やはり俺のボーダーでの短編集は間違っていない。   作:ハーマィア

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もっと甘い話が書きたいのに全然書けないよう。゚(゚´Д`゚)゚。


ミラと八幡、ひみつの夜。後編!

 

 八幡はウソをついた。

 

 本当は、ミラを監視しているボーダー上層部の許可など得ていない。

 

 考えてみれば当然のことだ。

 

 未だ殆ど情報が得られていない現時点では、黒トリガーを体内に隠し持っているという可能性すら捨てられてはいない。

 

 加えて重要なのは、その外出許可について申請すら行われていないという点にある。

 

 では何故、事によっては重大な処罰が下される可能性のある違反行為をしてしまったのか。

 

 一つは、もしも願いが聞き届けられなかった場合に監視の目が強まる可能性があったからだ。

 

 そしてもう一つ——というより、これが本命。これは、八幡個人の事情に依るものだった。

 

 比企谷少年は『ラーメンが食いたい』。ただそれだけだ。

 

 抑圧こそが人を大きく成長させるというが、それも過ぎれば毒となる。

 

 監視役という任務からして必然的に、長期的な拘束を受けることになるのは監視対象ともう一人、監視役だ。

 

 ミラを仕留めたという理由から監視役を押し付けられた八幡だが、いくら授業免除や成績評価の裏工作があるとはいえ、普通の高校生が一ヶ月もの軟禁状態を過ごしておいて、変わりのない生活や刺激のない毎日などから溜まっていくストレスに耐えられる訳がないのだ。

 

 ただ。

 

 ストレスが溜まっているのだというなら、監視の交代を頼めば良い。

 

 自分が八幡と変わってでも八幡とミラを引き剥がしたいと願う一部のボーダー隊員達の数は決して少なくない。もしもの時のためにローテーションが組まれているくらいなのだから、あとは八幡が一言「代わって欲しい」と洩らすだけ。

 

 その一歩を踏み出すだけなのに、それを頭では理解していた筈なのに、八幡はそれをしなかった。

 

 訴えをせず、こうして命令を破ってしまう八幡だが、めんどくさがりな性格の彼がこんな行いをする筈がない。

 

 真実に隠れた本音にとある感情が込められていることを、彼自身、未だ知らないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミラが思っていたよりもすぐにラーメン屋には着いた。

 

 すぐ戻るつもりなのだろう、基地からそう遠く無い場所にてそのラーメン屋は営業していた。

 

 店内に貼り付けられたブリキのおもちゃやレトロな雰囲気を漂わせる看板が物珍しいのか、ミラはあちらこちらに視線を向けている。

 

 あれは何かしら、とミラが問いかける度に八幡が指先を目で追い、知っているものはミラが理解できるように説明したりする。

 

 その途中で、運ばれてきた水がタダのサービスだという事に驚きを隠せないミラが水をひと口。

 

「八幡。このお水、少し香りがあるのね」

 

「レモン水だ。トマトとは違って香りも良いし、ここのレモン水は特に美味い」

 

「八幡がこの前、2人っきりの時に飲ませてくれた、……あの、白くて濃くてドロっとしたクセになる液体くらいではないけど、これも普通の水と違って美味しいわ」

 

「ヨーグルトな。確かにアレは美味いがその前にその表現は誤解を生みかねないからやめるように」

 

 2人の注文を取った若いアルバイト店員の歯軋りの音が聞こえたり、キャベツを刻む料理人のまな板を叩く音が憎しみを叩きつけるかの如く、より強くなったり。

 

 2人がその会話をしている最中や前後は、店内は物々しい雰囲気に包まれていた。

 

 それから5分ほどして。

 

 店内にはミラと八幡の他に数名客がいたが、全員が既にラーメンを食べている最中か食べ終わった後だからだろうか。2人分頼んだ餃子も合わせてかなり早く出てきた。

 

 ミラは目の前に置かれたしょうゆラーメンを興味深そうにまじまじと見つめていた。

 

「…………これは」

 

