輪廻変生 作:猗窩座ァ!
鬼殺隊。
六百年に及ぶ歴史を有する、人を食らう人外の魔性たる鬼に抗い戦う為の組織である。鬼殺隊の歴史とは即ち、鬼との死闘の歴史。これまでに積み上げてきた無数の犠牲の結晶であり、その犠牲の背後にある更に多くの悲劇の証明でもある。
鬼殺隊が鬼殺隊として機能し始めたのは、実はそう昔の話でもない。というのも、鬼の死ぬ条件が非常に少ないからだ。日の光を浴びるか、藤の毒を大量に摂取する事。近年そこに日輪刀による頚斬りが加わったが、人と鬼の身体能力の隔絶した差や鬼特有の異能である血鬼術は埋めがたい溝として依然横たわっていた。
その溝を埋め、人と鬼の戦いを成立させた技術を『全集中の呼吸』という。そしてその呼吸を伝えたのが、始まりの呼吸である『日の呼吸』を扱う剣士────継国縁壱だった。
全集中の呼吸の存在は、欠けていた最後のピースを埋めた。人でありながら鬼と伍す身体能力を発揮しうる全集中の呼吸と、頚を斬ることで鬼を殺す事を可能とする日輪刀。また、日輪刀は全集中の呼吸をある程度修める事で己に合う呼吸を色で示すという特殊性を有することが判明した。縁壱はそんなものがなくとも的確に適性と一致する呼吸を他人に教授出来たが、縁壱でなくとも教える事が可能になったのである。鬼殺隊の戦力増強は加速度的に進んでいった。
鬼を次々と討つ日々の中、しかし浮かない顔をする人物が一人。継国縁壱の双子の兄、
────巌勝は武家の一つ、継国家の長男として生まれた。
双子の縁壱は生まれた時から額に不気味な痣があることから忌み子として扱われ、父親に殺されそうになる。しかしそれに怒った母親のおかげで十才で出家することを条件に生き永らえた。
武家の跡継ぎとして、巌勝は恵まれた環境で教育を受けた。それとは逆に環境を始めとしてぞんざいな扱いを受け、 母離れが出来ず常に母の左脇に寄り添っていた弟を巌勝は哀れみ、父の目を盗んでは遊びに行き、自作の笛を渡すなどしていた。
縁壱は笑うことがなく、七才になるまで耳が聞こえないとさえ思われていた。しかしある時、音もなく松の影に立っていた縁壱は「兄のようになりたい」と流暢に喋りだした。巌勝は彼に初めて気味の悪さを覚え、それでも「命をかける侍に母親にしがみついている奴がなれるはずない」と内心見下しながらも思っていた。
だが稽古を見学するようになり、教えを請うようになった縁壱に父の門下生が戯れに
今まで哀れんでいた相手が実は己より遥かに優れていた現実を知った巌勝の驚愕と失意は如何程か。その強さの秘密を恥も外聞も捨てて縁壱に尋ねれば、体内の状態から先の先を読む技能────『透き通る世界』に目覚めていることが判明した。
正しく神童と呼ぶに相応しい才。格が違う。桁が違う。何もかもがかけ離れている。及ぶべくもない異質の才。
失意と共に「この国で最も強い侍となる」夢を諦めかけるが 、その夜に縁壱が現れて母親が他界したことを告げ、このまま寺へ発つこと、 そしてかつて貰った笛を────厳勝にとっては所詮ガラクタ程度でしかないそれを大切にすると告げ、本当に去っていった。
そして縁壱が去った後に、亡き母の日記を見ると、
事ここに至って、巌勝は初めて全てを理解した。弟は母離れが出来ずに母に寄り添っていたのではない。病で弱っていた母をずっと支えていたのだ。
全てにおいて先を行かれていたことを知った厳勝は縁壱に対して臓腑が焼け付く程の嫉妬を抱き、その存在を心の底から憎悪した。 しかし残した言葉とは裏腹に、縁壱は寺にも行かずに行方を晦ませた。
