やはり俺のボーダーでの短編集は間違っていない。   作:ハーマィア

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タイトル通り真木理佐回です。前後編の予定です。

今回ちょっと挿絵を描いてみました。下手くそで申し訳ないんですが……。




やはり俺の幼馴染が真木理佐なのはまちがっている。①

 ——〇〇くん! すきです、つきあってください!

 

 ——ばつげーむですか。それともいじめですか

 

 ——……? いじめってなあに?

 

 ——あなたがあたまにかぶってるぼうしのことをいいます。

 

 ——これはぼうしじゃないよ、かびん、だよー。

 

 ——……。どうしておれがこくはくされるんですか。

 

 ——だってそうしないと、ふでばことかきょうかしょとか、ぐしゃぐしゃにするってあのひとたちがいうんだもん。

 

 ——…………。

 

 ——おへんじ、きかせてくれる?

 

 ——おれでよければ、よろこんで。

 

 ——やったー! ……あれ? それで、こいびとってなにをしたらいいの? ていうかどこにいくの?

 

 ——ちょっとおかたづけ(・・・・・)してくる。こういうのに、かんきゃくはいてほしくないから。

 

 ——すぐもどる?

 

 ——うん。でもちょっと、しばらくはあえないかな。

 

 ——どうして?

 

 ——やつあたりだし、それでもけじめはひつようだから————————

 

 

 

 

 

 

 ……その日から、私と彼の奇妙な恋人関係は成った。

 

 でも、あいつとは恋人らしい事をした覚えはあまりない。

 

 ボーダーや近界民なんかが出てきて、それどころじゃなくなった、という理由が主にあるか。

 

 だから、とある小学校で1人の少年がクラスメイトを殴った事はもう、誰の記憶にも残っていない。

 

 いや。私をいじめていた連中は私の彼氏(・・・・)に殴られてできた傷がトラウマになったのかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 世の中には、にわかに信じ難い、いや「信じてはいけない」と拒否感まで抱いてしまうような光景が存在する。

 

 例えばホラー映画のグロシーン。主人公が、ヒロインで幼馴染の婚約者の手によってプレス機の中に落とされるシーンを見るだけで、三日は胃が食べ物を受け付けなくなる人だっている。

 

 これは思考による損得勘定が働いた結果ではなく、ほぼ反射的、人間に唯一残った本能的な嫌悪感によるものだ。

 

 だが、所詮は作り物。よくできたCGでしかない。本物ではないのに感動できるのか、なんて思う人もいるだろう。

 

 だが、世界で最も人を泣かせてきた話は誇張と妄想が入り混じったフィクション映画だ。

 

 そもそもフィクションの魅力とは「現実には存在しない」という一点に尽きる。何処にも存在し得ないからこそ、誰もが見飽きた現実などと比べるまでもなく自由で、壮大で、魅力的なのだ。

 

 それでいて現実には一切干渉してこない。

 

 架空の世界で大爆発が起きたからといって現実世界に影響が出る事は無く、物語が終わっても現実は終わる事もなく続いていく。

 

 そんな、言ってしまえば何処までも他人行儀な世界。隣り合っていて、薄皮一枚隔てた場所にあるというのに、その一枚の距離がどうしても遠く、突き抜ける事は不可能。それなのに、人はホラー映画を見ただけでトイレに1人で行けなくなる。

 

 自分が襲われるかも? という1ミリの恐ろしさに駆られてしまうのだ。

 

 つまるところ、人が恐怖するのはその空想にではなく、恐怖の「映像」を目撃した際にどうしても行ってしまう個人の思い込み、感情移入の強さが、各々が感じる恐怖をより増幅させてしまうから——なのだが。

 

 ……これがもしも。

 

 もしも「空想」ではなく、現実に起こってしまったものを目にした場合。

 

 思い込みが気のせいで済まなくなった世界線。

 

 そんな世界に、放り出された人。

 

 果たしてその精神は無事でいられるのかどうか。

 

 世界は。

 

 ……いや、「比企谷八幡」は。

 

 

 

〝幼馴染〟に恐怖する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボーダー本部基地。とある階にある、わざと照明を落とした薄暗い部屋の中。

 

 その場の空気にふさわしい、おどろおどろしい雰囲気とか弱い声が上がった。

 

