輪廻変生 作:猗窩座ァ!
鬼殺隊士────炭治郎の接近を察知した燐墓は早々に迎撃態勢を整えた。燐墓の血鬼術は、血液を用いて描いた『式』を媒介として様々な効果を発揮するというもの。里を覆った結界も、結界内に呼び出した亡者も、その現象に合致する『式』を見つけ出して形式を整えたものである。符として保存・貯蓄しているそれらを用い、障壁を展開。攻撃用の符を何枚か取り出し、それらを構えた上で待ち構える。
水の呼吸 捌ノ型
突撃の勢いそのままに障子を突き破り、勢いよく炭治郎が刀を大上段から振り下ろす。燐墓の障壁はその一撃を苦もなく受け止める。燐墓の指に挟まれた符の一枚が燐墓の意に従って燃え落ち、中に収められていた式が空気を掻き乱して周囲に鎌鼬を撒き散らす。避けた炭治郎の腕が薄く、痛みもなく斬られた。鎌鼬は易々と建物を斬断し、住居は材木と成り果てて崩れ落ちる。
水の呼吸 陸ノ型 ねじれ
炭治郎は降りかかる残骸を回転しながら斬り払い、燐墓は障壁を纏ったまま別の符を用いて
「(あの耳飾り……)」
ノイズ混じりに脳裏によぎる、同じ耳飾りを身に付けた剣士。異様な程に心の底から湧き上がる敵意と不快感は燐墓のものではない。血や細胞に至るまで刻み付けられた穢のトラウマと耳飾りの剣士に抱く殺意が、同じ耳飾りや似た髪色を持つ炭治郎に向けて反応し、燐墓の意思に影響を与えている。噴き出す黒い感情のままに、燐墓は符を使用。暗褐色の雷が複数の狼の姿を形作り、空を駆けて炭治郎に襲い掛かった。
炭治郎はその全てを難なく斬り払うが、もとより燐墓は雷狼によるダメージなど期待していない。狼の形を崩された雷が弾け、ぱりぱりと空気を焼く音が響く。炭治郎がそれを避けようと身を翻すも、日輪刀を伝って襲い掛かってきた雷は躱しきれずに直に浴びた。
獰猛そうな狼の姿はフェイク。その真の狙いは迎撃させること。使い手によってその形に差こそあれ、鬼殺の剣士達は必ず日輪刀を武器とする。
燐墓の思惑通りに迎撃してしまえば日輪刀を伝った電撃によって体は痺れ、筋肉は硬直する。動きが鈍れば後はただの的同然。寸前で日輪刀を手放すなら唯一の武器を失う。もし躱しても雷狼はしつこく追ってくるし、その状態で燐墓を相手取るには上弦の伍の肩書は重すぎる。
燐墓が符を燃え落ちさせながら手を一閃する。その軌道をなぞるように、炭治郎に向けて細く鋭く研ぎ澄まされた水が放たれた。この水の中には微細な金剛石の粒子が混ざっており、これによって鉄どころか金剛石すらも斬断可能。人体など一瞬で日輪刀ごと真っ二つに出来るだろう。
あわや凶刃が届くというところで横から炭治郎に人が飛び付き、水刃の下を潜り抜けるようにして回避した。地面を転がり、大地すら深々と切り裂いた水刃の巻き上げた土埃に塗れながらも、斬断されることは免れる。
けほ、と息を吐き出した乱入者────胡蝶カナエを面倒そうに見つめ、燐墓は忌々しげに舌打ちした。囮役程度もこなせないのか、という薊への苛立ちの現れだ。鬼は穢が血に仕込んだ呪いの一つ、相互嫌悪の呪いによって互いに対する悪感情を蓄積しやすい。共食いの性質と並ぶ、鬼殺隊という脅威を持つ鬼が個々で活動する最たる理由だ。他の雑多な鬼と比べれば幾分か理性的な薊と燐墓も
ふう、と息を吐いた燐墓は、眼下で転がる二人を見据えて唇の端を吊り上げた。無様に転がる様を上から見下ろすという行為は燐墓の嗜虐心を擽り、ささくれた気分を僅かながらも慰撫した。二人が立ち上がる。女の方は兎も角、少年の方の動きは些かぎこちない。それを見て痺れはまだ取れていないと判断した燐墓は、血鬼術を発動させた。
符が燃え落ちる。先程、家の残骸ごと炭治郎を焼き払おうとした毒々しい色の炎が再度放たれる。細長い円錐状に整形された炎が幾つも二人に向けて降り注ぐ。地面に突き刺さった炎の槍は、ぶくりと膨れたかと思うと針のような形状の小さく鋭い火を撒き散らしながら弾けた。小さいと言っても、一番太い部分で槍の柄程度の直径はある。殺傷能力は充分だろう。一発一発の炎から撒き散らされる炎の針は少ないが、大本の炎の弾数が多い為に気休めにもならない。上空からの撃ち下ろしだけでなく、着弾から時間差で横から襲い来る炎まで追加される事で躱し辛くなっている。
