やはり俺のボーダーでの短編集は間違っていない。   作:ハーマィア

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貴方がやらねばならぬと云うのなら。

そのための力が貴方にないのなら。

私は、喜んで世界の楔と成り果てましょう————


一度きりのバレンタイン⑤

『現在太刀川隊が警戒中のエリアに比企谷先輩が出現。そのまま真っ直ぐに小町ちゃんの家を目指しているものと思われます!』

 

 今の今まで行方不明だったくせに、突如姿を現した八幡。その狙いがわからず望は混乱しかける——が。

 

『……、ちょっと待って』

 

『……?』

 

 杏の報告の中に感じた強い違和感に、望は彼女の報告を止めた。言葉にはできないけれど、何かがある。

 

 双葉が、望に視線を投げた。

 

『どうしたんですか、望さん』

 

『……どうして比企谷くんは、真正面に現れたのかしら? 彼の黒トリガーは、戦闘向きではなかった筈だけど』

 

 少し考えて言葉にできた違和感だが、モヤが晴れたとまではいかない。八幡のトリガーの特性からして陽動、囮という線が濃厚……。

 

 でなければ、馬鹿正直に真正面に立つ理由がない。

 

 話し合いで済む相手じゃないのは、互いにわかっているはずだ。

 

 これ以上の無駄骨は無い——望もそう考えていると、風間隊の三上オペレーターから緊急通信が入る。

 

『——作戦行動中の全隊員に緊急通達! 比企谷くんは「オルタナティブ」とは別のトリガーを使用! 彼によって黒トリガーの迅さんが撃破されています!』

 

 八幡自身によって示された強行手段の理由、そして黒トリガーを使った迅が敗れたという驚愕の事実が、次々と望の耳に舞い込んできた。

 

『迅がやられた……? ヤツは生きているのか』

 

『あ、はい。トリオン体でなくなった途端、何故か自分には興味を失ったように小町ちゃんの家に向かった、と……』

 

「……!」

 

 太刀川の問いかけに追加の報告が上がる。だが、それでも望の中の違和感は拭えない。

 

 そのもどかしさ、気持ち悪さに望は思わず、

 

「……厄介なことになったわね」

 

「……? 何か言いました?」

 

 思わず漏れたひとりごとに、小町が反応した。

 

(……何か、気を逸らさないと……)

 

「ううん、大した事は言ってないの。……それより小町ちゃん、明日は早いんでしょう? 準備は出来てるのかしら」

 

「はい! 明日はずっと楽しみにしてた日ですから、準備はバッチリです! ……兄の事なので、お世話になってる部隊の隊員さん達と揉めてないといいんですけど」

 

「揉めるどころじゃ——むぐっ」

 

「そろそろお風呂が沸きそうね。小町ちゃんと茜ちゃんは一緒に入るとして、双葉はその次かしら? 私は最後でいいわ」

 

 余計な事を喋りそうな部下の口をガッチリと封じて、望はにこやかな笑みを返した。

 

「えーっ、小町達が一番風呂頂いちゃって良いんですか!?」

 

「ここは小町ちゃんの家だもの。家主さんが一番風呂の権利を持っているのは当然だわ」

 

「そうですけど、加古さん達が入った後のお湯を堪能できないなんて残ね——お客様を差し置いて先にお風呂を頂くわけには……」

 

「こら」

 

 ぴし、と望のやわめチョップが小町の頭を撫でた。

 

「私達が入ったお湯なんて、別に堪能するものじゃないでしょう。何をするつもりなの?」

 

「飲み干します!」

 

「…………」

 

 ……ひょっとしたら、長い間一人きりだったせいで色々と拗らせているのかもしれない。

 

 じょーだんですよー、と笑う小町の瞳の奥が笑っていない事に、望は気づいていた。

 

「本当は、ちょっと髪を染めたいので小町は最後の方に入りたいなーってだけです」

 

 しかし、小町が語った本当の理由も、思いの外きちんとしたものだった。

 

 比企谷小町——彼女は、髪の半分程が色が抜け落ちた白髪になっている。

 

 両親の死去や兄の失踪、長期間の孤独など様々な原因が精神科医によって挙げられているが、黒髪だった小町の髪色が変化したハッキリとした理由は突き止められていない。

 