「……い、いいのかな? これあとでめちゃくちゃ怒られそうな気がする……」

 

 戸惑うような、怯えたような……普段とは違い、珍しく元気のない緑川少年の震える声が、緑川の目の前で機材をモニターと繋げる作業をしている2人の少年に向けられる。

 

 彼らは、緑川とは対照的に笑みを浮かべていた。

 

 そのうちの1人、出水が振り返らずに言った。

 

「いいも何も、アイツが持ってきたんだからいいに決まってんだろ。誰が見たって優勝はアイツだったし」

 

 もう1人の米屋も、早く見て早く解散だー、なんて呟いていた。

 

「……ほ、ほんとに……?」

 

 振り返る緑川。この部屋を使うことになったのは、彼の提案でもあったからだ。

 

 緑川に視線を向けられた兄貴分、当真がニヒルな笑みを浮かべる。

 

 当真は冬島隊の隊員なので当然だが、隊室を自由に使う権利は本来所属する隊員にのみ限られる。その彼がこう言っているのだ。

 

「いーんだよ。真木ちゃんはオペレーターの合同研修で居ないし、何見たって黙っときゃ問題ねー。でしょ、隊長」

 

 そして、当真の他に隊室を自由に使える隊員、いや隊長である冬島は冷や汗を垂らしていた。

 

「……いやー、おじさんはやめた方がいいと思うナー」

 

 賛成の数は3、否定の数2。

 

 明らかな否定派もいるこの場で、彼らは何をしようとしているのか。

 

 その答えは、モニターに繋がれたレコーダーにDVDが吸い込まれたことで、ようやくわかるようになった。

 

「……お、くるぞくるぞ……」

 

 読み込みが終わり、それまで青かった画面に模様が付いた。……再生の準備が整った合図だ。

 

「よし、これで……」

 

 再生ボタン——プッシュ。

 

 うぃぃ、と音がしてレコーダーは取り込んだディスクの再生を始める。

 

 青い画面が切り替わり、白い背景に文字の羅列が生まれた。

 

「……っ」

 

 覚悟を決めたのか腹を括ったのか、しっかりと前を見つめる緑川の目に迷いは消えていた。

 

 ……しかし。

 

「……? あれ……?」

 

 再生ボタンは押した。それなのに、一度暗転したその後から映像が流れないのだ。

 

「ちょっと待て」

 

 モニターとケーブルの接触不良を疑って接続をし直し、もう一度再生ボタンを押す。……しかし、流れない。

 

 何度か試して、数分間流しっぱなしにしてみたりしたものの、映像がまともに流れる事はなかった。

 

「……なぁんだ、やっぱり再生できないんじゃ——」

 

 映像を再生したまま、画面と睨めっこすること数分。

 

 緑川が胸を撫で下ろした——とここで、画面に変化があった。

 

「……?」

 

 変化、というか事態の深刻さが判明というか。

 

 兎にも角にも、ここで分かったことがふたつ。

 

 まず、彼らの見たかったであろう映像とはまるで違うものであること、二つ目はなぜか流れないDVD映像の行方が何処に行ったのか、である。

 

「……これは」

 

 彼ら5人が見つめる画面に表示されているのは、真っ白な背景に横文字の羅列。グラフもあることから何かの資料にも見える——

 

「——っ!」

 

 最初に動いたのは、冬島。なぜか荷物をまとめ始めた彼に続いて行動を起こしたのは当真。そして——

 

「おい、すぐ止めろ! 停止! 停止ボタン!」

 

 続いてその異常に気づいた出水が、リモコンを手にしていた米屋に必死に停止ボタンを押すように言い、その数秒後、彼自身はレコーダーの取り出しボタンを押していた。

 

 しかし、再生が停止してDVDが取り出されたのは、再生が始まってから数分後のこと。

 

「……これ……混線してたんじゃ」

 

 彼らが見つめるのは「ボーダー本部内におけるトリガーによる通信混線について」という資料。どう見ても彼らが見たかったものではない。

 

「…………そーいや、通信機器の調子が悪いとか真木ちゃん言ってたっけな……」

 

 順当に考えれば、これが表示される(・・・・・)はずだった(・・・・・)場所(・・)に、彼らが見たかった映像が流れていたのだろう。

 

