AKIRA´s Story.   作:百田

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さて。お祖父様が少年に話した事とは?!


#2 AKIRA´s Story.

それは、こんな内容(はなし)だった。

□祖父 grandfather□

〝儀式〟は順調だった。

念も、想いも安定していて、特に問題は無かった。

勿論、手順にだって、問題は無かった。

棕矢(そうや)が頑張ってくれたお蔭で、鉱物達も、明確な呼応を示していて…

素(もと)にする鉱物(いし)を選ぶのにも、思ったより手間が掛からなかったよ。

 

本当に順調だった…

 

途中までは。

 

   ***

 

「よし。やってみよう」

 

「はい」

先(ま)ず。いつもと同じく〝基礎〟から。つまり、精神統一。

鉱物で造られた二重の環(わ)の中に座る少年。こうやって改めて見ると、暗い中、蝋燭(ろうそく)の灯だけで浮き彫りにさせられた姿が、どこか神秘的なひとつの芸術作品の様にも映る…。古代から神聖な場や、儀式にもよく環が用いられる…。きっと、有りと有らゆるモノの力を引き出すには「御誂(おあつら)え向き」ってやつなんだろう。〝魂の終着点と出発点〟を表すにも環が用いられるくらいだ。しかし今、環の中には棕矢だけ。

今回においては、私の役目はあくまで彼の補助(サポート)だ…しかも、その全てが工匠の力と、自分の経験…という曖昧なもの頼りなので「私は環の一番外に居るべき」と判断したのだ。要するに〝主役〟の環に〝部外者〟は踏み込んではいけない。

 

彼と共に、私も目を閉じて集中する。私達の呼吸が、それぞれ同じ速さで、同じ深さで繰り返す。多少、結界のせいもあるだろうが、あまりに静かだった。物音ひとつしない空間は、日常からすれば不気味だったが、私は仕事上、慣れている。

それに、お蔭で棕矢も、ちゃんと集中している様だしな。一先(ひとま)ずは良かった。

 

少しして。私は、棕矢が完全に落ち着いたところを見計らって、水差しに触れた。

 

カタ

 

小さな音と、水の揺れる音。そのまま、彼の前に置かれた木製の浅い器に、水を注いでゆく。見事に、棕矢は驚きもせず、集中も切らしていない。よし…大丈夫だ。

 

「両手を出して」

 

棕矢は素直に、ゆっくりと手を前へ突き出す。私は彼の掌(てのひら)を上に向け、そのままの状態で両手をくっ付ける。手で椀を作る感じだ。そして、その小さな手の上に〝ルナの鉱物(いし)〟を、そっと乗せた。

 

「そのまま器に、手を入れて」

 

ゆっくりと〝手と鉱物〟が下りてゆく。

器の水に手の甲が触れたのか、一瞬、棕矢の動きが止まった。

 

「水に手、全体を浸して」

 

恐る恐る、手を器に沈めていく少年に、次の指示を出す。

 

「もう一度〝基礎〟…焦るなよ」

 

『ここが一番肝心な工程だからな』と、心の中で言う。

 

「…………」

 

   ***

 

「そう。僕は、そこで涙を流したんだ…。 だから、それを零さない様に手に集めて…」

「うん。だから、おじいちゃんも、その時に鉱物(いし)を二つ、器に入れたんだよ」

…器に入れた〝燐灰石(アパタイト)〟と〝金紅石(ルチル)〟は、確かに、環(わ)の中で明瞭に呼応していたから。

 

「…うん」

 

   ***

 

棕矢が、ふと目を開けた。

感極まっているのか、頬は紅潮し目は今にも泣き出しそうな程、潤んでいる。

その視線が、不安そうに空(くう)を、さ迷う。

 

「棕矢…目を閉じて」

優しく。諭し、語り掛ける様に言う。

 

 

ひとつ息を吐いた彼は、再び目を閉じる。

私は、それと同時に術をかけた。

 

工匠の混合術を。

 

器の水は緩い渦を巻き、鉱物達はより呼応し…

ルナの鉱物(いし)は、碧い光を纏いながら、溶け出し…蝋燭の灯が、水面で踊る。

〝混ざり切る〟頃には、感情の波が少し引いたのか、少年は安らかな表情(かお)になっていた。

 

でも。

そう安心した、次の瞬間。

 

……?!

 

少年の眉間に皺が寄り、これは明らかに何かが起こったと私に知らせる。

目を瞑(つむ)ったままの彼は、後(のち)の数秒で肩の力を抜いたものの、全身の緊張はまだ解けていない。

 

  ***

 

「あ…!」

 

……!!

