やはり俺のボーダーでの短編集は間違っていない。   作:ハーマィア

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お待たせしました木虎編です。

 暑いのは嫌だけどこう寒いと雪見だいふくが食べたいですね。

 では、どうぞ。

-追記-
タイトルつけました。


木虎藍の許婚。

「今日もありがとうございました。また明日、よろしくお願いします」

 

「はい、お疲れさま。また明日ね、藍ちゃん」

 

 そう言って、私は先生と別れの挨拶を交わし、生け花教室を後にする。

 

 土曜日の夜。私、木虎藍は一人夜空を見上げていた。

 

「……」

 

 肌をちくちくと撫でる冷風。マフラーで耳元まで覆われててもその寒さからは逃れられないけど、その〝涼しさ〟によって今の今まで溜まり続けた鬱憤は少しずつ溶けていく気がした。

 

 時刻は午後六時。日の短い冬とはいえまだまだ人も多く、居酒屋の提灯には暖かなあかりがともっている。時折聞こえてくる爆音でさえ、喧騒の一部として取り込まれていた。

 

 その喧騒が、冷えかけていた私の苛立ちを加速させた。

 

 一体何なのだ、あの教師は。

 

 まるで魔女。講義もただの世間話や愚痴、自慢話ばかりで、自分が持っている技術をひけらかしたいだけの性悪にしか見えない。

 

「また明日」なんて言ったけれど、体験期間中だし、お母さんに言ってもう辞めさせてもらおう。本を見て、練習して、失敗した方が遥かに私の腕も上達するに違いない。

 

 そうだ、本を買おう。それを持って直談判すれば、何もないよりは安心してお母さんも承諾してくれるはずだ。

 

 そう考えていると、私の足は自然と近場の書店に向いて歩き出していた。

 

 ……「彼」がいるかもしれないという不確かな憶測で足を向けたのでは、決してないはずだ。

 

「いらっしゃいませー」

 

 半ば機械化された店員の声。多分、扉が開く音で判断しているのではないだろうか? まぁ、どうでも良い事だけど。

 

 カケラも気持ちが込められていない歓迎を受けて、店に入る。彼はいるだろうか?

 

 いつもの場所、書店の中でも奥にあるライトノベルのコーナー。しかし、そこに彼の姿はなかった。

 

 あっちを見てもこっちを見ても、いやそんな髪型とかその歳でその髪の色はどうなの、と言いたくなるような格好をした少年少女が表紙を飾っている書籍が所狭しと並べられ、かなり目が痛い。

 

 ……けれど、仕事仲間の双葉ちゃんも、赤目に金髪という中学生にしてはかなり挑戦的なファッションをしている。

 

 ……「彼」も、もしも私がそんな格好をしたらどんな反応をするのか。……似合わないからやめとけ、なんて面と向かって言われるに違いない。

 

『何でわざわざ効率の悪い方で納得してんだよ。相手を欺いて、避けて、突き放さなきゃ自分の身は守れないぞ』

 

 私がこんなワガママを思うようになったのも、彼のせいだ。

 

『けど、お前が大事だと思ったもんは捨てずに取っておくべきだと思う。……俺はなんていうか、そういうの、ないからな』

 

 媚び諂うように「似合う」の連呼しかしない人達とは違って、あの人は私に何か大切なものをくれた気がする。

 

 私が何かあげているのかもしれないし、互いに共有しているのかもしれない。

 

 ……とにかく、こんな所で振り返っていても時間の無駄だ。先輩がここにいないのならいても無意味なのだし。

 

 急がば回れというが、善は急げとも言う。正常な状況判断の下で次の可能性に向かうのは、正しい行いの筈だ。

 

 そうと決まればここに用はない。彼がここにいないのなら私がここに滞在する理由も、価値もない。故に私は、足早に書店を後にすることにした。

 

 どうせすぐに見つかる事だろう。今日は土曜日。彼とはほぼ毎週この街のどこかで出会っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぷる。ぷるるる……ぷる。

 

 壊れたオルゴールような着信音が鳴る。この前、別役が入れたものだが、中々他のメロディにはない〝味〟があって、また他に理由もないので気に入っている。

 

 ただ、前に東隊の部屋に置き忘れた事があって東さんが死ぬ程ビビってたと言うのを、同じくそれを聞いて怯えてた小荒井から話を聞いた冷や汗を垂らす水上から話を伝えられた大して響いていない生駒さんから話が伝染したマジ顔宇井の愚痴を聞いていた戦慄する柿崎さんの側にいた熊谷に涙目でケータイと共に手渡されて、俺のケータイはどんな旅をしてきたのだろう……と思ったのは良い思い出だ。

 

 何はともあれ、電話には出ねば。

 

 そういえば知らない番号だ。

 

「はい、もしもし」

 

 出てから気付いた。しつこく粘ってくる勧誘とかだったらどうしよう。話ぶった切ってガチャン、て切れないんだよね、俺。雪ノ下に代わってもらおうかしら。

 

 と、この場にいない我が隊の隊長殿に、例え妄想であっても断られてしまう未来を幻視しながら、相手の声を待つ。

 

『……ひっ、比企谷先輩! いま、何処ですか!』

 

 ……ん?