 そして、その場所で表示されるはずだったものがここにきている。

 

 こんなの、推論とも呼べない4ピースのパズルゲームだ。

 

 …………。

 

 出水が無表情で機材の電源を落とし、荷物をまとめながら、米屋が一言こぼした。

 

 

 

「……あれ、これ俺ら大丈夫か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぷいきゅあっ! めたもるふぉーぜ!』

 

『すごいすごい! りさちゃんかっこいー!』

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「……………………」

 

 ……地獄のような空気とはまさにこのことか。

 

 その映像が流れた数分間、ボーダーオペレーター合同研修会場の空気は、場所が室内であるとは思えないほど冷え込んでいた。

 

『はちまん? カメラをむけてどうしたの?』

 

『りさちゃんがかわいいからとっておくの!』

 

『……えへへ。ありがとっ!』

 

 その原因は明白。それまで資料を映し出していたはずの大画面が急に切り替わり、小さな女の子が満面の笑みで女児向けアニメのキャラクター変身ポーズを決めている姿を映し出したせいだ。

 

 画面に女児が映る——それだけならまだいくらでも誤魔化しようはあったかもしれないが、女児の名前を隣にいた男の子が呼んで、あまつさえその女児の成長した姿が誰かわかれば、否が応にも凍りついてしまうだろう。

 

 ボーダー内、魔王こと雪ノ下陽乃や雪の女王と影で噂されている雪ノ下雪乃と並んで恐れられている、『鋼鉄の女王』真木理佐。

 

 彼女はずっと周りからも滅多に笑顔を見せないクール系キャラとして威厳と尊厳を保ちつつ過ごしてきたのだが、先程の放送(?)によって彼女が周囲に与える圧力は陽乃すら凌駕しかねない程に膨張していた。

 

「…………、最近はこのようにボーダー内で通信が混線することが増えています。人為的なミスでなければ、配線の中にネズミが入り込んだとかそういう訳でもないでしょう。おそらく、一斉通報システムの導入による通信配線の混雑が……私が話している途中で何処に行こうとしてるの比企谷」

 

 顔を赤らめることも青筋を浮かべることもなく、あくまで冷淡に自らの意見を述べる途中だった理佐が、こっそりと彼女の視界の外で部屋を出て行こうとするネズミを捉えた。

 

「……すいません、ちょっと、花を摘んできます」

 

 がくぶる……と顔を青くして、自分を見る事もなく部屋のドアに手をかけるのは、先の動画に映っていた少年の方が成長した姿である八幡。かつては周囲の人間を幸せにするであろう笑顔を振りまいていた幼女は、今や冷酷な鬼の面を被っていた。

 

「そう。それじゃあ今から3分で戻ってくるように」

 

「……い、いやあ、今日はこのまま直帰しよっかなって、……はは」

 

「あと2分50秒」

 

「…………アイ」

 

 その言葉に憎悪はなく、恐怖もなかった。ただ、深い水底に連れて行かれるような闇が見え隠れしていただけ。

 

 それは彼らが幼馴染同士だから、だろうか。

 

 度を越した実力の高さからランク付けに参加することが適当ではないとして、番外A級部隊と称し事実上の殿堂入りをしたA級部隊、雪ノ下隊のオペレーターを務めている比企谷八幡は、理佐の事をよほど恐れているのか、彼女の一言に深く頷いて、何度も会釈して部屋を出ていった。

 

 ……そして。

 

 彼が会議場を後にしてすぐ、正面に映るモニターが着信画面に切り替わった。

 

 表示されているのは『比企谷八幡』という名前。

 

「……へぇ」

 

『……オイどうなってんだ、なんでこっちであいつの映像が流れてんだよ……!』

 

 通信相手が電話に出たらしく、その口調から八幡の焦りや憤りが感じ取れる。

 

 ただ、八幡が電話をかけた相手が何を返したのか、彼も「はぁっ!?」とキレていた。

 

『ふざけんな、人ん家を勝手に避難場所にしてんじゃねぇ! それにあの隠れ家は真木にだってバレてないんだぞ!? ……ああもう、わかった、とりあえずこれから隠れ家前にこい!』

 

「…………なるほど」

 