燐墓は片手で炎を放ちながら、もう片方の手で別の符を握る。その符を使いながら手を振るえば、その軌道に沿って、酸化した血にも似た赤黒い炎が地を舐めた。ぐるりと逃げ道を塞ぐように大きく弧を描きながら一周、更にその円を区分けするように直線の炎が幾筋も走る。カナエとようやく痺れの取れた炭治郎はそれらを避け続けた。迫る炎の針を斬り落とし、地を走る炎のぎりぎりを転がって潜り抜け、狙いを付けさせないように縦横無尽に駆け巡る。
げほ、とカナエが咳き込んだ。呼吸を用いていないとはいえ、肺の傷付いた身には激しい運動────鬼との戦闘は大きな負担となる。動きの鈍ったカナエに、しかし燐墓は攻撃を加えない。むしろ忙しなく動かしていた手を止め、笑みすら浮かべた。訝しげに燐墓を見上げる二人を無視し、燐墓はぱちりと指を鳴らす。
────途端、辺りを熱気が包む。
燐墓の炎によって周囲は燃え盛っているが、その熱気とは比にならない膨大な熱量。上空に居る燐墓から見れば、困惑する二人は既に
血鬼術・
炎で描かれた陣を塗り潰すように、鮮やかな緑の火柱が上がる。その炎は陣の外側にまで漏れ、広範囲を炎で包み込んだ。火柱はすぐに消えたが、燃え広がった炎は消えていない。里の一角を一撃で火の海へと変えた手腕は正しく上弦の鬼に相応しい。炎の中から現れた炭治郎達の髪は焦げ、その身には火傷の痕が散見される。それでも日輪刀は手放さず、その目には未だ闘志が浮かんでいる。
無駄な事を、と燐墓は嘲った。燐墓の戦闘スタイルはアウトレンジからの一方的な高威力射撃。刀の届かない場所から撃ち下ろす戦闘手法は、他の鬼達と比べても一風変わっている。自分の安全はちゃっかり確保している辺りがお前らしい、とは穢の言葉だ。そんな燐墓にとって、基本的に鬼殺隊士に負ける事はあり得ない。だって、人は空を自由に飛べない。宙へと跳べば行動を制限されるし、燐墓に届く程に高く跳べば地に墜ちて死ぬ。人は脆く弱い。故に、その脆く弱く直ぐに死ぬ命を如何に
ぐらり、と眼下の人影が揃って膝をつく。獲物が罠に掛かった事を悟り、燐墓が嗤った。先程から燐墓が放っている毒々しい色の炎は、やはりというべきかただの炎ではない。燃え盛りながら広がる
燐墓は風の刃を生み出し、二人に向けて放つ。単一の攻撃でピンポイントを狙うのではなく、大雑把な狙いだけつけた無数の刃で周囲もろとも斬り刻もうとした。
霞の呼吸 参ノ型 霞散の飛沫
そこにすんでのところで時透が割り込む。ぐるりと払う様な流麗な太刀筋で風を斬り散らした。二人は未だ動けない。唯一自由になる口で、体の自由を奪われた事を伝えていた。特に炭治郎は燐墓の罠に気付いた。炭治郎の鼻は良い。それこそ、かつて燐墓が戦った水柱なんぞよりも余程に。感情や言葉の虚実すらも暴くというのだから相当だろう。今まで気付かなかったのは、上弦の鬼という強大な相手と戦闘中であった事、更には燐墓自身から漂う強力な鬼特有の濃密な腐臭が辺り一帯に広がっていた事がある。炎の匂いの僅かな違いなど、気にしていられなかったのだ。
炭治郎の言葉を聞いた時透は、鼻と口に被せるように手拭を巻きつけた。燐墓の罠に掛からない為には仕方がないとはいえ、呼吸がし辛くなる。それだけでも燐墓に利がある。人の体力は有限。わざわざ疲れやすくなってくれるというのなら、それに越したことはないのだ。それに、完璧に防げるという訳でもない。燐墓は待てば良いのだ。
燐墓は風の刃を放つ。所詮は先の焼き直し、防がれることなど分かっている。しかしそれで良いのだ。呼吸を使えば使う程、燐墓の罠は相手の身を蝕んでいく。そうだ、もっと動け。そう呟く代わりに、燐墓は喉を微かに鳴らして笑った。そう、じっくりやれば良い。燐墓がいる限り、この里の夜は明けないのだから。
救いの