 

「あの……えっと、ああ、木虎か」

 

 震えた声に時折聞こえる鼻をすする音。どこか寒い所にでもいるのかと思ったが、それは木虎の涙声だった。

 

「……どうした? 何かあったのか?」

 

 ただ事じゃない。そう思いながら返すと、何度もひっく、ひっくとしゃくりあげながら木虎は続きを話してくれた。

 

『先輩を探してて……先輩の居そうなところを探し回ってもどこにもいなくて……何処ですか、先輩……』

 

 憔悴しているのか、若干幼児退行しているように聞こえる。

 

 ……何この子。こんな街中でそんな事言われても八幡困るんだけど。

 

「えーと、だな。まずは状況を教えてくれ。どこにいる?」

 

『……、……す』

 

 うん? よく聞こえない。電波がわるいのだろうか。

 

「すまん、もう一回大きな声で言ってくれ」

 

『……、の、前……です』

 

先程よりは聞こえる。けど肝心の場所がわからない……。何処だろうか。

 

「悪い、もっとだ。もっと大きな声で——」

 

 この時の選択について俺は、移動の指示を出すなり帰ることを提案したりなど、他のものを選ぶべきだったと後悔している。

 

 

 

 

 

 

『先輩と初めて出会ったラブホテルの前です!』

 

 

 

 なんて所にいるんだこの子は。

 

 

 

 

 

 

 いや、そんな事より……は? こんな時間に繁華街……!?

 

「よし、わかった。もう泣くな。すぐにいくから。な?」

 

 言って、通話を切る。

 

 普段から自分にも厳しく他人にも厳しい頑固者の木虎だが、そんな風に見えてあいつも女の子だ。一人で夜道を歩く事がどれだけ危険なのか、わかってねぇぞあのバカ……!

 

 苛立ちと、焦りと、心配と——さまざまな感情が混ざり合って、膨れ上がる。

 

 それと同時に踵を返し、たった今過ぎたばかりの繁華街、しかもあの場所に向けて俺は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木虎を見つけるのにそう時間はかからなかった。というか、すぐだった。

 

 ホテル前に設置されている自販機にもたれかかり、遠くを見つめる木虎を発見。幸い誰に話しかけられる事もなく無事なようだが、その瞳には涙が浮かんでいた。

 

「木虎!」

 

 声をかける。木虎と一緒に周りにいたカップルが振り向くが、木虎なんて名字はそう耳にするものではないのですぐに大多数の人間の視線が俺から逸れた。

 

「……あ、先輩……」

 

 木虎の下へ駆けつけて、木虎を見る。

 

 ……良かった、何処も乱暴されてない。触れられた形跡すらない。さっき話してたケータイをそのまま握りしめている事からも、どうやらすぐに駆けつける事が出来たようだ。

 

「一体どうしたんだ、俺が見つからないって……とりあえずはまぁ、変なやつに絡まれなくて良かったよ」

 

 ただ、何で悲しんでいるのかはまだ正直理解していない。俺を探していたとのことだが、何故だろうか。木虎が落ち着いてから、それも聞いてみないと。

 

「……先輩」

 

 木虎が俺を見上げる。その目元は赤く腫れていて、擦った痕も見られる。……泣きかけ、ではなく泣いていたのだろうか。

 

「私は怖い女、なのでしょうか」

 

 ん?

 

「……すまん、質問の意味がわからないんだが……」

 

「さっき、すれ違ったカップルが言ってました。『お前みたいな、人に怖い思いをさせる人間が夢なんか見てんじゃねぇ』……って」

 

「怖い、思い……だと?」

 

 そう聞き返すと、溜まりに溜まった木虎の涙腺は崩壊し、涙を流しながら叫ぶように話し始めた。

 

「 ……わたしがっ! ……ボーダー、隊員なのは、周知の事実です! ……それで、あんな、大きい、化物をいとも簡単に倒してしまう『私たち』は、結局、化物と同じ存在、なのでしょうか……? わたしは、誰も傷つけるつもりなんてないのに、誰かを護りたいだけなのに、なんでこんな事を、誰かに言われなきゃいけないんですか!」