 ミラは、目の前に出されたこれを、どういった方法で食すれば良いのかわからないのだ。

 

 穀物がラーメンのように麺状に加工された料理はミラの故郷にもあるが、この料理はそれなどとは全く違うし、形が不揃いでありながらもその見た目で食欲を掻き立てるチャーシューや煮卵、メンマ、海苔などの具材が料理の見た目をずっと引き立てていて、澄んだ黄金色のスープは水が透明な泉よりも美しい。

 

 もしかしたら決まった食べ方があるのかもしれないと、ミラは八幡を見た。

 

「あの、はち…………」

 

 しかしミラは、そこで(彼女の人生において)最も珍しいものと出会う。……出会って、しまった。

 

「……、…………」

 

 黙々とラーメンを啜る八幡。その口端が、微かに緩んで笑みを作っていたのだ。

 

 それは、気を緩めることのできない戦いの最中で一度だけ目にした、今のミラにとって何よりも価値があるもの。

 

 普段彼が決して人前では浮かべることのないとわかってしまう笑みに、それを見てしまった嬉しさからか、ミラの頬も思わず緩む。

 

「いただきます」

 

 手に取る——ことは難しいから、最近彼に扱い方を習ったばかりの箸で、ミラはそれを掬い上げた。

 

 微かに湯気が立ち昇った。春も終わり、冬でもないというのに、持ち上げたそれは写真で見たよりもさらに温かそうに見える。

 

 ——そして。

 

「……ん、良い匂いね」

 

 つい、ひくひくと鼻を動かしてしまう程に力強く鼻腔を刺激する、ショウユベースの濃い香り。

 

「おいしそう……」

 

 思わず口許が緩んでしまう。

 

「当然だ。ここは全国展開するチェーン店でありながらも、魔境とまで揶揄される日本各地のラーメン激戦区が産んだ逸品達に匹敵する程の味を出す。それと、ここのは豚骨醤油なんだが、似たようなものというか表裏の裏? 的な存在に醤油とんこつがあって「冷めるわよ」まぁ、流石に一番とまではいかないが、ラーメンといえばここだ」

 

 何故か箸を置いてミラの様子を伺っていた八幡は、自分がミラを連れてきたこの場所について得意げに語り、ミラが興味を失いかけたところで語りを終えて、やっと箸を手にした。

 

「…………」

 

 途端、八幡は再び人格を入れ替えたかのように黙々と、次々と麺を啜っていく。

 

 しかしそれはミラにとって驚くことではあれど、興味を惹かれる対象ではない。

 

 今の状態でも話しかければ返事をすることを、ミラは知っている。

 

 好物は一番最初に取り分けておいて、一番最後に食べることも知っている。

 

 しかし、昨日は気分が違って好物を最初に食べたことすら知っていた。

 

 スープの濃さを想像してもう少しで喉を潤すために水を飲む事も知っているし、あの色の濃い黄身のとろけそうなエッグの次に好物なのだろうと予測したものもあとで聞いてみなければわからないが、恐れるまでもなく好物だ。

 

 何故そこまでミラがこの少年のことを見極められているのかといえば。

 

「はぁ……」

 

 大体、この少年の事はこの一ヶ月、飽くほど見てきたからだ。

 

 監視生活の中で寝食を共にし、生活圏を同調させたせいで、癖や雰囲気の違いから機嫌や体調の良し悪しを見極める事ができるようになってしまったのだ。

 

 敵なのに。親しいと思っている。

 

 そんな思いが、ミラの中で増幅していく。

 

 この想いは一体何なのか。それを見極める為に、ミラはこの場にいる。

 

『デートですか、そうですか。……楽しそうですね』

 

「……! ……ずっ、……ごふっ!? げほ、げほっ!」

 

 不意に思い出してしまったその言葉。忘れる為に麺をすすることに集中したら麺自体が思いの外アツアツで、むせてしまった。

 

「大丈夫か?」

 

 自分を心配してくれる八幡のその声に頷きを以て返すも、その顔を見ることができなかった。

 