 混線だらけで会議室内は既に会議どころではなくなっているが、そんな中でも理佐は冷静な態度を崩さず、「失礼します」と進行役の沢村に断って部屋を出ていく。

 

 数秒後——

 

『はいもしもし。どちら様——え』

 

 電話帳に登録していないらしく、電話の相手が誰かわかった途端に八幡の声が凍りついた。

 

『……え、やだなぁ今戻ってる途中ですよ。心配しないでも大丈夫だからとりあえず戻っててくんない? ……あ、迎えに来た? 監視の為……って、どんだけ信用ないんすか俺。……? 隠れ家? 何のことっすか。……なるほど、さっきの会話が丸聞こえ……まぁいいや、好きなだけそこで監視しといてくれ。俺はそこにはいないがなっ!』

 

 ……プッ、つー、つー。

 

「……………………」

 

 1分後。皆の予想通り八幡が帰ってくる事はなく、不機嫌さが増した理佐が戻ってきた後に、空気のギスギスさを増して研修は再開された。

 

 

 

 

 

 

 ボーダー本部基地内、八幡謹製の秘密の隠れ家。

 

 基地の何処にある訳でもなく、逆に何処からでも入れてしまう——というボーダーに内緒で八幡が作り上げたこの空間は、仮想空間の一部を切り取ってトリガーに繋げる事で実現している。

 

 使用者のトリオンによって入口が開閉する仕組みで、トリガーの中に仮想空間を閉じ込めている為、空間の維持に手間がかからないのが利点の一つ。もう2つほど大きな利点があって、ひとつは部屋の全体としての形状がトリガーであるために持ち運びが非常に楽なこと、もう一つは他人に部屋の存在がバレにくいこと。

 

 また、認証していなければ相手は部屋に入ってくることもできないので、偶然がピンチを呼ぶ事もない。

 

「……よし、なんとか……」

 

 恐る恐る、八幡は部屋の入口付近に張り付いていた手を離した。

 

 部屋の中に持ち込んだアウトドアチェアに腰掛けて、マッ缶のプルトップを開ける。

 

 勝利の一杯。それと同時に、次の戦いに備えるための聖杯でもある。

 

「……ち」

 

 だが八幡は一口だけ口をつけて、すぐに飲むのをやめた。

 

不味かったのではない。次に備えるための時間が、思ったよりも少ないという事に気づいたのだ。

 

 時計を確認。——現在時刻、午後7時22分。八幡が思った通りの時間だ。

 

 今日この日、八幡の所属する部隊は夜の警戒任務にあたる事となっている。その開始時刻は、

 

「任務自体は8時から。……けど、その前に回収班とかとの合同ミーティング……くそ、どう考えても45分じゃ間に合わない……!」

 

 マッ缶を握る力に手が入る。べこ、と音を立てた時点で八幡は握るのをやめて中身を飲んだが、先程とは違ってちっとも心の休めにはなりそうもない。

 

 場所が問題なのではない。部屋であるトリガーが置かれているのは雪ノ下隊室の八幡が使うオペレーターデスクの上で、10秒あれば部屋を出て仕事を始められるから、実質的な問題とはなり得ない。

 

 では、何がいけないと言うのか。

 

 ただひとつ、任務開始の直前まで理佐と鉢合わせてしまう可能性がある事。

 

「……みつかったらコロサレルみつかったらコロサレルみつかったらコロサレル……」

 

 手の震えの大きさは心の動揺の大きさ。

 

 足までガクガクと揺らし、幼馴染として勝てるところが身長くらいしかない事を曝け出しつつ、八幡は恐怖を飲み込むようにマッ缶を傾けた。

 

 そうこうしているうちに、24分を過ぎている。

 

「……しかたない、ギリッギリのタイミングを見計らって出ていくしか——ん?」

 

 ぴろりん。メールを受信しました。

 

 何か重要な連絡か、とケータイを開いた八幡は、この時の自分を褒めてやりたいと後に語る。

 

「何なに……?」

 

 メールの送り主は緑川。どうやら緊急の内容ではないらしいが、今の八幡にとって重要な連絡だったのは間違いない。

 

『八幡先輩この後防衛任務なんでしょ? 冬島隊の防衛任務、今日は8時までらしいからうまくいけば顔合わせなくて済むんじゃないかなぁ』

 

