輪廻変生   作:猗窩座ァ!

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悪鬼跳梁

 

闇夜を蠢く二つの影。一人は闇に溶け込むような藍色の髪をした女鬼、もう一人は闇の中にあってなお映える純白の髪を持つ男鬼。その二人の目には共通して『上弦』の字が刻まれており、もう片方の目には女が『肆』、男が『伍』と記されている。

女鬼と男鬼────薊と燐墓の目線の先には、家屋がいくつも並ぶ隠れ里があった。

 

暫し前、吉原の遊郭に配置された上弦の陸の鬼、堕姫と妓夫太郎が斃された。百年以上顔ぶれの変わることのなかった上弦の鬼が敗死した事に業を煮やした穢は、日輪刀の供給源である刀鍛冶達が住まう里を燐墓が見つけてくると、薊と共同で襲撃するように命を下した。そこで燐墓の協力の下、薊の血鬼術の下準備を終えて今に至る。

 

「さて薊殿、準備は宜しいですかな」

「勿論。さあ、始めましょうか」

 

血鬼術・夜闇(やあん)(とばり)

 

里に侵入した二人諸共包み込むように、里が黒々とした()に覆われる。

 

「さあ、ひたすらに殺しましょうぞ、苦しめましょうぞ、貶めましょうぞ!我らが主の望むがままに!」

 

血鬼術・此岸(しがん)(ほとり)

 

ぞわり、と骨と皮ばかりの亡者が至る所から這いずり出る。亡者達はふらふらと彷徨い歩き、見かけた生者に飛びついては縊り殺していく。騒ぎを聞きつけたらしい鬼殺隊士が二人を見つけては斬りかかるも、薊が何処からともなく取り出した槍で捌き、刺殺する。

 

「では薊殿、囮役を頼みましたぞ。これより(わたくし)は亡者共の使役に注力します故、単体戦力としては役たたずになってしまいます」

「分かってますとも。さて、行きますか」

 

薊はふっと姿を消した。遠くから建物を破壊する音や犠牲者の悲鳴が聞こえるので、囮として盛大に暴れているらしい。燐墓は天を仰ぐ。燐墓の血鬼術によって閉ざされた里は、太陽の光すらも通さないばかりか、踏み入る者を歓迎し、去る者を決して逃さない。いわば大きな檻の中。上弦の鬼二体と無数の亡者が蔓延る死地で生まれる悲嘆と絶望を思い、燐墓は哄笑した。

 

 

 

 

 

炭治郎は上弦の陸との戦いで破損した刀を修復しに、刀鍛冶の里を訪れていた。修練の為に来訪していた霞柱(かすみばしら)時透(ときとう)無一郎(むいちろう)と共に夜の里を歩く。時透の新しい刀を受け取り、次いで炭治郎の刀を受け取りに行く最中、至る所から悲鳴が響いた。

最も近い悲鳴の先に向かえば、里に住む刀鍛冶を骨と皮ばかりの亡者が襲っていた。無数の亡者は戸を壊して侵入し、或いは不用意にも外に出てきた人々を襲い、殺していく。

炭治郎達に気付いた亡者が群がるようにして襲い来る。時透がそれに鯉口を切ることで応えた。

 

霞の呼吸 伍ノ型 霞雲(かうん)(うみ)

 

爪を構え牙を剥く亡者の隙間を縫うようにして時透がすり抜ける。すれ違いざまに斬り刻むが、まるで空振ったかのように手応えがない。振り返れば、亡者達は五体満足。一体たりとも欠けていない。その様に、時透は眉を顰めた。

 

「ねえ」

「え、は、はい!?」

「君、鼻が利いたよね」

「え、まあ………はい」

 

唐突な問いかけに答えた炭治郎に軽く頷き、時透は口を開いた。

 

「今から全速力で刀を取りに行って、この亡者達を呼び出してる術者を探し出して。多分これ、術を行使している鬼をどうにかしなきゃ意味がない性質を持つ血鬼術だ」

「じゃあ、その間里の人達は────」

()()()()()()()()。僕はあっちで暴れてる奴を相手するから、君は術者の鬼をなんとかして」

 

そう言った時透の目は、断続的に地響きと土埃が起きる先を見つめていた。

 

 

 

 

 

三人の鬼殺隊士が薊に斬り掛かる。それを得物の槍を回転させることであらぬ方向へと弾き飛ばし、そのまま遠心力を乗せて切り裂く。一人は腹を裂かれ、残る二人はそれぞれ腕と脚を片方ずつ捥がれた。血鬼術も何も絡まない純粋な武術。上弦に列して百年余り、柱とすら幾度も交戦してきた薊の武技には生半な戦技では届かない。不気味に脈打つ槍を片手に、薊は戦意を挫かれて地を這いずる鬼殺隊士を睥睨して嘲笑した。