それから十年あまりの間、厳勝は縁壱のことを忘れて妻子に恵まれ、平穏な日々を過ごしていた。 だが野営中に鬼に襲われた厳勝を、密かに鬼狩りとなっていた縁壱が助けた事が転機となった。
十年あまりの間に剣技を極め、非の打ち所がない人格者へと成長を遂げた縁壱を見て再び嫉妬と憎悪の炎が再燃した。縁壱の強さ、剣技。かつてよりも更に洗練され、より鋭さと美しさを増したそれは巌勝を深く魅了した。
妻子も、家も。文字通り今までの全てを捨てて必死に縁壱の後を追い続け、やがて他の仲間に倣うように縁壱の額に浮かぶものとよく似た痣を発現させ、全集中の呼吸を学んでいく。 だがそうして身につけた『月の呼吸』も他の者と同じく派生系に過ぎず、未だに縁壱には遠く及ばない。
それでも、年月をかければいずれは追いつくと思っていた────はずだった。
────ある日を境に痣を発現させた者が次々と死亡していった。
身体能力を更に強化する『痣』。それはあくまで
最早掛ける年月もない。鬼を殺せれば、鬼舞辻の頚に刃が届けば、無辜の民を守れれば。そう目的を定め、命を最初から半ば度外視している他の者達とは違い、巌勝はあくまで縁壱の強さに追いつき追い越すことこそが目的。鬼を討つ事、その親玉たる鬼舞辻を討つ事、民を守る事には興味がない。そう、時間────時間だ。巌勝の命とて、あと一年もあるまい。
任務を終え、しかし先がない事を知るが故に眠る事も出来ない巌勝は誰にも会いたくないとばかりに真夜中に屋根の上で頭を抱え、
果たして、救いの手は差し伸べられた。ただし、血に塗れた悪鬼の手だったが。
「────鬼になれば良いではないか」
瞬間、跳ね起きた巌勝は日輪刀を鞘から引き抜き、声のした方向へと切っ先を向けた。
そこにいたのは女だ。艶のある長い黒髪を垂らし、赤色の瞳を細め、口元を笑うように吊り上げている。着ている服は黒地に鮮やかな赤で彼岸花が刺繍された着物。瞳孔は縦に裂け、口元から覗く犬歯は鋭く尖っている。そして何より、その身から漂う血臭。今まで巌勝が狩ってきた鬼など比較にならない程に、その身に色濃く染み付いた死の香りだった。
────鬼。それも強大な。
「私の名は鬼舞辻穢。原初の鬼だ」
「………やはりか」
並大抵の鬼では、ここまで死の気配を色濃く醸し出すことはできまい。背筋が凍る程の悍ましさを感じながら、一挙手一投足全てを逃さぬように見据える。
「で、どうだろうか。鬼になる気はないか?鬼となれば、無限の刻を生きられる。傷を負って刀を振るえなくなる事もない。お前は技を極めたいのだろう?私は呼吸とやらが使える剣士を鬼にしてみたい。じきに死ぬお前と利害は一致していると思うが」
正直な話、魅力的な提案ではある。他の者ならば決して頷くまいが、そもそも鬼狩りとしての意識自体が低い巌勝は鬼となる事にも特に抵抗はない。
「………私は、鬼狩りの一人なのだが」
「私を鬼舞辻と理解した上で斬り掛かって来ない時点で、お前は鬼狩りに相応しくあるまいよ」
穢が巌勝に手を伸ばす。その顔は、己の提案が受け入れられない事など一切考慮していない。巌勝が頷くと、確信している顔だった。
「私の提案を受け入れるなら、この手を取れ。受け入れないなら、この腕ごと私の頚を斬るがいい。尤も、私の命に届く事は保証しかねるがな」
さあ、どうする?
声なき問いに、巌勝は刀を下ろす事で応えた。