「……っ! キタ、これだ……!」

 

 思わず立ち上がり、急いで部屋の出口へ向かう。

 

 緑川の言う通り、冬島隊が任務中であれば理佐が八幡に干渉できる理由がない。で、あれば。

 

 あの部隊は実質的な戦闘員が1人、しかも狙撃手のみという超特殊構成。

 

 オペレーターのサポート無しではとても成り立たないチームなので、抜け出してくる事も不可能な筈。

 

 ということは、今出ていっても安全で、鍵さえかけて仕舞えば任務が終わろうと理佐は入ってこれないということ。まさに絶好のチャンスと言える。

 

 今から外に出ても大体35分前後には部隊のメンバーが揃うから、もう少し遅らせても多分間に合う。

 

 しかし、システムのセットアップは早めにやっておいて損はない。任務に支障が出る——給料が減る——事を考えれば、準備というのは優先されるべき事柄だ。

 

 そうやって自分を半ば強制的に納得させて、八幡は部屋の外に出た。

 

「——ふうっ。……さて、さっさと準備してお茶でも淹れるか」

 

 これほど晴れやかな気分はない。なんだ、一度覚悟してしまえば案外どうということはないのかもしれない。

 

 まだ時間はあるな、と八幡がキッチンに向かおうとすると、背後から声がかけられた。

 

「ああ、インスタントコーヒーを持ってきたから2人分淹れてくれる? いつも通りのでお願い」

 

 八幡のオペレーターデスクの席に座っている理佐から注文が飛ぶ。先程まで八幡が隠れていた秘密の部屋の仕組みが気になるのか、彼女はトリガーをひっくり返したりじいっと見つめたりして眺めていた。

 

「りょーかい。スプーンはつけるか?」

 

 理佐の飲み方はコーヒーにミルクだけ。彼女はコーヒーには砂糖を入れないという事を、幼馴染である八幡は知っている。

 

「いらない」

 

「重ねて了解。……………………え?」

 

 ……ところで。

 

 あの万能な部屋を使う上で、ひとつ明確な弱点、デメリットというものが現れる。

 

 八幡が時計を見て時間を確認したように、部屋の中にいては外の様子を一切確認できない事。

 

 中にいる限り、外からやってくる情報の真偽を自分で確かめる術はなく、鵜呑みにするしかない。

 

 特に、追い詰められているこの状況で、彼は1番やってはいけない事をやってしまっていた。

 

 ……八幡は緑川が本当のことを言っているのか確認せずに、部屋を開けた。

 

 八幡は、この部屋に入る前、具体的には他の人間を追い出した時に部屋の隠し場所をもっと慎重に選ぶべきだったのだ。

 

 もっとも、こうなってしまっては意味がないのかもしれないが。

 

 事態の発覚を恐れた裏切り者(緑川)の通報によって『†秘密の隠れ家†』の正体が暴露されてしまい、部屋の前で待ち構えられていた事、そもそも今日午後の冬島隊の任務は無かった事、八幡の判断力や理性が平常より大きく劣る状態だった事など、さまざまな要因が重なり合ってこの災禍を生んでしまった事に、後の八幡はこう語る。

 

『緑川、絶対許さん』——と。

 

「……え? あれ、任務中じゃ……」

 

 震えながら頑張って現状を認識しようと頭を悩ませる八幡に、理佐は視線を合わせた。

 

「緑川に偽の情報を伝えてもらったんだよ。嘘だなんて思わなかったから出てきたんだろうけど」

 

「……ああなるほど、あいつ絶対許さ……っ!? 開かねえ!?」

 

 テレポートでもしたのかというくらいびっくりな速さで部屋から逃げ出そうとする八幡だが、内側からだというのに部屋のロックを何故か解除できない。

 

「……何事も〝とりあえず〟逃げようとする気質は相変わらずか。でも無駄だよ。……任務が終わるまで、その扉が開くことはない」

 

「なんで!?」

 

「わたしが鍵をかけたからねー、比企谷くん」

 

 それまでキッチンにいたのか、キッチンの中からひょい、と雪ノ下隊の隊長、雪ノ下陽乃が顔を覗かせた。

 

「……っ、……大魔王……!」

 

