やはり俺のボーダーでの短編集は間違っていない。   作:ハーマィア

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タイトルつけることにしました。多分これは気付いたらついてたやつ。


テーマはチキンひゃみさん。


ひゃみさんの八幡。

『ん、ん、ん〜〜♪』

 

 ……くぐもった声が、窓ガラス越しに聞こえる。

 

 上機嫌に鼻歌を歌うその少女は今、シャワーを浴びている最中であり、たった今洗面所に入ってきたばかりの八幡にもそれが易々と見て取れる。

 

 彼女の所属するチームの隊長の影響か、普段は落ち着いた雰囲気や冷静な思考で男女を問わず密かな人気がある彼女は、今、この瞬間だけは好きな歌を軽やかに口ずさむ、可愛らしい乙女であった。

 

「……あー、氷見?」

 

『にっ!?』

 

 そんな彼女の湯浴みに水を差すようで居心地の悪い思いをしていた八幡だったが、これでは事態が前に進まない、と声をかける。

 

『…………』

 

 しかし、何かを楽しげに歌っていた少女——氷見亜季は、八幡が声をかけた途端、仔猫のような悲鳴をあげて黙り込んでしまう。

 

「……あー、おばさんに頼まれたボディソープを……ここに置いとくから、な」

 

 そう。八幡は、亜季の母親に頼みごとをされて、もうすぐ中身が尽きるという亜季と亜季の母親が使っているボディソープの詰め替えを亜季に渡すよう、頼まれていた。

 

 亜季の母親の目論見通りであれば裸の亜季と詰め替えを持ってきた八幡がここで鉢合わせる予定だったが……しかし。

 

 ……亜季、やるわね。

 

 危険を察知したのかたまたまか、半裸である筈の亜季は既に服を脱ぎ終わり、浴室に入ってしまっていた。

 

 それを、リビングにて聞き耳を立てていた氷見母は察知する。

 

 ……仕方ない、か。

 

 今日はもう、氷見父は帰宅しないことが確定している。そして、好き合っているくせにお互いにこれ以上を歩み寄ろうとしないカタブツ娘(予定)&息子(予定)に両親ズが痺れを切らしていたのも、事実だった。

 

 許せ、娘よ。

 

 そう思ってからの、氷見母の判断は素早かった。

 

 予め指をかけていたブレーカー(素早いも何も無い)を落とし、擬似的な停電状態を作る。

 

 そして、急いで洗面所に向かい……洗面所の扉に鍵をかける。くれぐれも、外から鍵をかけられたのが悟られないように、だ。

 

 ——尚、洗面所の鍵がなぜ外側についているのかについてはプライバシーの問題が絡む為省略させていただきます。

 

『なっ、なんだ……っ!?』

 

 そして、予想通り突然の暗闇でパニック状態になった八幡の悲鳴を確認しつつ、もう一つ、八幡以外にパニックになっているであろう娘へと注意を向ける。

 

『ふぇっ、はちまっ、……ひっ、ひきっ、ひきがやくん!?』

 

 計画通り(にやり)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼き頃から密かに八幡へ想いを寄せている我が娘は、去年ようやく、その想いを伝える事ができたという。

 

 そして、これはもう、こうなったらもう、孫の顔を見るのも時間の問題だ——と、去年までは思っていた。

 

『あぁ!? 八にぃとまだ手ェしか繋いだ事がないの、ねぇちゃん!?』

 

 ……それから三ヶ月後のある日、こんな声が、リビングから聞こえてくるまでは。

 

 気になって聞き耳を立ててみれば、亜季の彼氏である八幡からデートに誘われ、中学生で彼女持ちの氷見弟に、亜季にとって初めての経験であるデートについて聞いているのだった。

 

 まぁ、それ自体は初々しい付き合いたての彼女が彼氏を想っての会話にしか聞こえないし、問題はないのかもしれない。

 

 しかし。

 

 明らかに近所迷惑な声を上げる息子の声を聞いて、氷見母はたまらずリビングに突入した。

 

『こら亜季っっっ!! どうしてあんたは、八幡くんと付き合ってからもそんなにチキンなの!? 好きな子を焦らせてキープ出来るほどあんたメンタルも魅力も強くないでしょうが!!』

 

『いきなり何なのお母さん!?』

 

『ねぇちゃんがその程度ならオレが八にぃ貰っちまうぞ!』

 

『だめ、それは絶対にだめ!』

 

 ……結局、その日は色々な観光スポットや喫茶店を巡っただけで、それ以上の進展はなかったのだという。

 