唐突に、棕矢が発した声は、同時に〝奇跡の合図〟と化した。

 

私の目に映った、その人……いや、〝その子〟は…少女の姿をしていたのだ。

目の前。環の中に。

 

「私達がよく知っている子」の姿をした……

 

〝存在(カタチ)〟が横たわって居たのだ。

 

ふんわりとした輪郭線(シルエット)の白い薄手のワンピースが、風も無いのに微かに揺れる。

傍に置かれたままの〝器の中身〟は、一滴も滴(したた)る事なく、消えていた。

存在(カタチ)…いや。恭が戻って来た。

カエッテキタ…。

 

計画は成功した…

 

 

しかし。

束(つか)の間、〝鮮やかな夢〟は一瞬にして崩れた。

衣(きぬ)擦れの音。見ると、恭(カタチ)が起き上がっていた。そして、私を見た。

「ひっ…」

声にならない悲鳴を上げる。

この瞬間(とき)。一瞬で、私の歓喜は恐怖に塗り替えられた。全身の毛穴が開き、皮膚が粟立つ。

 

……私は〝彼女〟と目が合った瞬間を一生、忘れないだろう。

何故なら。

 

〝その子〟の瞳には、色が無かったからだ。

 

色素が薄いとか、比喩とか、そう言う話では無い。一切無い。

色の無い瞳は…まるで無機質な人形の目や、深海の生物をも連想させる。

背筋が凍り、愕然と現実から、かけ離れた恐怖の情景を眺める。

他人事の様に。

金縛りの様に暫く、彼女から目を離せないでいた私は…

更なる恐怖を味わう事となった。

 

近くで鈍い音がした。

何かが床に落ち……違う。

存在(カタチ)の直ぐ後ろ。

棕矢が朦朧(もうろう)とした表情(かお)で、床に倒れている。

私は咄嗟に環の中に飛び込み、棕矢を抱き締めた。

突然の出来事に〝彼女への恐怖心〟など吹き飛んでいた。

 

……これは、〝あの夜〟と同じ?

 

いや、違う。あの時とは違った…。

抱き締めた少年の身体は完全に力が抜け、鉛の様に重い。

それは、まるで糸が切れて主を失った操り人形(マリオネット)。

焦点が合っていない瞳が、辛うじて私を捉える。

……!!

目に映ったのは、最悪の光景だった。

少年の瞳は虚ろで、身体も徐々に冷たくなっていく。

碧い瞳は、片方だけ色を失っていて…いや、正確には、失いつつあって…

虚ろと呼ぶにも呼べない、無機質なものへと、着実に変化していく。

 

そう…〝彼女〟と同じ瞳に。

彼女の方を見ると…彼女の左目だけに変化があった。

 

……碧い。

 

無機質だった瞳が、碧く染まる。

布に、色の付いた水を染み込ませるみたいに…。

段々…段々。じわじわ じわじわ…

 

棕矢の〝左目の碧〟が薄れる度、恭の〝左目の碧〟は濃くなってゆく。

 

私は気付いた。

「このままでは、棕矢の命が危ない!」直感が、私の中でけたたましく警鐘を鳴らす。

………棕矢の瞳が、恭と〝共鳴〟している!!

 

もう、どんな言葉を掛けていたのかなんて、覚えていない。無我夢中で、どうしたら良いのか思考を巡らせた。

あれは、火事場の馬鹿力、と言うのか…。

気が付いた時には、私の手は〝金紅石(ルチル)〟が包含(ほうがん)された石英を掴んでいた。

 

   ****

 

「金紅石…RUTILE(ルチル)」

 

金紅石(TiO2)

正方晶系。柱状、または膝頭(Knee sharp)状の接触双晶。双晶でなく塊状のものもある。

結晶には、条線と呼ばれる細かな筋を持つものが多い。

 

あるいは、金黄色の繊細な結晶(針~繊維状結晶)として、石英や、コランダム等の透明な鉱物中に形成され……それは〝ルチル入り水晶〟と呼ばれている。

因みに、水晶に含まれる、針状結晶が金色に見える理由としては、可視光の反射率と、吸収特性が、金と近いからと考えられる。

色は、赤褐色か赤、黄色、黒と様々で…研磨の仕方によっては、キャッツ・アイ効果が得られる。

 

条痕(じょうこん)(鉱物を素焼の磁器に擦りつけた時に生じる筋)は淡褐色から黄色まで。

劈開(へきかい)(割れやすい性質)は、伸長方向に平行で、明瞭。

断口(劈開面以外の方向の断面)は貝殻状の凹凸(おうとつ)。

 

閃緑岩、花崗岩、角閃岩。

及び、片麻岩…要に、長石、石英、雲母、角閃石等から成る鉱物…と、

それ等、多種鉱物の、副成分鉱物として生成する。

 