「……キミが影でわたしをどんなふうに呼んでいたか今分かったけど、罰は先に与えられてるようだし、勘弁してあげる」

 

「……?」

 

 陽乃が口にした罰、という単語の意味がわからずに八幡が疑問符を浮かべる——

 

「……つまりはトリガー技術の悪用というわけ。……数学の成績は悪い癖に、どうしてこんなのは作るかな……」

 

 ……八幡にとって致命的な弱点であるものを理佐が手にしているという事を、彼自身、忘れてしまっていた。

 

「……を」

 

 忘れていた。

 

「僕のだぞッ!」

 

 理佐に飛びかかる八幡。男が女に飛びかかる(必死に)という絵面の酷さは見るに堪えないが、しかし、トリガーだけを狙った彼の行動は彼の指が彼女に触れるよりも先に止まった。

 

「……思ったより冷静だね。そんなにコレが大事なのかな」

 

 真木理佐が八幡の努力の結晶を握り込んでいる。……少しでも対応を間違えれば、たちまちに木っ端微塵になるに違いない。

 

「要求は……なんだ。金か?」

 

「いらない。今の私にそんなものが要ると思う?」

 

「お前実家暮らしだし、毎月麻雀で擦ってそう」

 

 みしり。……トリガーが悲鳴を上げた。

 

「……それは私が麻雀が弱いこととギャンブルに全てをつぎ込むようなバカである事、人でなしであることを前提にした答えだけど」

 

「……」

 

「……何か言ったらどうなの」

 

「……間違ったこと言ったか俺——ああ嘘嘘、嘘です! ほんのちょっとのジョークですって!」

 

 バキ、という破壊音を掌から響かせたところで、理佐は再び八幡に聞いた。

 

「——で、昼間に流れたあの映像は一体どんな理由で再生されたのかしら?」

 

「…………いや……」

 

「わざわざこの基地の中で再生したという事は、何か理由があった筈だけど」

 

「…………その……」

 

「今の馬鹿みたいな言い訳より言えない理由? 当てて見せようか」

 

「……………………」

 

「罰ゲームじゃないの? 身近な人間の1番恥ずかしい写真を持ってこい、とか」

 

「…………」

 

「……当たりなのか外れなのか、どっちなのかくらい言い返したら?」

 

 黙り込む八幡。呆れた様子の陽乃が項垂れる彼にそう諭すと、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「…………出水達と自分が生まれてから1番大切にしててた写真と、1番誰にも見せた事のない動画は何かっていう勝負をしてて…………だな」

 

 

 

「……………………え?」

 

 一瞬、呆けた顔をする陽乃だが、八幡の言葉が意味する事を察して思わず理佐を見た。

 

 これって? これってー!? である。

 

 しかし、それに対する真木の反応は——

 

「……………………そう」

 

 あまりにも、無反応であった。むしろ冷たさすら雰囲気として漂わせている。

 

 表情は変わらない。赤くなんてならないし、顔の角度も、照れる仕草もない。

 

 当然と言えば当然。醜態とも言える有様を大勢の前で公開放映されたのだ。殴りかからないだけマシというものか。

 

 ……ただ。

 

 恋人として(・・・・・)付き合い(・・・・)始めて(・・・)10年来になる幼馴染の反応は、ただの知人とは違った。

 

 こういうのも照れ、などと言ってしまえるのだろうか。

 

「……そういう事は外で言うな。家にしろ」

 

 一見無表情に見える彼女の言葉は、彼の発言を聞いた後、ほんの少し——強かった。

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

「一緒に住んでるの?」

 

「っ!??!?!?!!?」

 

「……やっぱお前どこかなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この頃の真木、めちゃくちゃ可愛いんすよ」

 

「おほー♪ 真木ちゃんにこんな可愛い時期があったとは……!」

 

「……何平気な顔で流してんのやめろこら! 砕くぞ!」

 

「ちょうどいいからお前も座れ。可愛いという概念が何かを再認識させてやる」

 

「離せ! やっぱもういい! 出てく——開かない!?」

 

「さっき自分で言ってただろ。慌てるとそうなるとこも直んねえな」

 

「うっはー! 真木ちゃんかっわいいいー!」

 

「……あの……姉さんも比企谷くんも、もう任務開始時間なのだけど……」


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