 無論、学生という身分で危険を犯す訳にはいかず、それ故にゆっくりとしたペースで付き合っていくというのも十分承知している。

 

 だが、それでは彼の周囲に蠢いている無数の牙持つ獣達に彼を奪われてしまうのも自明の理。

 

 だから、母親として少し背中を押すことにしたのだった。

 

『今日中に彼のタネを奪ってきなさい!』

 

『話が飛躍しすぎじゃないかなお母さん!?』

 

『そうだよ! オレだって、もうあいつ——彼女に何回かキスされてて、……「まだできないかな」って、言われてて……』

 

『『待ちなさい』』

 

 何だその「キスをすれば子供ができる」という、アルティメットに可愛らしい発想の女の子は。

 

 もしかして、我が息子もそんなお茶目な事を本気で思ってたりするのか——なんて、氷見母の思考がズレかけたが。

 

『とにかく、もう少しアプローチすること!』

 

『……で、でも……』

 

『あんたには男を惹きつけるかぐや姫みたいな魅力なんてないんだし!』

 

『うぐっ!?』

 

『かと言って男を遊び歩く勇気と度胸も無い!』

 

『ひぐっ!?』

 

『マンネリ化以前に塩対応になってあんた飽きられるわよ!』

 

『ふぎゅあっ!?』

 

 しっかりと釘を刺し、送り出した筈だった。

 

 ……隣で「うわトドメだ、トドメが刺されている……」なんてうわ言をぬかす息子のことは、しっかりと無視をして。

 

 それから一週間。やはり亜季は八幡に手を出す事はなく、慎ましい関係を続けていた。

 

 故に。

 

『ごめんなさいね八幡くん! 今お茶請けとして出せそうなものが家に無いの! 今から買ってくるわね!』

 

「いや明らかにそれより重要な事があるでしょう!? ……鍵っ、ちょっ、ほんとに開かないんですけど!?」

 

 八幡は叫ぶ。このままだと本当に何かあってしまいそうだからだ。

 

 ……だが。

 

『母さん、ねぇちゃん、義理兄ちゃん(八にぃ)、行ってきまーす』

 

『ごめんなさい! 今日息子が〝図画工作〟で〝家の洗面所の鍵〟のスケッチをやるらしいの! だから、息子が帰るまで待ってて頂戴!』

 

 まず今日は土曜日であるし、中学の授業に図工なんてものはないし、スケッチ対象がピンポイント過ぎる。

 

 氷見母は最早、手段を選ぶつもりはないらしい。今はそれが、何よりまずい。

 

 何より——

 

「明らかに優先順位がありますよね!? ていうか俺の呼び方違くなかった!?」

 

「翔太(弟の名前)を今すぐ呼び止めてお母さん!」

 

『お母さん方向音痴だから翔太がどっちに行ったかわからないわ!』

 

「あんたカーナビが付いてない車で毎日通勤してますよ!?」

 

『それじゃあ海呑(みのみ)(和菓子屋さん)に行ってくるわね! お父さんもお母さんも翔太も、八幡くんのお父さんお母さんも明日には帰ってくると思うから、それまでごゆっくり!』

 

「海呑ってこの前泊まった旅館の名前だよねお母さん!? なんで丸括弧まで嘘つくの!?」

 

『お父さんもほら、車出してるからもう行くわね! ごゆっくり!』

 

『母さーん! 父さんがケータイ忘れたってー!』

 

「ゆっくりできるか!! あと待て翔太! 戻って来い!」

 

『ご〜ゆっくり〜』

 

「言い方が気に入らなかったんじゃないですがちょっと! せめてブレーカーを戻して行って!」

 

 ……しかし。車のエンジン音は遠ざかり、必死の叫びも虚しく、二人は暗闇の脱衣所(一人は浴室)に取り残されてしまう。

 

「……どうするんだよマジで」

 

 ちらりと目を向けてすぐに窓ガラス越しに見える亜季のシルエットから顔を逸らし、立ち尽くす八幡。すると、浴室のドアが少しだけ開いた。

 

「は、はちまん、くん……?」

 

 顔を覗かせるのは、頬を熟れたリンゴのように赤く上気させた亜季。

 

 そのあまりにも視線を釘付けにしてしまうほどの色気に満ちた姿に、持ち前の精神力で八幡は自分の首をねじ曲げた。

 

「……なっ、なんだ……?」

 

「……えと、ね。……棚に置いてあるバスタオルを、取って欲しい、な」

 

