品お待たせいたしました~」と小走りで横切ろうとしていた店員と強かにぶつかってしまい、店員は手に持っていた飲み物を木のトレーから滑らせ……ローブを被っていた少女の頭にまるごとひっくり返してしまった。
遅れてガチャーン!とガラスの割れた大きな音が店内に響き渡り、「おいおいまたかよ、気を付けてくれよな」と冒険者達がそちらへ視線を移し、「おぉい、大丈夫かあ!?」と声を上げる者も居た。
「す、すみません!すみません!」
「あ~こちらこそ……って
「……キモチ悪い。」
「ごめんなさい!ほんとにごめんなさい!」
頭巾の下に顔が隠れているため表情は伺えないが、僅かに見える口からは不満そうな声が漏れた。その事により店員さんからは目から涙が漏れた。
「……ってちょっと待て!ここでそれを脱いだら……!!」
余程気持ち悪かったのだろう。少女はその場で頭巾を脱いでしまう。リーダーの制止の声も間に合わず、ただでさえ注目の的になっている現状で、少女の顔、その全貌が明らかになってしまう。
少女は、艶やかな黒い髪と、浅黒い褐色の肌、そして金色の大きな瞳をくりくりと躍らせている。顔立ちは誰がどう見ても美少女と言わざるを得ない。何せ、依然として不満そうに眉を歪めているその顔ですら美しい。
……最も、ピン、と立ったエルフ特有の尖った耳が、彼女がエルフである事……その上、今まさに噂していた、迷いの森で発見されたダークエルフご本人であるという衝撃と比べれば些細なことかもしれないが。
『だ、だ、だ……ダークエルフだあ!!』
誰からともなく、そんな声で酒場から驚きからくる絶叫が発せられ、途端に酒場はざわつき始め、騒ぎを聞きつけ衛兵までもがここに向かっているらしかった。
「ハハ……どうしよこれ」
事を穏便に済ませようとしていた筈なのに、一番最悪な結果を生んでしまったリーダーは、無意識に口からため息が漏れた。