 

「…………」

 

 彼女の激昂に、俺はしばらく声を出すことができなかった。

 

 呆れたんじゃない。そんな当たり前の悩みに気づくことができなかった自分に、腹が立ったのだ。

 

 木虎藍は彼女によく似ている。強くて、自分の意見をしっかりと述べることができて、一人でも立ち上がっていける——そんな風に思っていたのは、俺の間違いだった。

 

 彼女に似ているということは、彼女の抱える弱さにもまた似てしまっているということ。

 

 孤独が一番嫌い。劣等感が嫌い。承認欲求が嫌い。自己顕示欲の塊であると共に、自己嫌悪の化身であるのだ、彼女らは。

 

 そして、そんな彼女らの最大の弱点は自己肯定の弱さにある。

 

「……すまない」

 

 気づいてやれなくて、すまない。

 

 だが、苦しい胸中から絞り出すように吐いた言葉は、それだけだった。

 

「……何が、すまない、ですか……っ! 先輩は悪くないじゃないですか、なんで謝るんですか!? ……これじゃあ私が、先輩に何かされたみたいじゃないですか……?」

 

「ちがう、違うんだ、木虎。……俺が何もしてやれなくて、悪いと思ってて……それで、謝った……すまん」

 

苦々しく呟いたその言葉に木虎はきょとんとした目で俺を見て、

 

「悪いと思ってる……? 先輩が、悪いんですか?」

 

 と呟いた。

 

「ああ……責任は、とるよ」

 

 木虎をボーダーに勧誘したのは俺だ。彼女には普通に学生として生きる道もあっただろうに、それらを捨てさせてまでこの道を選ばせたのは、俺なのだ。

 

 ボーダー隊員となった以上、死という命の危険は常に寄り添う。だが緊急脱出システムの完成によって、より安全に戦えるようになったのは事実だし、また、彼女が今抱えている不安はそういうのとは別のところにある。

 

 彼女が肩から下げているポーチバック。その中のトリガーを今すぐにでも取り上げてしまうべきなのか、悩んでいると。

 

「……げんちとった……っ!」

 

 何やら嬉しさを迸らせる甘い声が聞こえて。

 

 スポイトで垂らした雫が、濁りきった湖面を一瞬で透水に変えてしまったかのように。

 

「……先輩、迎えに来てくださってありがとうございます。ですがもう遅い時間です。遊ぶのは明日にして、家まで送って行ってもらえませんか?」

 

 まるで人格が入れ替わりましたと言わんばかりのこの表情で、スラスラと並べ立てる。

 

「あ、ああ。わかった。でも、そんなに言う必要ないだろ。まだ八時前だぞ? それに——」

 

「うるさい! 行きましょう!」

 

 いやあなた何処の麦わら?

 

 俺の手を取り、星が見えない夜空に掲げる木虎。何、甲子園でも目指すのん?

 

 急激にテンションの上がった(少なくとも俺にはそう見える)木虎は俺の腕を引き、るんるん気分で歩き出した。

 

「先輩が言い出したんですからね?『責任取る』って! これを一色先輩も言われた、なんて聞いた時は卒倒しそうになったんですから」

 

「……いや……おまえ……」

 

 それを指摘しようとして、言葉が出ない。

 

 さすが何処かの魔王に理性の化け物と呼ばせた俺。こんな時ですらこれかよ。

 

「なんですか?」

 

 立ち止まり、不意にこちらを見上げる木虎の眼。うるんでいるようにみえた。

 

 言葉が詰まりそうになりながらも、なんとか心を噛み砕いてカタチにする。

 

「…………あ、あのな」

 

「はい?」

 

「……う、その」

 

「はい」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……や、やっぱ」

 

「はやく」

 

 間髪入れずにずずいと詰め寄ってくる木虎。怖い、怖いよ木虎。

 

 それからもたっぷりの間を開けて、気を練り直し、ようやく言葉は音となって空気を震わせた。

 

 

 

 

 

 

「…………いや、俺とお前って許嫁同士だろ。住んでる家も一緒だし、今更そんなことを確認する必要があるのか」

 

「そういえば、そうでしたね。幸せすぎて忘れてました」

 

 

 

 

 

 

 満面の笑みで、即答でそう返してくる彼女。

 

 その笑みに思わずにやけそうになり、耐えて踏ん張って踏み止まって、

 

「ちゅっ、……ふふ」

 

「……勘弁してくれ」

 

 離れた二人の、お互いの頬は真っ赤だった。




次は……未定です。

多分おサノかひゃみさん。

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