 因みに、当初の目的であるボディソープ云々は彼らの脳裏の彼方へと消え去っている。

 

「わ、わかった。……上から何段目だ?」

 

「二段目、だよ」

 

 亜季の指示通り、手探りでバスタオルを探していく八幡。

 

「にだんっ、……いや、三段目だなこれ」

 

 棚の大体の位置は覚えている。が、やはり完全な暗闇の中では位置が把握しにくいもの。

 

 だから、二段目に手を伸ばして触れた、ハンドタオルにしてもやけに小さく手触りの良い布地のものについて、八幡は触れる事はしなかった。どうせあの母親の仕込みなのだから。

 

 ……、赤くなるのが止まらない自分の顔を八幡は羞恥心と共に堪えるしかなかったのだ。

 

「……ほら、ひや、…………」

 

 そして、自分の言葉通りに三段目にきちんと置かれていたバスタオル(の上に何か手触り的にブラジャーのようなものが載せられていたが)を手を伸ばしていた亜季に渡す。

 

 が、その途中で言葉と共に八幡の行動が止まる。彼の手にしたスマホが震えていた。

 

「は、八幡、くん……?」

 

 数秒後、唐突に八幡の口が開く。

 

「……なんでもねえよ、亜季(・・)。なんかウチも旅行行くみたいな話になってるような感じだし、お前をこの広い家で一人にする訳にもいかんし、……後で着替えは持ってくるわ」

 

 普段よりもずっと小さく呟かれたその言葉は、確かに亜季の鼓膜を震わせていた。

 

「……はち、ま……」

 

「キス云々はまだにしても、名前くらいは……まぁ、な。……嫌だったら言ってくれ。すぐにやめる」

 

「……ううん、……うれしいよ。すごく、うれしい」

 

 タオルを受け取って、しかし赤くなった顔を隠すようにタオルに埋め、微笑む亜季。

 

 暗がりの中で確かにその笑みを見た八幡は、照れくさそうに頬を掻いた。

 

「そうか。……なら、まぁ、良いんだが」

 

 彼の妹から届いたメッセージは『勇気出せ』の四文字だけ。

 

 しかし、八幡がそれを目にしてから行動してたのかは、定かではない。

 

 それどころではなかったからだ。

 

『お兄ちゃーん! 亜季さーん! 今電気つけるねー!』

 

「さんきっ……待て、小町!」

 

 しかし静止は間に合わず、ばつん。その音と共に、氷見家の電給が復活していく。

 

 ……当然、今まで暗闇状態になっていた浴室内も、隅々まで明るく照らし出した。

 

 バスタオルを手にしている、全身が紅葉のように赤く染め上げられた全裸の亜季と、彼女と対峙する八幡の赤面する顔も、鮮明に。

 

「……すっ、すまんっ」

 

 最紅潮、とはこのことか。

 

「……い、いよ。わるいのは、こまちちゃん、だし、ねぇ……!?」

 

 赤も赤、真紅に染まった全身を震わせながら、声まで震わせて、氷見亜季は浴室の中へと引っ込んだ。

 

 がちゃり、と脱衣所のカギが開けられ、小町が入ってきた。

 

「どうお兄ちゃん、やっぱりお兄ちゃんのラブコメは間違ってないでしょ!」

 

「小町ちゃん? 何をしてくれてるの?」

 

「……ふふ、その様子を見るに上手く行ったようだね!」

 

「……少しは反省しなさい」

 

「なんで? お父さんもお母さんも協力してくれたのに? あ、この後小町たちも旅行ってくるから!」

 

「りょこってくるって何だよ……」

 

「は、はちまん、くん……!」

 

 再び開く浴室の扉。なぜか、亜季の手は先ほど以上に震えていた。

 

「ん? なんだ、亜季、——っ!?」

 

「こ、これ、私の、じゃなくて、八幡くんの、バスタオル、だよね……?」

 

 亜季の手にしたそれは、確かに八幡が使っているもの。

 

 ……元々八幡達の両親は家を空けがちで、それ故に小さい頃から頻繁に隣の氷見家にお泊まりというものを繰り返しており、その仲の良さは氷見家に八幡と小町の着替えが常備されているほどだったが、今回初めて、それが仇となった。

 

 この時ほど、八幡は本気で氷見母を恨めしく思ったことはない。

 

「……いや、違うんだ、亜季……っ!」

 

「……べ、べつに八幡くんのでも、わたしは、い、い、いいい、よ……?」

 

 ……二人の距離が縮まるのは、もう少し先のお話。




次はA級オペレーターの誰かにしようかと。
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