やはり俺のボーダーでの短編集は間違っていない。 作:ハーマィア
大変お待たせしましたヒカリさんです。
愛情が爆発して仕方ないヒカリさん、みたいな。
……その少年は、何かに怯えているようにアタシには見えた。
敵も味方も寄せ付けない野犬というよりは、ワイシャツとスラックスを合わせた戦闘用にしては膨らみの少ない隊服——元々彼が所属していた部隊のものらしい——の上に白衣を羽織ったマッドサイエンティストの格好に加えて研究職という仕事柄、人前には滅多に姿を現さないのは最早モグラと言って然るべきだろう。
そして、情報の少なさは時にありもしない伝説や虚実を産む。
だからか、時々あいつに対する幾つかの憶測を耳にする。
やれ纏ったダークな雰囲気がかっこいいだの。
ああ見えて押しには弱いから攻めるなら今だとか。
雪ノ下隊の隊長とは元恋人同士の関係で、雪ノ下隊長は今でもあいつのことを想っているが決して復縁はしない仲だとか。
…………。
そんなわけねーだろバーカ! 夢見てんじゃねぇぞメス猫共!
アイツに元カノがいたこと自体ないし、押しどころか引きにだって弱い! 専業主婦を目指しているくせに料理下手だし同僚の研究員(女子)にデレデレしてやがる! ツラがいいのは認めるけどそれだけだ!
ああもうムシャクシャする。それも、手当たり次第に物を壊したくなるくらい、かなり非常識なことを考えている自覚がある。
この鬱憤はどうやって晴らすべきか。——そうだ、元凶たる本人に清算してもらおう。
思い立ったが吉日。アタシがこれから向かう先は決まった。……技術開発室だ。
「…………ん」
既にアタシの意思とは無関係に開発室に向けて歩き出していた足の動きが、不意に止まる。
……実を言えば、アイツに会うのはかなり久しぶりだ。1ヶ月2ヶ月は会えて——会っていない。
巷で聞いた噂では国近先輩と一晩過ごしたとか綾辻とお泊まり勉強会をしただとかひゃみとかキトラとかその他云々としっぽりヤってるなんて聞いてはいるが、まぁそんなわけない。
アイツにそんな度量があるとは思えない。
……ひ、ひさしぶりに話すし、なんか持っていくか。バレンタイン過ぎてるけどチョコでいいかな。さっき買ったやつだから賞味期限は大丈夫。
少しだけ、ほんの少しだけ緊張していたのは事実だ。
☆
アタシと比企谷八幡が知り合ったキッカケは、なんて事のない廊下のすれ違いだ。
……なんて事のない、は違うか。あれは明らかにおかしかった。変だったのだ。
「……? うわっ!?」
アタシが廊下を歩いていると、丁度その曲がり角で足を伸ばした状態でぺたりと床に座り込み、天井をぼうっと見上げているアイツ——ハチを発見。
アタシの驚いた様子に何の反応も示さず、眉すら微動だにさせずに、ハチは蛍光灯の光をただ無表情に見つめ続けていた。
「こんなとこで何してるんだ?」
「…………」
しかし無反応。でも、アタシはこれで終わらせはしなかった。この時アタシの所属する影浦隊は二宮隊にこっ酷く負けてしまって、オペレーターのアタシを含めた全員が不貞腐れていたというか……やさぐれていたからだ。つまり八つ当たり。
反応がなかったのが、無性に頭にきた。
「オイ!」
腰に手を当て屈み、目と目を合わせて睨む。そこまでしてようやく、ハチの焦点はアタシに合ったようだった。
「……あ?」
アタシの姿を脳で認識し、初めて反応を示す。
「ようやく見てくれたな。監視カメラもある場所で何やってんだ?」
天井の監視カメラを指差しハチに問いかける。するとハチはこう答えた。
「……別に。あんたには関係ねぇよ。俺がただこうしたいからここにいるだけだ。いじめでも自殺願望者でもないからほっといてくれ」
ぷらぷらと、手を振ってアタシを追い払おうとする。そんな態度が気に食えなくて、アタシはさらに顔を寄せた。
「んなことわかってる。アタシはお前に、アタシ達の隊室の目の前で何をしているかって聞いてんだよ」
影浦隊室を指差し詰め寄る。するとハチは小さく「なんだ」と呟いて、裾を払いながら立ち上がった。
……? なんだ、って何だ……?