『だからデートじゃねえって。いつまで言うんだそれ……』

 

『でもこの前八幡お兄ちゃ……比企谷先輩が寝言で何回もその人の名前呼んでるの聞きました。煩くて眠れなかったんですよ』

 

『ああいやそれは……って、何でお前、俺の寝言知ってんの? もしかして盗聴器仕掛けてた?』

 

『「隣にいた?」とかじゃなくて「盗聴器?」が出てくるあたり何か前例があるような気になる言い回しですけど……』

 

加古隊(オマエ)んとこのトラッパーにでも訊け。初犯はそいつだからな』

 

『比企谷先輩相変わらず煩いです。どうだって良いじゃないですか、……せ、先輩は良い匂いでしたよ』

 

『そうか。……まぁ、ボディシャンプーはいいものを選んでるからな……』

 

『ええ……って、するー!? そういうとこに反応して欲しいんですが!?』

 

『そういえばミラ、新しいシャンプーはどうだ? 匂いが嫌だったりするか?』

 

『いいえ、とても良い香りよ。このモモの匂い、好きだもの』

 

『無視な、……! な、な……』

 

『……俺のを嗅いだって意味ないだろが。自分のを嗅げ自分のを』

 

『……? 同じものを使っているのに、比較する理由があるのかしら? だったら慣れた方を嗅ぐわよ』

 

『いやお前が身を寄せると色々——あ、じゃあな黒江。また今度』

 

『あ、はい、失礼します。……?』

 

『ねぇ。前から言おうと思ってたけど、寝る前に動画を見るのをやめて欲しいの。煩いし光っていてとても眠れないわ』

 

『……いちおう布団被って光も遮断してた筈なんだけど』

 

『漏れてるから。とにかく、消灯したら明るいものは付けないで。眠りが浅くて疲れが取れない原因にもなるから、ね?』

 

『なんか年寄り臭——』

 

『ね?』

 

『……わあったよ』

 

 

 

『……!? …………!??!?』

 

 ここまでの道すがら、すれ違った誰かに力なき瞳で言われたその科白を、ミラが決して意識しているわけではないのだ。

 

『アレで付き合っていない……だと!?』

 

 

 

 

 

 

 楽しい時間はあっという間に。苦しい時間はより退屈に感じられるというが、ミラの場合、前者でも後者でも無かった。

 

 ラーメンという食べ物はミラにとって新鮮でそれまでの退屈を吹き飛ばすような代物だったが、ミラの八幡に向けるその『気持ち』が、時間の経過を停滞させた。

 

 

 

 …………その時間の感覚があと五分早ければ、このような危機的状況には陥らなかっただろう。

 

 

 

 ちりんちりん、と来客を知らせるベルが鳴る。

 

「いやあー今日も仕事疲れたなあ!」

 

「確かにそうだ。今日は特に、仕事が増えたせいで遅くまで残らなければならなかったしな」

 

「……だからって、ハメを外しすぎないでくださいね」

 

 入ってきたのは男と女二人の三人組。

 

 疲れた、などと口にしていることから近所の会社に勤める社員だろうか。この店は〇時を超えて遅くまでやっているし、仕事終わりに寄るにはうってつけなのだろう。

 

 まあ、自分たちには関係のない。バレる前にさっさと帰ろう——

 

「ミラ、帰るぞ」

 

「ふぁふぉぉふえふもむふふぉぉ」

 

「……待つから落ち着け」

 

 そう思って席を立とうとする八幡だが、まだミラが水を飲んでいる最中で、それまでは待つか、と浮かせた腰を再び落ち着けた。

 

 しかしそこで、不可解な事が起きた。

 

「よいしょっ……と。大将、私は豚骨醤油を頼む」

 

「あ、私は塩で」

 

「私も塩で頼みます」

 

「……は?」

 

 なぜかその三人組が、自分達の使っている席に平然と腰を落ち着けたのだ。

 

 カウンターは空いている。テーブル席もまだ他にある。……だというのに、この三人組は八幡達の許可も求めず強引だった。

 