それから、補足すると…

ルチルと言う名は、諸説あるが、ラテン語で「rutilus 赤味を帯びた」の意。

勿論、和名も字の如く、然り。

 

同成分の鉱物は、鋭錐石と、板チタン石という鉱物なのだが。

・鋭推石「アナテース」は…ギリシア語で「Anatase(アナターゼ) 引き伸ばす」の意。和名は、鋭利な見た目から。

・板チタン石「ブルッカイト」は…英国の鉱物学者「H.J.Brooke(ブルカイト)(1771-1857)」から。此方の和名も、見た目から。

 

それ等の中で、ルチルは最も産出頻度が高い。

 

   ****

 

結論から言うと、この金色の針状結晶には高密度な治癒能力が宿っている。

更に「潜在能力を引き出す力」もあるとされている。

曖昧な記憶を辿ると…多分、私はルチルを含む石英から、ルチルだけを抽出したんだ。工匠の技術に「抽出」と言うものは無いが、きっとどれか他の術を応用した。

元々、塊状のルチルも部屋(ここ)にあったが、それは恭の〝素〟で使い切っていたから咄嗟に、その選択肢を選んだのだろう。

私は〝金色(ルチル)〟を〝色が抜け落ちた瞳〟に流し込んだ。

…工匠の混合術で。

 

抱き抱えていた棕矢の左目に、私が創った色が染み込んでゆく。

生気(いろ)の失われた、無機質な瞳の中で蠢(うごめ)く複雑な陰影は、器で渦巻いていた存在(カタチ)を、脳裏にフラッシュバックさせる。

 

……良かった。少しだけ体温が戻ったか。

と、視界の端で、何かが動いた。恭(カタチ)だった。また、彼女と瞳(め)が合う。

「そうか…」

私の喉の奥から、低い声が漏れる。

 

……やはり。この奇怪な光景の理由は、彼等二人の〝呼応と言う名の共鳴〟だったのだ。

 

「禁忌には、代償が必要…か」

 

此方を、ぼんやり見詰める〝彼女〟の瞳も。

今、私の腕の中に居る少年と同じ…〝碧色と金色〟をしていた。

恭の右目は〝金紅石(ルチル)の金〟、左目は〝棕矢が分け与えた碧〟だった。

 

つまり。

私が補ったものは、〝この子〟にも反映された。

 

 

目を逸らし、下を向く。頭は現状を、こんなにも冷静に推察、分析しているのに。

なのに、感情(こころ)が追い付いていない。予想外の事が起こり過ぎて、もう自分が冷静なのか、混乱しているのかも判らなかった。

 

それでも。

……ここで「諦めてなるものか」

 

私は覚悟を決めた。顔を上げて言う。

「お帰り、恭(きょう)」

 

そして、この時。

無防備な少年が、自分に何が起こっていたのか、なんて知る由(よし)もなかった。

◆棕矢 Sohya◆

説明を聞き終えた僕は、「ひとりにさせてください」と頼んだ。

お祖父様(じいさま)は「わかってるさ」と言いたげに、困った様な、優しい様な表情(かお)で頷くと、静かに部屋から出て行った。

 

ベッドの上へ、背中から倒れる様にして寝転ぶ。

大きくて弾力あるベッドは、僕の身体を上下に揺する。

 

ふわふわ…ふわふわ…

 

……ああ。このまま、もう一度、寝ちゃおうかな。

 

今の状況を、まだ漠然としか捉えられていないし、恭と再会する事が出来た喜びは冷めていないのに、モヤモヤとする。ここ一ヶ月間の計画(プロジェクト)で、僕の努力と根気は、使い果たしたのだろうか。

「会えた時は、あんなに嬉しかったのにな…」

誰に言うでもなく呟いた。それから僕は、ごろごろと寝返りを打っていたが、結局、一階に下りる事にした。

部屋を出る。臙脂色(えんじいろ)の絨毯(カーペット)の床を少し歩くと、その先に同じ色の絨毯が敷かれた階段が在る。大きな階段…それは「未知の世界に続く回廊」に思えた。普段は、こんな感想を抱いた事すら無かったのに…。

 

   *

 

カウンターのある部屋に着く。

俯き加減のまま、黙って自分のカウンター席…恭の隣に座る。〝前〟と同じ様に、大好きな妹が直ぐ隣に居ると言うのに、心はまだ複雑だった。

お祖父様とお祖母様(ばあさま)が、心配そうな目でこっちを見ているのが分かった。

きっと、お祖母様は、既にお祖父様から全部、聞いているんだろうな…。

「お兄様」

急に恭が、僕の事を呼んだ。見ると、恭はそわそわと落ち着かない様子で、僕の反応を待っている。だから僕は、出来るだけ〝普段通り〟を装って「なあに?」と返す。と、妹は「待ってました!」とばかりに、にっこりして、カウンターの影から小袋を取り出した。