事情も実状も分からずにいるアタシを見下ろしながら、ハチは立ち上がる。
「ベル鳴らしても誰もいなくてな。部屋の主が帰ってきたんなら丁度いい」
言って、ハチは懐からビニールに包まれた何か黒い……ヘッドホンを取り出し、アタシに差し出す。
「あんたんとこの隊長からの頼まれもんだ」
「届けに来ただけなら、ポストにでも入れといてくれれば……」
そうだ。何故わざわざこんなベンチもない所で待っていたのだろうか。手渡しに拘る理由が
「んな事して嵐山隊にでも見つけられたら鬼怒田さんにバレるだろ」
なんか言ったぞこいつ。
「おい待てカゲと何を取引してんだお前」
伸ばしかけた手を引っ込めるも、ハチは押し付けるようにして渡してきた。
加えて説明書か手紙のような紙切れも載せてきた。
「捻りも何も無くて悪いが、これにはトリオン能力を一時的に封印する効果がある。あんたのとこの隊長から頼まれて作ってたもんがようやくできた。だから届けにきたんだよ」
確かに、それなら納得はできる。上層部にバレたらアウトという事を知らなければ。
「アヤシイもんじゃないなら余計に手渡しする必要無いだろ」
「怪しくはないが使い方を間違えると壊れるからな。押したら爆発するボタンがあるとして、触らなければ問題はないが別役の前に置いたら爆発するのと同じだ」
「わかりやすい例えなんだな。……成る程、そういうこと」
ちらり、と視線を横に振る。その先には鈴鳴第一の隊室があって、中に人がいる様子はないものの、いずれはここを通りかかるかもしれないと考えたのだろう。
「そういう訳で、それじゃあよろしくな。あとそのヘッドホンの両サイドについてるボタンは同時に押さないと遮断効果がないから気をつけてほしいのと——」
しかしハチの言葉は途中で断絶する。
「ん?」
それが気になり、手にしたヘッドホンのスイッチをカショカショと押し込みながら振り返った時には、既に遅かった。
「——すぐに離れろ!! 投げ捨てるんだよ!」
ハチが叫び声を上げるも、ほんとうに遅い。
「え? ……わえっ!?」
ヘッドホンの模様——白色のラインが発光し、気付けばアタシの着ていた服は粉微塵(小南神×)になって消し飛んでいた。
上着も、スカートも、下着も、全て。
「……………………」
コトン、とヘッドホンが床に落ちた。しかしこの程度では壊れないどころか傷一つ付いていないのは、評価できるポイントだろう。
そんなんで許す気にはならないが。
「…………」
嫌な沈黙が場を包み込む。
どうした、笑えよ。笑いどころじゃないのか?
「……というわけで、トリオン体での使用は厳禁ということで。んじゃ」
額に手を当て、ハチが明後日の方を向いた。
「ふ、ふざ……っ!」
一瞬の忘我の後、すぐさましゃがんで股を隠しつつ腕で胸元を覆い、そのまま歩み去ろうとするハチを睨め付ける。だが、こちらに背を向けるハチにはその威圧は届いていない。
トリガーを解除しようにも服着るのが怠いからと裸のままトリガーオンしたので、どうにもならない。
でも、影浦隊室にさえ入ればジャージくらいは——って、先週丸ごと持って帰ってたんだったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
もう、どうにもならない。カゲかユズルかゾエにアタシの痴態を見られて終わりだ……けど!
