やはり俺のボーダーでの短編集は間違っていない。 作:ハーマィア
以下、この物語前に起きた謎の会話です。
「……ねーねーゆきのん」
「……何かしら、由比ヶ浜さん」
「……ヒッキーは、この店にいるかな」
「……さぁ、入ってみなければわからないわね」
「……あたしたち今日、どれくらいお店に寄ったかな」
「……ここで4件目よ。……ねぇ由比ヶ浜さん」
「……ふっふふふ。ふーはーははーははは! ……はるさんから教えて貰ったヒッキーとミラさんのデートは絶対に阻止させなきゃだよね。トリオン体だから食べ残すこともない! 見てろヒッキー待ってろミラさん! うふふふははは!」
「……ダメだわこの娘、食べたものは後で体に吸収されるという事実から目を背けて……」
「お邪魔しまーす!」
人の見る夢は儚きもの。
ひとりでに溶け消えてしまう儚きものだからこそ、人が見るべきものだというか。
泡のような霞のような、あったことの証明さえ難しいそれの正体は、それを見た者にしかわからない。だというのに、夢を見たことすら忘れてしまうことはままある。
いずれにせよ、印象に残るほどの夢とは何かしらの魅力が付随して然るべきだ。
はたしてその夢とは、強烈に人を惑わす蠱惑的なものだろうか。それとも誘惑的?
勇敢な。優雅な。恐怖……或いは、卑劣なものかもしれない。
しかし、目の前にあるこれはそのどれでもない。
だからこそ、目の前のこれは夢ではないと断言できてしまうのだった。
それを例えるなら「金色の泉」。
クリスタルのように透き通る輝きではなく、星々をちりばめた夜空のような、あらゆるモノをその中に閉じ込めた奇跡がそこにあった。
メンマ。チャーシュー。白髪ネギ。卵。そして……スープに、麺。
「食べるぞ。麺が伸びるし……いただきます」
子供のようにきらきらとした瞳でそれを見つめていたミラは、テーブルを挟んで向かいに座る少年に倣って感謝の言葉を口にする。
「……いただ、キマス」
彼女が目の前にしたそれは、ラーメン。
凡ゆる人々に対し内緒にしてでも八幡がミラに食べさせたいという、グルメだった。
☆
比企谷隊室ベイルアウト用ベッドにて。
睡魔に抱かれながら夢の国へと旅立とうとしていたミラは、頭上からかけられた思いがけない声に目を開き振り向いた。
「外出許可が降りた……?」
ミラが〝ボーダー〟に捕らえられておよそ1ヶ月。軟禁場所に指定されている比企谷隊の隊室はミラにとって何ひとつ不自由なく過ごせている場所であるが、脱走や自殺を防止する意味で部屋から出ることは禁止されていたのだ。
「ほんとうに……?」
八幡の私物であるパンさんの絵柄がプリントされた枕に顔を埋めていたミラは、めんどくさそうに知らせてくる八幡のその言葉が疑わしくて、とても信じられない。
しかしそれは確かに、ミラが手を伸ばしていた光景でもあった。
「……ああ。お前もそろそろ退屈してるだろうし、三門市から出ない事、誰か付き添うこと、あと1時間以内ならオーケーだとさ」
自分自身がこういう立場だからこそ、望んではいない——いけない——が、久しく見ない風景の幻影は、ミラの心から欠落した大きな孔として小さくない〝痛み〟を残す。
一応、仮想空間技術で外の風景も映し出せるし運動もできる。〝タッキュウ〟なるスポーツは中々に楽しかったものの、運動ができるというだけで自然とはやはりどこか違う。空間に関係する力を使っていたからだろうか、それはどこか限界があって、酷く嘘くさい風景に感じてしまう。それはミラがかんじている痛みの原因でもあった。
「……何の冗談かしら。あなた達は、私を閉じ込めておくメリットはあっても私を解放するメリットはないはずよ」
そして、感じてしまう嘘は何も〝モノ〟だけに限らない。
「まぁ、そうみたいだな」
頬を掻いて顔を逸らす八幡の顔は、嘘を話している顔だった。
「? 何よその『自分は関係ない』みたいな言い方。あなたが私の監視役なの、忘れてない?」
「いや……お前が言うか」
それを知りつつもあえて踏み込むミラに八幡は呆れた表情で見返す。
「私が言うわ。だって、貴方達がそこまで私を大切にする理由が無いんだもの」
皮肉った笑みを浮かべるミラだが、その瞳には力がない。
「…………いや」
ミラの言葉を否定しようとする八幡を遮って、ミラは続ける。
「……だって、私にはあなた達にとって有益となる情報が何一つない。話せない、ではなく存在がしないのよ。能力もツノが欠けた事で元には戻らない。頭部に残った破片は綺麗に取り除いてくれたみたいだけど……お陰で、私には何の価値もなくなったんだもの。……もしかして『それだから処分しろ』って命令でも降りたのかしら?」
精一杯の皮肉に嫌味。だが、事実だった。
戦いに負けたミラは、せめてもの抵抗として自らのツノを折った。
それは自身の肉体——脳に残された情報のバックアップの破棄であり、彼女はその後確実に自殺するつもりでいたのだ。