「じゃん!」

袋には、拙い字で〝おにいさまへ〟と書いてある。

「プレゼント」

それを、おずおずと両手で僕に差し出す。ほんのりと桃色になった頬と、上目遣いで見詰めて来る姿に「女の子って、ずるいな…」と思った。

僕が「有り難う」と受け取ると、恭は、ますます頬を赤らめて瞳(め)を輝かせた。

「はい!」

睫毛(まつげ)が長くて、ぱっちりした可愛らしい〝碧と金の瞳〟が必然的に視界の中で強調される…

また、ズキッと胸が痛んだ…。

その時。僕の心を察したのか、何とも絶妙なタイミングで、お祖母様が口を開いた。

「さあ、お兄ちゃん! 袋の中を見て頂戴」と。

……あ、久し振り。「お兄ちゃん」って呼ばれるの。

単なる呼び名でなく恭が居るからこそ意味を成す呼称に、僕はちょっと感動を覚える。

「うん」

小袋の口を縛ってあった細いリボンを解(ほど)いてゆく。よく見ると、袋の端にも同じリボンを束ねて作った、小さな花飾りが付いていた。

 

…袋の中身は、クッキーだった。

 

「おばあちゃんが焼いたのよ」

僕が中身を確認すると、お祖母様が嬉しそうに言う。そして「恭ちゃんが袋に詰めてくれたのよね?」と、恭に笑い掛けた。急に振られた恭は、ちょっと驚いた後、恥ずかしそうに小さく頷いた。

ふとお祖母様が、カウンターの下から、もう一個。僕と色違いの小袋を取り出す…「はい。恭ちゃんにもプレゼント」と、恭に手渡した。

恭にとっても、これはサプライズだった様で「わあっ」とか「ふふ」とか零しながら、凄く嬉しそうだ。

そんなやり取りを見ていたら、モヤモヤした気持ちも薄れていた。

寧(むし)ろ、安心感の方が勝っている。

 

……そう。「もう、前と同じ。恭は〝カエッテキタ〟んだ」

 

凄惨な日常から、在り来りで穏やかな日常に戻ったんだ。

 

お祖父様が、僕等の事を愉(たの)しそうに眺めていた。

その夜。

僕の部屋に、お祖父様(じいさま)が来た。ベッドに二人で腰掛ける。

「…慣れるまで気になるだろうし、変な感じがするかも知れないが、少しずつ慣れていくさ」

お祖父様は僕と目を合わせないまま、諭す様に…でも、ちょっと軽い調子で言う。気遣ってくれているのだろう。

「はい…」と、僕も俯いたまま、力無く返す。

〝何が〟とは言わなかったが、そんなの判ってたから…。二人とも黙ったままで、間(ま)が出来た…。だから僕等は、感情の余韻に浸る。

「お兄ちゃんは、妹の命を救ったんだぞ?! 誇りに思っても良いくらいだ」

僕の肩をそっと抱き寄せたお祖父様に、突然、頭を撫でられた。更に「それに、その証(あかし)が、お前達の両目なんだ。棕矢(そうや)と恭は〝二人でひとり〟なんだよ」なんて、明るい声で言ってくれるから…びっくりしたけれど、その前向きな言葉に、僕の気分も前向きになる。

……本当に、おじいちゃんの言動は、いつも「魔法」みたいだ。

 

術を遣っている訳じゃないのに、僕の心を、こんなにも楽にしてくれる…。

 

……僕の憧れで、大好きな優しい、おじいちゃん。

 

自然と、口角が上がっていた。僕の表情に安心したのか、お祖父様が立ち上がる。そして「そろそろ寝なさい」と電気を消して、部屋から出て行った。

 

「…誇っても…良いんだ」

ベッドに寝転び、ひとり噛み締める。

 

……よし。ちょっと元気出た。あと、少し自信を持てた気がした。

よほど嬉しかったのか、急に涙が出そうになって、目を閉じた。

 

「お休みなさい」

 

◆裏の棕矢 The back side of Sohya◆

表の私は〝お狐さま〟に逢った事が無い、と言う。

 

祈りの日も工匠以外の人間が来るからか、お狐さまの方も姿を見せないらしい。

 

〝工匠の伝え〟を知っているのに、実物を目にした事が無いというのは、何とも腑に落ちないのではないだろうか…。

「でも、彼(あいつ)は真面目で、馬鹿みたいに責任感が強いからな…」

〝逢った事も無い、お狐さま〟の事を、きっと本当に心から信じているんだろうな。

 

私は、傍に寄り添う〝守護神〟に、そっと触れる。

 

〝彼〟が目を細めた。




to be continue…
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