足早に立ち去ろうとするあの野郎をどうにかしたいと、手に取ったのはスマホ。
『目の腐ったアホ毛男に発明品みたいなので服を剥かれた! 影浦隊室にいるから誰か着替え持ってきてくれ!』
とロインのグループに通報ものの事案を解き放ち、
「待てこら!」
「ぐぅえっ!?」
とハチの首根っこを掴んで部室に引きずり込んだ。
「うぉ!?」
足払いをして床に転がし、腕を手で押さえつけ、仰向けになったハチの腹に跨る。
「……何のつもりだよ? 別の事件になりそうだからさっさと逃げたいんだが」
「簡潔に言おうか。服を寄越せ」
アタシから発せられる言葉と共に織り成される動きは単純、されどトリオン体だからか驚くほどに速かった。
「ヤだよ……っ!?」
ロインを見てから誰かが服を用意してくれるまで5分以上かかるだろう。とはいえ全員が見てるわけではないだろうし、見てもいけない奴らがほとんどだろうし。
「お前のせいでアタシの(服)は散ったんだから責任とってお前の(服)を寄越せー!」
ライオンだったらがおお、と叫んでいるかもしれない。兎にも角にも凄まじい勢いでハチの服を脱がそうとするアタシと必死に抵抗するハチだったのだが、その攻防は突如として終わりを告げる。
ガチャ、と部屋の鍵が開いたからだ。
ナイス! 協力してこいつの服を脱がせれば——なんて思えたことが、夢だったと信じたい。
「……ヒカリ、どうしたの? 鍵をかけてるなんて——あ」
ヘヤ ノ カギ アケタ ユズル ガ ハイッテ キテ ネコロガル コイツ ト マタガル ハダカ ノ アタシ ミテ
「……ヒッ」
息を詰まらせたのは、アタシか、ハチか。恐らくはユズルだったのだろうけど。
「え? 誰か来たのか? やばくね? ああいやそうじゃ無くて助けて誰かさん。全裸の女に襲われてるんだけ「カゲさんとゾエさんにも部屋に入らないよう言っておくからっっ!!」勘違いだよてめえちょっと待ってお願い!」
思春期全開の勘違いオーラを放ちつつ、ビシャっっ! と音がしそうなくらい急いで扉を閉めたユズルは、この日二度と帰ってくることはなかった。
そして、その後2分と経たずにA級オペレーターのほぼ全員が影浦隊室に押し寄せたのは悪い夢。ちなみにアタシの着替えを持ってきてくれたのは歌歩だけだった。
☆
……と、明らかに最悪な出会い方をしたアタシ達ではあるが、何の因果か今は恋人関係にある。
……まぁ、同じようなトラブルが二、三十回も続いたからか、身内よりも気が許せるようになってしまった、というのが致命的だが。
告白はどっちからなんてつまらない動機に囚われないようにするため、言葉を二人同時に口にしたのは……まぁ、良い思い出に入ると思う。
お互いに何を言っているのかわからなかったけど、兎に角恥ずかしかったのだけは覚えている。思い出した今も恥ずかしいくらいだ。
それと同じくらい、嬉しかったのも覚えている。
……一番恥ずかしいのはやっぱりあの時だけど。
「……あ」
考え事をしてる間に着いてしまった。
ここが目的地であり八幡の居場所である技術開発室。今も昔も、
トクベツに発行してもらったIDを通して、中にいるイケメンで捻くれていてひとりぼっちなさみしがり屋のハチに、声をかける。
「ハチ! チョコ持ってきたぞ!」
「うるせ……おう」
こちらに背を向けながらも言葉で反応した愛しい彼は、気恥ずかしそうにしながら振り返った。その頬には、微かな朱が差している。
その顔が、その仕草が、何よりもたまらなくて、言い訳である筈のチョコを投げ捨てて、飛び込む。
受け止めてくれたハチの腕は、細いけども力強くて、何より温かい。
思いきり抱きしめる。
抱きしめ返された。……やばい。
心が加熱されていく。
火がつきそうだ。
アタシは、ハチの胸に——久しぶりの彼氏の愛情を感じていた。
獄激辛やばい。