「ちょっと、あんた達一体……」

 

 この席が良いのならもう少し待てば良いのに。そんなことを考えつつ八幡が横の女性を睨もうとすると、それよりも先に応えが返ってきた。

 

「いやあ、それにしても奇遇だなあ比企谷! お前とまさかこんな所で会えるなんてな!」

 

「——っ!?」

 

 怒。

 

 肩に手を回し、機嫌良く高らかな声を上げるその女性は、笑顔なのに明らかに怒っていた。

 

 そして、その女性の機嫌を感じ取ると共に、三人組の正体についても、八幡は気付いてしまった。

 

「おいおいどうしたんだ比企谷? こっちは教え子に久々に会えて嬉しいんだぞう?」

 

 震えが止まらない。ミラとは違う意味で、視線が合わせられない。

 

「比企谷くん、比企谷くんの頼んだラーメンはどんな味だったの?」

 

 正面の女性が和かに青筋を浮かべて話しかけてくるが、これにも答えられない。

 

「……あ、……え、と、で、すね」

 

 肩に回された腕が首に登り、ガッチリとロックして外れそうにない。どうでも良いけど柔らかい。

 

 ミラが、重いため息を吐いた。

 

「まぁ、ラーメンでも待ちながら——」

 

 八幡の斜め前に座った忍田真史——ボーダー本部長が、光のない笑みを八幡に向ける。

 

 委細は省いたとして簡潔に言えば、

 

「——どういうことか説明してもらおうか? 比企谷」

 

「…………イエス、マム」

 

 脱走がバレたのだった。

 

 

 

 元々黒江とすれ違った時点で秘密も何もないし、本部の廊下には当たり前だが監視カメラが設置されている。

 

 こっそりと動くか堂々と動くかは関係なく、二人が無断で本部を出た事を上層部はその瞬間から知っていた。

 

 まさかと思いミラが国に帰還するために使われるであろう「ゲート」の反応を調べていたがその反応は得られなかった。そしてその後黒江からもたらされた「二人はラーメン屋にデートに行った」という情報から一部の任務に意欲的なA級部隊を投入して、辺りのラーメン屋をしらみつぶしに捜索していたという訳だ。

 

 ミラは現時点でボーダーに害なすものではないので、より自由に生活できる玉狛への移住も検討されていたというが、それも今回の脱走により白紙化(おじゃん)

 

 八幡を含めたミラの謹慎期間は二週間ほど増えてしまったというが、本人達は満更でもなかったのだという。その理由は、本人達の知るところのみ。

 

 ラーメンを待つ間に行われた説教も、いかに総司令に気取られずに気を揉んだのかという愚痴が半分を占めていたし、ラーメンが届く頃には説教はただの愚痴と化していた。

 

 ただ怒鳴り散らさない辺り、大人達も八幡やミラに対して思うことがあるのかもしれなかった。

 

 ラーメン屋からの帰還(連行)道中。

 

 三人に囲まれて八幡と歩きながら、ミラは考えていた。

 

 八幡は言った。『近界民なら誰でも良い』と。それはそのまま、誰でも良かったはずだ。

 

 誰でも良かった。エネドラでも、ヒュースでも。

 

 なのに。

 

 ……わざわざ自分に声をかけてきたのは、なぜだろう? 言葉から察するに、しかも一番にだ。

 

 まさか、誰でも良い訳ではなかったとか?

 

「……っ?」

 

「……どした?」

 

「い、……いえ。何でもないわ。きちんと前を見て歩いて頂戴」

 

「はいはい」

 

「……」

 

 前を向き、またゆっくりと歩き始める八幡。その背中を見つめながらミラはぼうっと熱っぽい頭で、八幡のことを考える。

 

 

 ……ほんとうに、どうしてだろう。

 

 

 彼女の口から発せられることのなかったその疑問は、ミラの胸中に渦巻く嵐となってしばらく停滞し、彼女の体温を上げ続けていた。

 

 






すっきりした甘さの後味が良いと思う。
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