やはり俺のボーダーでの短編集は間違っていない。 作:ハーマィア
付き合い始めた日から一年くらい経過してる設定で。
昼間。あまり暇そうに見えない様子の太刀川さん(普段はいつでも暇そうだ)が、俺の姿を見つけるなり駆け寄ってきて、こんな事を言った。
「ようハチ。……あー、その、どうだ? 最近……国近とは」
国近——国近柚宇。太刀川さんが隊長を務める部隊のオペレーターのことだ。俺の知り合いでもある。
太刀川さんの心配そうな視線に、少しだけバツの悪い思いを感じながら口を開く。
「最近はあんま話してない……すかね。疎遠とは違いますけど、会う理由もないですし……最近忙しいですし」
嘘だ。会う理由ならめちゃくちゃ有る。何なら会わない必要がないくらい、理由としてはあった。
けれど、その一歩を踏み出す勇気が、俺にはなかった。
俺にはそんな資格はないのだから。
だって——
「国近先輩のあの視線に逆らえる気がしないんですよ……可愛すぎて」
付き合い始めてからものすごく可愛いんですよもうっ。
彼女の笑顔も、彼女の仕草も、彼女の優しさも、彼女の思いやりも。「国近柚宇」という概念に至るまで、存在全てが可愛い。もうどうしろと。
「爆発した後舌噛んで死ね」
隣を通り過ぎていく仁礼の冷たい暴言が八幡の五臓六腑に突き刺さって超痛い。
「……チッ」
あとで絶対にヤツの隊室のコタツを
「今なんか言ったか、ハチ?」
「ふぁっ◯……いや違う、サーイエッサー! 御身の美しさは常に至上の輝きを放っていると常日頃から思っていますが、御身が素晴らしすぎて今日はその一端が口から漏れ出てしまいました! 是非お許しを……っ!」
「そうかそうか、アタシは嬉しいぞ、褒めてやろう。じゃあ、あとでヒカリさんの部屋に集合な」
笑っているのに彼女の笑顔が見えなかったです。
「いえ、自分には任務が——」
「返事は」
「イエス・マム!」
それは、怯え。だけど隠す事は出来なかった。だって隠すと殺されるんだもん。押しつけられる仕事量に。
スコーピオン使いにオペレーター仕事任せるとか何考えてんだろうあのコタツムリ。
押しつけられすぎて、今ではB級隊員なのに普通にA級オペレーターの仕事ができるまである。終いには綾辻とかのオペレーターが病気で寝込んでる時などにその隊の代役としてよく駆り出されるようになってしまった。許すまじ、仁礼光。
「んじゃ、アタシらの防衛任務が終わったらすぐに来い」
しかして俺による仁礼への怨嗟の視線は本人に届く事はなく(本当に良かった。気付いたらやられていた可能性がある)、不機嫌なままその場を立ち去っていった。
へたり込もうとする足に喝を入れ、どうにかこうにか倒れそうになるのを耐える。どれだけ恐れてるんだよって話だけども。
だが、この場で別れてしまえさえすれば問題ない。なんか「アタシらの防衛任務が終わったらすぐに来い」と言ってた気がするけどよく聞こえなかったので僕は何も知りませんでした。
その前に言っていたが、あとで、という事はいつでも良いはずだ。いつでも良いという事は百年後だって良いはずだろう。百年後だって良いという事はその頃には仁礼も俺も死んでいるだろうから、つまりは達成されることがなくても良いはずなのだ。
念の為ヤツのメアドをブロックしてから、太刀川さんに向き直る。——何処かで仁礼の怒声が聞こえた気がした。
「……それで、えっと……国近先輩がどうかしましたか」
「……最近、国近がハチに構ってもらえないって拗ねてオペレーターの仕事に支障が出てる。俺らが四位に落ちるくらいヤバイんだ」
「……オペレーターが機能していないのに四位は流石だと思いますが。……そういえばそんな話を聞いたような気もしますね。俺B級なんであんま知りませんでしたけど、……ってまさか、……っ、逃げるんだよォォォォウッ!?」
ぐいがしめり、と流れるような動作で生身の俺の腕関節を決めにかかる太刀川さん。あんたいつの間にそんな頭使いそうな技習ったんだよ。あと骨折れそうです。
「どことなくハチが俺を馬鹿にしてるのは置いておくとして、ハチ、他のA級部隊のオペレーターと内緒で交代したりしてるらしいじゃないか。本来なら認められる筈はないんだがなあ。……忍田さんに言いつけられたくなければ、このあと今すぐ俺らの隊室で国近を蘇生させてくれ」
「ぐっ、ぎっ、……太刀川さん……!」
その提案を聞いて気が変わった。正直めちゃくちゃ行きたいしありがたい。だが今日もこのあとは色々仕事があるのだ。三上の兄妹の面倒を見たり綾辻と広報の書類整理をしたり橘高さんとアニメについて語り合ったりなどなど。
人見さんと映画(ホラー限定)観賞とかもする約束だし、ここまで来ると仕事なのかと首を捻りたくなってくるのだが……まぁ、約束は約束だし。
国近先輩の所に行きたいのは山々なのだけど、どうしたものか。
そうやって悩んでいると、俺たちの目の前をカピバライダーが通りがかった。
「む、はちまんか。いったいどうしたんだ、こんなところで」
「いや……なんでもねぇよ、見なかったことにしなさい陽太郎」
林藤陽太郎。ボーダー玉狛支部支部長の親戚のお子様。一応ボーダー関係者ではあるもののトリガーを持っておらず、普段は玉狛に入り浸り、俺たちがいる本部には滅多に来ない、珍しい……や、つ…………。
未だ太刀川さんに組みつかれたまま、俺は首を陽太郎に向ける。
……こいつがここにいるということは、誰かがこいつを連れてきたということで。
「陽太郎、小南は来ているのか? ていうか、誰に連れてきてもらった?」
「ここになら、レイジ、こなみ、しおりちゃんときたぞ。しおりちゃんはかざま隊の所で、レイジはまたむかえにくるといって帰った。こなみはたぶん、雪のした隊の所だと思う。話があるとか言ってたからな」
「オーケー把握した。何か役に立つかもと思ったが特に役立たなそうだ。陽太郎、小南と会っても俺が今本部にいることは絶対に言うなよ」
雪ノ下+小南=情報漏洩による俺の死。
ランク戦すらロクに参加しないで依頼を片付けていたら、ついこないだにA級になったばかりなのにもうB級に落ちてました。キャハッ!