 医者にも教師にも染める必要はないと言われているが、小町は二色になって目立ってしまう髪の色を誤魔化す為、目立たない為に週に一回髪染めをしているのだ。

 

「それなら、最後の方が良いわね。髪染めって、後片付けとか、染め終わった後のことを考える、と…………」

 

 望の言葉が鈍る。というより、彼女の思考が止まった。——答えに行き着いたのだ。

 

『……そうよ、そうだったんだわ』

 

『……?』

 

 疑問を返す杏に、望は自分が弾き出した答えを提示する。

 

『……いい? 私たちは「ここに茜ちゃんがいるから、比企谷くんはここを狙うのが当然」……みたいに思っていたけれど、そもそも比企谷くんは茜ちゃんがここにいる事を知らないのよ』

 

『それは……確かにその通りです。ですけど比企谷先輩は小町ちゃんの家しか場所を知りませんし、小町ちゃんなら茜ちゃんの家の場所を知っていますから、それで今そちらを目指しているんじゃ……』

 

『この家に辿り着いたとして、その後は?』

 

『え? ……!』

 

『……そうか、比企谷先輩は小町先輩と接触したのがバレたら終わりなんだ』

 

 望の付け足しで杏が気付き、黒江も望の言いたい事を悟った。

 

『そう。現状比企谷くんが取れる選択肢は二つ。そのうちの一つが茜ちゃんへの接触を諦めることで、もう一つが茜ちゃんに会うこと。それは、比企谷くんだけでなく私たちもわかっている』

 

『……だから、比企谷先輩は自分が小町ちゃんに接触する事、いえそのタイミングを私たちに知られたくない。それがわからないというだけで私たちの注意を小町ちゃんの家に集中させることが出来るし、私たちに悟られずに情報を受け取ってしまえば、後は注意を釘付けにしたまま夜明けまで他の所に隠れていればいい……』

 

 そうなれば、「比企谷家に中々侵入出来ずに手をこまねいている状況」を演出できるし、その間に茜に会う事だってできる。加古隊が小町と接触していなければ、十分あり得たシナリオだ。

 

『けど、それならもう比企谷先輩をさっさと茜先輩に会わせてしまえばいいんじゃないですか? そうすれば、私たちの監視下で二人は安全に会話ができます。杏先輩、比企谷先輩を『待って』……? 望さん?』

 

『それは多分、もうできない。比企谷くんが私たちの合同部隊と正面からぶつかっているこの状況を、彼がやるつもりだったとは思えないから』

 

『…………』

 

『そんな天羽くんみたいな力技を持ち出せるなら、最初からこそこそ隠れたりせずにやってた筈でしょ。……なのに、本部を脱走して1時間以上も経ってから突然姿を見せびらかすように現れるなんて、絶対におかしいじゃない。一旦姿を見せてから逃げるよりも、最初から最後まで隠れ切った方が絶対に勝率はあるもの』

 

『……それってつまり、比企谷先輩は今、正常な状態じゃないって事に……』

 

『……もしかしたら、比企谷くんは「小町ちゃんに会う」という目的だけを達成する為に行動してるのかもしれない。そうすれば、この不自然な特攻攻撃に納得がいくわ』

 

『——なら、ここで比企谷先輩を小町ちゃんと茜ちゃんに引き合わせるのは逆効果ですね』

 

『そう。だから、意思の疎通ができる事を確認しない限りは、比企谷くんを絶対に通しちゃダメなのよ』

 

 というか、八幡が理性を制御出来ていないなんて、トリガーの暴走以外に原因が考えられない。

 

『——望さん、風間隊から通信が入ってます』

 

『繋いで』

 

 イヤホンにノイズが走ってすぐに、風間は望に話しかけていた。

 

『加古。日浦と比企谷の妹をそこから逃がせ。ヤツは既にまともに会話をできる状態じゃなく、理性を完全に失っている。自分の前に立つなど行動を阻む者には容赦しないが、それ以外は割と無頓着だな。当真や俺、太刀川もやられたが、背後からの一条や片桐達の攻撃は無視している』

 

『…………了解』

 