とどめを刺そうと槍を構えた薊は、殺気を感じて槍を上に掲げた。瞬間、振り下ろされた刀と火花を散らして鍔迫り合う。鬼の膂力で強引に拮抗を傾けて体勢を崩した下手人に槍を振るえば、まるで舞うように空中でひらりと身を翻して回避し、何事もなかったように着地した。

 

「ここは私が引き受けるわ。下がりなさい」

「は、はい………!」

 

脚を斬断された隊士が腕を落とされた隊士に支えられながら下がるのを庇う姿を見ながら、綺麗だな、と薊は思った。長い髪を湛え、左右に蝶の髪飾りをつけた剣士。顔は整っていると同性の薊も思うし、何より身のこなしが実に優美で洗練されていた。もしかしたら柱か、それに準ずる腕を持っていると予想する。少なくとも先程まで相手にしていた雑魚とは比較にもなるまい。しかし悲しいかな、それと同時にこの女では己には勝てないと薊は極めて冷徹に断じてもいた。

 

「私は上弦の肆、薊。鬼殺の女、名は?」

「────元花柱、胡蝶カナエ」

 

何と、元柱か。そう呟きながらも、薊の顔には余裕が窺える。薊は武を修める身として、カナエの抱える問題をあっさりと見抜いていた。

 

「引き受ける、とは言うが。その身で、上弦である私を相手にいつまで持つのやら。呼吸音がおかしいぞ、それではあなた達が使う呼吸法とやらを使ったとて貴方自身が持つまいに」

 

薊の言う通りである。カナエは現役時代、『呼吸を用いなければ強壮な鬼を狩れない』という鬼殺隊が持つ欠点を的確に突いた鬼に出会った。薊の同僚にして上弦の弐に座す鬼、童磨である。カナエが童磨の魔手から生き延びたのは、カナエが強かったからでも何でもない。絶対的な実力差に基づく童磨の慢心や、日の出という鬼に課せられた制限時間など複数の要因が重なった、詰まる所は奇跡の結果である。

童磨の血鬼術はカナエの肺を著しく傷付けた。刀鍛冶の里への派遣という名の療養の結果、今では日常生活こそ不便なく可能となったものの、呼吸法を用いるとなると満足に動けるのは精々が一分。それ以上行使すれば呼吸法の負荷が弱った肺を傷付け、吐血。尚も続ければ以降の日常生活に支障が現れるばかりか、最悪の場合は命を落とすだろう。

 

「────なら、僕が相手するよ」

 

霞の呼吸 肆ノ型 移流(いりゅう)()

 

足元に滑り込むようにして時透が割り込む。自身の頚に向かって寸分違わず振るわれる日輪刀をしっかりと認識しながら、薊はにやりと唇の端を吊り上げた。

 

「────うわあっ?!」

 

カナエの後方で叫び声が上がる。振り向けば、退避しつつある負傷した隊士の片方────腕を斬られた隊士の頚が斬断されていた。思わず二人が薊に目を向けると、一切動かずに無傷でにやにやと笑っている。困惑を見て楽しんでいるようだった。

薊が踏み込む。一瞬で近寄られた時透は反射的に刀を振るい────今度は足を斬られた隊士の頚が斬れる。短く持ち直された槍が振るわれ、時透の体に薄く血が滲んだ。

 

薊の血鬼術・死示憑血(しじひょうけつ)。その効果は、条件を満たしている間に受けた傷を特定の相手へと移し替えること。すなわち、傷の押し付けである。

効果発揮の為にクリアしなければならない条件は二つ。一つ、己の血で指定した五ヶ所を繋いで描かれる円の内部に自身が居ること。二つ、傷を移し替える対象の血を体内に取り込むこと。このうち二つ目は簡単だ。というのも、薊の槍は薊自身の肉体で形成されている。よって、槍が啜った血も条件を満たすのだ。面倒なのは一つ目だが、今回は事前に里を囲むようにマーキングを済ませている。そしてそのマーキングは、燐墓が展開した結界の()にある。燐墓が滅べば結界も解除されるが、薊がそれを許す道理もない。おまけに燐墓は性格も血鬼術も厄介極まりないときた。

 

幾人もの柱を屠った薊の血鬼術。その術中にある鬼狩りの面々を見つめ、薊は酷薄に嗤った。

さあ、どう抗う。


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