特に小南にはB級に落ちたことは言っていないので「おめでとう。これでようやくあたしと同格ね!」と言ってもらって色々奢ってもらったりしたあの日が懐かしい。側からみれば贔屓にしてるレベルで結構目をかけてもらったし、そもそも雪ノ下隊は奉仕部としての側面もあるけどそれ以前に部隊の降格が知れたら何されるかわかったものじゃない。……こう話してても足元なんかガクブルなんですよ?
「わかった」
ほっ。一安心だ。陽太郎は小生意気だけど話のわかるやつで——
「おれは言わない」
……? なぜ、こんな所で宣誓のようなものをする必要がある。どうでも良いけど、中学生の頃まで宣誓を先生達への報告の儀式だと思ってました。
「おれはな」
二度目の念押し。……まてよ、何か引っかか——
「……ご機嫌よう、八幡?」
うえっ。
「待て、落ち着け落ち着こう落ち着いてください僕たちは俺たちは話し合えば意思疎通できる共存できる理解できる——」
敵は、すぐそこに迫っていた——ぎゃあああ。
☆
「宅配便っす!」
「ご苦労、帯島……はいお駄賃」
「ありがとうっす! ……えへへ」
「んじゃな」
「はい! お疲れ様でした!」
訓練室でド根性バットよろしくあっちにびたーんこっちにどごーんそっちにグシャバキグルェバッドォォォンと小南に足首掴まれて振り回され続け、満身創痍で訓練室付近のベンチに倒れていたところ、たまたま近くを通りかかった帯島に「比企谷先輩! 訓練のための重荷になってくださいっす!」と言われ、仕方ないので太刀川隊室まで米俵のように担いで行ってもらったのだった。
運賃代わりの飴玉を帯島に手渡し、そこで別れる。なんだか帯島に特に懐かれているような気がするけど、どこぞのガンマンが拳銃を抜きそうな気配がしているのでさっと接してさっと別れる。
ていうか俺身内に命狙われすぎ。皇帝かよ。
そんな事を考えながら、ついにたどり着いた太刀川隊室のインターホンを押す。……すると出たのは案の定国近先輩だった。
『……誰もいませ〜ん。太刀川さんもいずみんも、誰もいませんよ〜』
何処となく気落ちした声で応答してくる国近先輩だが、こちらも負けじとインターホンに顔を近付ける。
「くにち」
までしか言うことができなかった。なぜなら、半目でインターホンを覗いていた国近先輩が1秒と経たずにドアを開け、俺を太刀川隊室に引き込んだからだ。
で。
「……ひき、がや……くぅぅん……!」
仔犬の如く胸元に擦り寄られてくんかーされてます。正直すっごくくすぐったい。
「……ご無沙汰、してま……? せ、先輩?」
にまたぁ(にまぁ+にたぁ)。俺が声をかけてこちらを見上げた先輩の目は、なんていうかとろんとしていて、……————。
「……もっ、もう我慢できない……っ! ハロウィンも過ぎちゃったし、何でもないけどここで比企谷くんの処女を戴く……っ!」
「落ち着いてください、とりあえず部屋の外に出て——って、開かねぇ!?」
ロックされてるし、キーが無いと内側から開かない仕様だし先輩の胸ポケットにそれが見えるけど触る訳にはいかないしでああもうどうしよう……!
「はぁ、ふぅ、……ひ、ひひひひひひひひ……!」
じり、にじり、と一歩ずつを踏みしめて俺に迫る国近先輩。(事後が)恐ろしいんだけどちょっと可愛いとか思ってしまいました。
「お、俺、処女じゃないんで……」
情欲に滾る彼女を前にして俺は、そんな事しか言うことができなかった。
前編後編の予定。