 風間から語られた内容は、望の推測とほぼ同じ。出来れば外れていて欲しかったものだが、ボーダーのトップ隊員達がこうも簡単にやられたとなると、悠長に構えてはいられない。

 

『——真衣』

 

 望達がこの家の警備をすると決まった時点で「万が一の時の為の外での仕事」を頼んでいた、加古隊のトラッパー喜多川真衣を望は呼んだ。

 

『ギリギリ、繋げた。本部屋上と、比企谷先輩の家』

 

 彼女は望が頼んだ仕事をキッチリとこなしていた様子で、望の呼びかけにもすぐに応えた。

 

『ありがとう。今から小町ちゃんと茜ちゃんに事情伝えるから、真衣と双葉は二人を護って。私は』

 

『緊急! 比企谷くんのトリオン反応が消失しました!』

 

「……!?」

 

 安心して、次善の策を打とうとした瞬間、また事態が変化した。

 

 そして——

 

『……うそ、この距離で……っ!? 比企谷先輩のトリオン反応が、望さんの直上に……!』

 

「……えっ、どうやって……」

 

 テレポートか、ワープか。その思考が現実に追いつく前に、思わず望の口から言葉がこぼれる。——そして。

 

「……むぅ。やっぱり、何か小町達に内緒でやってますよねー?」

 

 先程からずっと望に怪しむような視線を向けていた小町と茜にも、バレた。

 

『……こういう時、誤魔化しが1番良くない』

 

 だが今は説明なんかよりも、早く二人を避難させなければ——

 

「ええと、それはね。……いえ、それよりも早く逃げないと——」

 

 ————キィ。

 

「「!?」」

 

 突然の音に驚いて、硬直する二人。

 

 茜や小町も驚いた様子で、望達の背後を見つめている。

 

 まさか、扉が開くとは思わなかった。

 

 だって、そいつは今目的のために手段を選ばない状態で、会う為だけなら誰かの殺害も躊躇わないであろう奴だ。

 

 まさかそんな奴が扉を開けてリビングに入ってくるなんて、誰も思わないだろう。

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 現れた八幡の背中と脇腹には、レイガストが二本刺さっていた。右膝から先と右手首が無く、左手でドアを開けたらしい。右脚の切断面から生えた枝のようなトリオンで体を支えている為か、姿勢は安定している。

 

 しかし、表情は虚ろだ。虚脱しているのではなく、ずっと遠くの彼方を見つめているかのように、興味が失った目をしていた。

 

 リビングを見回して、その場にいる人間の顔を確認する。——と、八幡は小町に向かって歩き出した。

 

 小町の前に、スコーピオンを手にした望と孤月を構えた双葉が立ち塞がる。

 

「止まりなさい!」

 

「……止まってください、比企谷先輩」

 

 しかし、八幡が二人に反応する事はなく、彼の歩みも止まらない。

 

「くっ……!」

 

 風間や太刀川を退けた八幡だ。望達のことなんて、戦力にすら数えていないのかもしれない——

 

「……?」

 

 ————ドアノブを捻る音が、静かなリビングに響いた。

 

 八幡が、そちらの方に視線を向ける。——もう一つのドアが開く。

 

「お風呂沸きましたよー? 誰が先、に……」

 

 そこに現れたのは、日浦茜。恐らくは今、最も八幡に会わせてはならない人物だ。

 

 だが、八幡の行進は止まった。

 

「……ひき、がや……せん、ぱい……?」

 

 リビングの空気が、時間が——凍りつくように止まっていく錯覚を望は感じていた。

 

 驚愕に目を見開く茜の口から漏れた問いかけは、質問に答えることがない八幡のせいで、リビングに染み入るように、あるいは空気に溶けていくように静かに消えていった。

 




茜に想いを告げる為、過去の罪を精算するため。歩み始める八幡の前に現れた凶悪なセクハラエリート。

絶対絶命のピンチ! 八幡ではあのエリートに勝ち目なんてない! 逃げるしかないのか!

——諦めかけた八幡は、絶望の先に微かな希望を見いだす!

 次回、バレンタイン編最終話「都条例」!

 …………少年は、罪を精算して罪を生産する。
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