事実として、自殺し損ねたミラは、ツノを折ったことにより記憶の一部が欠けていた。
自らの名を憶えていても、己が故郷の名は忘れてしまっていたのだ。
その中には侵攻時の行動も含まれていて、致命傷を受けた時の自分が仲間を船の中に連れ戻した記憶はあっても、どういう攻撃で致命傷を負ってしまったのかという原因も、分からずにいる。
「…………」
しかしその自殺を止めたのはなぜか八幡。
そのことに、ミラ自身が思うものがないわけではない。
「……どうやら図星のようね」
何も返してこない八幡をミラは見下すように見上げながら、せせら嗤う。
だが、
「……そうか」
八幡は何も言わず、何も現さず、相変わらず感情の読めない瞳を向けてくるだけ。
「……っ」
その瞳は、何よりもミラが負けた日の事を鮮烈に、ではなく苛烈に思い出させた。
………………。
八幡のその姿を見てミラの脳裏に思い起こされるのは1ヶ月前。敵だったミラ達がこちらの世界を強襲したあの日のこと。
間違いなく自分達が最強であると自負していたミラを、油断のなかった筈の彼女を、八幡は黒でもないただのノーマルトリガーで撃破してみせたのだ。
『……なっ、……ふっ、く……!?』
戦いに敗れた仲間の
白衣を羽織り、つまらなそうに片手をポケットに差し入れたまま。
冷や汗が止まらない。竦む我が身を抱き止めようとしてその為の腕が
片腕は千切れ、肩と太腿と脇腹や右眼、胸から首にかけて大きな風穴をいくつも空けて風通しの良い身体になったミラを、それをやった本人は今と同じようにつまらなそうな眼で見ていた。
もう、攻撃の為の小窓を開くトリオンすら残ってはいない。
攻撃を受けた瞬間、仲間を強制的に舟の中に引き戻し、それでトリオンが尽きてしまったのだ。
もう、あと一歩動くだけで全身が砕けて換装が解ける。
そんな状態の彼女は放っておいても問題ないと判断したのか、銃を携えた男と八幡はミラに対し何の警戒もなく話し合っていた。
『【
『なげーよ。連射式メテオラで十分だろうが』
『ただのメテオラじゃないですからそれなりに名前は必要かと。破壊を一点集中し、弾が当たった箇所に限定して削り取るんです。但しトリオン体だけですが』
『いつの間にんなもん作ったんだよ』
『さっきのほら、なんかヤバイ数の魚とか鳥とか生み出してるやつのトリガー対策で作ってみたんすけど……シールドもぶち抜くし大体消費トリオンがデカ過ぎてランク戦じゃ使えないなこれ』
『……っ!?』
……黒トリガーの一撃に相当する威力の攻撃をマシンガンのようにバラバラと撃っておいて、平然しているその男の顔を、ミラはもう忘れない。
『観察ついでに、ですよ。見ればわかるし、試してみれば作れる。それが俺のプロセッサトリガー————
「……おい」
「……っ!? な、なにかしら。急に顔を近づけないでくれる?」
ミラの意識内に突然現れた八幡に素っ頓狂な声を上げかけるミラだったが、なんとか堪えて平静を装う。
「なにを考えてんのか知らんが……それで、どうするんだ」
「……行かないわ」
どちらにしろ、ならば。己の心を掻き乱される必要のない室内にいた方が良い。
「……そうか。行きたくねえならいい。代わりにヒュースかエネドラを連れてくだけだ」
しかし、その言葉で心をかき乱され、表情や態度が激変したのはミラの方だった。
「……ちょっ、ちょっと待ちなさい! あなた、そういう趣味なの!?」
言っていて、ミラは一瞬自分の言葉の意味が掴めなくなる。八幡がそういう趣味だから何だ、とか。
一方で、八幡を引き留めた本当の理由にも心当たりが無いわけではなかった。
「違うから。……行きたくないなら行きたくないで別にいーんだよ。俺の陳情が徒労に終わるだけだ」
無性に気恥ずかしくなった気分を振り払うように八幡をキッ、と睨みつけ、
「……いくわよ。有り難く外出させていただくわよ! ええ!」
何故か己を騙すように、改め鼓舞するように勢いよく立ち上がったミラは案の定、
「っだ!?」
「痛っ!!」
でことでこをごっつんこ。トリオンの体により痛みが無かった八幡は別として、ミラはそれ相応のダメージを負った。
くらくらと頭を揺らすミラは、差し出された手を取る。
「……あ、ありが——」
「……おい、大丈夫か?」
「————」
筆舌に尽くしがたい心境とはまさにこの事。急接近したミラと八幡の距離、凡そ3センチ。まさに恋をする距離だ。
劣化ウラン弾を野球ボールのような気軽さで投げ渡されたとしても、ここまで取り乱す事はあるまい。というか、あってたまるか。
間違いがあればくっついてしまうような距離であった。
「……あっ??」
そんな時、八幡が足を滑らせたのは事故か故意か、神の悪戯か。
八幡倒れりゃ、ミラも道連れ。
身体の柔らかさ、躰の逞しさを感じる間もない。
「えっ……?」
ちう。
前編です。後編へと続きます。
ボウトウノフタリハイッタイダレナンダー